「現代の国語」と「言語文化」の問題点|第4回 「論理」と「文学」の二項対立を乗り越えたい! 「言語文化」の問題点|清田朗裕

5.      改めて、「言語文化」の問題点

 本節では、前節までに確認した内容を基に、「言語文化」とはどのような科目であるか、またその問題点は何か、整理していきます。

 まず、「言語文化」は、次のような科目であると考えられます。

(9)高等学校における国語の最大の目標である「生涯にわたる社会生活」を射程に収める科目である。つまり、現代に生きる私たちの人生に関わる科目である。
(10)【近代以降の文章】と【古典】とでは、【古典】の比重が大きく、【近代以降の文章】の扱いが小さい。
(11)文学的な文章だけでなく、我が国の伝統と文化に関する論理的な文章を取り上げる。

 以上に記した科目であるということを踏まえると、次の問題点が指摘できます。

(12)高等学校国語の目標に照らすと、「言語文化」と「現代の国語」は相補関係にある科目ではなく、「言語文化」が「現代の国語」を包み込むような科目だといえるが、そのことを理解できているだろうか。
(13)現代を含む【近代以降の文章】が取り上げられる時間が極めて短く設定されていることから、言語文化を過去の所産としてのみ捉えてはいないだろうか。
(14)「言語文化」では、論理的な文章も取り上げることから、そもそも「現代の国語」と分ける必然性はなかったのではないか。

 (12)については、十分述べましたので繰り返しません。

 (13)について、たしかに、言語文化は歴史の所産であることは間違いありません。「我が国の伝統的な言語文化」を理解するために【古典】を重視すること自体は当然でしょう。しかし、言語文化をすでに「あった」過去のものと捉えてはいないでしょうか。現代に生きる私たちも、歴史の中に存在しています。そして、将来の子孫に何らかの形で受け継がれていくでしょう。だとすれば、言語文化を、過去を捉えるためだけのものではなく、現代に生きる私たち自身を捉えるためのものとして、取り上げていく必要があります。その意味では、現代に生きる私たちの姿を投影していると考えられる近代以降の文章を、殊更排除するような時間をわざわざ設定する必要はあるのでしょうか。古典から現代を捉え、また現代から古典を捉える、その往還によって、「我が国の伝統的な言語文化」をより深く学べるのではないでしょうか。私は、時代を区切る必然性はない、と考えます。

(14)について、たしかに、「我が国の伝統と文化に関する」という限定がありますので、近代以降の論理的な文章すべてを「言語文化」で取り上げるわけではありません。しかし、「現代の国語」において、「我が国の伝統と文化に関する」文章を取り上げてはならない、ということは含意しません。「現代の国語」において、言語文化に関するテーマを取り上げること自体は妨げられていないのです。しかし、「現代の国語」では、文学的な文章を取り上げてはなりませんので、関連内容を深めていくことは難しくなります。例えば、「現代の国語」で安楽死の問題を取り上げる評論文を読む際、森鴎外「高瀬舟」を合わせて取り上げることは想定されていません。「高瀬舟」は文学的な文章だからです。

 繰り返しになりますが、新学習指導要領の肝は、「資質・能力」の育成です。だとすれば、生徒にとってよりよい「資質・能力」の育成を目指す科目にしていくことを第一に考えるべきです。ある特定の文章ジャンルや内容の取扱いの制限が、資質・能力を育成することに寄与するのかと問われると、私は答えに窮します。むしろ、異なるジャンルのものを柔軟に取り込んだ授業展開を考える方が、より実りのある学びに繋がるのではないでしょうか。このことは、大学入学共通テストにおいて、複数テキストの比較を通じた文章が出題されていることと軌を一にします。

 なお、三森ゆりか(2022:46)は、次のように述べています。

(15)欧米の母語教育に共通して言えることは、文学の重視である。小中高で大量の文学作品を扱い、それを題材にして論理的な作文に繋げる教育が徹底している。一方で、説明的文章が軽視されているわけではなく、これらは社会での必要に応じて様々な種類の書き方が指導される。【後略】

(三森2022:46)

 ここから窺えることは、文学から論理を紡ぎだすという教育が行われているということです。「論理」か「文学」か、ということではなく、様々なテキストに触れる機会を提供し、それに取り組んでいけるような教育の仕組みを、今後さらに整えていくことが大切なことではないでしょうか。その意味で、「言語文化」の重要性は、ますます高まると考えます。

 最後に補足すると、共通必履修科目「国語総合」から発展した「現代の国語」と「言語文化」は、日本学術会議において、今後、「総合国語」という形で統合する方向であることが、すでに議論されています。

(16)共通必履修科目は、「現代の国語」「言語文化」に分割せず、両者を有機的に統合した「総合国語」1科目とすることを、長期的展望に基づく提言とする。この考え方に則り、短期的展望に基づく提言として、教科書会社には、「現代の国語」と「言語文化」との境界領域を重視した教材選定と、それぞれにかかわる教材を密接に関連させる教科書編集を要望する。同時に、文部科学省の教科書検定に対しては、そのような編集に対して、柔軟かつ弾力的な対応をすることを要望する。

(日本学術会議HP「提言「高等国語教育の改善に向けて」」、下線部は筆者による。)

 これは、令和2(2020)年6月30日に出されたもので、「現代の国語」「言語文化」が始まる以前からこのような議論が始まっていたことになります。このような提言が出されていることからも、「現代の国語」と「言語文化」に分ける意味はどれほどあったのか、疑問に思います。

 皆さんは、どうお考えでしょうか。

6.      おわりに

 今回は、「言語文化」の問題点を取り上げました。

 どんな作品が収録されるべきか否かということを期待してお読みになった方には、お詫び申し上げます。

 しかし、新学習指導要領に基づく国語教育は、「資質・能力」の育成を第一としています。その意味では、何の作品が収録されたかどうかは、実は最重要項目ではありません。その意味で、論理的な文章、実用的な文章、文学的な文章を分けることの必然性はありません。むしろ、それらを縦横無尽に組み合わせていく総合的な科目として国語科を捉えるべきでしょう。その意味で、実用的な文章を取り上げない必然性もありません。法律文や契約書も取り上げていくべきです。もちろん、これまで採録されてきた定番と言われる教材は、そのラベルに負けない、豊かな内容をもっています。だとすれば、この新学習指導要領に基づく国語教育においても、新しい観点を取り入れた授業展開を考えていけるはずです。たとえば、中島敦「山月記」では、中国の科挙について説明された漢文や説明的文章を読み、李徴の生活実態をより深く理解することで、彼自身の苦悩を考えていく新たな視点をもつこともできるでしょう。そしてそれは、生徒自身の生き方を考えていくことにも繋がると考えます。その意味では、定番教材は様々なテキストと干渉できる余地が多く、まだまだ長く取り上げられるものと思います。しかし、これらを組み合わせることで、これまで等閑視されていたテキストが新たな定番教材の一つに躍り出る可能性も秘めています。

 新たな国語を、一緒に作り上げていきましょう。

【参考文献】

三森ゆりか(2022)「読解力の育成19 積み上げ方式で実施される欧米の読みの指導」『指導と評価』2022年11月号(通巻816号)、日本図書文化協会/日本教育評価研究会、pp.46-47

日本学術会議HP「提言「高校国語教育の改善に向けて」(https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-t290-7.pdf、最終閲覧日2023/01/31)

文部科学省(2019)『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説【国語編】』東洋館出版社

【付記】

 本連載は、JSPS若手研究20K13999の成果の一部です。


[1] たとえば、次の書籍などにまとめられています。
・季刊文科編集部[編](2020)『別冊季刊文科 国語教育から文学が消える〈増補完全版〉』鳥影社

[2] ただし、後述するように、「生涯にわたる社会生活」は「実社会」を包含するものですので、対置というのは実は不正確です。

[3] 本連載第3回参照のこと(https://www.hituzi.co.jp/hituzigusa/2022/04/08/kokugo-03/、最終閲覧日2022/05/21)。

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