ことばのフィールドワーク 薩摩弁| 第12回 薩摩弁の日本語み|黒木邦彦

山過ぎる山、開聞岳かいもんだけ

 冒頭画像の開聞岳は、次掲地図 (Google Maps) のとおり、薩摩半島のほぼ南端にあり、自身も瘤のような小半島をなしています。無修正のままアニメに出せそうな形状ですね。周りに障害物がなく、大きさもほどよいので、近くを通るだけで、その山々した全貌が満喫できます。


1 前回の復習

 前回は、薩摩弁の記録に、平凡な (= 多くの方言に共有されている) 言語デイタが欠かせないことを説きました。これがなければ、薩摩弁の文法、語彙、音韻を記述する際に、間違った一般化をおこないかねません。

2 薩摩弁の特異性

 特徴的な言語デイタも平凡な言語デイタも、対象言語の (i) 文法、(ii) 語彙、(iii) 音韻を等しく示しています。両デイタは、自然言語間 (⊋ 方言間) において (i–iii) がどのように類似/相違するかを見る際にも欠かせません。たとえば、ある自然言語Aの語順が二大派閥の1つ、「主語#目的語#述語」(例: 花子が#球団を#買収した) であることを突きとめたとします。発見した語順の類型こそ稀少性に欠けますが、言語Aの文法の一端が明らかになったわけです。その上、様々な自然言語の語順を比較する際に言語Aを研究対象に加えることも可能にしています(注1)

 第10回記事にも述べたとおり、先行研究が提示する薩摩弁の言語デイタは、薩摩弁の特徴をとらえたものに集中しています。各種メディアに注目されてきた薩摩弁の聞き取りづらさもあって、薩摩弁はずいぶん変わった方言に映るかもしれません。

3 薩摩弁の文法的要素

しかし、薩摩弁はあきらかに日本語の一種です。促音偏愛語音調といった特徴を持つ一方、文法、語彙、音韻の多くを日本語諸方言と共有しているのです。とりわけ、(A) に列挙する文法的要素 (= 発話構成素の配列ないし作り方) に関して言えば、薩摩弁は【 】に記したとおり、日本語一般に同じです。(A) の各要素を反映した文 (1) を見ながら、薩摩弁の日本語みをご確認ください。

(A) 薩摩弁の文法的要素
1.  「主題#題述」という文構成素の配列【日本語一般の要素】
 例:  主題 (1b) が題述 (1c–k) に先行。

(1)a.b.c.d.e.
 ほㇶもどいあしひらかわんみせのーのもとの
 hoste1modor2+asi2hirakawa1-nomise2-nonomoto2-no
 そして戻り+足平川-の店-の野元-の
 ‘そして、帰り道、平川の店の、野元の
f.g.h.i.j.k.
あㇶこごえんあんぱんのくかたでもどったいしょっ
a1-sko1-dego1+en1-noan2+pan1-okw2-kata-demodor2-taisi1-jor-ta
()(そこ)-で5+円-の餡+パン-を食い-方-で戻っ-たり()-て-た
あそこで5円の餡パンを食いながら戻ったりしてた。’ (03M40荒川)

2.  「補部#述部」という節構成素の配列【日本語一般の要素】
  例:  補部 (1c–f), (1g–h) が述部 (1i) に先行。
3.  「修飾部#被修飾部」という節構成素の配列【日本部一般の要素】
  例:  連体修飾部 (1c) が被修飾補部 (1d) に先行。
    修飾部 (1e) が被修飾補部 (1f) に先行。
    連用修飾部 (1c–i) が被修飾述部 (1j–k) に先行。
4. 接尾形態素を頻用する語形成【日本語一般の要素】

例:(1c–e, g)(1f)(1h)
 hirakawa1-noa1-sko1-dean2+pan1-o
 平川-の など-処-で餡+パン-を
 (1i)(1j)(1k)
 kw2-kata-demodor2-taisi1-jor-ta
 食い-方-で戻っ-たり-て-た

5.  接尾形態素同士の連辞関係・範例関係【日本語一般の要素】
  例:  (1f, i, k) の接尾形態素 /-sko1-de/, /-kata-de/, /-jor-ta/ は全て逆順にできない。
    (1f) /-sko1/ は /-r/, /-no/, /-ge/ などと範例関係にある (= 共存できない)。
    (1f, i) /-de/ は /-no/ と範例関係にある。
    (1k) /-ta/ は /-e/, /-u/, /-te/ などと範例関係にある。
6.  語幹(注2)複合 (“+” はその印) を頻用する語形成【日本語一般の要素】

例:(1b)(1g)(1h)
 modor2+asi2go1+en1an2+pan1
 戻り+足 (= 帰り道)5++パン

7.  組み合わせの自由度に優れた語幹複合【日本語一般の要素】
  例:  (1g) /go1+en1/ ‘5+円’ 以外の単位も語幹複合で表現可能。
    例: /go1+kai2/ ‘5+回’, /go1+miri1/ ‘5+ミリ
  例:  (1g) /go1+en1/ ‘5円’ 以外の額も語幹複合で表現可能。
    例: /iti1+en1/ ‘1+円’, /zjuu2+ni2+en1/ ‘1+2+円’
  例:  (1h) /an2+pan1/ ‘餡+パン’ 以外のパンも語幹複合で表現可能。
    例: /sjok1+pan1/ ‘食+パン’, /karee1+pan1/ ‘カレー+パン’

(注1) 日本語方言の語順に、研究者や好事家が調べあげたものはほとんどありません。つまり、語順の比較研究に使える日本語方言はきわめて少ないのです。 

 幸い、語順を知るための資料は少なからずあるので、徐々に改善されていくでしょう。

(注2) 語構成素のうち、接辞を取りうるもの。次掲 (A) であれば、太字部が語幹です。

(A)お-食べ      -た
      -たち食べ-させ   -た
 お-客-さん食べ   -られ-た
 お-客-さん-たち食べ-させ-られ-た

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