★この記事は、2026年11月1日までの情報を基に書いています。
11月3日のアメリカ連邦議会の中間選挙では、大きく世界情勢が変わる可能性があります。来年行われるフランスの大統領選挙でも移民問題が大きな争点になりそうです。イスラエルの政治状況は、不透明のままです。これらの世界情勢の変化は、高市政権の外国人政策や人手不足による外国人労働者の受け入れ施策にも影響を与えます。
日本語教育の業界では、このような世界情勢とは関係なく、日本語教育機関の認定を受けるための対策と日本語教員試験の対策以外は興味がないように見えます。
本来なら、日本語教育関係者は、外国人労働者の受け入れに前向きな発信をしていなければいけない時期です。日本は労働力不足に陥るだけでなく、国内での日本語教育の仕事も無くなるのす。
今回の記事では、育成就労制度での受け入れにあたっての問題が顕在化した件と、日本語教育と深い関わりのある日本語学会の姿勢の疑問点などを扱います。
1. 育成就労制度の問題の顕在化
発端は、10月1日のNHKニュースです。「外国人材『育成就労制度』までの半年 日本語教育担い手確保課題」として報道されました。以下のような内容です。
この制度(田尻注:育成就労制度のこと)では外国人材に対する日本語教育に重点を置いていて、日本語の試験に合格していない場合は、就労前に指定の講習を原則100時間以上、さらに3年の育成就労の期間中に100時間以上をそれぞれ受講することなどが求められています。
制度開始を半年後に控え、これらの教育の担い手をどう確保していくかが課題となっていて、2026年6月、出入国在留管理庁などがおよそ900の日本語学校などを対象に、育成就労向けの講習を提供できるか調べたところ、「提供可能」もしくは「提供する方向で検討」と回答したのは3割に満たない240か所あまりでした。
ここで触れている入管庁の資料は、「育成就労制度における日本語講習の提供について」です。
この資料については、第72回の『未草』で触れていますが、サイト名が「育成就労制度における日本語講習の提供について」に変わっています。
https://www.moj.go.jp/isa/03_00195.html
このサイトには「参考」として、以下のような説明が付いています。
育成就労外国人は就労開始までに、「日本語教育の参照枠」A1相当の試験に合格するか、それに相当する日本語講習(A1相当講習)を受講するともに、3年間の育成就労の終了までに、育成就労の目標となるA2相当の日本語能力に到達するための日本語講習(A2目標講習)を受講することとされており、育成就労外国人の受入れ企業(育成就労実施者)等が、費用負担を含めこれらの講習を受けさせるための措置をとることが義務付けられています。
これらの講習について、育成就労法施行5年間を目途とする当面の間の経過措置として、認定日本語教育機関による「就労のための課程」でなくても、登録日本語教員による講習で、教師1人に対して生徒が20人以下であることなどの一定の要件を満たしたものでも認めることとしています。そのため、認定日本語教育機関以外の日本語教育機関においても。当該機関に在籍している登録日本語教員が育成就労外国人への日本語講習を行っていただくことが可能です。
A1相当やA2相当の日本語教育については、10月21日に出た厚生労働省の「外国人育成就労制度における日本語能力向上のための取組について」というサイトを見てください。
このサイトには、A1相当A2相当のモデルカリキュラム・自主学習教材の紹介・日本語能力の試験などの説明も出ていますから、必ず見てください。2026年10月からは、日本語基礎テストでA1とA2.1のレベル判定も出来るようになったと書かれています。
上記NHKのニュースを受けてのことでしょうか、10月28日の入管庁のサイトでは、「監理支援機関における育成就労外国人への日本語講習に関するヒアリング・アンケート調査結果について」が新しく追加されていて、これが入管庁の正式な数字となっています。
アンケートは外国人技能実習機構のメーリングリストに登録されている監理団体1,880機関宛に出していて、監理支援機関として活動予定の348機関が回答しています。回答率は、約18.5%です。
ここではヒアリングの結果には触れません。以下に重要なアンケート結果を書きます。
- アンケートに回答した348機関のうち、約78.3%にあたる機関が、A1相当の日本語能力試験に合格させた上で入国させることを見込んでいます。つまり、制度開始後1年間で受け入れ見込みの17,247人のうち13,502人は就労開始前の日本語講習は必要ない予定であると想定しているのです。
- アンケートに回答した348機関のうち、約14.6%にあたる51機関が登録日本語教員確保済み、約19.0%にあたる66機関が確保見込み有り、約30.5%にあたる1006機関が調整中、約35.9%にあたる125機関が未確定で候補も未定と回答しました。
10月1日のNHKニュースのほか、10月5日の日本経済新聞の覧具雄人さんの署名記事では、新聞社が「分析した」結果、6月時点での受け入れ可能人数は全国で約7500人となっています。
10月28日の入管庁の数字では、かなり受け入れ可能の数字に近くなっています。
日本経済新聞の記事については、noteの宮野宏樹さんの記事があります。
https://note.com/hirokimiyano/n/n6550d9c8d0e7
11月1日の朝日新聞は1面トップで「育成就労 足りぬ日本語学校」という記事を書いています。AOTSなどを日本語学校としているのは、間違いです。朝日新聞の記者でも、日本語教育についてはこの程度の理解です。32面の記事では、「監理団体 『現場任せの見切り発車』」という見出しを付けています。田尻は、現状については異なる理解をしていますが、ここでは書きません。過去の経緯を説明するためにはかなりの分量が必要で、今はその余裕がありません。
「入国後講習・日本語講習」については、法務書と厚生労働省の「育成就労制度の関係省令等について」を見てください。これらの役所では、ここでのBパターンを増やすことを目指していることが分かります。以下のURLは,法務省のものです。
https://www.moj.go.jp/isa/content/001451331.pdf
入管庁のサイトに「育成就労制度における日本語講習の提供について」というサイトも設けられています。上記の説明に使った資料がまとめられています。
https://www.moj.go.jp/isa/03_00195.html
就労者に対する日本語教師初任研修は、日本語教育研究所やAOTSがやっています。他の研修も含めて、以下の文部科学省の「令和8年度現職日本語教師研修プログラム普及事業」というサイトを見てください。
https://www.mext.go.jp/a_menu/nihongo_kyoiku/mext_00230.html
第72回と第73回の『未草』の記事でも扱いましたが、「就労のための課程」の認定を受けている日本語教育機関が少ないため、登録日本語教員を確保している告示日本語教育機関でも5年の経過措置期間なら育成就労外国人の日本語講習をすることができるようになりました。つまり、留学の認定しか受けていない日本語教育機関でも就労の日本語講習ができるようになり、日本語教育機関の新しい生き残りの道が開けました。ただし、5年間のみです。
登録日本語教員の中で、就労分野で働く人が増えてくるかもしれません。就労分野の日本語教育のほうが単価が高いと言われています。ただ、就労分野での日本語講習は、日本語教育機関の仕事に比べて短期間の仕事です。登録日本語教員にとっては、仕事の選択肢が増えたと言えるでしょう。登録日本語教員が就労分野で働く時には、就労の日本語教育のための講習が必要であることを改めて指摘しておきたいと思います。
外国人労働者の受け入れ制度については、9月29日更新の入管庁の「外国人労働者に関する制度概要」で最新の情報を入手してください。
https://www.moj.go.jp/isa/content/001335263.pdf
日本語教育とは直接の関係はありませんが、10月19日の第15回の「特定技能及び育成就労制度の基本方針及び分野別運用方針に関する有識者会議」で、介護分野で育成就労から特定技能への見込み数の配分変更が行われました。「資料1」を見てください。
https://www.moj.go.jp/isa/03_00204.html
育成就労の現在の配分33,800人の中から20,000人を特定技能1号に加えるというものです。その理由として、「受入企業・関係団体ヒアリングや、現在の技能実習『介護』の受入実績(1号認定者数は令和7年度で5,810人)を踏まえると、育成就労外国人の受入れ枠には余裕があると考えられ、令和10年度末の段階において、育成就労外国人の在留者数が受入れ見込み数を超える可能性は低いと考えられる」としています。
田尻は、このようにして当面必要とされている分野の外国人労働者を育成就労制度枠からすぐに働ける特定技能制度枠へと移していくことが今後も行われる可能性があると考えています。
2. 「日本語・生活学習プログラム(仮称)」の検討
10月10日に、第3回の「日本語・生活学習プログラムの検討のためのワーキンググループ」が開かれました。
https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/gaikokujinzai/programwg/dai3/gijishidai.html
今回は、関係者ヒアリングが行われました。現時点では、議事要旨は未公開です。
日本経済団体連合会の資料には、このプログラムを企業では「一律に法的義務を課すのではなく、まずは努力義務とすることが適当」、実施にあたっての費用負担は「外国人本人が一定の費用を負担することが基本」などと書かれています。このプログラム実施にあたって、経団連では早くも消極的な姿勢が見られます。
日本商工会議所の資料では、「現場の運用は、自治体が地域の実情に合わせて柔軟に行える体制が必要」、「国家資格(登録日本語教員)等を持つ指導員を適切な給与で雇用できるよう、国として支援いただきたい」、プログラム受講のインセンティブ付けのために「プログラム履修や到達度を『在留資格更新』等の評価要素に組み込んでいただきたい」などが書かれています。
CINGAの新居みどりさんの資料では、コース設定をAコース(入国前入国直後)とBコース(永住許可や帰化に向けた学習)に分けたうえで、オンデマンド・オンライン双方向・対面などの方法を個々に合わせて使うことや、だれが費用を負担するかを明確にすることが大事だとしています。超過年齢の子どもの教育の保障や、日本語だけでなく学習者の母語も大事にすること、このプログラム受講を在留審査の動機付けにするなら在留資格審査の透明化が必須であることなども提言しています。日本語教育の中身に関わる提言ですので、ぜひ参考にしてほしいと考えています。
当事者の意見として、オチャンテ 村井 ロサ メルセデスさんの資料では、国や地方公共団体の役割が大事であり、公平な制度設計のもと、外国人住民の努力と地域社会の取り組みを両輪にすることなどが述べられています。
9月15日に第2回の「外国人の受入れの基本的な在り方のためのワーキンググループ」が開かれています。
https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/gaikokujinzai/arikatawg/dai2/gijishidai.html
ここでは扱う余裕がありません。外国人の就労状況や犯罪情勢についてのデータが示されています。
3. 登録実践研修機関・登録日本語教員養成機関の登録結果
9月30日に2026年度1回目の登録結果が公表されました。
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/daigaku/toushin/attach/1420729_00020.htm
実践研修機関の申請機関は34機関で、登録した機関は23機関、取り下げ機関は7機関でした。
日本語教員養成機関の申請機関は36機関で、登録した機関は27機関、取り下げ機関は7機関でした。
10月23日に「これまでの登録実践研修機関・登録日本語教員養成機関の登録申請における主な登録不可相当事例等」が公表されました。
https://www.mext.go.jp/content/20261023_mxt_nihongo01-000047678_222.pdf
これを見ると、いまだにこのようなことが理解されないまま登録申請が行われていることに驚きます。
大学によっては、日本語教員養成機関の登録を受けていないのも関わらず、相変わらず日本語教員になれるとサイトに書いている大学もかなりあります。高校で大学進学の担当をしている教員は、日本語教師になりたい学生がいれば、受験希望の大学が登録されているかどうかを必ずチェックしてください。
このように日本語教員養成機関として登録されても、実際に日本語教師になるのは修了生のわずか数パーセントの学生だけです。せっかく日本語教師を国家資格化して大学での日本語教師養成の道を作っても、これでは効果が無かったことになります。
4. 厳しさを増す在留資格審査での日本語能力
〇日本語能力水準「B1相当以上」の確認開始時期について
9月20日に入管庁のサイトで公表されました。
https://www.moj.go.jp/isa/03_00198.html
2号特定技能外国人には、「B1相当以上」の能力水準が要件となりました。自動車運送業分野と鉄道分野の能力水準についても「日本語能力試験(N3以上)」から「B1相当以上」に変更されました。2027年4月からの申請に必要です。
「B1相当以上」を測る試験は、現在ありません。国際交流基金が作るというニュースもありましたが、基金のサイトには出ていません。テスト用の職員1名の募集が出ていました。
〇永住許可に関するガイドライン
10月1日改定となっています。
https://www.moj.go.jp/isa/10_00279.html
年収要件も、この日から適用です。年金受給見込み額等の本格運用は2027年4月1日からです。
このガイドラインの中に、2027年4月からの適用で、ここでも日本語能力としてB1レベル相当以上が必要とされました。また、入管庁長官が指定する「生活・就労ガイドブック」に記載されている「我が国の制度・ルール等を理解しているかの確認も行い、その理解が一定水準以上に達しているかを考慮要素」とすると書き込まれました。学齢期の子どもの就学も考慮要素となりました。かなり厳しくなっています。
入管庁の特定技能分野のサイトで情報の整理もしておいてください。
https://www.moj.go.jp/isa/applications/ssw/index.html
〇「技術・人文知識・国際業務」の在留資格の明確化
10月14日更新の内容は、以下のURLで確かめてください。
https://www.moj.go.jp/isa/applications/resources/nyukan_nyukan69.html
翻訳・通訳等の対人業務に従事する場合の在留資格の明確化で、日本語能力についての説明があります。ここでは、日本語教育の参照枠ではなく、CEFRのB2相当としています。
- JLPTのN2以上
- BJTビジネス日本語能力テストで400点以上
- 日本留学試験(日本語)で200点以上
- JPT日本語能力試験で525点以上
5. 介護福祉士養成施設で6割が外国人留学生
日本介護福祉士養成施設協会のサイトに、養成施設に入学した外国人留学生の推移が出ています。2026年度は4,712人の外国人留学生が入学し、留学生の入学定員に占める割合は60.6%に達しました。養成施設数も減っていますが、それらの施設でも外国人留学生無しには運営できない実態が分かります。
https://kaiyokyo.net/news/260930_r8ryugakusei.pdf
養成施設の卒業生のデータも出ています。
日本人訓練生の国家試験合格率は99.4%ですが、留学生の合格率は40.8%で昨年度より落ちています。
https://kaiyokyo.net/news/260929_r8_shinro_joukyou.pdf
日本の介護福祉士養成システム自体が危機的な状態であり、その中でも留学生の国家試験合格率は下がっています。このような状況に対して、介護福祉士の日本語教育に関わる研究会のテーマはこのような状況を反映しているとは田尻には見えません。
6. 国勢調査の結果
9月29日に総務省統計局が「令和7年国勢調査 人口等基本集計結果」を公表しました。
https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2025/kekka/pdf/outline_01.pdf
国勢調査は、調査時に調査の地域に常住している者による「常住人口」を示しています。
在留外国人数の調査結果は調査した省庁によりかなり違っているので、利用目的に応じてどのデータを使うかを判断しなければなりません。
この調査では、「日本人・外国人別人口」の資料が役に立つと考えます。「外国人人口及び外国人人口増減率の推移」や「都道府県人口に占める外国人人口の割合」などで、日本国内の外国人数を大まかに把握しておく必要があります。地域によって外国人の居住者数は大きく異なっているので、外国人問題を扱う時にはどの地域の外国人を問題にしているかを示す必要があります。
入管庁の外国人統計は、「令和8年6月末における在留外国人数について」が10月15日に公表されています。過去最高の428万1,026人になったことが話題にもなりました。ここでは、その内容を扱う余裕はありませんので、必ず見ておいてください。大事な基礎資料です。
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00070.html
10月27日には、NHKで「外国人の出生 過去最多 1割超の自治体も3倍に」というニュースが流れました。
一方で、入管庁が在留資格要件の厳格化で「経営・管理」の新規入国者が8割減となったことを公表しました。「令和8年上半期におっける外国人入国者数及び日本人出国者数等について」というサイト(https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/13_00069.html)の中の「【令和8年上半期】という公表資料を見てください。
https://www.moj.go.jp/isa/content/001472506.pdf
なお、LIFULL HOME’S 総研の「在留外国人の居住実態と日本人の意識に関する調査 右傾化する日本で寛容を問い直す」という調査もあります。
https://www.homes.co.jp/search/assets/doc/default/edit/souken/PDF2026/homes_foreignresidents.pdf
7. 日本語学会の歴史意識
日本語教育と深い関係にある日本語学会編の『世界と日本の日本語学80年』(以下、『日本語学80年』と略称)が、2026年10月9日に武蔵野書院から出版されました。この本の中には、日本語教育を扱っている箇所が多くあり、それは日本語教育の存在意義とも関わりますので、ここで扱います。
『日本語学80年』が80年の歴史を扱うと言っていながら、その歴史認識への無関心が目立っている本であることを以下に説明します。
まず、2026年はどういう年であったかに触れます。
〇昭和100年記念式典での高市首相の式辞と天皇陛下の感想
2026年4月29日に政府主催で開かれた昭和100年記念式典での高市首相の式辞では、戦後の日本復興を高く評価する内容で、昭和の最初の20年についてはほとんど触れていません。高市首相は、80年談話を出すかと問われた時も、安倍元首相の70年談話を踏襲するとして出しませんでした。その安倍元首相の70年談話は、「あの戦争には何ら関りのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」として、今後は戦争責任を問わないことを言ったものです。村山元首相の50年談話とは大きく異なるものとして、当時話題になったものです。
式典当日挨拶のなかった天皇陛下のお気持ちは、翌30日に宮内庁から「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれた」と明らかにされました。
この二つのコメントは、対照的だと田尻は感じました。
つまり、2026年は昭和という戦争の時代をどう捉えるかが話題になった年でした。田尻のように、国際交流基金から派遣されてインドネシアで教えた者にとっては、アジア・太平洋戦争での日本軍のインドネシア侵略は、決して過去の思い出ではなく、現在にまでつながる記憶です。天皇陛下のお気持ちに深く共感します。
〇『日本語学80年』で田尻が問題だと考える箇所
・「はじめに」日本語学会会長 木部暢子
国語学会を設立した1944年3月は、「当時の社会情勢として国語の問題が政治的に動く可能性があったため、できるだけ早く純粋に学問的な学会を設立したいという橋本進吉先生の強い思いがあってのことだといいます(『国語学』第100集)」としていますが、そのような状況の裏付けはしたのでしょうか。この記述が本当なら、国語学会は当時の政治状況から逃れるために設立された学会ということになります。学会の会長がこのような状況を認めたとすると、学会そのものの性質が大きく変わってきます。「日本語学会の80年とこれから」で山田昌裕さんが書いている説明と違ってきます。
当時の一次資料としては、日本語教育振興会の『日本語』があります。松村昭さんの昭和19年12月号に国語学会設立に関する記事が出ています。木部さんが引用したような状況は書かれていません。この雑誌は、1985年に冬至書房新社から復刻版が出版されていますので、現在でも読むことができます。
・「日本語学会の80年とこれから」 近藤泰弘
9ページでベトナムを「東アジア言語圏」に含めるのは、いかがでしょう。同ページの「多文化社会における言語政策の議論にも、日本語学の専門的知見は不可欠であろう」と書かれていますが、国語学会がどのような具体的な動きをしたのかを田尻は知りません。
・「第Ⅰ部 世界の日本語学の80年」
ここで挙げられている北米・フランス・中国・韓国・台湾・ベトナム・南アジア・エジプト・オーストラリア・では、最初に日本語の普及がなされた段階では日本語教育が行われていて、その中から日本語学を研究する人が出てきたということを述べています。つまり、ここで書かれていることは、それぞれの国での日本語教育の歴史でもあるのです。ただ、そこには、最初は日本語教育だが次のステップは日本語学だというレベル差があるということを前提に書かれていることが分かります。このような、日本語学が日本語教育より上のレベルにあるという意識は、『日本語学80年』の他の箇所でも見られます。
・「日本の諸方言研究の80年とこれから」 木部暢子
・「琉球諸語の80年とこれから」 下地理則
木部さんの論文では、ほとんどの箇所で琉球諸語は琉球方言として扱われています。ユネスコの消滅危機言語の記述の箇所だけ、琉球諸語は日本語とは違う言語として書かれています。下地さんの論文では、かつては琉球方言学という名のものとで「試行錯誤しながら長く苦しむことになる」と書かれています。この問題については、安田敏朗さんの「『琉球語』の不在」(『統合原理としての国語』所収 2006年 三元社)は必読の文献です。
・「アイヌ語の80年とこれから」 深澤美香
ここでもアイヌ語は日本語とは別の言語だと書かれています。
琉球諸語やアイヌ語は日本語とは別の言語なのに、どうして『日本語学80年』で扱われているのでしょうか。日本語学を考える時に、日本国内という行政区分が重要な要素であるという考え方を前提にしていることが分かります。そういう意味で、「日本語学」という語自体が、すでに政治性を帯びていると言えます。
・「日本手話(研究)の80年とこれから」 高嶋由布子
手話はそれ自体が一つの言語であるのに、上記の琉球諸語やアイヌ語と共に『日本語学80年』に入っているのは、なぜでしょうか。ここでは、日本手話と日本語対応手話という問題があることが述べられています。日本のろう文化に対する無理解が、『日本語学80年』の編集方針にも影響を与えています。
日本手話については、次の書籍を読んでください。
『手話を言語と言うのなら』森壮也・佐々木倫子 2016年 ひつじ書房
『日本語手話で学びたい!』佐野愛子・佐々木倫子・田中瑞穂編 2023年 ひつじ書房
・「文法・意味の80年とこれから」 三宅知宏
三宅さんの「この時期(田尻注:1980年代から90年代)、『記述的研究』による論文を国語学会の機関紙『国語学』に投稿しても、採用されるのは困難であった。特に、大学院生レベルの研究者では極めて難しく、大学院生が『記述的研究』の論文を投稿するのであれば、『国語学』ではなく、日本語教育学会の学会誌『日本語教育』を選択することが一般的であった」という記述に驚きました。いくら過去の一時期のことを言っているのであっても、これほどあからさまに学会にレベル差があると言うことの無頓着さに驚きます。ましてや、この本は日本語学会の80年記念書籍です。日本語学会の研究者というのは、おおむねこのような考えをしていると疑われます。それとも、本当にそう思っているのでしょうか。本書の「おわりに」では、「国内外の各分野を専門とする先生方から、その豊かな知見に基づく貴重な論考をお寄せいただきました」と書かれています。
・「日本語学史の80年とこれから」 山東功
イ・ヨンスクさんと安田敏朗さんの研究に触れて、「国語学に対する批判としても極めて有力なもの」ですが、『国語学』展望号には「一切言及をしていない」と書いています。その理由として「国語学の側からは、一種の攻撃のように捉えられたのかもしれない」とあります。実際に、山東さんも、この時期以降のイさんや安田さんの研究書には全く触れていません。
ここにも、国語学研究者の体質が現れているように感じます。
・「日本語教育(国内)の80年とこれから」 太田陽子
相変わらず「1990年になると『出入国管理及び難民認定法』が改正され」と書かれています。何度言っても、大学の研究者なら無視しても済まされるのでしょうか。
ここには「制度的な変化」として「日本語教育推進法」と「日本語教育機関認定法」の成立には触れていますが、日本語教育の制度上の最大の変化である文化庁国語課の一部であった日本語教育が文部科学省総合教育政策局日本語教育課として独立したということに触れていないのは理解できません。意識的に行政とは距離を置こうとしているのでしょうか。
文化庁の『国語施策百年史』(2006年 ぎょうせい)は必読の文献です。
・「日本語学会の80年とこれから」 山田昌裕
この80年で最大の話題は、学会の名称変更だと田尻は考えています。そこでは、「国語」か「日本語」かということが大いに問題にされました。そして、それまで国語学会を支えていた文献研究を行う多くの国語学者が学会を退会しました。ただその時には、アジア・太平洋戦争時に「国語」と「日本語」について論争があったことはあまり話題になることはないまま現在に至っています。以下の2著はそのために必読です。
安田敏朗『脱「日本語」への視座』 2003年 三元社
イ・ヨンスク『「ことば」という幻影』 2009年 明石書店
田尻は、1955年の国語学会編『国語学辞典』(東京堂出版)の持つ研究の広がりや質の高さをぜひ参考にしてほしいと願っています。
〇「報告 異なる背景を持つ人々が共に生きるための言語に関する理念・認識の共有と取組の必要性」 日本学術会議 言語・文学委員会 言語コミュニケーションと共生分科会 2026年9月28日 https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf2/kohyo-26-h260928-1.pdf
この報告書の執筆者のほとんどが日本語学の研究者ですので、ここで扱います。
この報告では、今頃言語権という「理念」を持ち出して、日本語母語話者と言語的少数者との関係について述べていますが、その記述には多くの問題点を含んでいます。今は、詳しく述べる余裕がありません。
ここでは、手話・琉球諸語・アイヌ語について触れていて、その記述姿勢は上述の日本語学会と同じです。もし本当に言語権を問題にするのなら、日本語手話と日本語対応手話の問題に触れるべきですし、アイヌ語や琉球諸語を日本語と違う言語とするならば、日本国内でアイヌ語や琉球諸語を心置きなく使うための翻訳機の開発を提言してほしかったと思っています。
8. 田尻の論文その他
〇「在留外国人にとって日本語教育は共生のためにある」 『公明』2026年11月号
現在の日本社会においては、日本語教育が規制のためでなく、共生のために使われるべきだということを強調して書いたものです。外国人施策の変遷、日本語能力の測り方、在留資格要件、新しい試験の必要性、教育機関や教師の問題点、‘27年度概算要求の方向性などについて書きました。これは市販の定期刊行物ですので、サイトに公開されることはありません。購入希望者は、公明出版サービスのサイトに申し込んでください。ただし、11月1日現在は緊急メンテナンス中です。
〇『国際人流』2026年10月号
「外国人受入れ」の特集です。加藤真さんの「韓国・社会統合プログラムの概要と政策動向」に再新の韓国の移民データが出ています。
※今回も予定の分量をオーバーしました。そのため、大事な情報もカットしました。
今、世界は大きく動いています。自分の生活に直接関係しないから情報を集めないという姿勢では、社会は何も変わりません。自分でできることを一人一人が考えてください。





