古代エジプト語のヒエログリフ入門:ロゼッタストーン読解|第7回 ヒエログリフの表音文字:二子音文字と音声補字|宮川創・吉野宏志・永井正勝|

前回までに、ヒエログリフの表音文字のうち「一子音文字」を学習しました。表音文字には、一子音文字の他にも、二子音文字と三子音文字があります。二子音、三子音とはどういうことかというと、1つの文字が、音声言語では存在している母音を無視して、2つの子音あるいは3つの子音のみを表すということです。例えば、/amn/、/man/、/mna/、/amana/、/aman/、/mana/、/mn/などの音形があった場合、母音を無視するとmnという子音が現れます。このmnという2つの子音を一文字で書いたものが二子音文字と呼ばれます。同様に、/anafara/などの音形から母音を取ると、nfrという子音が現れ、これを一文字で書いたものが三子音文字となります。エジプト語では母音を表記しないため、一子音文字だけではなく、ニ子音文字や三子音文字も使用されます。

エジプト語の表記体系では、母音が表記されないため、どのような母音が存在していたのかが完全には分かってはいません。そのため、エジプト学者たちが用いる慣例的な読みではmnという二子音文字は補助的な母音eを入れて/men/と発音されます。しかしながら、これらの慣例的な読み方は、あくまでも学者達が便宜的に使っているもので、古代エジプト語の発音と一致するとは限りません。

二子音文字や三子音文字が表すのは子音の組み合わせです。一子音文字は25種類前後でしたが、二子音文字、三子音文字は子音の組み合わせですから、一子音文字に比べると種類が多くなります。そのため、この連載では全ての文字を網羅せず、ロゼッタストーンの文章や例として挙げる単語や神名を読むために必要なものだけを説明します。

7.1 神名とともにいくつかの二子音文字を覚えよう

 今回覚える文字を最初に示しておきましょう。

転写:mn

慣読:men(メン)

 

転写:nw

慣読:nu(ヌー)

 

転写:šw

慣読:shu(シュー)

 

転写:sw

慣読:su(スー)

 これらの二子音文字を使用した神名を以下で解説していきます。アメンとヌートの神名の最後に来ている文字は語のカテゴリーを表す「決定符」と呼ばれるものです。決定符については後の連載の中で詳しく説明していきますので、今回は特に音の部分に注目しながら見て下さい。

7.1.1 アメン

 

転写:jmn (j-mn:n)

慣読:amen(アメン)

アメン神は前回の最後に触れたのでもう読めますね。一番左の文字は一子音文字のj、真ん中の下の波のような文字は、一子音文字のnでした。最後の文字、すなわち一番右の文字は語のカテゴリーを表す決定符で、発音を持ちません。これは、後の回で解説いたしますので、ここでは、無視してください。今回問題となるのは、真ん中の上の文字です。このという文字は、二子音文字であり、mnと転写されます。

ここでは転写にjmnだけでなく(j-mn:n)というように丸括弧で囲った表記も並べています。丸括弧で囲った表記は文字をそのまま転写した場合のものです。「:」(コロン)と「-」(ハイフン)を用いましたが、「:」は縦方向に文字が続いていることを、「-」は横方向に文字が続いていることを表します。転写から文字の配置まで把握できるように工夫された表記方法です。

意図された綴りはjmnですが、文字をそのまま読むとj-mn:nとなっているのは何故かと疑問に思われるでしょう。これは、最後のnmnの最後の子音を思い出させる役目をしていると考えられます。日本語の「送り仮名」とよく似ていますが、エジプト語では、音声補字(phonetic complement)と呼ばれます。

7.1.2 ヌート

 

転写:nw.t (nw-t)

慣読:nut (ヌート)

次は天空の女神ヌートです。日本ではヌトやヌウトと書かれることもありますが、同じ神です。台のような下の文字は決定符ですので、ここでは無視してください。読む順番はここでは左から右です。最初は二子音文字のnwで、次は一子音文字のtです。この2つを繋げると、nw.t (nw-t)という転写になります。2段目の文字は、天の覆いを表すヌート女神の決定符です。この文字はヌート神を表す表語文字としても用いられますが、これに関しては後の回で説明いたします。

エジプト語の名詞には男性名詞と女性名詞があります。英語では廃れていますが、ドイツ語やフランス語といった言語では名詞に性の区別があり、特に珍しいことではありません。エジプト語の男性名詞は原則として特別な語尾を持たない一方で、女性名詞は女性語尾の.tを持ちます。これは人名や神名にも当てはまります。ヌートは女神ですので、nw.tの最後の.tはこの女性語尾の.tであることが分かるでしょう。ちなみに、言語学では、形態素境界を-(ハイフン)で示しますが、エジプト語の場合は、文字が横に並んでいる時のサインとしてよく使われるため、代わりに.(ドット)で示すことが多いです。言語学的な論文ではそれでも形態素境界にハイフンが用いられることよくありますが、今回は入門ですので、広く使われているドットを使いたいと思います。

ヌート女神は神々の上に覆いかぶさっている女神で、天空を表しています。それを支えるのが大気の神シュー(中心)、その下で寝そべっているのが大地の神ゲブです。(パブリック・ドメイン¹

7.1.3 シュー

 

転写:šw (š-šw-w)

慣読:shu (シュー)

シューは先ほどの絵に出てきた、天空の女神ヌートを支える男神で、大気の神です。シューは、ヘリオポリスと呼ばれる地域の創世神話においては、ヌートとゲブの父親でもあります。3つのヒエログリフが並んでおり左端は一子音文字のš、真ん中が二子音文字のšw、右端は一子音文字のwとなっています。今回は、最後の文字は決定符ではなく、表音文字です。お気づきだと思いますが、最後のwだけでなく、最初のšも、真ん中の二子音文字šwの音を読み手に示すための音声補字です。このように、日本語の送り仮名とは異なり、エジプト語の音声補字は前にも後ろにも現れることがあります。

7.1.4 コンス

 

転写:ḫnsw (ḫ:n-sw-w)

慣読:khensu (ケンスー)

テーベ三柱神と呼ばれる神々のうちの一柱、月の神コンスです。左上の右端の、その下のn、真ん中のsw、右端のwと読んでいきます。最後のwが真ん中のswの音声補字となっています。今回は最後の文字が決定符ではないですが、神を表す決定符が使われることもあります

ヒエログリフの慣読の通りなら「ケンスー」と読むはずですが、ギリシア語での読み方に影響を受けて通常は「コンス」と呼ばれます。このように慣読と一般的な呼称が大きく異なる神名の例としては、知恵の神トト(転写:ḏḥwtj 慣読:ジェフーティー)などがあります。²

今回は二子音文字を実際に読んでみました。一子音文字とは異なり音声補字について知っていないと読むのに苦労しますね。少し難しい内容に触れましたが、音声補字への理解が深まり、エジプト語の言語としての面白さも感じられたことでしょう。次回は三子音文字の紹介とその用例を取り上げます。


1 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Geb,_Nut,_Shu.jpg、最終閲覧日2019年2月13日.

2 Thesaurus Linguae Aegyptiae の見出し語の形に合わせました(http://aaew.bbaw.de/tla/servlet/GetWcnDetails?u=guest&f=0&l=0&wn=118720&db=0、最終閲覧日2019年2月19日)。

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