第19回  見えてきた日本語教育の将来像と関係者のそれに対する理解の無さ|田尻英三

★この記事は、2021年3月5日までの情報を基に書いています。

前回の記事から、ちょっと時間が過ぎてしまいました。掲載が延びた理由は、第3回の「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」(以下、「資格会議」と略称)の検討内容をご紹介し、それに対する田尻の最低限のコメントを書くためです。
第3回の「資格会議」は、日本語教育の将来像が示されている大事な会議です。しかも、この会議は希望すれば誰でも傍聴可能な会議です。こんな大事な会議が公開されることは、田尻の経験では初めてです。傍聴が可能となったことで、誰がどのような発言をしたか、誰がどのような場面で発言をしなかったのかがわかるようになりました。傍聴者は、約400人ということです。これだけ多くの方々がこの「資格会議」に興味を持っていただいたことは、委員の一人として大きな励みとなりました。次の会議は3月中に開かれますので、また多くの方々が傍聴していただくことを期待しています。

1.「資格会議」の検討事項


第3回の「資格会議」で扱われた大事な点のみ説明します。
第一の議題は、「日本語教育機関の類型及び範囲に関する論点」です。
今回は、この議題の審議で終始しました。


(1) 日本語教育機関の類型化
〈類型化の必要性〉
学習者が自らの必要とする学習機会を選択できるために、各機関の日本語教育の内容等を見える化して、学習者の学びを評価できるように教育内容の質を保証する、と書かれています。田尻は、日本語教師の国家資格化と日本語教育機関の類型化はセットでなければ法律にならないとされていることで、この件は了解しました。
ということで、日本語教師の国家資格化は、この類型化の前提としての了解事項となります。2021年度の文化庁の予算(3月2日衆議院通過)にも、「日本語教育の質の向上等」の項目にもこの件は予算化されています。あいかわらず、日本語教師の国家資格化は未定だと言っているひとがかなりいますが、それは間違いです。何年度から実際に動き出すからはこれから決まりますが、方向性はすでに決まっているのです。

〈類型化に当たっての主な課題〉
〇制度化の目的
標準的な日本語教育機関の質の確保を目的とするためとなっています。ここでの反対意見はなかったと思いますので、これは決定事項です。次のステップとしては「標準的な機関とは何か」に移ると田尻は考えています。
〇「日本語教育機関」の対象について
専ら日本語教育を行う機関を対象にすると提案され、了承されました。つまり、当面日本語教育機関の問題を取り扱う場合は、まずは日本語学校などの日本語教育機関をまず扱うことになったのです。田尻は、日本語教育全般の問題を扱ったのでは会議としていつまでもまとまらない、と考えていますので、この考えは田尻の考えと同じと考えます。
ここで、大学の留学生別科や大学そのもの、さらには学校教育現場における日本語教育、つまり「就学」の問題が出てきました。第3回の「資格会議」では、特に留学生別科の取り扱いに時間が割かれました。私が驚いたのは、この会議のメンバーが現在の留学生別科の実情を知らずに発言していることでした。したがって、ここでは議論の中身には触れません。留学生別科については国語課が調査中という説明がありましたので、田尻が調査結果をまって改めて審議するという提案をして了承されました。
〇「日本語教育機関」の類型について
はじめに「留学」という類型から検討という事務局案が示されました。これは田尻の考えと同じなので、支持するという意見を述べました。会議では特に反対がなかったと記憶していますが、議事録が公開された段階で確かめます。ただ、資料に「留学」「就労」「生活」が在留資格別類型とあったのは間違いでしたので、田尻が削除するように発言しました。
ここでは事務局から難民の問題を提示されましたので、田尻は今後このテーマで検討する場合の頭出しの項目として、国外(当日国際交流基金の委員は出席していなかったので意見は聞けませんでした)・日系人・夜間中学・障がいをもつ外国人児童生徒などの日本語教育も検討してほしいと発言しました。
〇申請主体について
申請機関として、「留学」は法務省告示日本語教育機関及びそれを目指す機関を指すことで異見がなかったと思いますが、「就労」の場での日本語教育機関とはどんなものを指すのかでは、はっきりしませんでした。田尻は、将来「就労」の場で日本語教育が位置付けられれば、そこに公認日本語教師が関わることが必要と考えています。「生活」では、地域の日本語ボランティアと公認日本語教師との関わり方が問題となり、今後詳しく検討することになったと記憶しています。

なお、当日は地域の日本語教室や留学生の就職についての発表があり、多くの有意義な指摘がありましたが、ここでは割愛します。

2.日本語教育学会の現状認識の無さ


第19回の題目は「関係者」としましたが、ここでは限定して「日本語教育研究者」(日本語教育についての研究を行い、それにより生活をしている人など)と、「日本語教育現場の方」(日本語教育機関の経営者や現場の日本語教師など)をイメージして執筆します。
研究者の団体としては、日本語教育学会(以下、「学会」と略称)が最大のものですので、ここでは「学会」の問題意識の無さを取り上げます。
「学会」のホームページには、「N子の部屋」(あいかわらずこの名称が民放テレビ番組のなぞったものであることや、この名称が意図するものが何かなどが不明のまま)の案内が出ています。この名称がなぞりなら一応わかりますが、「〜子」が一般的な女性名称であるならば、男性はこの企画に関われないというジェンダーの問題になります。社会啓発委員会ではどう考えているのでしょう。
この原稿を書き終えた後に、ましこ・ひでのりさんから「N子の部屋」のネーミングを扱ったURLを教えてもらいました。「ジェンダーと日本語教育―『N子の部屋』に込めた思い―」というテーマです。それによると、発題者は現在の「学会」の在り方に問題を感じて挑戦的なネーミングにしたことがわかります。ただ、この回は2020年10月16日に出されてから、現在まで視聴は441回です。田尻には、この問題意識が「学会」で共有されているとは思えません。この回の参加者の意見を聞いても、田尻が納得するような説明がないので、上に書いた記述は変更しません。

この「N子の部屋」で、日本語教師の資格化が扱われました。3回に分けて扱われましたが、ここでは「資格会議」の内容と関わる第1回の内容を取り上げます。ここでは、発題者の一人が文化庁の資料を説明し、国家資格の件は昔からあったものを改めて検討したと言いました。個人的な集まりでそのようなことがあったかどうかはわかりませんが、少なくとも印刷物として最初に名称独占の国家資格を取り上げたのは、田尻です。もうこのことは何回も書きましたので、典拠は指摘しません。「学会」では、相変わらず田尻の意見はなかったことにしているのだなあ、と思いました。また、別の発題者は、この問題を取り組むことが「議論の突破口」になると言いました。今から議論が始まるとでも思っているのでしょうか。

第3回の「資格会議」でも、「これから考えなければいけない」とか「性急に決めないで」という意見が出ました。
いずれも「学会」で中心的な活動をしている方々です。その方々の現状認識が、あまりに現実と離れていることが気になります。日本語教育施策は上に述べたように、確実に進んできています。「学会」の方々は、この現実を踏まえて発言してください。このままでは、会員に誤った情報を伝える組織となりかねません。
「日本語教育現場の方」にもお願いします。日本語教育の現場の将来像も、文化庁の資料に示されています。今は日本語教育6団体がまとまって活動をしていますが、その6団体に入っていない日本語教育機関もかなりあります。どのような団体であれ、今発言しなければ、この議論から置いていかれます。すでに大枠は決まってしまっている、というところから発想してください。

このウェブマガジンの主旨とは関係ありませんが、今だからこそ個人的な発言をします。ただ、以下の件は「未草」の原稿の主旨とは直接関わりませんので、ひつじ書房の編集部宛へのコメントはお控えください。
私には、ミャンマー人の教え子が日本国内にもミャンマーにもいます。その私には、今のミャンマー情勢は耐え難いものです。教え子がいるかいないかに関わらず、日本人には、ミャンマーが元のような穏やかな国に戻るように祈ることをお願いします。そしてできることがあれば、行動してください。

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