「やさしい日本語」は在留外国人にとって「やさしい」のか?|第8回 文のつながり・文章・語用論・敬語・非言語行動から見た「やさしい日本語」|永田高志

この回では、文のつながりや文章のような文の上の単位、文の語用論、社会言語学的側面、非言語行動について考えることにする。

1. 文を短くすると、分かりやすいのか?

「一文を短く」と言っているが、省略の文法的、構文的基準はあるのか。文のつながりを示す接続詞の使用に関しては公文書にばらつきがある。

佐藤和之 弘前大学社会言語学研究室 『〈増補版〉 「やさしい日本語」作成のための ガイドライン』(2013年)では、

(2)1文を短くして、文の構造を簡単にしてください
1文の長さは24拍程度です。長くなっても30拍は超えないようにしてください
①主語と述語を一組だけ含む文にしてください
②連体修飾節(名詞を説明している部分)の構造を単純にしてください

と指導している。詳しく見ていこう。

1.1.  京都市保健福祉局障害保健福祉推進室『「分かりやすく伝えるため」の手引き」』2018年

「一文を分かりやすくする工夫する!」ために、「3.接続詞はなるべく使わない」と指示している。

1.2.  東京都港区総務部総務課文書係『実践!やさしい日本語による公文書』2017年

以下のように、接続詞を推奨している。

接続助詞(が、ので、から、ても等)や中止形(~し、~され)のところで区切り、「しかし」「したがって」等の接続詞を使ったり、前の文と関係のある語句を持ってきて、後の文を書いたりする。
  ○○は、・・していますが、△△のため、□□します。
     ↓(接続助詞のところで区切る。)
  ○○は、・・しています。
  しかし、△△のため、□□します。

1.3.  東京都 生活文化局 都民生活部 管理法人課 市民交流国際係主催 「東京都防災(語学)ボランティア研修」の中の「やさしい日本語技術」 2013年(2602news.pdf (tokyo.lg.jp)

文を短くということで、

a. 朝の電車はいつも満員だから、ずっと立ちっぱなしでとても疲れる。
b. 朝の電車には、人がたくさんいます。私は、ずっと立っています。とても疲れます。

aからbに書き直しているが、「だから」という接続助詞があるので、前半部と後半部のつながりが分かり、aのほうが読みやすいと思われる。すぐ後の書き換え例では、

c. 駅までは大した距離じゃありませんから、タクシーを呼ぶまでもありませんよ。
d. 駅は近いです。だから、タクシーを呼ばなくてもいいです。

この書き直しは「だから」という接続詞があるので読みやすい。bも同様にするのだったら、

朝の電車には、人がたくさんいます。だから、私はずっと立っています。とても疲れます。

とするべきだろう。

接続助詞で文や節が結ばれていて長いので短く読みやすくするのだったら、以下のように接続詞で二文に分けることが出来る。

私は彼の家に行ったが、彼はいなかった。 → 私は彼の家に行った。しかし、彼はいなかった。
私は行ったし、彼も行った。 → 私は行った。また、彼も行った。
私が行ったので、彼は行かなかった。 → 私が行った。だから、彼は行かなかった。

1.4.  出入国在留管理庁・文化庁別冊『やさしい日本語書き換え例』2020年8月

一文は短くする(一文に言いたいことは1つだけ)
例文
婚姻をするときは、役所に届出をし、届出が受理されると、婚姻が成立します。
書き換え例
結婚するときは、役所に「婚姻届」を出します。
役所が「婚姻届」を受理すると、結婚が成立します。

二つの文につながりを持たせるのだったら、二文の間に「そして」や「その後」などを書き加えたい。

1.5.  宇都宮市『外国人への情報提供ガイドライン「やさしい日本語」と「多言語翻訳」』2015年3月

一つの文に一つの情報とする。
ドアや窓を開けて,避難する場合に備えてください。
⇒ ドアと窓を開けてください。逃げる準備をしてください。

と示しているが、「やさしい日本語」を読むと、「さあ、今逃げるように」のように聞こえる。しかし、元の文では、「ドアや窓を開けることによって、避難する場合に備えてください」と指示しているが、「逃げる準備をしてください」とは言っていない。元の文の接続助詞「て」は、方法や手段を表わしている。「やさしい日本語」では、「そして」のように引き続き他のことが起こる関係を示す「て」と解釈している。そういえば、阪神大震災直後、神戸の実家に家族を援助するために滞在した折、寒かったがドアや窓を開けて寝ていた。余震が起った場合に、振動でドアや窓が開かない可能性があるのを経験していたからである。「逃げるときのために、ドアや窓を開けておいてください」が妥当な表現であろうか。

“Federal Plain Language Guidelines” 2011年では、段落の項に ‘Use transition words’(連結語を使え)と文の間に連結語をつかうことを以下のように指示している。後に私の翻訳を示す。

A topic sentence may provide a transition from one paragraph to another. But a transition word or phrase (usually in the topic sentence) clearly tells the audience whether the paragraph expands on the paragraph before, contrasts with it, or takes a completely different direction.
ひとつの主題文は一つの段落から次の段落に連結を示すことがある。しかし、連結語や語句(主題文においては常に)はある段落が前の段落に、拡張して続くのか、反対のことを述べるのか、全く異なった方向に向かうのかを読者に明確に示すものである。

アメリカに留学した際にcompositionの授業で教えられた文章構成法では、まず複数の文を最初に書いて、複数の文の論理的つながりを考えて並べ替え、接続詞や代名詞で文章にまとまりを与える手法であった。Michael Alexander Kirkwood Halliday(マイケル・アレクサンダー・カークウッド・ハリデー 1925年-2018年)は機能文法の観点から ‘cohesion’ (結束性)という概念を提案した。接続詞などによって複数の文をまとめて段落につながりを与えることによって、統一した概念にまとめるという考えである。1976年に妻であるインド人の言語学者 Ruqaiya Hasan (ルクイヤ・ハッサン1931年-2015年)と共著で “Cohesion in English” を表わし、1978年に上智大学の連続講義のために御夫婦で息子を連れて来日した。息子は当時小学生でHalliday氏が講義の時にはHasan氏が、Hasan氏が講義の時にはHalliday氏が世話をしていたが、たまたま両人とも同時に講義の日があり、大学院生に息子の世話をさせるということになり、世話役を仰せつかったのが私であった。息子は飛行機が好きだということで成田だったか羽田だったか飛行場に連れて行った。道々、「学校へ行く必要がないのか」と私が聞いたら、「「あなたは勉強が進みすぎているので、授業に出なくて良い」と先生に言われた」という返事であった。また、モノレールに乗った時、たまたま前の席に白人の旅行者たちが座った。その時、息子は「あなたは~州の出身でしょう。英語の発音で分かる」と話しかけたときには驚いた。「二親とも言語学者の家では、家庭内でも言語学が話題になるのだ。この子も大きくなったら著名な言語学者になるのかな」と思ったことを覚えている。その後どうなったのか。個人的な体験として記憶に残っている。

2. 「やさしい日本語」の易しさの判断基準に、文章も考慮に入るべきではないか。

「やさしい日本語」の易しさの判断基準は、語彙、文法、文章と分けて考えられる。日本語教育の分野では、語彙、文法レベルでは論議がなされているが、文章レベルの研究が遅れており、アメリカで研究が進んだリーダビリティーの研究を導入しようという動きが始まった。李在鎬氏は以下のように述べている。

まず、1 つ目の位置づけに関しては、次のような問題意識がある。これまでの日本語教育分野では、語彙や文法項目の難易度に関しては、(適切かどうかはさておき)旧日本語能力試験の「出題基準」のような資料が存在する一方、文章の難易度に関しては、共通認識となる資料および見方は存在しない。しかし、学習効果という観点から考えた場合、教師は学習者の理解度に応じて、教材の難易度を統制する必要がある。従って、文章の難易度に関する共通理解の不在問題は、日本語教育全体における課題と言わざるを得ない。こうした問題の根本原因として、語彙や文法項目に比べ、文章という単位は、情報量が多く、一貫した分析が難しいということが考えられる。本研究では、こうした問題を解決するために、自然言語処理で利用されるデータ解析の手法を用いて、難易度の公式化を行う。
次に、2 つ目の位置づけに関しては、次のような問題意識がある。近年、日本語教育の社会的役割を議論する場面において「やさしい日本語」の存在が強調されてきている。この「やさしい日本語」をめぐっては、庵(他)(編)(2012)で全体像が示されてから、NHK の「NEWS WEB EASY」(http://www3.nhk.or.jp/news/easy/(2016.7.27.閲覧))によるニュース配信、さらには、岩田(2016)のような実用書が刊行されるなど、様々な形で研究成果が活用されている。こうした動きの背景には、(日本が今後向かっていくと予想される)多文化共生社会におけるユニバーサルな日本語コミュニケーションの実現という課題にとって、「やさしい日本語」が必要不可欠だという認識がある。
このように「やさしい日本語」の必要性は認識されてきている一方、いざ「やさしい日本語」を書く(または話す)ということにおいては、様々な課題が指摘されている。例えば、田中(他)(2012)や岩田(2014)などでは、旧日本語能力試験の「出題基準」を利用し、「やさしい日本語」を実現しようと試みている。具体的には、3 級や 4 級の語彙や文法項目を使用することを一つの基準として提案しているが、これには 2 つの問題が考えられる。1 つに、テスト作成のために作られた「出題基準」のような項目表を、「やさしい日本語」のような到達目標が定まっていないコンテンツにおいて使用することの適切性の問題、2 つに、文章の構成要素を変えることで、文章全体がやさしくなるということが担保されないという問題である。

庵功雄・イヨンスク・森篤嗣(編)(2012)『「やさしい日本語」は何を目指すか: 多文化共生社会を実現するために』ココ出版
岩田一成(2016)『読み手に伝わる公用文: 〈やさしい日本語〉の視点から』大修館書店
田中英輝・美野秀弥・越智慎司・柴田元也(2012)「やさしい日本語による情報提供-NHK の NEWS WEB EASY の場合」、庵 功雄・イ ヨンスク・森 篤嗣(編)(2012)pp.31-57
岩田一成(2014)「看護師国家試験対策と「やさしい日本語」」『日本語教育』158 号、pp.36-48

(cf. 李在鎬「日本語教育のための文章難易度に関する研究」(『早稲田日本語教育学』 第21号、2016年)

このような問題意識から、何がやさしい文章かを判断する資料として、日本語教育の教科書や学校の教科書を使い、統計的な見地から ①平均文長、②漢語率、③和語率、④動詞率、⑤助詞率などを指標として易しさを判断している。そもそも、日本語能力試験の出題基準で決められている段階分けの客観的な基準はあるのであろうか。

3. 形式上の易しさだけでなく、語用論的な観点も導入する必要がある。

語用論(pragmatics)とは、言語学の一分野で、言語表現とそれを用いる使用者や文脈との関係を研究する分野である。例えば、喫茶店で、客が「コーヒーありますか」と店員に聞いたとき、「はい、あります。お飲みになりますか」とは答えないで、「ホットですかアイスですか」と答えるのが普通である。喫茶店ではコーヒーがあるのは当然で、「コーヒーありますか」は質問文であるが言語行為は「コーヒーをください」という依頼だからであるからである。どのような状況で質問文が依頼行為になるのか、またそれはなぜなのか、などを研究する分野として、語用論はイギリスの哲学者John Langshaw Austin(ジョン・L・オースティン1911年-1960年)の発話行為の研究に端を発し、John Rogers Searle (ジョン・サール1932年- )による適切性条件の議論や、Herbert Paul Grice(ポール・グライス 1913年-1988年)による協調の原理の解明によって一定の到達点に達した。その後は、グライスの理論を批判的に継承したDeirdre Wilson (ディアドリ・ウィルソン1941年-)とDan Sperber(ダン・スペルベル1942年-)による関連性理論と呼ばれる枠組みが展開されている。

昔、Georgetown大学に留学中に、先生に用事があり部屋をノックしたら、“Why don’t you come in?” という返事が返ってきた。日本の英語の授業では ‘why’ は理由を聞く疑問詞で ‘because’ で答えるように教育されていたが雰囲気が変だなと思ったことがある。 ‘Why don’t’ は ‘whyn’t’ と省略され、[waint] とか [hwaint] のように発音されて、この場合には構文的意味では「どうして入ってこないの」だが、語用論的には「入ってきなさい」という丁寧な提案で使われているのを学んだ。語用論の視点も言語学習には重要である。語用論の観点から「やさしい日本語」を見てみよう。

3.1.  語の意味と語用論的意味の違い

宇都宮市『外国人への情報提供ガイドライン「やさしい日本語」と「多言語翻訳」』(2015年3月)では、

控える。 (できるだけ)~しないでください。
勧告する。 ~してください。
注意する。 気をつける。
警戒する。 気をつける。(p.40)

のように「やさしい日本語」で言い換えているが、「控える・勧告する」は「~しないでください・~してください」と言語行動の言い換えだが、「注意する・警戒する」は「気をつける」と意味の言い換えでレベルが違う。「注意する」は、他動詞「XがYに注意する」と、「風邪をひかないように注意する」のように自動詞「Xが~しないように注意する」では意味が違う。「我々があなたに注意する」だったら、「~しないでください」になる。「勧告する」も「我々があなたに勧告する」だったら「~してください」だが、「あなたがYに勧告する」だったら意味が違う。統一するのだったら、「気をつけてください」にすべきだと思う。

3.2.  文法的意味と語用論的意味の差

3.2.1 出入国在留管理庁編「やさしい日本語」版『生活・仕事ガイドブック』2019年

1-6「在留ざいりゅうカード」をかえ
日本にほんもどらないひとなくなったひとなどの「在留ざいりゅうカード」は、らなくなったから14以内いないかえします。

のように、「返します」で指示や命令や依頼の表現を作っている。また、14の数の読み方も難しい。「日本語」版では、

1-4 在留カードの返納
以下の場合には,在留カードを地方出入国在留管理局に返納する必要があります。
以下のどちらかの方法で14 日以内に返納してください。

のように、「必要があります」や「してください」で示している。「返します」のように平叙文で指示や命令や依頼を表わす文は外国人には難しい。同様に、「やさしい日本語」版では、

あたらしい在留ざいりゅうカードをもらいます。

「日本語」版では、

現在許可を受けている在留期間を超えて引き続き日本に在留を希望する場合は,地方出入国在留管理局に在留期間の更新の申請を行う必要があります。

で一貫して同じ「必要があります」というパターンで表現している。一方、「やさしい日本語」版では、「もらう」に対して「もらいます」はマス形といって初級で教えられる語形では簡単だから採用したと思うが、語用論的には難しく、日本語教育の初級教科書では教えていない表現である。先生が園児に、「早く、こちらに来ます」のように使っているのを耳にするが、「早く、こちらに来る」に比べるとマス形を使っているために丁寧であるが、依然指示や命令表現である。

1.日本にほん生活せいかつでは、んでいるまち役所やくしょ市役所しやくしょ区役所くやくしょ町役場まちやくば村役場むらやくばなどによくきます。
2.生活せいかつわったら、役所やくしょらせます。
3.生活せいかつでわからないことやこまったことがあったら、相談そうだんします。

とあるが、主語が示されていない。1の文では一般的に日本人が「よく行きます」、2と3ではマス形で読み手に対して指示や依頼や命令をしているようにも見える「わかりにくい日本語」である。
「やさしい日本語」では、緊急時には、

いえちかくにんでいるひとに、
「もし地震じしんなどがあったときは、いろいろおしえてください」
って、おねがいしておきます。
・テレビやインターネット、「Safety tips」(P72)で、津波つなみ(P76)の情報じょうほう調しらべます。わからないときは、日本人にほんじんに「津波つなみ大丈夫だいじょうぶですか」と質問しつもんします。

のように、日本人を頼れとあるが、本来は役所がやるべき仕事を近隣の知り合いの日本人に委託しているのではないだろうか。ボランティアに対する政府の姿勢と一緒で、言語政策に関連する問題についても連載の中で考えていきたい。

3.2.2. 島根県・(公財)しまね国際センター『「やさしい日本語」の手引き』2014年

元の文章
②病院で妊婦と診断を受け出産予定日の確定後、○○課で母子健康手帳をもらってください。
「やさしい日本語」にすると
病院びょういんきます。あなたの あかちゃんが まれる が わかったら、(市役所しやくしょの △ かいの○○きます。母子ぼし健康けんこう手帳てちょうを もらいます。

のように指示しているが、「ください」というやさしい指示表現を、難しい指示や命令の「ます」にわざわざ書き換えている。

3.2.3. 豊橋市多文化共生・国際課『「やさしい日本語」を使ってみよう!』 2015年

『高台に避難してください』を、「やさしい日本語」に言い換えると、『高いところへ逃げて』になるよ。この方が分かりやすいよね。

と書いているが、指示・依頼の「逃げて」は難しい。テ形は語形としては単純だが、語用論レベルでは「逃げて」を上昇イントネーション↗で言うと依頼文、下降イントーネーション↘で言うと指示文や命令文になり、初学者にはけっして「やさしい日本語」ではない。

3.2.4. 佐藤和之 弘前大学社会言語学研究室 『〈増補版〉 「やさしい日本語」作成のための ガイドライン』2013年

(8)文末表現はなるべく統一するようにしてください
①可能 「することができます」
②指示 「~てください」

としている。

3.2.5. 福岡市総務企画局国際部国際政策課『使ってみよう「やさしい日本語」』 2018年

・指示「~してください」
→「~しましょう」には指示以外にも勧誘の意味があるので好ましくない
例:「手を洗いましょう」 → 「手を洗ってください」

とあるが、日本語教育では勧誘表現として「V-(よ)う/-ましょう」を初級で教えている。本来的な意味は勧誘で、しかし、実際には「さあ、皆、手を洗いましょう」という表現は指示の意味でも使われているので、語用論的な視点から在留外国人にも教えておいた方が妥当ではないか。「さあ食べましょう」という発話も話し手が一緒に食べるのなら勧誘、食べないのなら指示とはっきりするが、勧誘なのか指示なのかは境界線上にあって判断が難しい。

3.3.  二重否定の語用論的意味

3.3.1.  埼玉県総合政策部国際課『外国人にやさしい日本語表現の手引』 2006年

二重否定は使いません
例:「行けないことはない」→ 「行くことができます」
               「行けます」

のように、二重否定を禁止している。

3.3.2.  宇都宮市『外国人への情報提供ガイドライン「やさしい日本語」と「多言語翻訳」』2015年3月

二重否定を避ける。
 受付できないものではありません。 ⇒ 受付できます。

3.3.3.  岡山県県民生活部国際課『やさしい日本語てびき』2015年

二重否定にじゅうひてい使つかわない。
× はいってはいけないことはないです。
はいっていいです。

のように、二重否定を禁止している。

3.3.4.  『「やさしい日本語」を使ってみよう!』豊橋市多文化共生・国際課、2015年

⑥二重否定は避ける
「できないことはない」「受け取ることができないわけではない」などの二重否定は外国人にとって混乱を招きます。
(例)「できないことはない→できる」

のように、二重否定を禁止している。多くの地方公共団体の「やさしい日本語」でもそうである。しかし、語用論的に見ると実際の言語生活の場では二重否定は肯定と同じ意味ではない。「入ってはいけないことはないです」という二重否定文は「入っていいです」と単純に許可する場合には用いない。一般的には、「入ってほしくはないが、・・・」ということを婉曲に表現した文である。婉曲表現は待遇表現と密接な関係を持っている。日本語能力試験では、「わけではない」はN3で教える文型になっている。二重否定ではないが、「悪くはない」という表現は、「悪い」・「良くも悪くもない」・「良い」の三段階の中で、「悪い」を否定して、「良くも悪くもない」・「良い」を残し、一般的には「良くも悪くもない」ということを示唆している。積極的に褒めるのなら「良い」を選択したはずである。

4.敬語を使うべきかどうかには慎重な配慮が必要である。

外国人にとって日本を学習する際の困難な問題としてよく敬語が挙げられている。したがって、多くの「やさしい日本語」では、複雑な敬語使用を控えるように指導している。

4.1. 出入国在留管理庁・文化庁『在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン』2020年

文末は「です」「ます」で統一する
尊敬語、謙譲語は使わず、敬語は丁寧語だけにします。
例文     お越しいただく必要はありません。
書き換え例  来なくてもいいです。

とある。

4.2. 埼玉県総合政策部国際課『外国人にやさしい日本語表現の手引』 2006年

尊敬語、丁寧語は使いません。
例:御出席くださいますようお願い申し上げます。→ 出席してください。

とあるが、謙譲語だけを使えというのであろうか。その前の記述では、

「~です」、「~ます」形にします。
口語と同じ、または初級日本語の教科書で使われている形です。日本語教室でもこの形で教えています。外国人にとっては、普段から聞き慣れ、使い慣れている形です。

とあり、丁寧語で表現することを指示している。敬語に対する知識の欠如が分かる。

4.3. 岡山県県民生活部国際課『やさしい日本語てびき』2015年

敬語けいご謙譲語けんじょうご使つかわない。
例 ×まいります  → ○きます

とあり、丁寧語「ます」も敬語の一分類であることを理解していないのであろうか。「敬語」ではなく、「尊敬語」の誤りであろう。

4.4. 宇都宮市『外国人への情報提供ガイドライン「やさしい日本語」と「多言語翻訳」』2015年3月

敬語は控えめにする。
※ 丁寧な言い方が通じない場合は,言い方を変える。
こちらに御記入ください。 ⇒ ここに書いてください。
おかけになってお待ちください。 ⇒ 少し待ってください。

しかし、注記として、

「おかけになってお待ちください」という表現を単純に簡単な言い方にすると,「座って待ってください」になりますが,「座ってください。」という言い方は,強制的な印象を与えることもあることから,言い方には注意が必要です。

とある。

4.5.  東京都港区総務部総務課文書係『実践!やさしい日本語による公文書』2017年

敬語の過剰な使い方はしない
公文書にも敬語は必要ですが、使いすぎるとかえって読む人に無礼な印象を与えることがあります。適切な使い方を心掛けましょう。
【過剰な敬語の例】
「御」や「お」を付け過ぎる。
・御担当者の御出席をお願いいたします。
→ 担当者の出席をお願いいたします。

4.6.  京都市保健福祉局障害保健福祉推進室『「分かりやすく伝えるため」の手引き」』2018年

日本語の中でも敬語は分かりづらい。相手に応じて使い分けてほしい。

総合すると、複雑な敬語は控えたいが、対人関係を考慮すると一概には敬語を使うなとは言い切れないという姿勢であろうか。例えば、市役所で、日本人の市民には「お越しいただく必要はありません。」と言っている所員が、在留外国人には「来なくてもいいです。」と言っているのを、日本語に堪能な在留外国人が聞くと、差別と捉えられる可能性もある。また、「やさしい日本語」を日本人と外国人の間の相互的な意思交流に使おうという動きもある。しかし、敬語は語彙だけの問題ではなく、誰に対して敬語を用いるべきかという社会言語学的問題でもあり、日本社会での対人関係を理解していないと使えない。また、理解しているからといって、日本人として生活していない在留外国人に「日本社会で住んでいるから日本人と同じ社会性を持て」とはいえないであろう。

5. ジェスチャーやサイン文字は世界共通ではなく、文化的個別性がある。

我々が日常使っているジェスチャーやサイン文字は具象性が高く、どこの国でも世界共通に使っているという思い込みがある。神戸市中央区役所主催の「やさしい日本語」の講習会においても、ある若者は「食事」のジェスチャーを、左手でお椀を持つ仕草、右手で箸を持って口に入れる仕草で表そうとしていた。お椀を手で持つ文化は少ない。同じく米を主食にしている韓国では、お椀は手に持たない。子供の時に親からそうしつけられたそうである。中国では地域によって違いがあるそうである。まして、手で食べるインドやネパール、ナイフ・フォークで食べる西洋諸国においては通じないジェスチャーであろう。私もハワイ大学の夏期講座に参加のためハワイに滞在していたときに、国ごとのジェスチャーの違いを実感する体験をした。休みの日にバスで観光に出た。混んでいたバスから降りる必要があり、「手刀」というのか、腰をかがめて手刀をして降り口に向かったら、周囲の人から驚かれたことがあり、ハワイでは使わないジェスチャーと気がついたことがあった。自分としては自然と出たジェスチャーであったが。

5.1.  サイン文字にしても国際的な違いがある。

5.1.1. 出入国在留管理庁編「やさしい日本語」版『生活・仕事ガイドブック』2019年

電車やバスの中で、「× おおきいこえはなす。」のように、×印を禁止の意味で「やさしい日本語」版で使っているが(p.88-90)、外国人には理解できるのであろうか。温泉や銭湯で「○ からだをきれいにあらってから、湯船ゆぶね(お)がはいっているところ)にはいります。」という説明に○印(p.91)を付け「しなさい」の意味で使っているが、同様である。

日本では胸の前で両手を交差させると×(バツ) になり否定を表す。しかし、多くの国で×(バツ)は否定を表さないし、○(マル)も肯定を表さない。多くの国で×(バツ)や✓(チェック)が該当するという意味で使われる。最近、書面において○の代わりに日本においても「チェックをしてください」のように✓が使われることが多くなった。日本語学校で中国人留学生に聞いたところ、該当する場合には、○は使わなく、×や✓を使うそうである。アメリカ人留学生も同様であった。昔、「やさしい日本語」の説明会でも、避難経路を記すボードに、「ここは通るな」の意味で×印が使われていたが、反対に「ここを通れ」という意味に外国人には理解される可能性があり、注意すべきである。指での数の示し方も文化差がある。インドでは16進法に従って、親指で人差し指から関節に従って4まで数え、他の指も同様に4×4=16で数える。中国でも異なる。アメリカでは親指から開いて数を示す。昔話をすると、1970年に初めて海外旅行に出た折、白人若者旅行者と最初に会ったときの挨拶のサインは「ピースマーク」だった。当時日本では漫画とテレビ番組で有名になった「サインはV」で Victory の勝利サインであった。最近では写真を写す合図の「はいチーズ」の時に出す手のサインとして使われている。同じサインも時代によっても意味が変化する。

5.2.  ピクトグラムや地図記号にも国際的な違いがある。

ピクトグラムに関してもそうで、世界共通にするために障害者向けの国際シンボルマークが規定されている。禁止を表わす場合には,以下のようなピクトグラムが使われおり、日本のクロスをする×のマークは一般的でない。

  PG00


【一般禁止・および禁止の基本形状】 特定の行為を禁止する場合に文章とともに記し、あるいは具体的な禁止内容を黒で図示した上にかぶせる。


地図マークにしてもそうで、郵便局を表す〒は、日本郵政グループの前身、逓信省の「テ」のデザイン化で国際的には通用しない。レストランの一般的なピクトグラムは、箸とお椀ではなくて、ナイフとフォークが一般的であり、西洋料理を国際的と認知しているということであろうか。

5.2.1. 出入国在留管理庁編「やさしい日本語」版『生活・仕事ガイドブック』2019年

「在留カードをもらう」の欄(p.3)で、大きな空港に着いた外国人は、空港で在留カードをもらい、近くの市役所に提出とあって、ピクトグラムは、→印で、「空港→市役所」とあるが、小さな空港に着いた外国人は、在留カードは家に郵送なので、その後近くの市役所に提出とあって、ピクトグラムは、→印で、「市役所→家」とある。「家→市役所」が正しく、→印の方向が逆である。

ジェスチャーやサイン文字やピクトグラムの使用は国によって異なる場合があるということを念頭に置いておくべきであろう。

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