村上春樹をさがして|第27回 憑かれる人と憑かれない人|重里徹也

 動物が人間に憑くというのは不思議な現象だ。憑かれた人間は身体も精神もコントロールされてしまって、別人格のようになる。だけど、憑かれやすい人と憑かれにくい人がいるのはどうしてだろう。それは「憑く」という現象の特徴を端的に示していないだろうか。

 村上春樹の三年ぶり十六作目の新作長編『夏帆 The Tale of KAHO』(新潮社)が刊行されて話題になっている。長編小説では初めて女性を単独の主人公にし、母娘の関係を真正面に据えるなど、論点が多く、さまざまに言及されている。

 この欄では、文芸誌「新潮」に四回にわたって発表されるたびに、この作品について論じてきた。単行本化を機に改めて通読したが、最も気になったのは、これまでも触れてきた主人公の夏帆をはじめとする登場人物たちの孤独と、動物が人間に憑くとはどういうことなのだろうという問いだった。ネタバレを恐れず、この作品について、改めて思ったことを書いてみよう。

 夏帆は孤独だ。それはこの小説の目立った特徴だと思った。二十代半ばの絵本作家でイラストの仕事もしている。日常の多くの時間は一人暮らしの自宅で過ごすか、周辺を散歩するか。兄弟姉妹はいない。親しい友人はいそうにない。恋人の姿も見えない。ほとんど話し相手もいない。

 たまに叔父(父親の弟。五十代半ば。独身。新小岩で洋食レストランを経営)から電話がかかってくる。意味ありげな会話をかわす。神田の小さな出版社の女性編集者(三十歳前後。子供が二人)も電話をしてくる。

 しかし、二人とも、夏帆が心の底から本音を語りあえる人なのかどうか。そういうのとは、ちょっと違う感じがする。あとはコンピューターに詳しい知り合いがいる。夏帆に対して親切だが、その人との関係は詳しくは書かれない。

 夏帆は寂しくないのだろうか? 実家に帰っても、両親以外に会う人はいない。少し引用しようか。三百八頁から。

高校時代の同級生に連絡して会うことも考えてはみたが、あらためて会いたいと思える友だちはただの一人も思い浮かばなかった。だからうちで本でも読んでいるしかない。

 村上春樹がこれまでに書いてきた小説の男性主人公たちよりも、夏帆は孤独な感じがする。村上は孤独な主人公をよく描く。彼らは世の流れに背を向けた生活をしている人が多い。そのために社会から孤立した日々を送っている人物が多かったが、それでも、友人がいたり、恋人がいたり、セフレがいたりした。行きつけのバーがあったり、共同経営者がいたりした。

 夏帆はどうしてこんなにも孤独なのだろう。素朴な感想だが、とても気になった。こんな一人ぼっちの生活をしているから、アリクイやジャガーやシロアリの女王と会うことになるのだとも思えてくる。逆に、孤独な生活をしているからこそ、アマゾンの動物たちと出会う奇妙な体験ができるのだ、という言い方もできそうだが。

 もう一つのこの小説の特徴。いうまでもなく、アマゾンの変な動物たちが日本人に憑くことだ。研ぎ師はジャガーに憑かれ、夏帆の母親はシロアリの女王に心身を乗っ取られそうになる。

 研ぎ師は武蔵境の駅近くの商店街に店を構えている。夏帆の見るところ、七十歳を過ぎている印象で、長身でやせた男。とがった耳など、その容貌はある種の悪夢を思い出させる。悪魔を思わせる感じ。

 彼も孤独な人だ。彼自身の言葉を二百二十四頁から引用しよう。

家族はおりません。結婚したこともありませんし、もちろん子供もおりません。今までずっと一人暮らしをしておりました。両親は遥か昔に亡くなりましたし、兄弟姉妹はありません。(中略)人付き合いみたいなものはほとんどありません。

 夏帆はこの孤独な老人を、ジャガーにとって、願ってもない理想的な「容れ物」であったわけだ、と思う。孤独だから、動物に憑かれたのだろうか。

 それでは、夏帆の母親はなぜ、シロアリの女王に取り憑かれたのだろうか。この母親も孤独な人だ。福島県の地主の娘だったが、父親の投機失敗で実家は没落した。地元の短大を卒業して上京。二十三歳で三十歳の医者と結婚した。

 つまり、人目を惹く美人だった彼女は、美貌を武器に医師と結婚することで社会的階層をランクアップしたのだと読める。しかし、医師の妻というのは事前に思っていたほど優雅でも満ち足りたものでもなかった。選択が間違ったと思った頃には、夏帆を身ごもっていた。取り返しがつかなくなっていた。

 地方出身の孤独な女性の姿が浮かび上がってくる。実家が貧乏な美人。野心にあふれていたが、逆転のチャンスだった結婚で(本人の思いでは)失敗した。それで不本意な人生を送っている。

 なぜ、五十歳を過ぎた彼女が狙われたのか。ありくいの奥さんの仮説によれば、シロアリの女王は夏帆に対して、友人だったジャガーを殺された復讐を企てた。しかし、夏帆に取り憑くのは難しい。そこで、夏帆を取り巻く円環の最も弱いリンクである母親に目をつけたというのだ。

 それではなぜ、母親は最も弱いリンクなのだろう。ありくいの奥さんは夏帆の母親を「つけこまれやすい人格をしている」と指摘する。夏帆も世俗的に見栄っ張りなところとか、負けず嫌いなところとか、精神的に深みを欠くところとか、母親のウィークポイントを数える。

 夏帆の母親はシロアリの女王に乗っ取られて、性欲を増大させた。化粧も髪型も変わった。服装が派手になり、高級な下着を着け、着飾って「ランチ」に出かけるようになった。自動車の好みも変わった。

 問題は、母親の変化は百パーセント、シロアリの女王のせいなのか。あるいはそうではなく、母親が抑えていた欲望にシロアリの女王が刺激を与え、それを増大させたのか、ということだろう。どちらなのか。

 小説はどちらとも読めるように思う。ただ、母親に付け込まれる隙があったということは、彼女が抱えていた問題や欲望が、シロアリの女王を招き寄せたと読めるだろう。

 一方、それではなぜ、孤独な夏帆は動物たちに憑かれないのだろう。おそらく絵本作家をしているからだ。自分の希望の仕事に打ち込み、自分の無意識の欲望を絵本の中で解放しているからだ。だから、変な動物たちもつけ込む隙をなかなか見つけられない。

 ところで、母親がこれまで隠していた欲望があらわになり、それが一人娘にとって嫌なものであったとしても、全否定していいのだろうか、ということが気になる。もちろん、カネ遣いが荒くなって家計が逼迫するのなら問題だが、遣っているのは夫婦のカネだ。

 母親がけっこう楽しんでいるのなら、短い人生、楽しませてあげてもいいのではないかという考えも成り立つかもしれない。そんなものは「ほんとうの人生の楽しみではない」と誰がいえるのだろうか?

 二人の人間に憑いたアマゾンの動物たちは何かのメタファーだろうか? そうとも読める。たとえば、老人をだましてカネをもうける悪質な違法販売会社(健康食品とか、神秘的な壺とか)。弱者や悩んでいる人を食い物にするある種の宗教団体。冷酷な非人間性を秘めた浅薄なイデオロギー。粗雑な思想にとらわれた政治団体。

 あるいは、「推し」はどうだろう。推しだって、人間に憑くのではないか? 

 現実は、人間に取り憑こうとする者たちであふれている。彼らは、いつも、「弱いリンク」を狙っている。弱いリンクの秘めた欲望や隠している精神的傾向を標的にしている。幼い部分、不安や心配、虚無感や倦怠感に狙いを定めている。あるいは、お人よしを誘い、望んでいない人生を送っている人々の不満に応えようと、よだれを流している。

 村上春樹の新作は、孤独と憑依という二つのキーワードで、今の日本人の心の底を浮かび上がらせたものだと思った。

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