外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか|第8回 年度末に向けての動き|田尻英三

前回にも触れていた動きについて、最初に述べます。
超党派の日本語教育推進議員連盟の法案は、2月15日現在、国会で議論されていません。看護と介護の日本語教育研究会の代表理事の西郡さんからは、幹事会で意見がまとまらなかったという個人メールをいただきました。西郡さん、ありがとうございました。その他の動きはありません。

私は、3月23日に武庫川女子大学で開かれる日本語教育学会関西支部集会で技能実習生についてのパネルディスカッションをすることになっています。ぜひご参加ください。その資料をまとめる段階で、2018年6月30日の日本語教育学会九州支部集会での講演と7月1日のワークショップ、2019年1月12日のNPO法人「ともに生きる街ふくおかの会」での講演で、参加者のみなさんに現在の状況を知っていただくための説明が難しいことを感じました。そこで、今度の関西支部集会では、以下のように外国人労働者の受け入れと日本語教育に関する動きを六つに分けて説明することにしました。詳しくは、当日説明します。
①入管法と法務省設置法改正
②法務省の「外国人材受入れ・共生のための総合的対応策検討会」
③内閣府の国家戦略特区での外国人労働者
④文化庁文化審議会国語分科会日本語教育小委員会の審議と文化庁予算
⑤日本語教育推進議員連盟の「日本語教育の推進に関する法律案」
⑥浮島とも子文部科学省副大臣を座長とした「外国人の受入れ・共生のための教育推進検討チーム」

※2019年1月に農林水産省のホームページに出ている「農業分野における外国人材の受入れについて」に、技能実習制度・国家戦略特区・新たな受入れ制度の在留資格の比較があります。
※2019年1月21日に経済産業省製造産業局総務課のサイトに出ている「製造業における外国人材の受入れについて」では、技能実習2号移行対象職種全80職種のうち製造は約50職種が特定技能1号に移行することや、2019年2月8日に法務省入国管理局のサイトに出ている「新たな外国人材の受入れについて」では、国内在留者を採用するケースとして、国内試験(技能・日本語)に合格した外国人と並んで技能実習2号を修了した外国人(在留中)があります。技能実習生が特定技能1号に入ってくることを明瞭に示しています。
厚生労働省と国土交通省のホームページには、特にこの点について言及したサイトはありません。

2018年12月28日に①に関わる政令と省令についてのパブリックコメント募集が出ています。締め切りは、2019年1月26日でした。①で示された登録支援機関については、既に認定された機関もあるようですが、2019年2月15日現在、法務省のホームページには出ていません。

2019年1月19日の朝日新聞の記事に、法務省が新設の出入国在留管理庁に外国人との共生を進める「在留担当支援官」(仮称)を置くことを決めたとあります。配置されるのは、札幌・仙台・東京(2人)・名古屋(2人)・大阪・高松・広島・福岡の8入国管理局と横浜・神戸・那覇の3支局です。ただ、この件は法務省のホームページには出ていません。

2019年2月13日に、上の②でまとめられた対応策の施策番号7の「一元的相談窓口」の設置・拡充のための「外国人受入環境整備交付金(整備)交付要領」が法務省のホームページに公開されました。交付対象は、外国人住民が1万人以上の市町村、外国人住民が5千人以上で住民に占める割合が2.0パーセント以上の市町村(新聞記事では111自治体)となっています。ただし、東京都特別区では、外国人住民が1万人以上で住民に占める割合が6.0パーセント以上の区(新聞記事では新宿区などの6区)となっています(西日本新聞は、178自治体としています)。限度額は1千万円で、交付額は限度額を超えない範囲で経費の全額です。情報の広報・周知のために、原則として11言語(日本語・英語・中国語・韓国語・ベトナム語・ネパール語・インドネシア語・タガログ語・タイ語・ポルトガル語・スペイン語)以上で対応することにしています(田尻注:これだけの言語で対応できる市町村はいくつあるのでしょうか)。この事業の申請受付は2月13日に始まり、2月28日に締め切り、交付決定は申請書到達から標準的には30日で決定しますが、事業実施期間は2019年3月31日までとなっていて、非常に短期間で準備・実施しなければなりません。

基礎的で重要な資料が出ています。
2019年1月21日の日本学生支援機構のホームページに、「平成30年度 外国人留学生在籍状況調査結果」が出ています。それによると、2018年5月1日現在の留学生数は298,980人で、前年度比31,938人(12.0%)増です。増えた学生数では、日本語教育機関11,421人、専修学校(専門課程)8,704人、大学(学部)7,311人の順で多くなり、増えた学生の国籍では、ベトナム10,683人、中国7,690人、ネパール2,831人の順です。在籍の総数では、中国・ベトナム・ネパールを合わせると、70.7%となります。地方別では、関東に56.1%の学生が住んでいます。国籍や住んでいる地方による偏りは顕著です。また、ここでは触れられていませんが、大学の学生の中で留学生が占める比率が特に高い大学があることも知られています。

2019年1月25日の厚生労働省のホームページに、「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ(平成30年10月末現在)」が出ています。それによると、外国人労働者数は1,460,463人で、前年同期比181,793人(14.2%)増で、2007年届出が義務化されて以降の過去最高となっています(雇用事業所数も過去最高)。国籍では、中国389,117人、ベトナム316,840人、フィリピン164,006人の順です。在留資格別では、身分に基づく在留資格465,668人、技能実習308,489人、資格外活動(留学)298,461人です。田尻はかねてより、技能実習や留学を、その本来の目的から労働者数に加えるべきではないと考えています。労働者数の多い都道府県では、東京483,775人、愛知151,669人、大阪90,072人で、事業所数の多さと一致します。今回の外国人受け入れ施策でも地方による偏在が問題になっていますが、現在のところそれを修正する具体的な施策は出ていません。外国人労働者を雇用している事業所のうち、労働者派遣・請負事業所数が増えています。

2019年1月21日に、厚生労働省職業安定局外国人雇用対策課企画係から「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針の一部を改正する告示(案)」が公示されました。締め切りは、同年2月19日です。この中に、使用言語に関しては、「待遇の相違の内容や理由等について説明する」とき、「法定の安全衛生教育を実施する」とき、「法定のストレスチェックや長時間労働者に対する面接指導を実施する」ときは、「母国語又は平易な日本語を用いる」とあります。また、「社内規定その他文書の多言語化」という項目もあります。少しずつですが、職場環境への言語的な配慮が見られます。

2019年2月4日に、文部科学事務次官から「特別支援学校高等部学習指導要領の全部を改正する告示及び平成31年4月1日から新特別支援学校高等部学習指導要領が適用されるまでの間における現行特別支援学校高等部学習指導要領の特例を定める告示等の公示について」が通知されました。ここには、「その他の改善事項」として「日本語の習得に困難のある生徒への教育課程について定めたこと」という項目があります。この「通知」によって、全学習指導要領での外国人児童生徒の教育への配慮が書き込まれたことになります。
2019年1月6日の毎日新聞に、「日本に住民登録し、小中学校の就学年齢にある外国籍の子どもの少なくとも約2割にあたる約1万6000人が、学校に通っているか確認できない『就学不明』になっていることが、全国100自治体を対象にした毎日新聞のアンケート調査で明らかになった」という記事が出ています。この種の調査は、まだまだ不十分です。

日本経済新聞の2019年2月8日の記事に「外国人共生、支援に遅れ 主要市区に専門窓口なし6割」は、同年同月12日の記事に「外国人政策、自治体格差広がる恐れ」が出ています。特に後者は、人口10万人以上の市区と47都道府県の計334自治体を対象に日経リサーチを通じて13項目の取組状況を調べ、回答した254市区のデータを列挙していて、有用です。そこには、外国人住民比率と共に、多言語での行政情報、外国人向け生活相談、居住支援や入居差別の解消、ゴミ出しなどの案内、自治体と連絡が取れる仕組み、就学時の多言語での情報、日本語の学習支援、不就学の子どもへの対応、外国語対応の医療機関情報、問診票の多言語対応、健康診断・健康相談、緊急時の所在の把握、多言語での災害情報が列挙されています。

2019年2月12日に、日本語教育振興協会の「日本語教育機関トップセミナーからの提言」が公開されました。日本語教育の現場からの声が三つの提言にまとめられています。なお、同年同月15日に日振協による日本語教育機関の実態調査に基づいた「概況」も公表されています。

2019年2月14日の朝日新聞の「私の視点」に、大阪大学国際教育交流センター教授で留学生教育学会会長の近藤佐知彦さんが「在留資格、『教育』の確保を」を寄稿しています。そこには、「新制度で来日する外国人の『就労が主で学業が従』というニーズをカバーできる仕組み」を準備すべきと書かれています。そのような外国人の在留資格を認めると、アルバイトに時間的な制限のないさらに勉強をしない「留学生」が増える可能性が高いと考えます。就労を目的とした在留資格でも、仕事や日常生活に必要な日本語力を持てるような、きちんとした制度を作るべきです。「昼間に働く外国人に対して『夜学』のような機会も提供できるに違いない」ともありますが、2017年3月31日に文部科学省が出した「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する基本方針」で、学齢超過者と外国籍の学生の受け入れが既に決まっています。このような場合は「夜間中学」という用語を使うべきで、通称の「夜学」という用語の使用は好ましくありません。また、近藤さんの案では、従来からある「教育」という在留資格との整合性も計らなければなりません。「教育」は、教える技能を持った人に対する在留資格です。近藤案では混乱が生じます。近藤さんが意図する内容なら、「教育」ではなく「学習」となるのではないでしょうか。
副題に付けたように、現在、年度末に向けて次々と具体的な法務省告示の修正がなされています。このように事態は動いていることに対して、日本語教育関係者は何らかの発言をすべきだと田尻は考えています。

このウェブマガジンの第一回で触れた、アイヌと沖縄に関する件での動きがありました。
2019年2月15日の閣議で、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律案」が決定されました。この法案は国土交通省のホームページで見られますが、共管の内閣官房のホームページでは「通常国会提出法案」のサイトに載っています。言語の面で言えば、アイヌ人に日本語を強要した1871年制定の「戸籍法」がやっと問題となる訳ですが、今回閣議決定された法案に対する反対意見も既に多く寄せられています。
2019年1月16日、第160回直木賞に真藤順丈さんの『宝島』が選ばれました。2019年2月24日に沖縄県で県民投票が行われるこの時期に、この作品が直木賞に選ばれたことの意味を田尻は重く感じます。作品自体はフィクションですが、多くの歴史的事実を織り込んだこの作品は、現在の日本に住む人たちに多くの問題を投げかけていると考えています。この作品の巻頭にある(巻末にも同種の文があります)以下の文章で今回のウェブマガジンを締めくくります。
さあ起きらんね。そろそろほんとうに生きるときがきた

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