「やさしい日本語」は在留外国人にとって「やさしい」のか?|第7回 必要な情報の基準と情報の具体化による長短から見た「やさしい日本語」|永田高志

1. 「やさしい日本語」の基準に「必要な情報に限定して、不必要な情報は省く」という原則があるが、何が「必要で」、何が「不必要か」の基準はあるのであろうか。

第2回の“A Plain English Handbook”の項に示したが、plain Englishでは以下のように情報の省略は意図されていない。私の日本語訳を後に示している。

We’ll start by dispelling a common misconception about plain English writing. It does not mean deleting complex information to make the document easier to understand. For investors to make informed decisions, disclosure documents must impart complex information. Using plain English assures the orderly and clear presentation of complex information so that investors have the best possible chance of understanding it.
我々はまずplain Englishの書き方についての一般的な誤解を解くことから始めたい。文書を理解しやすくするために複雑な情報を削除することを意味していない。投資家が情報に基づく決定を行うためには、公開された文書は複雑な情報を伝えなければならない。投資家が情報を最もよく理解するために、plain Englishを使って複雑な情報内容の秩序だった明確な情報公開を保証するものである。

1.1.  気象庁・内閣府・観光庁『緊急地震速報・津波警報の多言語辞書』2015年

『緊急地震速報・津波警報の多言語辞書』は、情報配信事業者に対して公表し、外国人旅行者や定住外国人に提供することを目的として作られた。英語、中国語(繁体字・簡体字)、韓国語、スペイン語、ポルトガル語で翻訳されているが、それ以外の言語を母語に持つ外国人には「やさしい日本語」で知らせるようになっている。「翻訳にあたっては、日本語の表現を単に直訳するのではなく、外国人が誤解なく、分かりやすい表現となるよう配慮しています」と「はじめに」に書かれているが、いくつかの問題点を感じるので、具体的に見ていこう。なお、気象庁や消防庁や観光庁では、対応翻訳言語を11言語に増やし、2020年には、観光庁は訪日外国人に対して国内における緊急地震速報、津波警報、気象特別警報、避難勧告等をプッシュ型で通知できる災害時情報提供アプリ「Safety tips」を監修している。英語、中国語(簡体字・繁体字)、韓国語、日本語、スペイン語、ポルトガル語、ベトナム語、タイ語、インドネシア語、タガログ語、ネパール語、クメール語、ビルマ語、モンゴル語の14か国語に対応している。

1.1.1.  自動車運転中に地震が起った場合

あわててスピードを落とさない

という警告を、「やさしい日本語」では、

ゆっくり くるまめて ください

に書き換えているが、減速が停車になって意味が違い、高速道路で停車すると大変なことになる。英語訳では、“Do not slow down suddenly.” で正しい英語である。「減速」は『広辞苑』では「速力を落とすこと」、『明鏡国語辞典』では「速度が落ちること。また、速度を落とすこと」となっている。「速度」にしても「速力」にしても「やさしい日本語」に書換えが困難で、「スピード」を残すと「外来語の使用はひかえる」という原則に違反するので、このように情報を省略して書き換えたのであろう。また、「落とす」が多義語化していて、『明鏡国語辞典』によると、「①上から下へ物の重みで物を移動させる。落下させる。②くっついているもの(特に、不要物)を取り除く。③身につけていた物をなくす。④身にそなわったものをなくす。⑤光・視線などのものの上に注ぐ。⑥含まれているべきものをもらす。⑦将棋で対戦するとき、強い方が駒を減らす。⑧試験などで、不合格にする。⑨大切な試合を取り逃す。⑩ひそかに逃す。⑪腰や肩などの位置を普通の高さより低くする。⑫物事の程度を劣った(また、低い)状態にする。⑬悪く言う。⑭よくない状態に立ち至らせる。⑮問い詰めて白状させる。⑯おちぶれて、前よりも好ましくない状態や環境などに身を置く。⑰その人の所有に帰するようにする。⑱物事の決まりをつける。⑲コンピューターで、データをある媒体から他の媒体へ移す。⑳城などを攻め取る。㉑柔道などで、気を失わせる。㉒落語で、落ちをつけて話しをしめくくる。㉓電源を切る。㉔口説いて承諾させる。」とあり、この場合の「落とす」は⑫の「物事の程度を劣った(また、低い)状態にする。」に当たるのだろう。例文で「ガスの火を落とす。」が引かれている。いずれにしても、「落とす」は書き換えが困難と思って省略したものであろう。

1.1.2.  エレベーターの中で、地震が起った場合

最寄りの階に停止させすぐにおりる

が、「やさしい日本語」では、

エレベーターを めて ください。エレベーターから すぐに て ください

とあるが、階で停止させずに、中途で「エレベーターを 止(と)める」と大変なことになる。「最寄りの階」が難しいと思ったのか、安易な省略は問題である。日本語能力試験の難易度では、「階」はN5だが、「最寄り」は級外になっている。「近くの階」ぐらいに訳すると誤解が起らないと思うが。英語では、“If you are in an elevator, stop at the nearest floor and get off immediately.” で正しい。

1.1.3.  海辺で地震に遭遇した場合

原文の日本語では、「津波警報が発表されていなくても」

海の近くでゆれたら、すぐに避難!

とあるが、「やさしい日本語」では、

地震じしん津波つなみが きます
うみかわちかくは あぶないです
すぐに たかい ところへ げて ください

となっていて、原文の日本語では、「ゆれたら」という仮定条件で避難を訴えているが、「やさしい日本語」では、仮定がなく、すぐに逃げるように書き換えている。国際交流基金の日本語教材『まるごと』によると、条件の「たら」は日本語教育の初級2で学習する項目になっている。なぜ「海の近くでゆれたら、・・・・・・」の一文を付け加えることを省略したのであろうか。英語版では、“Evacuate immediately if you feel shaking in coastal regions!” で、仮定条件で避難を訴えている。

1.1.4.  津波に関する知識①

「津波に関する知識」の欄で、原文の日本語では、

津波は何度も繰り返し襲ってきて、あとから来る津波の方が高くなることがあります。

「やさしい日本語」では、

津波つなみ何回なんかいも きます
おおきい なみあとから くることが あります

のように、「やさしい日本語」でも可能性を表わす「ことがあります」を使っているのに、なぜ他の部分でも使っていないのか。国際交流基金の日本語教材『まるごと』によると、「V-こと(が)ある」ではN4(中級1)で習う「変化・不定」で「ときどきネットで見ることがあります。」を例文に引いている。また、原文の日本語では可能性を表わす「ことがあります」は、「津波は何度も繰り返し襲ってきて、あとから来る津波の方が高くなる」にかかっているが、「やさしい日本語」では、「おおきいなみあとからくる」にしかかかっていない。「文を短くする」という工夫のために、正しい情報が伝達されないということがあってはならない。文を短くして、正しく言い換えるのなら、

津波つなみ何回なんかいも くることがあります
あとから もっと おおきいなみが くることも あります

と書き換えるべきであろう。英語版では、“Tsunami waves are expected to hit repeatedly. Waves arriving later may be higher.” と、‘are expected’ や ‘may’ のように、可能性を表わしている。

1.1.5.  津波に関する知識②

原文の日本語で、

場所によっては津波の高さが「予想される津波の高さ」より高くなる可能性があります

「やさしい日本語」では、

予想よそう津波つなみの おらせ>より おおきい なみが くる ところが あります

と書き換えているが、ここでは、「予想」というN1レベルの難易度の用語を使っている。また、「ところが あります」を使っているが、「可能性があります」だったら「ことが あります」を使って「ところによっては、~ことが あります」という表現法もある。『明鏡国語辞典』では、「よる[因る・依る・拠る・因る]」の項目で、「≪「…による」の形で≫⑤[依]そのことに関係する。それに応じる」とある。日本語教育では、予想の文型はN4で「Vマス+そうだ」で教えていて、「津波が来そうです」をどうして使わないのか。また、悪いことが起こる可能性ではN3で「V(辞書形)+おそれがある」で「津波が来るおそれがある」をどうして使わないのか。また、可能性の文型としてN4で「V(辞書形)+かもしれない」を教えているので、「津波が来るかもしれない」をどうして使わないのか。色々な疑問がわく。「によっては」はN3 レベルとなっていて、避けたのであろうか。「ところによっては、~ことが あります/V(辞書形)+おそれがある/V(辞書形)+かもしれない」と「V(辞書形)+ところが あります」のどちらが難しいのであろうか、また、どちらの方が正確に情報を伝えているのであろうか。「今回の津波の高さは予想と比べてどうなんでしょうか」という質問に対する答えとしては、「やさしい日本語」は的外れだと思える。「どこでも、津波の高さは一緒ですか」という質問に対する答えとしては、「やさしい日本語」は妥当と思える。前提の問題である。英語版では、“Actual tsunami heights may exceed estimations in some coastal regions.” とあり、原文の日本語に忠実に翻訳している。

1.1.6.  津波に関する知識③

原文の日本語で、

到達予想時刻は、予報区のなかで最も早く津波が到達する時刻です。場所によっては、この時刻よりもかなり遅れて津波が襲ってくることがあります

「やさしい日本語」では、

はじめの津波つなみ到達とうたつ予想よそう時刻じこく津波つなみが くる 時間じかん>よりも あとから くることが あります
をつけて ください

と書き換えているが、この「やさしい日本語」では、「場所によっては」は省略されている。1.1.5.と同じ書き換え法だったら、「あとから くるところが あります」であろう。統一がない。

1.2. 修飾節については、複雑だから構造を単純にして使おうという考えと使うのを避けようという考えが混在している。

1.2.1 静岡県県民生活局 多文化共生課『「やさしい日本語 にほんご 」の手引き』2018年

  名詞にかかる節は、構造を単純にしてください。
例: 地震の揺れで壁に亀裂が入ったりしている建物 → 地震じしんこわれた建物たてもの

のように、名詞節を単純にして「やさしい日本語」に書き換えようという意図だと思うが、日本人だったら「地震で壊れた建物」は「崩壊した建物」と理解するので意味が異なると思われる。ちなみに、『広辞苑』では「壊れる」は「①物が砕ける。くずれくだける。「茶碗が壊れる」②破損する。故障する。「テレビが壊れる」③物事が駄目になる。不成立に終わる。」とあり、建物では①の「くずれくだける」の意味で普通は捉えると思う。上智大学で指導教員として教えていただいた金田一春彦先生(1913年-2004年)の~テイルによる動詞の分類(「国語動詞の一分類」『言語研究』15、1950年)では「壊れる」は結果残存を表わす「瞬間動詞」に分類される動詞で、未完了を表わすのだったら「地震で壊れつつある建物」と書き換えるべきであろう。「つつある」はN2に分類されている。この例は、佐藤和之 弘前大学社会言語学研究室 『〈増補版〉 「やさしい日本語」作成のためのガイドライン』2013年を引用している。「地震で壁が割れている建物」の方が正確に情報を伝えていると思う。「壁」も「割れる」もN4程度の語彙である。構文的には、「地震で(その)壁が割れている建物」という所有格の名詞修飾節で、一般的な主語や目的語の名詞修飾節よりは難易度が高いが、誤解を招くよりも良いであろう。‘Foreigner talk’で、「どうせ外国人は日本語が分からないんだから単純にしろ」という意識だったら、外国人でも原文の日本語を理解できる日本語力を持つ者もいる。  

1.2.2.  埼玉県総合政策部国際課『外国人にやさしい日本語表現の手引』 2006年

今朝、7時21分ごろ、東北地方で強い地震がありました。気象庁は、今後もしばらく余震が続くうえ、やや規模の大きな余震が起きるおそれもあるとして、地震の揺れで壁に亀裂が入ったりしている建物には近づかないようにするなど、余震に対して十分注意してほしいと呼びかけています。――――――――――――――――――――――――――――――――-
今日朝7時21分東北地方で大きい地震がありました。余震後で来る地震に注意してください。地震でこわれた建物に注意してください。この後も注意してください。

どちらの文章がわかりやすいと思いましたか?

上の文章は、詳しく書いてあって、たくさんのことがわかります。
下の文章は、詳しくはありませんが、読んですぐに内容がわかります。
下の文章の方が、わかるまでの時間が短く、どんな人にも(小学生でも、大人でも)わかりやすかったのではないでしょうか。
なぜなら、下の文章は、一つ一つの文章が短くてすっきりしていて、難しいことばを使っていないからです。
下のような文章でつかわれていることばを、やさしい日本語といいます。
やさしい日本語は、多くの人に、すばやく情報を伝えたいときに、とても有効な言葉です。

と説明している。しかし、上の文章は「地震の揺れで壁に亀裂が入ったりしている建物」は余震で壊れる恐れがあるので近づくなという警告を示している文章で、下の文章のように、「地震でこわれた建物」=「崩壊した建物」にわざわざ近づく人はいないし、何に注意するべきなのだろうか。

1.2.3.  豊橋市多文化共生・国際課『「やさしい日本語」を使ってみよう!』2015年

③連体修飾語は避ける
連体修飾語は外国人にとって非常に難しいと感じさせます。
連体修飾語は使用せず、2文に分けましょう。
(例)田中さんが秋葉原で買ったパソコンは… 
田中たなかさんは秋葉原あきはばらパソコンぱそこんいました。そのパソコンぱそこんは…

のように、文構造を分かりやすくするために「連体修飾語は避ける」という方針を採用している。連載中に述べる ‘cohesion’ (結束性)の問題と関連する。「田中さんが秋葉原で買ったパソコンは」では主題を示す「は」は「パソコン」について述べているが、書き換え文、最初の文「田中たなかさんは秋葉原あきはばらパソコンぱそこんいました。」では主題を示す「は」は「田中さん」について述べているが、二番目の文「そのパソコンぱそこんは」では、主題を示す「は」は「パソコン」になり、主題を統一して文の結束性を保つという問題が絡んでくる。結束性を保つのなら、

田中さんが秋葉原でパソコンを買いました。そのパソコンは…

のように、前文を「が」で示し、後文で「パソコン」を主題に示すという方が妥当だと思われる。例えば、

A:田中さんが秋葉原で買ったパソコンは安かったが、新宿で買ったパソコンは高かった。

を「連体修飾語は使用せず、2文に分けましょう」に従うと、 

B:田中さんは秋葉原でパソコンを買いました。そのパソコンは安かった。しかし、田中さんは新宿でパソコンを買いました。そのパソコンは高かった。 

になるのであろうか。Aでは、「田中さんが秋葉原で買ったパソコン」と「新宿で買ったパソコン」を「は」によって対比しているが、Bのように分断してしまうと、文が一貫した主題で纏まらない。連載中に後で文のまとまりについて考える。

1.3. 「やさしい日本語」支援システム『やんしす』

照明のスイッチをつけたり消したり繰り返すと、漏れているガスに引火する場合があります。
という文が
電気をつけたり消したりしないでください。
ガスに火がついたら大変です。
となりました。


www.spcom.ecei.tohoku.ac.jp/~aito/YANSIS/writing.html

とあり、その説明として、以下のように示されている。

「漏れる」を簡単な言葉に置き換えるのは難しそうです。そもそも、電気のスイッチに触らないでもらえばいいことなので、「漏れているガス」とか「ガスが漏れていたら」のような言い方をする必要はないかもしれません。単に「ガスに火がつくぞ」という警告ができればいいわけです。

「漏れている」という語が省略されているために、「電気をつける」のと「ガスに火がつく」が何の関連で一緒になるのかと一般的な外国人だったら思うであろう。説明のように単に警告するだけなら、「電気をつけたり消したりしないでください。」だけで良いように思う。「どうせ分からないんだから」というような人間関係を考慮に入れたコミュニケーションとして、どこまで情報を省略してよいのかという根本問題と関連している。

1.4. 愛知県地域振興部国際課多文化共生推進室『やさしい日本語の手引き』2013年

緊急地震速報です。先ほど、東海地域で地震が発生しました。身の安全を確保し、速やかに最寄りの避難所へ移動して下さい。車を運転中の方は、徒歩での避難をお願いします。

を次のように読み替えている。

地震です。東海地域で地震が起きました。安全なところに逃げて下さい。そのあと、近くの避難所へ行ってください。車を運転している人は、歩いて逃げてください。

「安全なところに逃げて下さい。そのあと、近くの避難所へ行ってください。」と言っているが、「安全なところ」は一般的には「避難所」を指すと思うだろう。他の手引きには「身の安全を確保し」は「身を守る」で、さらには「頭部を守り」とあり、「安全なところに逃げる」とは定義していない。「やさしい日本語」に読み換えるのが難しいと思ってこのように書き換えたのであろう。

1.5. 出入国在留管理庁・文化庁『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』2020年

・抽象的な言葉は使わない
例文       お手続きは、休日はなるべく避けてください。
書き換え例    平日に手続きをしてください。

のように指示しているが、例文では「休日でも手続きができるが、平日の方がありがたい」という意味だが、書き換え例を見ていると、「休日には手続きができない」ということになる。「なるべく」という語が抽象的で分かりにくいから省略しようという趣旨のように思うが、仕事で忙しくて休日にしか時間が取れない日本人には「仕方がないが平日の方がありがたいよ」と希望を示しているが、在留外国人は「平日しかだめ」という意味になり、差別と思われないであろうか。

また、「伝えたいことを整理して、情報を取捨選択する」例として、次のような書き換え例も見られる。

日本人にわかりやすい文章
届出の際は在留カード(後日交付の人はパスポート)を持参してください。
       ↓
外国人にもわかりやすい文章
役所には、パスポートか「在留カード」を持っていきます。

のように指示しているが、正しくは、「在留カードを交付された在留外国人は在留カードを、まだ、在留カードを交付されていない在留外国人はパスポートを持ってきてください」ということで、「パスポートか「在留カード」」ではない。おそらく、在留カードを交付された在留外国人が在留カードの代わりにパスポートを持って行くと受理されないと想像する。

また、「在留資格の取得(出生)」についての項目で、

元の文章
父母とも外国籍の場合、出生届が受理されると、子供が生まれた日から60日以内の間は、在留資格を有することなく住民票が作成されます。子供が生まれた日から60日を超えて日本に滞在しようとする場合は、子供が生まれた日から30日以内に最寄りの地方出入国在留管理官署において、在留資格の取得申請をする必要があります。
        ↓
  日本人にわかりやすい文章
   POINT ・伝えたいことを整理して、情報を取捨選択する
        ・一文を短くする(一文で言いたいことは1つだけ)
日本で生まれた子供が、
・日本国籍を持たない
・出生後60日を超えて引き続き日本に滞在したい
ときは、出生した日から30日以内に、地方出入国在留管理局で在留資格取得の申請を行う必要があります。
        ↓
  外国人にもわかりやすい文章
   POINT ・簡単な言葉を使う
日本にほんあかちゃんがまれて、
あかちゃんの国籍こくせき日本にほんではない
まれてから60にちよりなが日本にほんにいる
ときは、いえちかくの入管にゅうかん(出入国在留管理局しゅつにゅうこくざいりゅうかんりきょく)に書類しょるいしてあかちゃんの「在留ざいりゅうカード」をもらいます。
まれてから30にち以内いないに、役所やくしょでもらった書類しょるいって、入管にゅうかんきます。

「外国人にもわかりやすい文章」を読んだ普通の日本人だったら、書類を出すと新生児の「在留カード」がすぐもらえると想像するし、「役所でもらった書類」とは一体何かと思うだろう、おそらく、元の文章を読むと「出生届」や「住民票」であろう。「申請」という用語が難しいと考えて省略したのであろうが、意味が通じないと思う。同庁から出された出入国在留管理庁・文化庁別冊『やさしい日本語書き換え例』2020年8月には、「申請」は説明されていない。「出生届」は、「あかちゃんがまれたときにまちの役所やくしょかみ」とあるが、「住民票」は説明されていない。後の回で述べる「もらいます」・「行きます」という指示や命令や依頼のマス形の問題と関連して、外国人には難しい表現であろう。

2. 具体化すると分かりやすいが、情報量が減ってしまい、時には原文と意味が違ってしまうこともある。

 抽象的な表現ではなく、具体的な例を挙げると外国人にとっては分かりやすいという固定概念があるようだが、情報量が減ってしまうことがある。第2回で示した ‘plain English’では、情報量を減らして簡易化することを考えていない。具体例を見ていこう。

2.1.弘前大学人文学部社会言語学研究室 減災のための「やさしい日本語」研究会『やさしい日本語が外国人被災者を救います』 2016年

2005年10月に、弘前市で有効性の検証実験を行いました。参加した外国人は中国、韓国、マレーシア、タイ、ベトナム、フランス、ドイツ、ルー マニアなど、17ヵ国からの留学生(88名)です。留学生をAとBの2つのグループに分けました。Aグループには「普通 の日本語」(NJ)で、Bグループには「やさしい日本語」(EJ)で同じ内容の災害情報を示し、2つのグループで、どのくらい理解に差が出るかを検証しました。
「普通の日本語」(NJ)グループには「頭部を保護してく ださい」という指示を、また、「やさしい日本語」(EJ)グループには、「帽子をかぶってください」という指示を与えました。その指示に従えたかどうかの成功率は、2つのグルー プで次のような大きな差がでました。「やさしい日本語」(EJ) 95.2% 成功 「普通の日本語」(NJ) 10.9% 成功。

のように示されている。「頭部を保護してください」と「やさしい日本語」の「帽子をかぶってください」を外国人に伝えたときを比較すると、「やさしい日本語」の方が成功率が格段に上がる。具体化しているからだろうが、日本人に「帽子をかぶってください」を言うと、「ヘルメットはだめなのか」、「机の下に頭を隠すのはだめなのか」というような質問が来るだろう。外国人も同じことを感じないだろうか。

2.2. 気象庁・内閣府・観光庁『緊急地震速報・津波警報の多言語辞書』2015年

その場で、頭を保護し、揺れに備えて身構える

を「やさしい日本語」では、

(バッグや 荷物にもつで) あたままもって ください

と、「帽子をかぶる」こと以外に、「頭を保護する」方法を示している。情報を限定するかりやすいが、情報が不足にならないかという危惧がある。しかし、

揺れがおさまるまで身を守ってください

を「やさしい日本語」では、

地震じしんまるまで あたままもって ください

としているが、「身を守る」ことは「頭を守る」だけでないと思う。さすがに、「地震じしんまるまで、帽子をかぶってください」とは言えなかったのだろう。「地震が まる」という表現の問題については、第3回の2.1.で述べた。英語版では “Be prepared for strong tremors.” となっていて、原文に忠実である。ちなみに、「身を守る」さらには「頭を守る」という具体的な手段を出入国在留管理庁・文化庁『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』2020年では、以下のように示している。

地震直後は身の安全を確保してください。本棚や食器棚が倒れたり、中身が飛び出してきたりするので、座布団など手近なもので頭を守り、テーブルや机の下に入ります。就寝中の場合は布団をかぶります。

座布団をかぶったり、テーブルや机の下に入ったり、布団をかぶるなど帽子をかぶる以外の身の安全を守る方法を示している。また、

むりに火を消そうとしない

を「やさしい日本語」では、

地震じしんまったら して ください

となっているが、原文の日本語文では、「火を消そうとして危険な状況になるのだったら、火を消そうとするな」という意味だが、「やさしい日本語」では「地震がおさまってから火を消してください」という意味になる。おそらく、「地震の最中に火を消すのは危険」→「火を消すのだったら地震がおさまってから」→「地震がおさまってから火を消してください」という思考経路だと思うが意味が違い、日本語話者なら「なぜ、地震がおさまったら火を消さなければならないのだろう」と思うだろう。英語版では “Do not worry about turning off the gas in the kitchen.” となっていて、原文に忠実である。今日の震災予防のテレビ番組によると、ガス器具は震度5以上の揺れで自動的にガスが止る設定になっているそうである。

沿岸部や川沿いにいる人は、ただちに高台や避難ビルなど安全な場所へ避難してください。

は「やさしい日本語」では、

すぐに たかい ところへ げて ください

となり、「避難ビル」は無視されている。高台のない所に住んでいる人も多くいると思う。英語版では “Evacuate immediately from coastal regions and riverside areas to a safer place such as high ground or an evacuation building.” となっていて、原文に忠実である。今これを書いている3月11日は東日本大震災の10周年で、テレビの番組を見ていると、「高台に逃げる時間がなかったので、住んでいた建物の屋上に避難」と被災者の人が言っていた。「高いところ」に、屋上も含まれるのかと思った。

津波は沖合では低くても、沿岸に近づくほど高くなります。

は「やさしい日本語」では、

津波つなみうみちいさくても 津波つなみ海岸かいがんちかくなると おおきく なります

となっている。「沖合」という語が難しいので「海」と言い換えているが、他の例文では、沖合も海岸も含めて「海」とよんでいる。『明鏡国語辞典』では、「海」は「①地球の表面で、広く塩水をたたえている部分」とあり、「陸(りく・おか)」の対義語と解釈している。「海」と「海岸」を「やさしい日本語」のように解釈する日本人はいないであろう。英語版では “Tsunami waves become higher as they approach coastal areas.” となっていて、「沖合」を翻訳していない。『ジーニアス和英辞典』では、「沖(合)に」は、‘out of sea, off the coast, offshore’ となっている。日本語では「沖」と「岸」は対義語になっているが、‘offshore’ は「岸から離れたところ」という意味で、英語では単独の語は存在しない。日本は食料を漁業に依存しているため、海洋語彙が発達しているのであろうか。また、「沿岸」と「海岸」の意味の差にも気になった。『明鏡国語辞典』では、「沿岸」は「①川・海・湖などにそった陸地。②川・海・湖などの、陸地に近い水域」、「海岸」は「陸が海に接している所。また、その一帯。海辺」とある。「沿岸」の方が「海岸」より広い地域を指すと思われる。しかし、「沿岸」はN1、「海岸」はN4の難易度であることを考えて、「海岸」を選んだのであろう。また、「海沿い」という用語もあるが、日本語能力試験の級外になり、避けたのであろうか。日本語能力試験の規格を普通の日本語の難易度に当てはめることに問題があるのではないかと危惧される。中国語では、「沿岸」と「海岸」を使い分けている。英語では、『ジーニアス和英辞典』では、「海岸」は、‘shore, beach, seaside’ と訳されており、「沿岸」は ‘coast’ と訳されている。

ブロック塀の倒壊に注意

は、【具体例を出す場合】として、

かべたおれます はなれて ください。

としている。原文の日本語では「壁が倒れるかもしれないので注意してくれ」という意味だが、「やさしい日本語」では、「今壁が倒れるので、離れてください」という意味になって、本来の意味と違う。英語版では “Look out for collapsing concrete-block walls.” となっていて、‘collapsing’ と進行形で表わしており、原文に忠実である。

あわてない

は「やさしい日本語」では、

びっくり しないで ください

としている。『明鏡国語辞典』では、「あわてる」は「①予期しない出来事に出会って、落ち着きを失う。また、その解決を急いで取り乱す。周章狼狽する」となっていて行動を示し、「びっくりする」は「〔副〕突然のことや意外なことにおどろくさま」とあり心理状態を示しているという違いがある。『角川類語新辞典』では、「あわてる」の上位分類は「狼狽」で、「びっくりする」は「驚き」である。国立国語研究所編の『増補改訂版 分類語彙表』(大日本図書、2004年)でも、「あわてる」の上位分類は「安心・焦燥・満足」で、「びっくり」の分類は「感動・興奮」である。また、「びっくり」は外国人向けには使用に注意が必要なオノマトペである。それ以上に、英語版では、“Stay calm. Do not panic. Overreaction can incite mass panic. Panic leads to injury.” とあり、この長い翻訳に対して、「地震に関する経験、文化がない外国人に、あわてないで行動する必要があることをより具体的に伝えるため、英語では、あわてることによりパニックが起きると大変危険であることについて説明しています」という注記がある。中国語版でも同様である。「やさしい日本語」が分かる程度日本にいる外国人には、具体化して示す必要がないが、慣れていない外国人には具体化して示す必要があるということであろうか。また、「あわてる」というような基礎語を言い換えるともっと複雑になるからであろうか。

2.3. 公益財団法人千葉市国際交流協会 「やさしい日本語アンケート」2016年

外国人100人に対してアンケートを行いその結果を公表している。その中に、「停電中です」と「やさしい日本語」に書き換えた「電気を使うことができません」を比べて、後者の方が理解度が高いことを示している。福岡市総務企画局国際部国際政策課『使ってみよう「やさしい日本語」』2018年でも「停電する」を「電気でんき使つかうことが出来できない」と言い換えている。しかし、普通の日本人が「電気を使うことができません」と言われると、電気料金を払っていないのか、漏電していて電気を止めているのかとか、不安に思うだろう。具体化されていて分かりやすいが,充分な情報が与えられていないのは問題だ。第3回で「停電」を「電気が停まる」と言い換えると、和語動詞「停まる」の多義語の問題と関連することを述べた。とんだばやし国際交流協会『やさしい日本語活用冊子』 2005年でも、「停電する」を「でんきがとまる」と読み換えている。「停電」は『広辞苑』では「送電が一時とまること。また、そのため電灯が消えること」、『明鏡国語辞典』では「送電が一時的に止まること。また、そのために電灯などが消えること」と説明している。「電気が消える」というと第3回で述べた比喩の問題と関連する。「電気」はN5、「電灯」はN4で習得する語彙であることを考えると、「停電する」は「電灯(など)が消える」が最もやさしい表現なのであろうか。中国語でも「停电」と使う。英語では、‘blackout’ や ‘power failure’ と使う。

2.4. NHKウェブサイト「NEWS WEB EASY」

「NEWS WEB EASY」でも「やさしい日本語」が使われていると第1回で述べたが、ここでも、情報内容の追加と削除の問題が考察されている。

(a) 追加
専門用語,固有名詞などを書き換えるのは難しい。辞書を使う場合もあるが,新しい用語などは辞書にないことも多い。辞書にない場合には,説明の追加で対処する。
(b) 削除
多すぎる情報は読者にとって負担になるため,内容の一部を2つの観点で削除する。・・・1つ目の観点は,重複の削除である。・・・2つ目の観点は,周辺的な内容の削除である。記事には中心的な内容のみを残して,周辺的な話題を削除する。

(cf.田中英輝・美野秀弥「ニュースのためのやさしい日本語とその外国人日本語学習者への効果」NHK技研 R&D/No.168/2018.3)

難しい語はクリックすると辞書を参照することが出来る。小学生向けの『例解小学国語辞典』を使っているため、時事用語、専門用語など小学生向きでない語彙も当然使う必要があり、追加については、説明を加えるという手段を取っている。今問題になっている情報を削除する場合は重複と周辺的な話題であり、本来の情報自体の削減は意図していない。

3. 結論

どこまで省略すると、また、具体化すると原文の意味を変えないで分かりやすくなるのかは答えの出ない重要な問題である。できる限り短く、簡単にするかということが要旨である。しかし、表現上では焦点を与えたい問題については繰り返し述べることが重要であると言われている。特に話し言葉では書き言葉と違って読み返すことができないので、繰り返し述べよと言われている。重複を避けよという主張とは相反する主張である。「N4程度の初級日本語能力の在留外国人に詳しい説明をしてもどうせ分からないんだから」省略しようとか、はっきりと具体的に言うべきだという考えだったら、人権上の問題が起ると想像される。

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