第30回 ウクライナ避難民の受け入れと日本語教育施策|田尻英三

★この記事は、2022年5月8日までの情報に基づいて書いています。

今回は、ウクライナ避難民の受け入れ体制の問題点と、出入国在留管理庁から公開された外国人との共生社会の実現に向けたロードマップのポイントを紹介します。

1. ウクライナ避難民の受け入れ体制


2022年5月6日になっても、ロシアのウクライナ侵攻は止まっていません。この戦争は多くの犠牲者を出しながらも、いっこうに収まる様子はみせません。
そのウクライナから日本への避難民は、600人を超えています。しかし、日本政府のウクライナ避難民支援体制はマスコミの記事に断片的に出ている程度で、全体像がはっきりしていませんでした。
ようやく2022年4月21日に、「ウクライナ避難民への支援に関する地方自治体向け説明会」が開かれました。この情報を田尻は日本語教育振興協会(以下「日振協」)の会員宛の「お知らせ」で知りました。この情報は日振協の会員宛のものですので、全文は引用できません。以下、今後の史料ともなると思い、要点を列挙します。
ウクライナ避難民への支援を担当している出入国在留管理庁(以下「入管庁」)の「ウクライナ避難民等への対応」には、次のように書かれています。

  • 3月25日に閣議で、ウクライナ避難民受け入れ支援事業の委託に係る経費として、5億2千万円の予備費の使用が決定。この中には、当面の宿泊費・食費をはじめとした日々の生活に困らないようにするための経費が含まれる。4月11日、避難民に支給する生活費等の金額を公表(ただし、「入管庁」のHPには金額は出ていません)。
  • 受け入れ数は、3月2日現在663人。商用機を利用した避難民は、4月9日に6人、16日に14人。
  • 4月14日と19日に、全国の自治体に事務連絡を発出し、ウクライナ避難民に案内資料を発送したことを伝えた。
  • 日本に親族や知人がいる場合は、親族や知人宅での滞在を想定し、そうでない場合は一時滞在先を委託する。
  • 一時滞在施設滞在中は、日額の生活費として12歳以上1000円、11歳まで500円、住居費・医療費・日本語教育費・就労支援費は国が実費負担。一時滞在施設退所後は、日額の生活費として2400円、2人目以降は1600円、11歳まで1200円、住居は受け入れ自治体や民間が提供、医療費・日本語教育費・就労支援費は必要に応じて国が実費を負担。退所時一時金は、16歳以上160000円、15歳まで80000円。カウンセリング、ウクライナや第三国への帰国・出国等の支援は、必要に応じて国が実施。
  • 国は、アジア福祉教育財団に業務を委託する。

これらの支援は、日本に知人・親戚がいる場合とそうでない場合や、住む地域によって変わってきます。
また、ウクライナ避難民は、学校教育・ハローワーク(特定活動ビザを取得できる)、・国民健康・電話通訳保健サービス・子育て家庭への支援等々、従来の難民支援とは違って、手厚いものとなっています。
田尻は、ウクライナ避難民が手厚く支援されることは必要だと考えていますが、それなら他の難民(アフガニスタン・ミャンマー・コンゴ・カメルーン等)にも手厚い支援があってもよいのでないかと考えています(4月27日の朝日新聞「耕論 ウクライナからの『避難民』」参照)。
田尻は、日本でのウクライナ避難民の生活が安定するまでは(就労先・就学先が決まる)、国が支援をすべきであり、生活が安定した後に地方自治体やNPOに支援を委託するべきであると考えています。何よりも、支援の継続性が大事だと考えます。

4月22日の衆議院法務委員会で、立憲民主党の鈴木庸介議員の質問に対して、入管庁の西山次長はウクライナ避難民以外にもアフガニスタンやミャンマーの難民にも「本国の状態に鑑み」て特定活動のビザを認めるという発言をしました。今後、この西山次長の答弁が活かされることを期待します。

ウクライナ避難民への支援については、各党も提言をしています。
自民党は、3月2日に人権外交プロジェクトチームが提言をまとめていますが、公開されていません。
立憲民主党は、3月25日に5項目の「ウクライナ避難民支援に関する緊急提言(第一次)」をまとめています。これは、公開されています。ここでは「言葉の問題は大きく」とはしながらも、日本語教育への言及はありません。
公明党は4月28日に谷合正明本部長や石川博崇事務局長のもとに、33項目にわたる緊急提言をまとめていますが、公開されていません。ここでは、広くウクライナ避難民への支援が取り扱われています。田尻は石川議員からこの緊急提言を入手しましたので、広く知ってもらうために日本語教育に関する箇所をご紹介します。

  • 身元引受人の有無に関わらず、生活相談・サポート・通訳・翻訳機の提供、生活や就労に必要な日本語教育の提供。
  • 避難してきた子どもたちが安心して暮らせるよう、就学機会を確保するとともに、日本語教員等の日本語指導者や翻訳機を配備するための財政支援を講ずること。
  • 避難民やそれぞれの希望する将来計画に合わせた生活・就労の日本語教育のコースデザインや、対面・オンライン教育などの環境を作り、一定期間日本語教育を受けられるようにすること。
  • わが国として受け入れているアフガニスタン退避者等についても、ウクライナ避難民への支援内容と整合性がとれた措置を講ずること(在留資格変更、家族呼び寄せ、日本語教育、医療費負担、就労・就学情報提供等)。自治体・財団等が他の避難民にも提供可能な支援(例えば公営住宅提供等)は利用できるように国から助言・通知・周知すること。

これらの各党からの提言が活かされるように切に望みます。

ウクライナ避難民への支援は、全国の自治体やNPOなどで行われています。学校関係では、日本・ウクライナ大学パスウェイズや日本・ウクライナ日本語学校パスウェイズ、ウクライナ学生支援会があります。ウクライナの学生への支援を実施している大学の一覧は、日本学生支援機構のサイトに出てきます。
ロシアのウクライナ侵攻から1か月以上たった3月28日に、やっと日本語教育学会の齋藤ひろみ会長名で「ウクライナ情勢に関する本学会の声明」が出されました。しかし、そこには「教育と研究を通して行動します」とありましたが、田尻にはその意味するものがよくわかりません。もっと具体的に行動すべきではないでしょうか。1か月以上たってからの会長声明を出すに至ったのは、どんな学会内の事情があるのでしょう。

2. 水際対策緩和による留学生の受け入れ

2022年3月以降の水際対策の見直し(2022年4月28日更新)により、大学や日本語教育機関への留学生の受け入れも始まりました。5月6日現在、まだその数は発表されていませんが、特に日本語教育機関においてはかなりの数の留学生が入学しているようです。その結果、日本語教育機関は一時期の経営危機は何とか脱したようです。ただ入管庁の度重なる施策変更に、日本語教育機関は振り回されています。
日本語教育機関にとっては新しく入学した留学生への対応に追われ、経営的な危機的状況の時に言われた日本語教育機関の質的向上のあり方や日本語教育関係法案の成立には、あまり興味が無くなったように田尻には感じられます。
日本語教師の仕事が増え、日本語教育機関の経営が落ち着くこと自体は、日本語教育の世界にとっては良いことです。ただ、日本語教育機関の問題点を考えることは、忘れてはならないことだと田尻は考えています。

3. 2022年度の日本語教育関連施策

2022年度の文化庁の予算が決まり、日本語教育の新しい動きが始まっています。残念なことに、特に日本語教育の研究者と言われる人たちの関心が今一つであると、田尻は感じています。しかし、文化庁を中心とした政府の動きによって、確実に日本語教育に関する社会活動は変化してきています。日本語教育学会は、学会としてもっと積極的にこのような動きに対して取り組み、前向きな提言をすべきと田尻は考えています。
2022年度の文化庁の予算については、文化庁の予算のサイトにある「令和4年度文化庁予算の概要」に出ています。このウエブマガジンの第29回で扱った日本語教育推進議員連盟の会合では、より詳しい資料が配布されています。この予算については資料が公開されていますので、ここでは詳しく扱いません。

ここでは、新規の予算として5100万円が計上されている「資格の整備による日本語教育の水準の維持向上」についてのみ扱います。
この項目の事業内容として「政令・省令検討のための調査研究協力者会議の開催」と「日本語教師試験等の運用のための調査研究」があります。
前者は、「日本語教師の資格化及び日本語教育機関の認定に係る法律が令和4年度に成立予定であることを踏まえ」、「制度をより実状に沿ったものとするために有識者の意見を聞く」という説明が付いています。これでわかるように、文化庁では2022年度に日本語教師と日本語教育機関に関する法案化が想定されています。
後者は、日本語教育能力試験実施のためにシステム開発と、資格を取得した日本語教師に義務づけられている「知識及び技能向上のための研修」システムの構築を扱います。
「『日本語教育の参照枠』を活用した教育モデル開発事業」も新規の予算が計上されています。

出入国在留管理庁からのパブリックコメントへの意見募集には、大変大事な「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ(案)」がありました。公示日は2022年4月13日で、締め切りは4月25日でした。このパブコメについては、今回の「未草」の原稿執筆以前に受け付けが終わってしまいました。意見募集の結果については、次の「未草」の原稿で扱う予定です。
このロードマップ(案)には、三つのビジョンと四つの重点事項が挙げられています。これは、今後の日本語教育の将来像と大きく関わりますので、ぜひじっくり読んでください。
このロードマップ(案)は、4月13日に自民党の外国人労働者等特別委員会・雇用問題調査会・法務部会・経済産業部会合同会議でも扱われました。
公明党では、4月15日の外国人材受け入れ対策本部・法務部会・経済産業部会合同会議(外国人材受け入れ対策本部長は、参議院の石川博崇議員)で、このロードマップ(案)を扱いました。なお、公明党の文部科学部会では部会長として衆議院の浮島とも子議員が務めていますが、数回にわたり日本語教育の問題を扱っています。

4.『日本語教育』181号の神吉さんの論文について

このウェブマガジンの第25回で扱った「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」(以下「協力者会議」)に関して、神吉宇一さんが日本語教育学会誌『日本語教育』181号で意見を述べていますが、そこで書かれた内容が「協力者会議」の会議の進め方とあまりに違うと田尻は考えますので、ここでその問題を扱います。
ただ、この問題は、本来文化庁国語課や「協力者会議」の座長の西原鈴子さんがコメントすべきものですが、ここでは会議のメンバーとして事実関係を中心に田尻の考えを書いておきます。
日本語教育学会員でなければこの学会誌はよめませんので、煩瑣になるかもしれませんが問題個所を抜粋して説明します。ただし、その場合でも、神吉さんの意見がわかるようにしています。

学会誌9ページからの「3-3 学士要件に関する議論から見えたofの知識の重要性」の箇所だけを問題にします。以下は、本文の抜粋です。

 「協力者会議」は当初の設置趣旨が途中で変わり、審議すべき内容も大幅に変更された。……毎回の審議資料を見ていくと、会議設置の趣旨や審議内容が途中から大きく変更されていることがよくわかる。……文化審議会国語分科会として公の場で議論し決定したこととは異なる方向性が協力者会議の審議内容として提示されたということは、委員や傍聴者に公にされていないところで何らかの議論・調整が行われたということである。その不透明さも大きな問題であるが、協力者会議で審議する際の審議理由にも問題があった。学士要件に関する議論を例に取ると、その決定過程が論理的に議論されたとは言い難い状況であったことがわかる。……なぜ前例がなければ要件にできないかということについてはなにも説明されていない。……結局は、何らかの事情で大卒要件は不要であるという流れが作られた。協力者会議による大卒要件の審議では、学士要件を外すことを前提とした事務局提案からはじまった。先行して議論した国語分科会の決定とは異なる提案であった。国語分科会の決定には日本語教育政策の決定上どのような意味があるのか、そして協力者会議では何が議論されるべきだったのか、誰にどのような決定権があるのかといった政策決定に関する知識(=ofの知識)が、少なくとも会議構成員としての筆者には十分ではなかった。そのため、学士要件を撤廃しなければこの制度自体が成立しないとの協力者会議での事務局説明に対して、論理的な反論ができなかった。(田尻注:ここで本文には注が付いています。それは以下の文章です。「学士要件に関する議論については、田尻英三がひつじ書房のwebサイトで連載している記事中に、その経緯の一部が紹介されている。(URL省略)「会議内容の具体例は田尻のメモによります」と田尻自身が記しているとおり、正確性という観点では十分でないと思われるが、ここに記載されている協力者会議の第4回の議論の経緯は、まさにofの知識の重要性を表していると言える」。念のために言っておきますが、田尻のメモは正確を期しています。)……秋吉(2003)の言う「閉鎖的政策コミュニティ」とは、国語分科会や協力者会議のようないわゆる「審議会」のことであるが、日本語教師の学歴要件に関する議論は「審議会」のメンバーにすら公開されない、「超閉鎖的政策コミュニティ」において何らかの決定がなされたと想像できる。……既述した教師の要件の事例からも、必要な資質や能力といったinの知識に加えて、政策のつくりや決定のプロセスからの観点から、どのような議論の進め方をして誰が決定するのかといったofの知識がなければ、適切かつ開かれた日本語教育政策の議論が行えないことがわかる。

神吉宇一「公的日本語教育を担う日本語教師に求められるもの」『日本語教育』181号より 

神吉さんの文章の趣旨を変えないため、また誤解を招かないために、長く引用しました。神吉さんの文章では、協力者会議の議論は「不透明さ」があり、「論理的に審議されたとは言い難い状況」で進められ、「事務局提案」で変更され、「超閉鎖的コミュニティ」によって決定されたことになります。会議のメンバーの一人として責任をもって言いますが、この会議は傍聴者もいた開かれた会議であり、進め方も西原座長のもとで公平に進められました。この会議を傍聴していない日本語教育学会員が神吉さんの文章だけを信じてしなうことを危惧して、あえて長く引用しました。詳しい反論は、座長である西原鈴子さんや文化庁国語課からあるものと考えています。

この箇所は田尻の発言に関わっていますので、その事実関係を述べます。
田尻は、全ての国家資格の要件を調べました。そうすると、国家資格を与えるためには例外なく学士などの要件は付いていません。その旨を会議で説明したところ、学士要件は不要という考えに変わったと発言する方がいました。その時、神吉さんは「反対は僕だけになった」と発言しました。その後、座長から神吉さんに発言を求められた時も、何も言いませんでした。今回、学会誌の論文を読んではじめて神吉さんが納得していなかったことを知りました。したがって、この会議での学士要件不要と決まったのは、決して「事務局案」により変更したのではありません。もし仮に他の国家資格とは異なり学士要件を付した場合は、法制局との間で他の法案との整合性を調整しなければなりません。そのためには、多くの時間が必要となり、場合によってはこの法案が成立しないことも起こりえます。この法案を成立させえるためには、学士要件を外す必要があったのです。当日の議論については、3月23日の第4回の協力者会議の議事概要が公開されていますので、参考にしてください。

181号の特集を担当したワーキンググループの松下達彦さん・荻原稚佳子さん・澤田浩子さんは、「本特集号の趣旨」として、神吉さんの論文に対して「『多様な人々が自由に自分らしく生きていくことを支えるのが、日本語教育の役割であり、日本語教師の専門性』だとして、『どこかで決まった方針をそのまま教育実践として行うことや、指示どおりに従うことにのみ教育の価値を見出す』ことに警鐘を鳴らしています」と神吉さんの論文の趣旨を評価していますので、この方々も、この論文の掲載を許可した日本語教育学会も、同じ考えをしているのだと理解されます。一般的には、神吉さんの論文のように、ある主張している文章を学会誌に掲載する前に、そこで名前が出ている機関や会議の座長に確認を取っておくのが普通だと考えます。会議の議事録を確かめれば済むことです。『社会言語学』という学会誌は、関係する方々の反論も同じ号に掲載しています。『日本語教育』が、公正や客観性を重視する学会誌であることの影響を、関係者にはもっと考えてほしかったと思います。

4. 大事な参考文献や資料

『多言語化する学校と複言語教育』(2022年、明石書店)の中に、日本国内の日本語教育に関係する論文として、大山万容さんの「移民との共存のための複言語教育」と、浜田麻里さんの「日本における外国人児童生徒等への教育と支援」があります。特に後者の論文には、外国人の子どもの教育が「国民教育としての日本の義務教育制度」・「公教育システム」・「母語・母文化の教育」・「適応支援」から排除されているという指摘には、大いに共感しました。できれば、日本語教師が教員免許を持っている教員と一緒でなければ学校教育に関われないというシステムも問題にしてほしいと思いました。また、今の学校教育で「複言語教育」を行うには、「複言語教育」そのものへの理解と担当する教員の養成課程を作らなければいけなぃと感じています。

共に明石書店から出版された室橋裕和さんの『ルポ コロナ禍の移民たち』(2021年)と信濃毎日新聞社編の『五色(いつついろ)のメビウス』も、読んでおくべき書籍だと思っています。

文化庁から『つながるひろがるにほんごでのくらし 使い方ガイドブック第2版』も、2021年に出ましたが、現場ではかなり利用が広がっていますが、日本語教育学会などではまだあまり話題になっていません。この資料を使い勝手よくするためには、紙媒体のものを作る必要があります。この資料のテキストやガイドブックをカラー印刷するのは、個人やボランティアグループとしては大きな負担となります。現在14言語(ウクライナ語版なども追加の予定)に翻訳されているこの資料は、このままではもったいないと思います。ぜひとも出版を予算化して、全国の日本語教育空白地域に配布してほしいと思っています。

※この他に触れるべき資料もでていますが、神吉さんの論文へのコメントで紙幅を取ったために、他の資料への言及は割愛せざるをえなくなりました。ご理解ください。

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