古代エジプト語のヒエログリフ入門:ロゼッタストーン読解|第9回 ヒエログリフの表語文字(前半)|宮川創・吉野宏志・永井正勝|

前回まではヒエログリフの表音文字を学んできました。今回と次回は2回続けて表語文字を学びます。

表語文字とは、ある語を表す文字のことです。では、語は何から構成されているかというと、それは音と意味です。今まで勉強してきた表音文字は音だけを表す文字でしたが、表語文字は、語の音と意味の両方を表す文字なのです。以前は表意文字と言われることもありましたが、表意文字というのは意味だけを示し、音を持たない文字を言います。エジプト語の文字の場合、決定符が表意文字となります。

表語文字は、表音文字より使われる頻度が少ないものです。また、以下で勉強する様に、多くの表語文字は表音文字として機能することもあれば、決定符として用いられることもあります。つまり、表語文字というのは、文字が持つ機能の1つであるわけです。

表語文字は「類像的表語文字」と「メトニミー的表語文字」に大別されます。それでは、次に具体例を確認してみましょう。

9.1 類像的表語文字

転写:1. rꜥ (インターネット転写:ra) 2. hrw

慣読:1. ra(ラー)2. heruw(ヘルー)

意味:1. 太陽 2. 日

種類:表語文字(決定符にもなる)


これは太陽を象った表語文字です。2つの読み方があり、1番目の読み方は、「太陽」を意味するrꜥ という語を表すものです。このように表語文字には、文字が表す単語を直接的に象ったものもあります。このような表語文字を、認知意味論(cognitive semantics)等で使われる類像性(iconicity)という用語を使用して、類像的表語文字と呼ぶことにしたいと思います。

この文字には2番目の読み方、hrwがあり、この場合は年月日の「日」を表します。hrw「日」の場合は、文字が象ったものを直接表していないため、後で説明するメトニミー的表語文字に当てはまります。

転写:jꜣḥ (インターネット転写:iaH)

慣読:iah(イアフ)

意味:月

種類:表語文字(決定符にもなる)

下の部分が欠けた三日月の形をしていますが、三日月のみならず、「月」一般を意味するjꜣḥという語を表す表語文字です。

9.1.1 表音文字もかねるもの

表語文字には、表音文字をかねるもの、決定符をかねるものが多数あります。ここでは代表的なものを学びます。

転写:r

慣読:er(エル)

意味:口

種類:表語文字(表音文字にもなる)

この文字は一子音文字rとして用いられることが大変多いですが、元々は表語文字で、「口」を表していました。文字の形も、唇の形をしていますよね。類像的表語文字です。

転写:pr

慣読:per(ペル)

意味:家

種類:表語文字(表音文字にもなる)

これは、家の間取りを象っており、「家」を意味する類像的表語文字となります。その一方で、二子音文字prとして音だけを示す際にも用いられます。

9.1.2 表語文字を示す記号

先ほどのrprのように、いくつかの文字は表語文字として使用されたり、あるいは表音文字として使用されたりします。どちらの使われ方をしているのか、読み手がその都度考えていくことになるのですが、ありがたいことに、エジプト人は両者の使い分けが区別できるように工夫をしてくれました。つまり、ある文字が表語文字として使用されている場合には、次のような決定符が添えられるのです。

rにこの記号がついた時は次のようになります。

この決定符については次回により詳しく説明します。

9.2 メトニミー的表語文字

メトニミー(metonymy)とは「換喩」と訳されるもので、モノの一部を以てその全体を言い表したり、そのモノに隣接する別のモノを使って表したりします。言語にはメトニミー的な表現が数多くあり、それは認知意味論の分野でよく研究されています。例えば、「鍋を食べる」というのは、鍋そのものを食べるのではなく、鍋に入っている食べ物を食べることを表すので、ここで使われている「鍋」は食べ物に隣接しているメトニミーです。

次の文字は「旗」を象った象形文字です。

転写:nṯr (インターネット転写:nTr)

慣読:netjer (ネチェル)

意味:神

種類:表語文字

この文字が類像的表語文字であるとしたら、その意味は「旗」となります。ところが、そのような意味ではなく、この文字はメトニミー的表語文字として機能し、nṯr 「神」という語で使われます。

この文字は、神殿などの前ではためく旗を描写したものです。このように、神殿にある旗で、神殿の内部に祀られている「神」を象徴させていたのです。

下の画像は現在のルクソール、古代のテーベ(古代エジプト語名はwꜣst ワセト)にあったカルナック神殿です。この神殿のファサード(前面)に巨大な旗が数本置かれていたと考えられています。

カルナック神殿、ルクソール(CC BY-SA 4.0, photographed by Rabax63¹

 

次の文字はどうでしょうか。

転写:mw

慣読:mw(ムー)

意味:水

種類:表語文字(決定符にもなる)

この文字は、水面の波を表現したものです。類像的には「波」の意味になりそうですが、そうではなく、メトニミーとして「水」を表しています。

次は牛の「耳」を象った文字です。

転写:sḏm (インターネット転写:sDm)

慣読:sedjem(セジェム)

意味:聞く

種類:表語文字(決定符にもなる)

しかしながら、「耳」という意味ではなく、その器官とよく結び付けられる「聞く」という

行為を意味するsḏmという動詞として使用されます。ただし、一文字で「聞く」という意味の動詞になることは稀で、次のように通常は第7回の連載で学習した音声補字(phonetic complement)を伴います。

転写: sḏm

翻字:sḏm-m

慣読:sedjem(セジェム)

意味:「聞く」

ここでは、音声補字のmが用いられています。

次回は、このような表語文字につく音声補字と、表語文字の複数形を学びます。


1 https://de.wikipedia.org/wiki/Datei:Karnak_Temple_Square.jpg(最終閲覧日2019年4月21日)

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