「やさしい日本語」は在留外国人にとって「やさしい」のか?|第11回 在留外国人に対する言語政策2:ボランティアと日本語教育|永田高志

1. 言語政策全般にあまりにもボランティアに頼りすぎではないだろうか。

多くの公共団体が「やさしい日本語」の講座を開いている。インターネットで調べた限りでも、岡山市・岡山県国際交流貢献班、東京都オリンピック・パラリンピック準備局、加古川市国際交流センター協会事務所、公益財団法人山口県国際交流協会、愛知県社会活動推進課多文化共生推進室、東京都生活文化局都民生活部地域活動推進課、一般社団法人やさしいコミュニケーション協会、姫路市文化交際交流財団、ふっさ・はむら多文化共生事業協議会、岐阜市国際交流協会、秋田県国際交流協会、長野県多文化共生相談センターなどが見つかる。一般市民が対象であり、養成講座を修了した一般市民には「やさしい日本語」を職業として活用する場所がなく、あるとしてもあくまでも無償のボランティアである。

1.1.  日本語教育もボランティアに頼りすぎではないだろうか。

日本語教師になるためには、

大学で日本語教育を専攻する
日本語教師養成講座420時間コースを修了する
日本語教育能力検定試験に合格する

という一応の基準が文化庁によって設定されている。また、法務省の告示校として、在留資格「留学」を外国人に与えることのできる日本語学校の教員資格としては上の基準が設定されているが、これがないと日本語教師になることができないという意味の資格ではない。1986年に初めて行われた日本語教育能力検定試験についても、当初は近い将来資格試験に移行すると言われていた。検定試験の合格率が低く資格試験に合格した者しか日本語教師の職に就けないとなると、日本語教師の需要をまかないきれず、35年間検定試験のままになっている。2019年の文化庁の報告書「国内の日本語教育の概要」によると、日本語教師は「ボランティアによる者が24,745人(53.3%)と最も多く,以下,非常勤による者が 15,031人(32.4%),常勤による者が6,635人(14.3%)の順となっている」という結果が出ている(cf.国内の日本語教育の概要 (bunka.go.jp) )。日本語教育一般に言えることであるが、日本語教育はボランティアに頼って存在が維持されている。ボランティアの日本語教師が在留外国人を援助することに生き甲斐を感じていることに何の問題も無いが、日本語教育の質の向上が進まないことや職業としての日本語教師が育たないという問題を裏に抱えている。この問題を解消するために日本政府は公認日本語教師の制度を確立することになっていたが、次のように政府は後ろ向きになっているという報道がある。

文化庁が公認日本語教師の資格創設に後ろ向きの見解 日本語議連から批判の声
日本語教育推進議員連盟(河村建夫会長)の第13回総会が(2020年)10月21日に開かれた。この中で日本語教育推進法に基づいて創設が検討されていた公認日本語教師の資格について文化庁が「教師という要件だけに着目する理由が乏しい」との見解を示した。これに対し議員連盟側からは「これまでの取り組みを後退させるもの」と批判の声が上がった。
日本語教育推進法21条では「国は、日本語教育に従事する能力及び資質の向上並びに処遇の改善が図られるよう(中略)国内における日本語教師(日本語教育に関する専門的な知識及び技能を必要とする業務に従事する者を言う)の資格に関する整備、(中略)その他必要な施策を講ずるものする」としている。

 (cf.にほんごぷらっと nihongoplat.org)

文化庁国語課では、「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」の公開傍聴会を2021年2月26日に初めての、第2回を3月23日に、第3回を4月27日に、そして、第4回を5月31日にYouTubeで開いた。私も傍聴した。議題になっていたのは、日本語教育機関の類型化と告示基準、学士を資格要件とするべきか、更新講座や資格試験をどうするべきか等についてであった。来年度2022年の法案化を計画しているので、討議中であり、まだ結論は出ていない。類型化というのは、日本語教育機関も大学、日本語学校、NPO等様々であり、教員の資格も個別に考える必要があるための類型化の準備であろう。現実に日本語教師で生活収入を支えている人、NPO法人においてボランティアで日本語を教えている人など日本語教師も様々である。収入を得て日本語を教えている日本語学校においても、専任講師と非常勤講師が教えており、圧倒的に非常勤講師の数が多い。資格を厳格に設定すると、経営が成り立たない日本語学校が出てくることが予想される。現在日本語教師として働いている教員を資格なしとして働くことができないようにすることはしないと政府は明言している。特にボランティアに依存しているNPOは教員の資格を厳格にすると運営が成り立たないであろうから、公認日本語教師の範疇には入っていない。現行の教育体制を大幅に崩すこともできず、日本語教育の質の向上も重要で、背反する条件の下、改革には慎重な姿勢が政府に感じられる。公認日本語教師については重要な問題であり、討議の経過、および、文化庁の結論を注視したい。
(cf.https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/nihongo_kyoin/92369001.html
「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」については、この連載と同じ、ひつじ書房ウェブマガジンに連載中の田尻英三氏の「外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか」、特に第20回と第21回に詳しく述べられている。

1.2.  公的機関でも通訳はボランティアに頼りすぎではないだろうか。

役所では、独自の「やさしい日本語」を公表しているが、窓口で外国人に対応する所員に「やさしい日本語」の使い方を教育しているのであろうか。神戸市の役所ではタブレット端末を使った機械翻訳機、また、電話を経由して「財団法人神戸国際コミュニティセンター」(KICC)に通訳を依頼している。私の住む須磨区の窓口では「やさしい日本語」で対応していない。「やさしい日本語」で在住外国人に対応を考えているのであれば、それぞれの役所で在留外国人に対応する窓口で働いている所員をまず教育するべきであろうと思われる。繁華街三宮がある中央区では住民の10パーセントが外国籍である。また、「財団法人神戸国際コミュニティセンター」は市役所には無料の通訳のボランティアの派遣を行っているが、ボランティアの派遣には制約がある。

1. 次の場合、通訳を派遣できません。 病院での診察、イベントへの参加、観光案内、 住民向け説明会、学校の試験などの学習支援、裁判所での司法通訳など。サービスが受けられるかどうか、わからなかったら相談してください。
2.翻訳はできません。
3.通訳ボランティアを指名することはできません。
4.通訳ボランティアは専門の通訳者ではありません。もしも、通訳のことでトラブルが起こっても、 通訳ボランティアやKICCは責任を負いません。

(cf. dt_jp201810.pdf (kicc.jp)

病院での医療通訳認定制度が2019年より始まり、司法通訳についても検定試験が行われているが、資格試験ではない。HPを調べると、これらの通訳で生計を立てることは困難であると書かれている。ましてや、ボランティアの非職業的通訳では責任を負うことができず、市役所への通訳は派遣できるが、4のように公的機関も責任回避を行っている。「やさしい日本語」のボランティアもこのようであってはならないと思う。公共団体からすると、ボランティアは費用がかからない、責任を持つ必要はないという利点はあるが、安易に頼るべきではないと思われる。

1.3.  隣人の日本人の協力に頼りすぎではないだろうか。

また、出入国在留管理庁編の『生活・仕事ガイドブック』「やさしい日本語」版(2019年)には、

いえちかくにんでいるひとに、「もし地震じしんなどがあったときは、いろいろおしえてください」とって、おねがいしておきます。
安全あんぜん場所ばしょがわからないとき、日本人にほんじんに「どこにげたらいいですか」と質問しつもんします。
いつげたらいいかわからないとき、日本人にほんじんに「げるとき、おしえてください」といます。
テレビやインターネット、「Safety tips」(P72)で、津波つなみ(P76)の情報じょうほう調しらべます。わからないときは、日本人にほんじんに「津波つなみ大丈夫だいじょうぶですか」と質問しつもんします。
わからないときは、日本人にほんじんに「どうしたらいいですか」と質問しつもんします。
わからないときは、日本人にほんじんに「伝言でんごんダイヤルのかけかたおしえてください」と質問しつもんします。

のように、日本人を頼れとあるが、本来は公共団体がやるべき仕事を知り合いの日本人に委託しているのではないだろうか。
私が週3度ほど通っている公営プールで会うベトナム人の若者がいる。ベトナム女性と結婚して、来日7年目で定住者として在留しているということであった。妻は難民として7歳の時に親と一緒に来日し永住権を持っているらしい。彼は日本語に関しては読み書きができないし、会話に関してもN5程度に感じる。役所などでの日本語による意思疎通ができるかという話をしたが、7歳から日本に定住している妻の日本語に頼っているらしい。彼の場合には日本語の堪能な妻に頼れるが、単身で来日している在留外国人に同様に近隣の日本人に頼れとは言えないであろう。また、会話能力についても問題のある在留外国人が多くいることが想像される。彼の場合は、娘がいるがベトナム語は話せず家では日本語で意思疎通を図っているらしい。公文書についてはベトナム語版があり読めるが、ベトナム語で回答した公文書は受け入れられないということであった。私も日本の海外旅行保険に加入していた時、海外での盗難や傷病に関する現地語で書かれた証明書を保険会社に提出しても日本語翻訳がないと有効性がないのを経験した。公文書の外国語への翻訳については配慮がある役所が多くあるが、反対に外国語で書かれた文書を受け入れている役所があるのだろうか。
私はブラジルにおいて日系人の言語生活について調査を1989年に1年間行った。一世達はブラジルの公用語ポルトガル語が不自由で、現地の公的教育を受けた二世に通訳や翻訳を頼るのが一般的であった。日本においては技能研修生や特定技能の在留資格で在留している外国人達は家族帯同を許されず、子供達の日本語能力に頼ることができない。公的機関が責任を持って対処すべき問題であると思う。

2. 在留外国人に対する日本語教育が必要ではないだろうか。

2.1.  成人在留外国人に対する日本語教育が必要ではないだろうか。

少し古い資料であるが、一般財団法人自治体国際化協会(CLAIR/クレア)は、「自治体国際化フォーラム272号(2012年6月)」で「海外における在住外国人の言語学習制度」という特集を組んで、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリア、韓国の諸外国では在留外国人に公用語をどのように教育しているかを調査し、総合的に次のように、述べている。

海外には、労働力不足の解消を目的に、20世紀後半より移民を積極的に受け入れてきた国々がある。そういった国の多くは、移民がその国で自立的に生きていくために必要な言語能力や社会知識を身に付ける機会を提供している。例えば、European Migration Networkの調査(2009年)によれば、回答した18か国のうち9か国は、公的な移民向け自国語(移住先の言語)教育プログラムを実施している。ヨーロッパ以外でも、アメリカ合衆国、オーストラリア、韓国等に公的プログラムがある。もちろん、国によって、その国に入国・滞在するための条件や、これらのプログラムの対象、受講期間、任意か義務か、受講者の経済的負担の有無等はさまざまだが、その国が居住者として受け入れた人に対して、何らかの学習機会を設けている国は多いのである。
 例えば、ドイツでは、社会統合プログラムを2005年から実施し、600時間(学習者の言語学習の背景等により、400時間から900時間までの幅がある)のドイツ語授業と30時間から45時間のドイツ社会に関するオリエンテーションの受講が義務付けられている。コース終了時には、CEFR(Common European Framework of Reference for Languages:ヨーロッパ言語教育共通参照枠)のB1レベルに到達することが目安となっているが、このB1レベルとは、A1(低)からC2(高)までの6段階の中で、「自立した言語使用者」のレベルとされるものである。「自立した」という言葉が表すように、この社会統合プログラムでは、ドイツ社会で自分の力で生活できる程度のドイツ語を身に付けることが目指されていると捉えることができる。   

(cf. 金田智子「在住外国人に対する「言語学習」の重要性」)

オーストラリアについては、私も2003年から2004年に調査を行った。言語政策に関しては移民・先住民の言語を許容し普及しようという多言語主義から、大多数勢力であり‘mainstream’と呼ばれるアングロ・サクソン系の人々の言語、すなわち英語に対する移民や先住民の同化を目的とする英語重視主義に移行していた。‘mainstream’とか‘benchmark’という用語が、アングロ・サクソン系のいわゆるオーストラリア人の文化・伝統をさすために使われている。「主流・標準」という政治的な含意を含んだ語であり、主流から疎外されることを ‘outstream’という用語で表している。調査結果を以下のように述べた。

連邦政府は移民が英語を習得するためには、成人、学童ともに大幅な予算増大を行っている。移民省は最大510時間まで英語教育を成人移民英語教育AMEP (Adult Migrant English Program)に対して年1億ドルの予算を計上している。AMEPはかつて無料であったが、1993年以降、IELTS (the International English Language Testing System)という試験を課し、合格点を取れなかったものに対して、授業料をビザ申請時に徴収している。移民申請にはいくつかの資格があるが、その内オーストラリア市民権・永住権保持者がその家族を呼び寄せるという資格がある。本人については英語能力に問題があると永住権取得が困難だが、その家族には英語に問題があるものが多い。2002年には3万3,000人が教育を受けている。かつては、英語学習は移民にとって権利であったが、現在は義務になっていると見てよいであろう。また、移民の学童に対して教育省を通じて、連邦政府は一人当たり初年度4,439ドル、対象児童1万1,000人に対し、4,800万ドルの予算を計上している。しかし、実際に教育を行っているのは州政府の教育省であって、この予算が英語教育一般に使われ、徐々に英語を母語にしない移民の学童に対する特別な配慮がなされなくなっている傾向にある。反対に言うと、移民も当然英語を母語とすべきであるという理念で、英語に対する同化を求める政策に変化したと見てよい。

(cf. 永田高志「オーストラリアの言語政策の現在」
近畿大学文芸学部紀要『文学・芸術・文化』 16-1、2005年) 

現在では、オーストラリアの移民政策として‘citizenship’ という用語が使われており、多文化共生の中でオーストラリアの主流文化に同化を求めている。言語については、成人移民が就業するのに必要な英語 ‘vocational English’ を習得するまで無償で全国300カ所にある託児所を備えた教室で学べることになっている。
(cf.About the Adult Migrant English Program (AMEP) (homeaffairs.gov.au)
日本政府は移民制度を認めていないため公的にはこのような言語教育を行ってはおらず、あってもボランティアに依存する補助的援助のみである。労働力不足を補うために合法的に在留している外国人に対して、安全に、また、長期的に日本で働いてもらうためには政府の援助で日本語教育を行うべきだと思う。また、雇用する企業の側からも、‘vocational Japanese’ (就労日本語)とでもいうべき就業するのに必要な日本語を学習してもらった方が業務がうまくいくのではないであろうか。介護業種の技能研修制度では、1年目の第1号技能実習生はN4、そして入国後240時間の日本語学習が義務づけられていて2年目の第2号技能実習生はN3レベルの日本語能力試験に合格していることが条件付けられている。
私も2020年神戸のNPO団体でボランティアとして日本語を教えたことがある。難民、残留邦人、家族滞在等の労働や留学以外の在留資格で在留している外国人対象であった。日本語が不十分で生活に支障が出ている人々、将来就職するために日本語能力の進歩を目的としている人々であった。ボランティア活動なので週2度の授業、それも半日の授業で、半年間の日本語教室であった。これらの人々に対しても政府の援助で日本語教育を行うべきだと思う。「生活日本語」とか「サバイバル日本語」とか言うべき生活に必要な基礎日本語能力が不足している外国人が家族滞在や日本人や永住者の配偶者として在留している。この在留外国人に対する「生活日本語」の教育も必要であろう。

2.2.  学童在留外国人に対する日本語教育が必要ではないだろうか。

2019年神戸にある「NPO法人関西ブラジル人コミュニティCBK」でブラジル日系人にボランティアで日本語を教えたことがある。「神戸移住センター(開所当時の名称:国立神戸移民収容所)」は1928年に開設され1971年に閉鎖されるまで、日本における海外移住の基地として、南米を中心に多くの移住者を海外に送り出した。その後2009年「神戸市立海外移住と文化の交流センター」として再整備され、その中に「NPO関西ブラジル人コミュニティCBK」が開設された。私は2007年当時の日本における日系人社会の状況を以下のように書いた。

平成16年度の調査によると,ブラジル人286,557人,ペルー人55,750人が滞在しており,ほとんどが日系人であることが予想され,平成14年度版の『在留外国人統計』によると,67,000人が義務教育年齢に達していることが分かる.(中略)外国人には日本の義務教育制度は適用されないため,ブラジル人の多く住む豊橋市では1999年の不就学率は小学校25.0%,中学校45.5%となっている.日本の学校の代わりにブラジル人学校が設立されているが,国費からの財政的援助がなく必然的に授業料が高くなり退学する例が多い.学習言語である日本語が不自由であるという問題もあるが,親と一緒に来日しただけで日本に永住するのか,帰国するのかという将来の道が決定できないでいるという帰属意識の問題も大きい。(p.219)

(cf.永田高志「国際化の言語政策―日本人の国際化と日本社会の多文化共生化―」
『言語と文化の展望』英宝社、2007年)

この後、国内の経済状況が悪くなり、2009年に日本政府(厚生労働省)は失業した日系人に対して、帰国旅費として本人に30万円、扶養家族に対して20万円を支給する、「帰国支援事業」を実施した。ブラジルに帰った日系人児童がどのように過ごしているかを2010年にブラジルで調査した。

ブラジル国内でも日本の学校から転入してきた学童期の子供の問題が起こりつつあり、2009年8月9日のパラナ州のポルトガル語新聞、“FOLHA DE LONDORINA”に、‘O Brasil que só fala japonês’(日本語しか話せないブラジル人)という記事が載り、6000人の日系人が日本政府の支援のもと帰国している事実と、アサイの日系家族の例を紹介している。(中略)
親の出稼ぎによって、言語形成期の途中にブラジルと日本を行ったり来たりせざるを得ない学童にとって、成人後の人生に大きな影響を与えることが予測される。話したり聞いたりする音声言語の能力についても然りであるが、もっと大きな影響が予測されるのが読んだり書いたりする文字言語能力である。日本においてもブラジルにおいても教育が重要視され、文字能力がない者にはよい職業を得る可能性は少ない。日本においては漢字を含む文字を習得するのに義務教育の9年でも不足で、高等学校においても文字教育がおこなわれている。ブラジルにおいても同様である。この時期にともに中途半端に終えると、将来の人生に大きな影響が残ることが予測される。

(cf.永田高志 「ブラジル日系社会再訪」近畿大学文芸学部紀要『文学・芸術・文化』 22-1、2010年)

日本には35万人の日系人が居住しているが、基本的にビザの問題は存在しない。1990年の入管法改正で日系二世や三世またはその配偶者は、就労活動には制限のない在留資格「日本人配偶者等もしくは定住者」が与えられている。「定住者」の在留資格で在留する三世の親の扶養を受けて生活する未成年者であることが条件だが、三世の親と一緒に多くの四世も来日した。そして、四世達は成人後にも新しい在留資格を獲得して滞在しているものが多いと聞く。
また、最近では、外国人学童に対する義務教育の問題が叫ばれるようになっている。日系ブラジル人の学童は日本の学校に行ってはいるが、帰宅後はポルトガル語を母語とする両親が子供の宿題などを教えることができず、他の日本人児童に比べて学校の授業について行くことができないという問題を抱えている。在留外国人で同じ問題を抱えている子弟が多くいるので、学童に対する日本語教育の制度化が必要とされている。私も30年ほど前、出稼ぎで来ていたブラジル日系人の友人に会いに太田市を訪ねたが、当時は周囲の日本人住民とは仕事場以外では没交渉で日系人だけで固まって住んでいた。長期に住むと子どもの教育問題が起ると思われた。
「日本国憲法」第26条では、「1 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。 2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」とあり、また、「教育基本法」でも、「(義務教育) 国民は、その保護する子に、別に法律で定めるところにより、普通教育を受けさせる義務を負う。」とあるが、「国民」という条件がついており、在留外国人の子弟は対象になっていない。しかし、文部科学省は、「我が国においては、外国人の子の保護者に対する就学義務はありませんが、公立の義務教育諸学校へ就学を希望する場合には、国際人権規約等も踏まえ、その子を日本人児童生徒と同様に無償で受け入れているところです。」という指針を出している(cf. 13. 外国人の子等の就学に関する手続について:文部科学省 (mext.go.jp) )。実際、文部科学省は2020年3月27日、「外国人児童生徒等の教育の充実について(報告)」を公表し、「外国人の子どもの就学状況等調査結果(確定値)」によると、外国人の子ども1万9,471人が不就学の可能性にあるという。最近30年の間に1.6倍の約9万人外国籍の就学児童が増えたことになる。2018年の文部科学省の調査では、公立小・中学校で日本語指導が必要な外国籍の児童が36,576人、日本国籍の児童が9,740人なるという。義務教育の場で教員になるのには、小学校の教員免許、中・高学校の国語の教員免許が必要だが、日本語教育の訓練も受けた教員の養成も問題になるのであろう。地域連帯の例として、佐賀県では、2010年に佐賀市国際交流協会の養成講座を受講したボランティアが各小学校に教えに行ったのを皮切りに、日本語非常勤講師が、さらに2016年から日本語指導担当専任教員が配置されるようになった(cf.早瀬郁子「地域連帯のつくり方」小嶋祥美編『Q&Aでわかる外国につながる子どもの就学支援』明石書店、2021年)。また、南米日系人の多い群馬県太田市では、バイリンガル教員を採用している。日本または外国において教員免許を持っている者で、バイリイガル言語能力のある者を延長可能な一年単位の任期で採用し、太田市の集中校に派遣している(cf.恩田由之・増山悦子「バイリンガル人材の教員として採用した15年間の歩み」小嶋祥美編『Q&Aでわかる外国につながる子どもの就学支援』明石書店、2021年)。散在地域に住む学童がいたり、個別授業が必要な場合があったり、担当教員が複数校を巡回したり、多くの問題が残っていることが予想される。文部科学省も2013年から支援施策を始めた(cf.指導者:文部科学省 (mext.go.jp))。
中学校までは義務教育なので入学には学力の問題はないが、高等学校以上は入学試験があり、学力の問題が出てくる。大学入学には日本語能力試験N1の能力が一般的には要求されている。また、日本では9年の義務教育の修了が高等学校への条件になっているが、海外での教育歴が換算されるかという問題も起ってくる。在職中の近畿大学に留学生が大学院の入学試験を受験に来た。日本では大学院入学の条件として16年の教育歴が要求されているが、全ての国において日本と同じ教育制度をとっているわけではないことを体験した。教授法についての研究も必要になると思われる。また、教室においてもICT(Information and Communication Technology)、すなわち、情報通信技術を使うことも考慮に入れるべきだろう。

まとめ

「やさしい日本語」について連載してきたが、今回で最終回にしたい。
日本政府は少子化のために労働力が必要となり、外国人労働者に頼っている。具体的には、

1.EPA(経済連携協定)による介護福祉士を2008年から介護や看護の専門知識を持った者をフィリピン、インドネシア、ベトナムから受け入れている。日本語能力については、日本語能力試験のN3やN4程度を基準にしている。
2.技能研修生を受け入れる制度が1993年より始まり、2009年に出入国管理及び難民認定法改正案が施行された。日本語能力については、入国後2ヶ月間は講習を受講(母国で1ヶ月の講習により、入国後の講習を1ヶ月まで短縮可能)となっている。
3.特定技能として2019年より建設、造船・船用工業、自動車整備、航空、宿泊、農業、漁業、飲食料品製造業、外食業の14分野の技能労働者を受け入れている。日本語能力については、日本語能力試験のN4以上の能力が求められている。
4.これ以外にも日本語学校に留学ビザで入国し、アルバイトに従事している「偽装留学生」もいる。


いずれにしても、日本語能力試験N4程度の日本語能力の外国人が合法的に労働者として在留している。
英語第二公用語論が提唱されたことがある。1999年3月に内閣総理大臣・小渕恵三氏は首相の私的諮問機関『「21世紀日本の構想」懇談会』を設立した。英語の第二公用語化とは、2000年1月に発表した「21世紀日本の構想」のなかで示した言語計画で、英語を日本の第二公用語とする構想のことである。当時は、盛んに賛否が論議されたが、もう20年以上経っても、実施されていないところを見ると、実施困難なのであろう。現在では、外資系の会社では会議を英語で行っていたり、小学校での英語必修化などが決定されたりしたが、公用語となると、役所でも所員が在留外国人に英語で対応する必要があり、非現実的でそのままになっている。日本企業が進出をしている国、例えば、タイでは40年ほど昔、多くの日本語学校が開設され、中等教育の場でも日本語が第二外国語として認可され、日本語教育が盛んになった。しかし、現在では、進出日本企業内でも英語が共通語として使われていると聞いている。その意味ではタイに派遣される日本人にとっては英語が必須の能力になっていることが想像される。
次に在留外国人との意思交流手段として考案されたのが「やさしい日本語」と考えてよいと思われる。在留外国人の数が多くなり、政府や地方公共団体も広報活動、公共施設での通訳・翻訳、緊急時の広報などの必要性が出てきた。そこで出てきたのが「やさしい日本語」である。最初は、書き言葉として、恒久的なパンプレットや公示文書は人間による外国語翻訳で示していたが、在留外国人の出身国が多くなりそれぞれの母語に対応する翻訳が困難になり、また、緊急通達のように人間による外国語翻訳では時間がかかりすぎるということで、考案されたのが「やさしい日本語」と考えてよいと思われる。さらには、話し言葉として日本人と在留外国人との意思交流の手段に「やさしい日本語」の活用分野も広がっていった。そして、「やさしい日本語」の論議が盛んになされるようになった。
しかし、そこに近年急速に広まってきたのが機械翻訳である。現時点ではまだまだ不備な点があり、改良の余地があるが、機械翻訳がさらに広まることが予測される。公的な場での書き言葉としての機械翻訳、さらには、音声変換を行っての話し言葉としての機械翻訳も広まることが予測される。
機械翻訳は利用分野を広めると思われるが、「やさしい日本語」は話し言葉として利用され続けることが期待される。移民国家における ‘foreigner talk’ のように私的場面に使われる意思交流手段である。近隣の在留外国人との意思交流、仕事場で仕事仲間としての意思交流、友人としての意思交流などに「やさしい日本語」が使われるであろう。
また、合法的に在留する外国人が増えると、公的機関でも義務的に対応する必要がある。病院、法廷、警察、消防署などである。N4程度の日本語能力しかない在留外国人に対して政府は「やさしい日本語」では対応できないであろう。対応するには通訳士や翻訳士の充実が必要とされる。彼らには高度な専門知識と同時に日本語教育能力が必要とされ、資格制度を創設する必要があると思われる。
そして、在留外国人が長期的に安全に日本に住むには彼等に対する日本語教育がさらに必要になると思われる。特に在留外国人が専門職として仕事を続けていくには日本語をさらに学ぶ必要がある。政府が積極的に援助して行うべきであろうと思う。もっと大きな問題が、義務教育年齢にある外国人児童達に対する学校の場での日本語教育であると思われる。日本語のみでなく、日本語を基盤にした知識および情操の教育であり、人格形成にも焦点が置かれている。外国人児童を教える小・中学校の教員に対しても日本語教育に対する理解が必要であろう。そして、公的な日本語教育機関で教えることのできる、職業として専門家としての日本語教師の養成が必要となると思われる。
将来の日本では、外国語としての日本語の問題がより重要な問題になるであろう。

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