ことばのフィールドワーク 薩摩弁| 第1回補遺 (1) 薩摩弁の語音調 (1) |黒木邦彦

そつん いっすびんに いけた かのこゆい
sotu2-no issu2-bin1-ni ike2-ta kanoko2-jui1
焼酎-の 一升-瓶-に 活け-た 鹿の子-百合
‘焼酎の一升瓶に活けた鹿の子百合’

 発話例にたびたび登場する09F40氏はいろんな花を育てていて、(とりわけ、草木が花開く春夏に)しばしば切り花をくれます。大抵はそれを、焼き物の町で衝動買いした花瓶に活けるのですが、冒頭画像の鹿の子百合はかさ的に無理でした。結局、一升瓶に収まったのですが、鹿の子百合の花粉が曲者とは知らず…

(1)A.B.C.D.E.
a.かびんのみㇶけかたでいぇんなかおとろいとろい
b.kabin2-nomiske2-kata-dee2-nonaka2-otoro2-i-toro2-i
c.花瓶-を探(し出)す-こと-で家-の中-をトロ-リ-トロ-リ
d.‘花瓶を探すために家の中をウロウロ
F.G.H.I.J.K.L.
しちょっとこれかふんがべったいちてそどした
si1-tjor1-tatokoro1-ikahun2-gabe<t>ta2-itik2-tesodo2si1-ta
し-て-たところ-に花粉-がベ<ッ>タ-リ付い-て大騒ぎした
してたところに、花粉がベッタリ付いて、大騒ぎした。’

(1) ‘花瓶を探すために家の中をウロウロしてたところに、花粉がベッタリ付いて、大騒ぎした。’ (筆者)

1 薩摩弁の特徴

 第1回記事にて薩摩弁の特徴に促音偏愛?を挙げました。これに同じく早いうちに、韻律(いんりつ) (prosody; 音声の高さ、強さ、長さなど)、とりわけ、薩摩弁を話すに欠かせない音高 (pitch) の上がり下がり (以下「音調(おんちょう)」) も紹介しておくべきだったと後悔しています (第8回記事注3参照)。音調が分からないままでは文字列の域を出ず、自然言語らしさが感じられないんですよね。薩摩弁は日本語方言一般に同じく、音調の正否には大らかな方だと思いますが(注1)、書く(こともある)言語ではありません。それに筆者は、方言資料の大半が音調の記述を欠いていることに(も)不満を持っているわけですし。

2 音調分析の初手

 自然言語の音調を学ぶ際に、(1) のような、音高がたびたび変動する発話を資料とするのは悪手です。各音高変動の要因を考えつつ、隣りあう音高変動同士の影響も考えねばならないからです。

 よって、まずは、(1) のような発話より小さい単位を資料とします。発話 (1) が語 (1A–L) に、語 (1A–L) がそれぞれ (1b) の形態素に分析できるように、発話の音調も、より小さい構成要素に分析できます。薩摩弁の場合、音調の構成要素は、(1A–L) のような語にほぼ一致するので、本連載では「語音調(注2)」と呼んでおきます。

3 薩摩弁語音調の基礎

 相当数の (少なくとも、鹿児島県西部の広域にて話されている) 薩摩弁は、「下降調」「非下降調」という2種類の語音調を区別します。次掲 (2) のうち、(2A) /hat1/ ‘蜂’ に始まる語は常に下降調 (ただし、(2Aa) のように1音節であれば、音高下降が消えることも)、(2B) /kag2/ ‘鍵’ に始まる語は常に非下降調です。

(2) A. /hat1/ ‘蜂’ B. /kag2/ ‘鍵’
a.  Ø はっ かっ
b.  /-mo/ ‘-も’ はっ かっも
c.   /-bakkai/ ‘-ばかり’ はっばっかい かっばっかい

 下降調と非下降調との違いは比較的分かりやすいでしょう。母語において音調を区別する人 (たとえば、筆者に同じく東京式音調を母語とする人) であれば、多分聞き取れます。

 現代は音高の上がり下がりをパソコンで容易に可視化できるので、実際の発話と共に、無料ソフトウェアPraat(注3)で作成した分析図も挙げておきます。この分析図の1段めは音波(注4)、2段めはスペクトログラム(注5)、3段目以降は注釈 (分節音、音節、語義) です。

 スペクトログラムに表示されている青線は音高変動を可視化したものです。黄色く塗りつぶした音節は、音高が高まっている箇所です。(i) 下降調においては、次末尾音節から末尾音節にかけて音高下降が生じ、(ii) 非下降調においてはそれが生じず、末尾音節が(わずかに)高まります。

(2Aa) ‘蜂’ (09F40荒川; (2Bc) まで同氏)

(2Ab) ‘蜂も’

(2Ac) ‘蜂ばかり’

(2Ba) ‘鍵’

(2Bb) ‘鍵も’

(2Bc) ‘鍵ばかり’


(注1) 筆者が拙い薩摩弁を使って、母語話者と会話した経験に基づく評価です。科学的に確かめたわけではありません。音調をたびたび間違える筆者の薩摩弁が一応通じるのは、薩摩弁母語話者が、奇妙な音調の理解に努めてくれているからでしょう。音調を間違えても、母語話者に通じるということは、薩摩弁が音調に大らかであることを保証しません。

(注2) (i) 語以下の単位が持つ音調を言語学において「声調(せいちょう) (tone)」と呼ぶことと、(ii) 先行研究 (A) の用語とを踏まえて、筆者は日頃「語声調」と呼んでいます。ただ、「音調」という用語で通しても、不都合はない (ということに気づいた) ので、この連載では「語音調」を採用します。

(A)  早田 輝洋 (1999)『音調のタイポロジー』大修館書店

(注3) 名称は、‘話す’ を意味するオランダ語のpraat (名詞ないし動詞) に由来します。アムステルダム大学のPaul Boersma氏とDavid Weenink氏とが中心となって開発したアプリです。多彩な機能を備えていて、分析過程の自動化もできます。

(注4) 縦軸の圧力と横軸の時間軸とに基づいて音を図示したもの。

(注5) 音を、互いに周期を違える複数の振動に分解し、周波数 (ここでは振動の周期) と時間軸とに基づいて図示したもの。

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