「やさしい日本語」は在留外国人にとって「やさしい」のか?|第5回 「やさしい日本語」の漢語と漢字のルビ|永田高志

前回では専門用語について述べた。難解な専門用語を「やさしい日本語」に言い換えるという手段が当初は考えられたが困難な問題点が分かり、専門用語はそのまま残し、説明を付けるという方向に向かっていると解釈した。そして専門用語の語種を見るとほとんどが漢語か外来語であることに気がつく。この回では漢語と漢字について考えたい。

現在、日本で使われている日本語教育の教材を見ていると、ほとんど全ての教科書で漢字を導入して教えている。しかし、Eleanor Harz Jordan (エレノア・ジョーダン 1920年-2009年)はアメリカで日本語教育を先導し、オーディオ・リンガル教授法のジョーダン・メソッドで有名である。彼女によって1962年に出版された日本語教科書 “Beginning Japanese” (Yale University Press) を手元に持っている。説明は英語で書かれており、日本語の例文も全てアルファベットで平仮名も片仮名も、ましてや漢字は一切使われていない。初級日本語教材ということもあるが、話し言葉に特化した教材である。“Reading and writing involve a different set of habits and are best begun after acquiring some basic control of the spoken language.” (Introduction p. xv)(読み書きは異なった習慣であり、話し言葉の基礎を習得した後に始めるのがよい。永田訳)という考えに立っている。従って語彙も口語的な語彙を教えている。しかし、私は、1987年から1989年にかけてアメリカ・カナダ大学連合日本研究センターで日本研究者を目指す英語母語話者に上級日本語を教えていたが、教材は漢字を含む日本語で書かれていた。

近畿大学退職後2015年から1年間中国の南京農業大学で日本語教師として教えていた。その折、外国人留学生対象の初級コースで中国語を学んだ。導入はピンイン(拼音)と呼ばれるアルファベットで始めたが、1ヶ月もしないうちに簡体漢字に移行した。アフリカやパキスタンや東南アジア諸国からの留学生が中心であった。彼らは漢字を学ぶのに苦労をしているみたいであったが、反対に私は漢字には問題がなかった。1年ほど中国に滞在したが、漢字が使われているため、買い物や公共交通機関などに不自由を感じなかったので、会話は上達しなかった。年齢的な限界で新しい言語を学ぼうとする意欲がなかったことも大きな要因であるが。

日本の日本語学校や研究センターで日本語を学ぶものには漢字の習得は必須である。日本語の中心的な語彙として漢語が占めており、その漢語を表わす文字が漢字であるからである。

1. 全ての漢語を和語に書き換えられるのか。

「やさしい日本語」への書き換えの手段として、漢語を和語に書き換えることが推奨されている。公文書書き換えの例として、次のように示されている。

(原文)実施機関は、行政文書を閲覧する者が、当該行政文書を改ざんし、汚損し又は破損するおそれがあると認めるときは、当該行政文書の閲覧又は視聴の中止を命ずることができる。
(書き換え例)市の文章を見る人が、その文章に別のことを書いたり、汚したり、破ったりするかもしれないときは、そこの人はその文章を見ることなどをやめるように言うことができます。
→漢語は基本的に和語に書き換える。

(cf. 庵功雄 「「やさしい日本語」の理念と内容」『やさしい日本語を用いたユニバーサルコミュニケーション社会実現のための総合的研究「やさしい日本語」研究の展開』2011年)

また、出入国在留管理庁・文化庁、『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』2020年8月でも、以下のように注意されている。

簡単な言葉を使う(難しい言葉を使わない)
対象とする外国人に合わせてわかりやすくします。難しい言葉や専門用語はできる限り使わないよう心がけます。
和語を使う(漢語はできる限り使わない)
例 こちら記入願います。  → 書き換え例 この紙に書いてください。

「お役所言葉」のように、堅苦しい文体で使われる漢語は普段使われる日常語の和語に置き換えるとやさしくなることはうなずける。

千葉市国際交流協会は2016年に25の国と地域出身の100人の外国人に対し、口頭によるアンケートを実施した。その一項目に、A:「昨晩さくばんは寒かったです」とB:「昨日の夜は寒かったです」を比べて、Bの方が理解度が高かったという報告をしている。Aの「昨晩」には「さくばん」というルビがついているが、Bの「昨日」はルビがついていないので、おそらく、「さくじつ」ではなく熟字訓の「きのう」と読んだのであろう。しかし、交流協会が、「昨日」と表記したこと自身、「漢字」の有用性を認めている証拠であろう。また、『広辞苑』によると、和語の「きのう」は「①今日の1日前の日。さくじつ」の意味の他に、「②近い過去」の意味も持っている。また、『明鏡国語辞典』では、「さくじつ」は「「きのう」の改まった言い方」とある。『小学館中日辞典』には、中国語では「“昨日”はかたい言い方で、日常の会話では“昨天”を用いることが多い」とある。

漢語を使わないで和語で示すというのは、基礎語彙の問題と絡んでいる。すなわち、和語は多義語化しているため漢語の方が意味が固定化しているという面もある。書き言葉では延べ語数、異なり語数どちらも50%程度が漢語語彙と言われている。専門用語にしても、普通は医学専門用語や工学専門用語のようにその特定の分野で特定の意味で使われている語彙を指すが、日本語教育の場で、「避難」や「安全」のように日本人は一般語彙のように使っている語も、難しいから読み換えるというと、専門語彙と一般語彙の境界はどこにあるのであろうか。

英語については、第2回で述べた“Federal Plain Language Guidelines”には、 

H.W. Fowler summed up these recommendations for making word choices in his influential book, The King’s English, first published in 1906. He encouraged writers to be more simple and direct in their style (quoted in Kimble, 2006).
Prefer the Saxon word to the Romance word.
H.W. Fowlerは1906年に初版が出版されたかれの有名な本 The King’s English の中で、語の選択をする際の推奨をまとめている。文体としてはより単純で直接的な文体で文章を書くように推奨している( Kimble, 2006に引用されている)。
ロマンス語の語彙よりサクソン語の語彙の方が望ましい。(永田訳)

英語は古英語に源を発するアングロサクソン系の語彙の上に、ノルマン人の侵攻によってフランス語系統のロマンス語が乗っかって、現代の英語になっている。日本語では、和語と漢語という関係に似ている。

1.1.  NHKのニュース、NEWS WEB EASYの書き換え

NHKのニュースの書き言葉を「やさしい日本語」に書き換えてNEWS WEB EASYで放送しているのを第1回で紹介した。語彙に関しては、以下のような記述がある。

「世帯,避難勧告,地域,行方不明...」などの概念を表す漢語は書き換えが難しいため,辞書で説明することにして,そのまま残してある。

(cf. 田中英輝・美野秀弥「ニュースのためのやさしい日本語とその外国人日本語学習者への効果」NHK技研 R&D/No.168/2018.3)

また、同じ著者達によって、置き換えできない単語は次のように分類されている。

1 特殊な狭い概念を持っている特殊概念 例:「接待」は「(不法な)見返りを期待してごちそうする」という狭い意味で使われている。

2 広い概念を持っている抽象的概念 例:「福祉」、「公共事業」など抽象的で意味が広すぎるため、対応するやさしい語が見つからない。

3 分野専門用語・固有表現 例:補正予算案・震度・自治体

4 日本の文化に特有な語である文化関連語 例:ひな人形・歌舞伎・位牌

cf. 田中・美野・越智・柴田「「やさしい日本語」による情報提供」(『「やさしい日本語」は何を目指すか』 ココ出版 2013年)

NEWS WEB EASYでは、難しい語彙についてはクリックすれば辞書に移行できるという機能があり、辞書機能に依存している。また、画像も活用している。4の「日本の文化に特有な語である文化関連語」以外、示されているほとんどの語彙は漢語語彙であり、漢語語彙を和語語彙に書き換える困難さを示唆している。

1.2. 文字形態素

森岡健二先生(1917年-2008年)は「文字形態素」という概念を提唱された (cf. 「文字形態素論」『国語と国文学』45-2,1968年) 。「文字形態素論」とは、「文字(漢字)が、能記の域を超えて、所記の機能を有することにより、漢字は形態素相当の位置にあり、それを中心に置いてみれば、字音や字訓は異形態の関係にあるとも説いた」(cf. 『日本語学大辞典』の「漢字」の項目、野村雅昭氏筆)とある。私は「文字形態素」としての漢字については、以下のように考えを述べた。

漢字も文字として意味を担い、読みだけでは意味が分からず、漢字を見ることによって意味がわかるということがよくあり、反対に漢字が使われずひらがなだけになると反対に意味が取れなくなることが考えられる。(p.222)

(cf. 永田高志 「国際化の言語政策」『言語と文化の展望』英宝社、2007年)

「人偏だから人に関する字だろう」のように偏や旁で漢字の意味を想定する日本人、「私立と市立」のように同音異義語を漢字で区別する日本人にとって漢字は必要な字種であろう。私の経験からいうと、1995年の兵庫県南部地震発生の後、両親を助けるために故郷神戸に戻っていた。当時は停電でテレビを見ることができず、新聞も配達されていなかった。口コミ以外の情報源は携帯ラジオであった。「ヨシン」という聞き慣れない漢語がラジオから流れていた。「予震」と解釈して、「またもっと大きな地震が来る。その前触れの地震」と恐れていた。新聞やテレビで漢字を見ることができれば「余震」と分かってそんなに恐れはしなかっただろう。兵庫県南部地震のあと「余震」という用語が一般化したと思う。日本人は音声以上に漢字によって意味を想定するのであろう。

2. 漢字にルビを打つと果たして読みやすくなるのか。漢字が読めなくて日本語を音声で記憶している外国人にとっては、役に立つのか。

漢語を和語に、特に専門用語を、置き換えることが困難であるというのは、国や地方公共団体の一致した見解であると思われる。厚生労働省の2012年3月23日の「経済連携協定(EPA)介護福祉士候補者に配慮した国家試験のあり方に関する検討会議事録(第1回)」では、「学問上の専門用語は原則として置き換えないということ、あるいは法令上の専門用語についてはやさしい言葉への置き換えは原則として行わないということでございます。」という答弁をしている。

2.1.  政府や地方公共団体の公文書における漢字にルビを打つ施策

その次の手段として、政府や地方公共団体の役所の多くの公文書で取られているのは、漢字にルビを打って在留外国人に読みやすくしようという方法である。東京都国際交流委員会、国際交流・協力TOKYO連絡会は、2015年に全国の国際交流を行っている197の地方公共団体やNPOに対してアンケート調査を行って163団体から回答を得た。質問項目の中に「発信・提供する日本語文について」があり、「原文にルビを振る」、「やさしい日本語にルビを振る」等ルビを振ると答えたのは、47.2%になっている。例えば、島根県・(公財)しまね国際センターの『「やさしい日本語」の手引き』2014年では「漢字にはルビ(ふりがな)をつける 漢字の上や下、漢字の後ろにかっこ書きでつける」、春日井市市民活動支援センター『「やさしい日本語」ガイド』2019年では「漢字には、すべてルビ(ふりがな)をふる」、愛知県『「やさしい日本語」の手引き』2013年では「漢字には、すべてルビをふる」のように、漢字にルビを打つように指示されている。横浜市 国際局政策総務課・市⺠局広報課『「やさしい⽇本語」で伝える――分かりやすく 伝わりやすい⽇本語を⽬指して第4版』2017年では、「⽇本語能⼒試験旧2級以上の漢字はルビを振ります。」(p.49)とルールを示しているが、実際には「あおパト:⻘⾊あおいろのライトをつけたくるまでパトロールする(まわる)こと」のように、全ての漢字にルビを付けている。よく⽇本語能⼒試験の漢字について理解していない。

過去においても、江戸時代にも戯作と呼ばれる庶民文学ではルビが打たれている。明治初期、四民平等になり、それまでの支配階級中心だった識字層が一般庶民にまで広がって来る。新聞の世界でも、政治評論が中心の硬派の新聞で、士族や官僚,インテリを読者層にした漢文調の「大新聞」(おおしんぶん)に対して、通俗的な社会ダネを中心に平易な話題、一般庶民や婦女子でも簡単に読めるマンガの掲載、平仮名書き中心、漢字にも読み仮名をふるなど読みやすくした「小新聞」(こしんぶん)が生まれてくる。口語文で書かれており、語彙も和語中心である。書き言葉中心の「やさしい日本語」、それも、政府の広報のような公的な文章に使われている漢語起源の専門用語にルビを打つのとは問題が異なると思われる。

2.2. 介護福祉士国家試験の漢字ルビ

一般的にルビを漢字に打つと読みやすくなるのかを考察した調査は目にしたことがない。介護福祉士や看護士では国家試験が実施されており、漢字に対するルビの有用性の調査が行われている。漢字ルビの問題について介護福祉士国家試験を例に考えていこう。少子化の影響で、介護福祉士や看護士が不足しており、外国人に頼らざるを得ない状況になっている。介護福祉士については経済連携協定(EPA)に基づいてインドネシア・フィリピン・ベトナムの3カ国から来日した外国人に限り、2008年度から受け入れてきた。さらに、2015年から技能実習制度の中に、2019年からは新しい在留資格、特定技能として一定の資格を認定された外国人が来日できるようになった。しかし、来日3年後に介護福祉士国家試験に合格しないと帰国せざるを得ない。漢語や外来語が多く使われている専門用語の問題があり外国人には合格が難しい国家試験となっている。出身国別には、介護福祉士養成施設入学者数では、ベトナム人に次いで中国人の数が多く(2019年)、介護労働者数でもフィリピン人に次いで中国人の数が多い(2017年)。旧日本語能力試験4級の一般漢語名詞のうち27.2%しか母語中国語と同一か類推が効く語彙がないのに対して、介護福祉士国家試験に使われている漢語語彙では72.7%になるという報告がある(cf. 黄海洪・呂雨珊「中国語母語話者を対象とする介護福祉士国家試験の漢字語彙研究」『中国語話者のための日本語教育研究会第49回研究発表要旨』2021年)。中国語母語話者にとっては漢字は大いに理解の手助けになると想像されるが、非漢字国外国人を含め全般的には、日本政府は必要性に応じて、漢字にルビを打って国家試験の平易化を目指している。

日本語教育学会「看護・介護の日本語教育」ワーキンググループ 遠藤織枝氏による「介護福祉士国家試験問題の日本語の平易化をめぐって ―第23回・第24回試験からみた問題点―」2012年では、次のようにルビに対する見解が述べられている。

3月23日には,厚生労働大臣により,来年度の看護師国家試験での「総ルビ使用 と時間延長」が明言された。これが実現すれば,上記のようなルビについての混乱はすべて解消することになる。従来総ルビを主張してきたものとして,大いに歓迎するところである。来年度の介護福祉士国家試験でも同様の措置が取られることを切に希望して,ルビに関しては,問題点を指摘するのみにとどめる。なお,外国人候補者の中にも,漢字の習得に大いに励み,漢字に抵抗を覚えなくなっている受験者は存在して,ルビは不要だと主張することがある。いわば漢字習得成功者の発言である。ルビがあると却って邪魔で煩わしいというのである。しかし,非漢字圏の受験者の圧倒的多数は,漢字の壁に苦しんでいるという事実も無視することはできない。ルビを不要とする人には,ルビのない問題用紙を,ルビを必要とする人には,ルビ付きの問題用紙を準備すれば,この問題は解決する。

公益社団法人 国際厚生事業団が2013年に出した『「効果的な学習支援事業の改善に向けた、第25回介護福祉士国家試験 EPA 介護福祉士候補者受験者アンケート」について』では、263名の受験生に、アンケート調査を行っている。そのまとめとして、以下のように報告している。

全ての漢字に振り仮名がある問題冊子(全ルビ)と通常の問題冊子の使用に関しては、「両方使った者」(全ルビ中心、両方同じくらい、通常中心)が 44.9%と最も多く、次いで「全ルビのみ使用」が 33.5%。

この試験結果について、三枝令子氏は「介護福祉士国家試験平易化の検証―第25回試験の分析」(人文・自然研究, 8: 2014年)で以下のように述べている。

使い方は異なるが,すべての漢字にふりがなの振られた冊子を使った受験者が8割を超えており,すべての漢字にふりがなを振ることが有効であったと考えられる.通常の冊子だけという人が2割弱いるが,各回答ごとの合格率は明らかにされていないので,ふりがなの有無が正答に影響しているかどうかはわからない.(p.176)

また、国際交流&日本語支援Y 橋本由紀江氏によって「外国人介護福祉士候補者にとって、何が難しいか(第24回国家試験から)」という資料が出されている。

調査期間 平成24年2月13日~4月9日

調査対象者

平成21年度入国の第1陣インドネシア介護福祉士候補者の内、第24回介護福祉士国家試験受験者。
調査依頼30名、内回答26名。記入20名、聞き取り6名

漢字のルビは必要か。
漢字の言葉にルビを振ることで、なにができるようになるのだろうか。

言葉の読み方はわかっても意味はわからない。意味がわからなければ問題を解くことはできない。今回の調査でも、意味がわからなかった言葉としてルビのついた言葉がいくつか挙がっていた。(例:腫脹・舗装・砂利・位牌・葛藤・甥)
確かに言葉を知っていて、その漢字を知らないという場合にはルビは有効である。(例:柵・誰・貼る・拭く・剃る)

日本人や語彙力が豊富な外国人には有効かもしれないが、漢字の意味から言葉の意味を捉えている候補者にはどうだろうか。

学習の過程ではルビは便利な場合もあるが、国家試験では読まなければならないものが増えて時間がかかるうえに理解の助けにもならないことから、不要としている候補者が多いのだろう。
漢字のルビについては、必要ないとした候補者がほとんどだったが、一部不合格者の中に総ルビ又は今以上にあった方がよいとする意見があった。

どの漢字にルビを振ればよいか。

「漢字のルビ」についての調査では、「難しい漢字だけ振り仮名がほしい」としている候補者が18人中6人いた。では、どの漢字が難しいかというと個々に異なる。知らない漢字、知らない言葉はもちろん難しい。それは、日本人が難しいと考えるものとは異なっている。どんなに難しくても仕事で毎日使う言葉、国家試験対策学習で何度も勉強した言葉は難しいとは感じないだろう。例えば、褥瘡、脳梗塞、嚥下などである。候補者が、どんな学習をしてきたかを探ることで、どの漢字、どんな言葉がわかりにくいかを測ることができるのではないか。

(cf. 2r98520000028i7t.pdf (mhlw.go.jp))

また、公益社団法人 全国老人福祉施設協議会 「経済連携協定(EPA)介護福祉士候補者に配慮した 国家試験のあり方について」2012年では以下のように示されている。

試験問題をさらにわかりやすい日本語に改善するための提案
(1)現在の難しい用語に対する配慮策についての評価
本会では、第24回介護福祉士国家試験を受験したインドネシア人介護福祉士候補者、受入れ施設担当者に対し、自己採点の協力を求めるとともにと、難しい用語に対する配慮等への有効性をアンケート調査した。(回収状況:30施設・50名 回収率:53.2%) 結果、今回の配慮については、「役に立った」という意見が多く、評価できる。しかし、漢字のルビについては、候補者の日本語レベルに関係なく意見が分かれ、N2以上の候補者は、「変わらない」と答える割合が多かった。
総評
④ルビについて 1-(1)からも、今回のルビの配慮については一定の評価ができるが、ルビの振ることで根本的な課題の解消にはならない。

このように、結論としては、漢字のルビには賛否両論があるが、ルビが必要のない人は通常の問題用紙を選択すれば良いので、とりあえず、ルビ付の問題用紙も配布しようという考えであろう。

現行の施策として、厚生労働省は2021年に行われる第33回介護福祉士国家試験『受験の手引』を出した。

第33回介護福祉士国家試験において、外国人の方等(外国の国籍を有する方または日本に帰化された方)については、受験申し込み時の申請により、ふりがな付き問題用紙と通常の問題用紙の配付を行い、試験時間が通常の1.5倍となります。

3.  韓国での漢字廃止

韓国では漢語語彙を韓国語語彙に換えて漢字を廃止し、ハングル文字に置き換える動きが1970年に始まったが、現在も批判する動きがある。日本語に置き換えると、漢字を廃止して、平仮名や片仮名で日本語を記述しようという運動である。個人的な経験として、上智大学の大学院生の頃、高晩成君という韓国からの同級の留学生がいた。たまたま、私は2001年のアメリカ同時テロの時に中米にいて、アメリカ・仁川経由の飛行機で帰国する計画であったが、予定が大幅に崩れ、仁川で少し時間が余った。仁川の大学で高君が日本語学の教員をしているのを知っていたので、電話帳で電話番号を調べて連絡して会おうと思った。ホテルの人にハングルで調べてもらったら、同じ名前が30ぐらい出てきて諦めた。韓国では日本に比べて姓の数が少ない。名については、日本語でも私の名前、「高志」を「たかし」という仮名で調べると、「高史・隆・孝・貴・敬」等いくつもあり、日本では固有名詞の場合には、「どんな漢字ですか」と聞くのが一般的であるが、韓国では漢字を廃止してハングル文字に変えたため固有名詞は区別が困難であるのに気がついた。50年程前に最初に韓国を訪れた時に新聞を見たが、当時は固有名詞には、ハングル表記の後に括弧内に漢字が書かれていたのを記憶している。日本語では固有名詞だけでなく、漢語の同音異義語を漢字で区別している。「やさしい日本語」において和語を中心に使用するとすれば、まず難しい漢語語彙を和語語彙に書き換えるのが必要ではないだろうか。しかし、第3回で述べたように和語は多義語化しており、また、第4回で述べたように専門用語は漢語や外来語が定義をして使われることが多く、その面でも単純な置き換えは難しいと思われる。漢字を仮名に置き換えることは勿論、意味のわからない漢字にルビを付けただけでは理解の助けにならないと思われる。

4. 中国のピンイン(拼音)

また中国では漢民族の文字である漢字ではなくピンイン(拼音)と呼ばれるアルファベットが使われている。ピンインについて、以下のように述べた。

ピンインの歴史を振り返ってみよう。日本ではローマ字運動といって、漢字を廃止してローマ字で日本語を表記しようという運動が明治期にあり、現在でも活動を続けている。単に漢字を廃止するだけでなく、漢語の語彙が日本語には多く存在し、「科学」と「化学」というように同音異義語が多く、漢語に根差した語彙自身を廃止しようという運動である。朝鮮では第二次世界大戦後漢字を廃止してハングルのみの表記に移行した。しかし、また漢字復活の運動も起こっている。中国においても、日清戦争の敗戦後、漢字の難しさが教育の普及を妨げているとして漢字改革の運動が始まり、1920~30年代にかけて漢字ローマ字化運動が起こった。また、中国は少数民族を抱える多民族国家であり、中国語を母語としない民族が中国国民として生活しており、漢字に代わる共通文字として役割がローマ字化の動きを助長した。1958年の「漢語拼音方案」成立以来、中華人民共和国では拼音を中国語の唯一の表音方式として強力に推進した。しかし、2000年に「国家通用語言文字法」が全国人民大会を通過し、現在使われている簡素化された漢字、簡体字が標準的な文字と制定され、ピンインを共通の文字とする動きは終焉した。しかし、ピンインの存在価値は存続している。すなわち、中国語を母語とする漢民族の間でも地域による方言差が大きく、中華人民共和国成立の後国家統一のための共通語普及のためには、初等教育の場でのローマ字が必要であった。現在共通語として北京語を基盤に持つ普通話が採用されているが、普通話の発音を北京語を話さない地域方言話者に教えるのには表音文字であるローマ字が必要であった。すなわち、同じ漢字であっても地域によって発音が異なり、普通話の漢字音の発音を教えるには表音文字が必要であった。このようにして普及したのが現在ピンインと呼ばれているアルファベットを用いた文字である。(p.81)

(cf. 永田高志「中国地下鉄駅名の英語表記――国際化の指標として」近畿大学文芸学部論集『文学・芸術・文化』29-1,2017年)

しかし、ピンインは現在では初等教育の場でのみ教えられ、共通語である普通話では簡体漢字に移行している。日本でも表音文字で表記しようという仮名文字運動やローマ字運動が存在するが、表意文字である漢字が使われているのと同様である。漢字のルビの限界なのであろうか。

5. 「やさしい日本語」では漢語と漢字のルビはどうすればいいか。

ルビを打つとやさしくなるのかという問題は賛否両論があり、結論が出ていないというのが現状であろう。しかし、日本語では、書き言葉では漢字によって意味を推測し、また、話し言葉においても漢語語彙を多く使って会話している。漢語に単にルビを打つと読みやすくなるという考えには一概には賛成できない。漢語語彙は普段聞いていて意味はわかるが、漢字は分からないという人にはルビは役に立つだろうが、聞いていない人にはルビは役に立たないだろう。神戸市をはじめ多くの市町村の公式HPやNEWS WEB EASYでは、ルビを消す機能もついているが、反ってルビが煩雑で理解の妨げになるという視聴者もいるのであろう。また。聞いたことのない漢語語彙でも、漢字を見れば大体意味が推測できるということを日本人は普段経験していることである。第1回で「アメリカの移民の人々の間には、長年住んでいるので英語は話すのに苦労はないが読むのは困難な人もいる。言語のFossilization (化石化)と呼ばれている。」と述べたが、日本語に関しても、長年日本に住んでいるので日常会話には不自由を感じないが、漢語を使う複雑な日本語は分からないという外国人がいることも想像できる。実際、ブラジル日系人で日本には長年住んでいて日常会話には不自由を感じないが、看護士だったか介護福祉士だったかになりたいので、国家試験のために漢字を学習していている婦人に漢字を教えたことがある。日本で生活するにあたっては、必要最低限の漢字の知識は必要であると思われる。特に、専門用語の知識が必要な職業に就くには漢字の習得が必要であると思われる。ヨーロッパ諸国、アメリカ合衆国、オーストラリア、韓国など、移民として外国人を受け入れている国では、移住後も受け入れ国の公用語の学習を義務づけている国が多い。日本も在留外国人に対して公的に政府の責任で日本語教育を行う必要があると思われる。後の回で、在留外国人に対する日本語教育の問題に触れることにする。

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