第28回 日本語教育の存在意義が問われている|田尻英三

★この記事は、2022年2月3日までの情報を基に書いています。

1. 国内の日本語教育の危機

2022年1月、日本国内の日本語教育は、かつてないほどの危機に襲われています。
はたして、この危機的状況を日本語教育関係者は、どれほど実感しているのでしょうか。田尻には、相変わらず日本語教授法や日本語のテキストの情報を主として流している日本語教育の世界の状況に疑問を感じます。

まずは、現在の国内外の日本語教育の置かれている状況を見ていきます。

  • 2021年11月30日

文部科学省高等教育課学生・中学生交流室から「オミクロン株に対する水際措置の強化に伴う留学生の入国停止について」が公表されました。
これによると、「水際対策強化に係る新たな措置(19)」により、外国人新規入国に係る業務所管官庁の帰国・入国前の事前審査を12月31日までの間停止するという「事務連絡」が出されたことがわかります。

  • 2021年12月21日

岸田首相が、「この水際対策を当面延長する」と発表しました。

  • 2022年1月10日  

水際対策の一部緩和の情報が、マスコミで流れました。

  • 2022年 1月11日  

外務省のホームページに、2022年2月末までの間、外国人の新規入停止を継続することとするという発表がありました。  

  • 2022年1月17日  

松野官房長官が、国費留学生87人の入国許可を1月下旬から始めると発表しました。多くの日本語学校関係者は、11日の外務省の発表に関わらず、これで新規の4月入学の留学生の手続きが始められると思ったのではないでしょうか。
しかし、文部科学省は、この例外措置としての国費留学生受け入れ以外に入国許可を認める姿勢は示していません。この状況は、現在も変わっていません。つまり、2022年4月以降の日本語教育機関や大学への留学生の入国は許可されるような動きはないのです。

今のままでは、文部科学省は留学生の圧倒的多数を占める私費留学生の入国は認めません。その結果、4月以降の全ての日本語教育機関と外国人留学生を受け入れている高等教育機関には一人も留学生が入学できないという事態が生じます。いくら新しい教授法を開発しても、いくら新しいテキストを作っても、対象となる留学生はすでに入国している留学生しかいないのです。日本語教育機関の留学生は半年もすればほとんどゼロになるでしょうし、大学在籍の留学生の日本語の授業の受講生も今後はいなくなるでしょう。

半年後には、多くの日本語教師は担当する授業がなくなり、失業状態になってしまいます。「風が吹けば桶屋が儲かる」式に言えば、次は、420時間の日本語教師養成コースや大学の日本語教師養成講座は、受講生がいなくなるでしょう。こうなっても、日本語教育学会に参加したり発表したりする人が出て来るのでしょうか。

仮に、今感染症の専門家の間で言われているように、2月にオミクロン株感染者が減少に転じて、岸田総理が外国人を受け入れるという方針に変更したとしても、新規の留学生の4月入学に間に合うのでしょうか。

出入国在留管理庁は、入国審査は在留資格認定証明書の過去の申請順に審査をする手順を変えていないので、申請のためには日本語教育機関はまずは現在の留学希望者本人の日本入国意思を確認することを始めとして、煩瑣な書類作りが待っています。その後に出入国在留管理庁での書類審査が始まるのでしょうから、仮に提出書類等の手続きの簡素化が図られたとしても、4月入学に間に合うか心配です。

田尻は、日本語教育機関に入学する新規の学生の不在と、日本語教師の解雇がほぼ同時期に始まる可能性が高いと考えています。もう一つの大きな問題は、このような厳しい社会的な状況変化を、日本語教師は自分の問題と捉えていないのではないかということです。この状況をどこか他人事(ひとごと)のように考えていて、誰かが何かをしてくれるのではないかと、何の行動も起こさないままでいる日本語教師が多いように田尻には感じられます。

まずここでは、日本語教育機関の危機的状況と、日本語教師の危機意識の低さを指摘しておきます。

2月1日に、驚くべき情報が一部のマスコミに流れました。田尻は、夕方のテレビのNHKニュースを見てびっくりしました。新規の留学生300人が入国できるようにする政府の方針が明らかになった、というものです。他のテレビ局ではこの情報は流れていませんので、誤報かと疑いました。この情報は、マスコミ各社の扱いによって多少のズレがありました。以下には、田尻ができる範囲の公表された情報を集めた結果、推測される事情を書きます。2日以降にもこの情報以上のものが公表されていませんので、今回は従来の書き方を変えて田尻の推測を書きました。それは、皆さんが大変興味のある情報が、曖昧な形で流れることを防ぐためです。そうは言っても、田尻も公表されている以上の情報は書けません。

2月1日、自民党の外交部会などの合同部会が開かれ、その場に出席した文部科学省の方が新たに400人(すでに入国が決まっている国費留学生を含むかどうかも公表されていません)の留学生が公益性や緊急性といった「特段の事情」により入国を認められたと言ったと、佐藤正久外交部会長が記者団に明らかにした。

つまり、この情報は佐藤外交部会長が記者団に話したもので、文科省・入管庁・外務省などのHPには出ていません。たぶん、文科省内部で新規の留学生入国の動きがあり、それを自民党の部会で内々に話したものを佐藤部会長が記者団に話してしまったのでしょう。今の政府はあくまでも水際対策にこだわっていますので、このような文科省の動きは表立っては言えないものです。田尻としては、このような文科省・文化庁の動きを支援したいと思っています。

この情報があっても、この箇所の田尻の記述を変更するほどの動きではないので、そのまま掲載します。

2. 日本社会に日本語教育は必要か

ここでは、日本社会全体を視野に入れた書き方をします。このようなことを書くためには、多くの先行研究を踏まえた現代日本社会の分析が必要ですが、そのためには大部な1冊の研究書を書き上げなければいけません。今の田尻にはそのような仕事を成し遂げる精神的・肉体的な余裕はありません。そのため、ここでは社会的に関心の高いテーマについてきわめて概略的な問題点を指摘することしかできないことを先にも申し上げておきます。

(1) オミクロン株感染による留学生・外国人労働者の入国停止

上に述べましたが、この件は現在日本各地で見られるオミクロン株感染者の拡大を止めるために、岸田総理が行っている期間限定的な施策です。ただし、この施策がいつ取りやめになるかは、現時点では不明です。これだけ国内感染者が増えているにもかかわらず、外国人イコール感染者という考えに基づく水際対策は、あくまでも期間限定的な施策だと田尻は考えています。以下に述べる外国人受け入れ体制の問題点とは別であることを指摘しておきます。


(2) 日本社会の外国人受け入れ体制の問題点と日本語教育

ここでは、すでに進められている外国人受け入れ体制での日本語習得支援体制の不十分さに触れます。ただ、この問題は(1)で述べたこととは違い、改善するには担当省庁との調整が必要となり、短期的には改善されることではありません。一定期間の粘り強い取り組みが必要です。

① 外国人受け入れの必要性

現代日本社会の問題点の一つに、人口問題があることはどなたも認めることでしょう。その場合のキーワードの一つに、少子高齢化という語があります。ただ、現在日本では少子化は数字的には止まっていますし、高齢化の問題は労働力の減少という点が問題です。ここでは、この労働力減少の問題を明確化するために、人口問題を日本における生産年齢の減少として捉え、この問題と日本語教育との関連について述べます。

現在、日本各地では人手不足による生産力の低下や、人手不足なのに多くの非正規労働者雇用の体制をとっているために賃金上昇がなされないことによる消費力や経済的活力の低下がよく知られています。しかし、その生産力を支えている農業や漁業などで多くの外国人が働いていることは、あまり知られていません。

時々、技能実習生がひどい目にあっているというニュースが流れたときに、多くの日本人は外国人労働者に同情するだけで、この問題はすぐに忘れ去られていきます。当然のことながら、外国人労働者を長期に雇用するならば、その人たちの日本語コミュニケーション能力の向上や地方自治体における多言語対応の体制作りのような言語面だけではなく、社会保障のための体制作りも必要であることを指摘しておきます。以下では、日本語習得に関する事項だけを取り扱います。

② 外国人労働者の受け入れにあたって日本語教育は重視されていない

日本の高等教育機関への進学を目的とする場合には、日本留学試験・日本語能力試験・民間の日本語能力試験などで日本語習得のレベルはチェックされています。つまり、「留学」での受け入れについては、日本語能力の必要性は受け入れの前提となっています。

しかし、外国人労働者の中でも技能実習生の日本入国後の日本語習得の時間は名目上設定されていますが、どのように運営されるかは受け入れ機関にまかされています。その際には、受け入れにあたっての日本語教育に関わる人の資格は問われていないのが実情ですし、場合によっては地域の日本語ボランティア教室にまかせてしまっている機関も増えています。

2018年12月の臨時国会において、「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」が可決され、在留資格「特定技能」が新設され、2019年4月1日より受け入れが可能となりました。受け入れ特定分野は、14分野です。「特定技能」1号の日本語能力水準は、日本語能力試験N4以上、国際交流基金の日本語基礎テストA2レベル以上、介護分野はさらに介護日本語評価試験の受験が必要です。田尻が見る限り、設問が「現地語」で出される日本語基礎テストA2レベルでは、日本での就労に必要な日本語能力のレベルには達しているとは思えません。

特定技能1号は通算で5年在留ができ、将来認められる予定の特定技能2号では、要件を満たせば配偶者や子どもの帯同が可能となります。
外国人労働者の受け入れにあたっては、このように日本語教育の問題は重視されていないのが実状です。そして、そのことに対して、日本語教育関係者がまとまって異を唱えては来ませんでした。つまり、外国人労働者の受け入れにあたっては、受け入れ機関も日本語教育関係者も日本語習得を問題視するような動きは見せてこなかったのです。田尻は、この問題に関しては、日本語教育関係者の取り組みが不十分であったと考えています。

③ 日本に住む外国人に対する日本語教育の体制は不十分

日本に住む外国人(文化庁の用語で言えば「生活者としての外国人」)への日本語習得支援の動きも不十分です。念のために言えば、文化庁の「日本語教育の資格に関する調査研究協力者会議」の「日本語教育の推進のためのしくみについて〜日本語教師の資格及び日本語教育機関評価制度〜」では、「留学」・「就労」・「生活」の3類型を挙げています。

日本にする外国人の子どもたちへの日本語習得支援の体制も大変不十分です。この「就学」という類型は、文化庁の「日本語教育の推進のための仕組みについて(報告)」では項目としては挙げられていませんが、「就学」は大変大事な類型です。以下では外国人児童生徒と言う語を使いますが。当然日本国籍取得と日本語能力は違うレベルの話です。以下では、日本語使用に不便を来している児童生徒全般を扱います。日本語能力が低いために特別支援学級で教えられている児童生徒への指導も大変大きな問題ですが、今回は扱う余裕がないので、そのような子どもたちがいることだけを指摘しておきます。在校生の8割が外国籍と言われている夜間学校も、大きな問題を抱えています。2008年までの情報は、『日本語教育政策ウォッチ2008』(ひつじ書房、2009)に書いています。

文部科学省は、学校入学前の子どもには日本語教育を「初期指導教室」を就学支援の一環として位置付けています。実際にどのような指導が行われているかについての全国的な調査はありません。

2014年1月14日に、「学校教育法施行規則の一部を改正する省令等の施行について(通知)」が公表されました。これは、小中学校教育における日本語教育を「特別の教育課程」として実施するというものです。この「通知」では、小中学校の日本語教育を担当するのは教員免許を持っている者を「日本語指導担当教師」として位置付け、日本語教育に知識があっても、教員免許を持っていない人は授業の補助しかあたれないことが決められました。この「特別の教育課程」を実施するために、日本語教育の専門家によるJSLカリキュラムが作られましたが、実施にあたっては日本語教育専門家の意見は活かされませんでした。その後、子どもたちの日本語能力の把握のためにJSL対話アセスメントとしてDLAも作成されました。残念ながら、各地の小中学校ではJSLもDLAも現在あまり使われていません。日本語教育専門家は、JSLもDLAも作成には関わっていますが、実施にはほとんど関わっていません。

2009年から2014年まで「虹の架け橋」政策が行われ、子どもの就学支援事業として、かなり潤沢な資金が日本語教育の現場につぎ込まれました。ただ、残念なことに、この事業を継続する施策はありませんでした。ここでも、日本語教育関係者の働きかけはありません。

2021年9月22日に、高等学校における日本語指導の在り方に関する検討会議が「高等学校における日本語指導の制度化及び充実方策について(報告)」をまとめ、10月15日に公表しました。これを受けて、2022年1月24日の中高教育審議会の部会で報告が承認されました。文科省は、2023年度から運用を開始したい意向です。これで、小中高校で「特別の教育課程」による日本語教育の体制ができましたが、実際に日本語教育を担当できる教員免許を持った教師は全国的にみてもほとんどおらず、実際に効果が出るかどうかはこれからの課題です。

日本各地に住む日系人労働者やその家族、日系人以外の外国人労働者の家族への日本語習得支援などは、各地の日本語ボランティアに丸投げしているのが現状です。日本語ボランティアへの支援は、地方自治体で対応がバラバラです。田尻が見る限り、日本語ボランティアと日本語教育専門家の連携はほとんどがうまくいっていません。

以上見てきたように、日本に住む外国人労働者やその家族に対しての日本語習得支援は、日本語教育に理解のある特別な受け入れ機関や地方自治体を除けば、制度的に全くやってこなかったと言える状況です。

3.今こそ必要な日本語教師の公的資格


以上見てきたように、外国人労働者の受け入れにあたっての日本語習得支援体制は不十分なままで今日に至っています。それでも今までは外国人を受け入れてきて、日本語教育の仕事もそれなりに続いてきました。しかし、2022年2月の状況では、外国人受け入れの見通しが立たず、日本語教育の仕事も減少してきています。

このような現状だからこそ、批判的な見方に耐えられるようなしっかりとした外国人受け入れに関わる日本語教育の体制作りが必要なのです。
まずは、主として進学のための「留学」という類型で、日本語教師に公的な国家資格を持たせ、その日本語教師を採用することで日本語教育機関の質の向上を目指すという法案成立が今こそ必要です。

オミクロン株感染者の増加で、今の通常国会の審議日程は予断を許しません。それでも、文化庁国語課を始めとする担当部署の職員や、日本語教育に理解のある国会議員(及ばずながら田尻も)懸命の努力を続けています。

この日本語教師や日本語教育機関に関わる法案成立に、日本語教育関係者全てのご尽力が今こそ必要です。ここでは、田尻がどのような動きができるかは、皆さんのご尽力の方向性を狭めるかもしれませんので、具体的に述べません。ただ、法案を通すのは国会議員ですので、来るべき参議院選挙で日本語教育に理解のある国会議員への支援は、絶対に必要です。日本語教育にあまり理解がない国会議員へは、日本語教育関係者から理解してもらうための活動をしてください。その際、自分の所属する機関が生き残ることだけを目指す動きは避けてください。将来の日本社会にどれだけ日本語教育が必要かを訴えてください。

間違っても、もう法案は流れただの、日本語教師の資格は変わらないなどという噂は流さないでください。そのような動きは、今一生懸命努力していただいている方々の気力を削ぐだけです。

これから数か月は、日本語教育が生き残れるかどうかの正念場です。多くの方々のご支援を期待します。

日本語教育は、在留外国人の人権を守るための必須の項目の一つです。

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