ことばのフィールドワーク 薩摩弁| 第2回 薩摩弁の定義 |黒木邦彦

「金満サウジ リーグ」を兼題として筆者が自作した薩摩狂句。
画像はImage Creator from Microsoft Beingで生成

 第2回にして早速、冒頭画像から薩摩情緒が消えて、異国情緒に溢れていますね。BGMは「ケのうた」「茶わん虫の歌」より「異邦人」でしょうか。鹿児島県の郷土文芸「薩摩狂句」(解説1解説2) の兼題を示す画像なのですが、薩摩を想起するには厳しすぎるものとなってしまいました。

 この画像は、Image Creatorが次掲 (1) の注文を筆者から受けて、生成したものです。注文した文字列は入れてくれませんでしたが、注文にあった「誰」「来」の意味を読み取ってか、“WHO’S COMING” という、結果オーライなラテン文字列を生成してくれました。

(1)  冒頭画像を生成するために筆者がImage Creatorに出した注文
中東のオイルマネーとサウジアラビアのサッカーリーグを想起させる画像を作って、その画像の上部に「格きゃ無かどん銭せか出すりゃ誰でん来い」という文字列を横書きしてください。

薩摩弁とは?

 前回は、促音の現れ方に注目して、薩摩弁の特徴を紹介しました。その記事の冒頭で、薩摩弁を鹿児島県下の伝統方言と定義しましたが、厳密には ‘(図1: A8, B, C) の旧薩摩藩領域(注1)で話されているさまざまな伝統方言’(注2)です。

図1 
日向国、大隅国、薩摩国、
第1次府県統合後 (1871年12月末) の美々津県、都城県、鹿児島県
(引用規約)

 同藩領域の大部分、現在の鹿児島県で生まれ育った人々は、他県出身者と話す際にしばしば(注3)、自身の母語を鹿児島弁(注4)と呼びます。ここに言う鹿児島弁は、広義の薩摩弁に同じです(注5)

 同藩領域の北東部、現在は宮崎県に組み込まれている諸県(もろかた)地方 (図1: A8) で生まれ育った人々は、筆者の知る限り、自身の母語を鹿児島弁とは呼びません。鹿児島県民の鹿児島弁に相当する方言名は諸県弁のようです。

薩摩弁母語話者の言語意識

 旧薩摩藩領域に暮らす人々は、自身の母語を居住地単位でも捉えています (この捉え方の方が普通かも)。たとえば、(i) 旧串木野市域北西部 (図1: C6北西部) の荒川(あら{かわ/こ})羽島(は{し/い}ま)で生まれ育った人々の中には、自身の母語をそれぞれ「あらこべん」「はいまべん」と呼ぶ人が、(ii) 上甑島 (図1: C2北東部の島) の(さと)瀬上({せがみ/しぇか゚ーみ})(注6)で生まれ育った人々の中には、それぞれ「さとことば」「しぇか゚んころば」と呼ぶ人が一定数(注7)います(注8)

 余談ですが、筆者の知る限り、都城(みやこ{のじょう/んじょ})で生まれ育った人は例外なく「みやこんじょべん」と自称していますね。日常的に自身の母語に言及したり、意識を向けたりする機会が多いのでしょうか。したんどん(注9)

薩摩狂句

 広義の薩摩弁を見聞きするに良いものは薩摩狂句です。次掲 (2) をご覧ください。冒頭にも挙げたこの薩摩狂句は、前述の「はいまべん」で筆者が作ったものです。

(2) 「金満サウジ リーグ」を兼題とする薩摩狂句
()きゃ無かどん (ぜん)せか出すりゃ (だい)でん()
格は無いけど  金さえ出せば  誰でも来る
(“” の位置で音高を下げると、薩摩弁らしく聞こえ(る可能性があり)ます)

薩摩弁の規範性

 薩摩弁を話す人々の中には、(2) の一部を次掲 (3) のように発音する人もあります。このような場合、どちらの発音が正しい(/間違っている)かがしばしば議論されます。自他の母語を意識する機会ですね。

(3)  薩摩弁内の変異
a.   「()きゃ」ではなく「()か」
b.   「だいでん」ではなく「だいん」
c.   「い」ではなく「っ」

 (3) のような違いは、話者の出身地、年代、日常生活などに起因するものです。規範性の違いではありません。(3) のように発音する人に「俺が本当の薩摩弁を…」などと突っかかるのは見当違いです。

 とは言え、次掲 (4) のように発音してしまうと、薩摩弁とは認識されません。このような薩摩弁は間違っていると言っても良いでしょう。

(4)  間違った薩摩弁
a.    ()きゃ」「()か」ではなく「(かっ)わ」
b.    「だいでん」「だいん」ではなく「だいん」(「ん」で音高を上げる)
c.    「い」「っ」ではなく「ん」

(注1)  奄美群島を除く鹿児島県全域および宮崎県諸県地方

(注2) 学界では、旧薩摩藩領の大部分を構成する薩摩と大隅とにちなんで「薩隅(さつぐう)方言」とも呼んでいます。

(注3) ちなみに、薩摩弁母語話者の多くは、よその人々が薩摩弁を理解できないと知っている (一部の母方言話者はそのことを面白がっている) ようです。

(注4)「鹿児島」の発音には地域差があり、鹿児島市内辺りでは「かごっま」「かごんま」と言います。この文字列を鹿児島空港や鹿児島中央駅で見かけた人もあるでしょう。筆者が通っている旧串木野市域 (図1: C6西部) では「かごㇶま」「かごいま」と言います。「ㇶ」は「ひ」ないし「し」から母音「い」を抜いた音の転写です。

(注5) 一般には、鹿児島弁という名前の方が薩摩弁より浸透しています。このことを踏まえて、本連載でも鹿児島弁と呼ぶことを検討しました。ただし、鹿児島という言葉は、旧鹿児島市域(の中心街)も指すので、場合によっては、県を指すのか、旧市域を指すのか、紛らわしいんですね。本連載に言う鹿児島は常に旧市域を指すものとします。

(注6) カ行がなの右上に半濁点「゚」を付けた「か゚き゚く゚け゚こ゚」は鼻濁音 (= 鼻からも呼気を出すガ行音) の転写です。

(注7)「一定数」の範囲は不明瞭ですが、少なくとも、‘(筆者がたまたま知り合った)1–2名’ や ‘全ての人々’ ではありません。「AはBだ」のような断言には大抵見落としがあり、問題を引き起こしかねないので、このような回りくどい表現を取っています。

(注8) 頴娃(えい) (図1: C13南部) の伝統方言を指す「えいご」は有名ですが、筆者は頴娃に疎く、現地に暮らす人々がそのように自称しているかは分かりません。先日、旧頴娃町域のバス停で話した頴娃出身者は「えいのことば」と呼んでいました。近隣方言といささか異なる頴娃方言を異言語の英語に結びつけて、「えいご」と呼び始めたのは誰なんでしょう。

(注9) 阪神地方でしばしば耳にする「知らんけど」の薩摩弁直訳。薩摩弁母語話者がこのタイミングで使うことはまずありません。

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