村上春樹をさがして|第5回 ジャズと人間を表現する絵|重里徹也

 小説家が、それまであまりなじみのなかった表現者を私たちに紹介してくれることがある。同じく小説家であることもあるし、他ジャンルの仕事をしている人のこともある。

 中上健次なら、アルバート・アイラ―(ジャズ・サックス奏者)とか。村上龍なら、数々のロックバンドとか。高橋慶彦(広島カープなどで活躍した内野手)やサザン・オールスターズのすばらしさを改めて伝えてくれたのも村上龍だった。

 あるいは、辻邦生のモネ、小川国夫のゴッホ、開高健のジョージ・オーウェルや井伏鱒二、北杜夫のトーマス・マン、司馬遼太郎の八木一夫(陶芸家)。枚挙にいとまがない。読者は作家にいざなわれて、他の小説を読むきっかけをもらったり、他ジャンルの表現者やスポーツ選手の魅力に気づかされたりして、自分の世界を広げることができる。それは世界を楽しむ術(すべ)を増やすことなのだ。

 村上春樹も、多彩なジャンルの紹介者だ。現代随一といってもいいだろう(他に誰かいるだろうか?)。

 アメリカ文学、ハードボイルド小説、ジャズ、クラシック音楽、ポピュラー音楽、映画。影響力も大きい。村上が翻訳して知られるようになったレイモンド・カーヴァー(アメリカの小説家)の全集があるのは、日本だけだと聞いたことがある。

 村上の新刊『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』(文藝春秋)では、レコード・ジャケットのデザインを手がけたアーティストの仕事を多くの図版で楽しむことができる。

 この本の村上自身による「まえがき」によると、デヴィッド・ストーン・マーティン(以下、村上にならってDSMと略)は一九一三年にアメリカのシカゴで牧師の息子として生まれ、一九九二年に死去した。シカゴの美術学校で学んだ後、ベン・シャーンに出会い、共に仕事をすることで、多大な影響を受けた。

 ベン・シャーン(一八九八~一九六九)はアメリカの画家。ある世代にとっては記憶に残る存在だろう。20世紀の社会問題を鋭い線で描いた。アメリカの水爆実験で被曝した第五福竜丸の受難を描いた「ラッキードラゴン」シリーズなどで知られ、日本の美術家たちにも大きな影響を与えた。

 ベン・シャーンは主題(テーマ)を大切にする画家だ。その時には題材(モチーフ)が重要になる。DSMがベン・シャーンに影響を受けたというのは特徴的だ。純粋に造形主義(形や色を第一に大事にする考え方)を突き詰めるのではなく、人間や人間が織り成している社会を描こうとしたという志向は、DSMにも波及しているだろう。

 アメリカ文化に詳しい村上が、他のメジャーな、美術史に名をとどろかせている画家たちではなく、DSMに強く惹かれるというのは興味深い。そこには村上の表現(美術や文学)というものに対する姿勢が表れていないだろうか。

 さて、『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』である。村上はアナログレコードの収集でも知られるが、今回は自ら所有するDSMデザインのレコード・ジャケット百八十八枚の写真をカラーで収録している。

 そして、一枚一枚について、その音楽の特質や魅力を語りながら、同時にDSMのデザインについて寸評を寄せている。ジャズへのわかりやすいガイドブックになっているとともに、個性的な楽しい画集にもなっている。

 DSMデザインのジャケット写真を眺めていると、ジャズの面白さや魅力が伝わってくる。大胆な構図と思い切った構成で、視線を誘われる作品が多い。

 色彩はあまり多く使わず(村上によると、主として当時の経済的な理由かららしい)、村上の表現を借りると「ペンによるきりっとしたシンプルな線」で描かれている。中には謎めいた絵もあるし、何が描かれているのだろうと注意を喚起する作品もある。

 確かなのは、ジャズ・プレイヤーたちのしぐさや表情が端的にとらえられているものが多いことだ。そこから、音が聞こえてくるようだ、という人もいるだろう。DSMはしょっちゅう録音スタジオに出入りして、スケッチしていたらしい。

 「だからこそそこには人間的な温かみと、ジャズのリアルな実況感が生き生きと感じられることになる」とは、やはり村上自身の解説である。

 心がふんわりとする絵もあるし、シャープな機知を感じさせるものもある。ユーモアが漂って直接にじわじわと伝わってくるものもある。また、哀愁や憂愁がにじみ出ている作品も印象的だ。自由がみなぎる楽しさだけでなく、人の世の哀しみもジャズに似合うのだろうか。

 収録された絵を楽しんでいると、無性にそのレコードの音も聴きたくなってくる。これらの音楽は私たちをどこに連れていってくれるのだろうか。少しか多くかはわからないけれど、生活を豊かにしてくれることは確かだろう。

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