書評 『あらためて、ライティングの高大接続』

髙城英子(専門は理科教育。工学院大学・新潟大学・武蔵野大学 非常勤講師)

1.すでに、ライティング指導が始まっていることを実感できる書

「言語活動」の言葉が新鮮に感じられた学習指導要領(高校では2013年実施)の基で学んできた子ども達が、2016年には大学生になっていたことを改めて実感した。 

本書は2017年刊行の「ライティングの高大接続 ―高校・大学で「書くこと」を教える人たちへ」と呼応する形で編まれた書である。2019年には、本書に関わっている方々の実践書「失敗から学ぶ大学生のレポート作成法」も出版されており、全体を通して、成功例だけを示すのではなく、実践や学習プロセスを赤裸々に示す姿勢に、信頼を感じた。そして、対話的な発言やプレゼン発表などを重視する授業実践が多く見受けられるが、例え地味であっても、私もライティング重視で続けていこうという勇気をいただいた。

本書では、学生からのアンケート調査や、教育現場=教室近くに発生する情報を多く含んでおり、これから実践に移すときの参考になるはずである。また、「いい大学」のみを対象とせずに、いわゆる「中堅大学」や、文系のみならず、理系の学生をも含めて調査を行い、その大学で実際に行われている「大学でのライティングに向けた指導実践」を紹介している点を評価したい。

2.一介の理科教員として 

ライティングについて考えようとして読んでいる私のフィールドは「理科」である。長年、中学校理科を中心に学校教育に関わってきた。30年ほど続けた教員生活を離れてからも、学校以外からの理科・科学教育に関わり、現在は非常勤講師として理科教師の育成が中心になっている一介の教員にすぎない。

理科教員として様々な実践をしてきたが、その中で主に考えてきたことは「科学的思考力の育成」であった。通常の理科授業では、個々の生徒の思考をつかむことは難しく、自分で考えた事を自分の言葉で記述することを重視した指導を続けてきた。レポートでの文章記述を読むことで、個々の生徒の理解に微妙な差があることが分かり、私もレポートへ指導のコメントを書き込むことで、自然に「記述を通した双方向型」の授業となり、ライティング効果を実感してきた。こうした「記述することで、自分の考えを深める指導」は、現在の教職課程講義の中でも続けており、大学生も講義の中の討論だけでなく、講義後に「文章化」することにより、自分の学びを振り返っている。更に、他の学生の文章化された考えを読み返すことで、自他の考えを比較し、学びを深めている。大学生も中学生も、自ら書くことで思考を深めていく姿勢が育ってくることに変わりがないと実感している。

3.本書の見どころ

具体的に、本書の内容を紹介したい。本書には「多様化する新入生、応じる大学教師」の副題が付いているが、第Ⅰ部で大学側の調査や実践を丁寧に取りあげた後で、第Ⅱ部では高校での改革の様子や学習指導要領や入試問題にも触れ、まさに「高大接続」を様々な方向から論じている。

第Ⅰ部では、主に初年度教育中で行われている「文章表現教育」を取りあげているが、第1章では、いわゆる文系を中心とした私立の「中堅大学」を、第2章では、理系のスペシャリスト養成をめざす大学を、第3章では、文系・理系を併せ持つ国立の「総合大学」を取りあげている。ここでの実践は、“お手本”ではなく、それぞれの大学でのアンケートなどの調査に基づき、検討しながら進めてきた“生々しい”報告となっている。それぞれのアンケート調査を読み比べると、高校での「書く経験」は扱った場も字数も様々であり、まさに「多様化する大学生」の姿が浮かんでくる。新鮮な思いで読ませていただいた。

それぞれの大学では、アンケート調査や育てたい「論文作成力」について検討し、カリキュラムを進めているが、成功例のみならず、具体的な実践報告となっている。すでに、大学でライティング指導が始まっていることが実感され、本気度が伝わってくる。こうした具体的な大学での実践に触れることで、高校から「高大接続」を考えている教師は、どんな指導を進める上での方向性をつかみやすくなるであろう。

第Ⅱ部では、2013年から実施された「言語活動」を重点項目とした学習指導要領の基で進められている高校での実践について、高校現場以外の視点から俯瞰的に分析している。同じ校種に長く在籍していると、つい目の前の生徒や担当する教科に目が向きがちなる。既に先行的に実践している高校教師にとっては、広い視野で冷静に生徒像を理解することができるであろう。また、これから「高大接続考えたライティング指導」を考えようとする高校教師にとっては、全体像を俯瞰することができ、カリキュラムデザインをたてる上で、おおいに参考となるだろうと思われる。

第5章では、大学入学時のライティング能力について、学習指導要領改訂前後の「高校国語」の変化や、高校時代の「文章作成経験」を丁寧に分析し、“生身の高校生像”が浮かんでくる。第6章では、言語活動の充実を取りあげた学習指導要領の効果について、7大学の2013~2018年の大学新入生対象の調査に基づき、更に深掘りしている。量的にも質的にも充実した調査が行われており、“高大の接点”での高校生・大学生の実像がかなりリアルに伝わってくる。集団的活動や口頭発表などの言語活動効果が表れているが「書く」学習も充実しているとは限らない。小中学校も含め「書く」学習の機会は増えたが、高校では大学入試改革の影響も無視できないとしている点が印象的であった。第7章では、高校「国語」を中心に、6つの科目に及ぶ、必履修科目・選択科目の内容や目指す学びを明らかにしている。“理科畑”に生きてきた私にとって、改めて「国語」の多様性を知る機会となり、興味深かった。「論理国語」の内容などは、大学人も知っておく必要があるだろうと思う。しかし、「選択科目」であるために“受験に直結する科目”に目が向きがちな高校での科目設定の傾向を考えると、これだけ準備していても、果たしてどれだけの高校生がこの科目を履修し、論理的・批判的な思考方法を学んでいるか、疑問にも感じた。更に第8章では大学入試改革にも踏み込んでいる。大学入試は、英語民間試験の活用問題、国語・数学での記述式問題など大きく揺れている中での提案なので流動的だが、「実用的な文章」「条件付記述式」「個別試験での高度な記述式試験」などの可能性を考えていきたいという姿勢が感じられた。

4.今後への期待

「大学現場では学生の論文作成力が大きな課題となっているんだなあ」と改めて実感した。そして、それを嘆いているだけでなく、実際に動き出している“本気度”を感じた。「大学生」と“ひとくくり”にせず、初年度教育の中で「文章表現教育」を明確に位置づけている。まだ、こうした積極的なカリキュラムを開始していない大学にとっては、具体的な実践例として良い先行例として欲しいと期待する。

その一方で、「書くことの“お作法”“書き方”指導」であることの限界が感じられ、論文作成の指導は“本丸”となる大学の研究を通して進めるべきものとも感じた。「書くべき内容を考えさせる指導」と「書き方指導」の両方がかみ合ってこそ「書くことで思考が深まっていく」のであろう。初年度教育として、多くの学生が関心を持ちやすい課題を取りあげ、「書き方指導」に重点を置く「文章作成経験」講座を設定する意義は理解できるが、大学生として成長しながら、どの様に指導が進んでいるのかが気になってくる。その後の“本丸”である研究を深めていく過程で、学生達は「書きたい内容」をつかんでくるはずである。それを論文化していく学びこそ「ライティング指導」の場と考える。「高大接続」時を本書では取りあげているので、そこまでを視野に入れていないのだと思うが、シリーズ化している「ライティング指導」の著作の中で、いつか「大学でこうした指導が行われ、実を結びつつある」といった報告があると、“一歩先のモデル”が描け、高校までのライティング指導に関わる(関わろうとしている)教師にとって、大いに参考になるのではないだろうか。

第Ⅱ部では高校までの学習内容が変化してきた状況を取りあげているが、私が目にする「言語活動や探究的な学び」を重視した実践は、まだまだSSH・SGHなど“特別な高校”のものが中心である。また、学生や高校教師から「高校教育での“大学入試対策”の影は大きい」とも聞いている。高校でのライティング指導の難しさは承知しているつもりであるが、この本を手にした「意識のある高校教師」から、今後、具体的な実践が多く報告されることを望みたい。高校では2022年より新しい学習指導要領が実施され、学校毎のカリキュラムマネージメントが求められるようになっているので、これを好機として「言語活動や探究的な学び」にシフトしていくことを期待している。

丁寧な調査とプロセス重視の実践で書かれている本書を読み進める中で、考え続けたのは「高校までの教育では、『国語でのライティング指導』だけで論理的な思考力を育てていくことには限界がある」のではないかという点である。私が理科を通した「書くことを重視した指導」を続けてきた中で感じたのは「書くべき内容、主張すべき内容を伴った“作文”への意欲は高い」ということである。

本書の中でも、国語以外での「文章学習」を取りあげており、高校での「総合的な探究の時間」や“探究〇〇”の科目設定を好機ととらえ、動き出すことを提案したい。探究的に学ぶ事の中で「書きたい内容、主張したい意見」が出てきたときに、「国語的な書き方指導」も活きてくるように感じる。

終章の中で「国語の授業だけで、十分なライティングの訓練を積むことは望めない。よって、他教科(および学校内の諸活動)との連携がライティングの教育の成否のカギを握っている」との記述がある。ここに大いに期待し、共にライティング指導について考えていきたいと思う。


評者:高城英子
専門は理科教育。千葉県の公立中学校の理科教師を務め、 JST(科学技術振興機構)で5年ほど日本の理科/科学教育の振興 (特に女子向けの教育)に尽力。定年退職後の現在は、 工学院大学・新潟大学・武蔵野大学で非常勤講師を務める。


あらためて、ライティングの高大接続 
多様化する新入生、応じる大学教師

春日美穂・近藤裕子・坂尻彰宏・島田康行・根来麻子・堀一成・由井恭子・渡辺哲司著
定価2200円+税
A5判 184頁
ISBN978-4-8234-1082-6

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