古代エジプト語のヒエログリフ入門:ロゼッタストーン読解|第23回|ロゼッタストーン読解編 (4/4)|宮川創・吉野宏志・永井正勝|

ついに最終回となりました。来年2022年にヒエログリフは解読200周年を迎えます。この連載ではロゼッタストーンの中でも簡単に読める部位を題材にヒエログリフの読み方と文法の一部を学んできましたが、古代エジプト語は現在のコプト語まで5,000年間使われてきた言語です。ヒエログリフで書かれたものだけでも、使われた時期は紀元前27世紀から紀元後4世紀までと3,000年ほどになります。ロゼッタストーンは中エジプト語のプトレマイオス朝期の変種で記述されていますが、この言語はロゼッタストーンが作られた時代には既に古典語として用いられていました。この古典語が読める層は神官や書記などエジプトの人口のごく一部の人々であり、民衆は読むことはできませんでした。さらに現代人から見ると、当時の口語の影響や新たな文字の大幅な追加なども起きているため、古典語の中エジプト語とロゼッタストーンで使われている言語はかなり異なることも事実です。最終回では、そんな複雑な歴史を持つエジプト語のヒエログリフ部分の最後を読んでいきましょう。

23.1 ロゼッタストーンの最後の箇所

今回はロゼッタストーンのヒエログリフで刻まれた最後の行である14行目の最後の部分を読んでいきます。ロゼッタストーンの写真では以下の水色で囲まれた箇所になります。

拡大すると次のようになります。

14行目を日本語に訳すと、次のようになります。

「この命令が、神の言葉の文字、文書の文字、エーゲ海の人(ギリシア人)の文字で硬い石の石碑に(刻まれるべし)。そして、第一、第二、第三位のすべての神殿に、上・下エジプトの王、プトレマイオス、永遠に生きますように、プタハ神に愛されし者 —現れし神(エピファネース「現れる者」)、善良な物の所有者(エウカリストス「良き恵の者」)— の像の傍らにそれが置かれるようにすべし。」

この訳にある神の「言葉の文字」というのはヒエログリフのことで、「文書の文字」の方は民衆文字となります。「エーゲ海の人の文字」というのはギリシア文字です。エーゲ海は、ギリシアの東側とトルコの西側に挟まれた海ですね。また、硬い石とは花崗閃緑岩を指します。ヒエログリフ、民衆文字、ギリシア文字で書きなさいとの命令が下され、それが実際に実行されたことになります。そしてこれらの石碑が置かれたのが、他ならぬプトレマイオス5世の像の傍でありました。連載の最後に、プトレマイオス5世の名前を含んだ、「上・下エジプトの王、プトレマイオス、永遠に生きますように、プタハに愛され者 —現れし神、善良な物の所有者— の像の傍らに」という箇所を読解しましょう。まずは、いつも通り、初出になる文字を学びます。

23.2 初出文字

23.2.1 表音文字

翻字: E23(rwもしくはl)

字種:二子音文字/rw/もしくは一子音文字/l/

転写:rwもしくはl

慣読:ru(ルー)もしくは el(エル)

この文字は、座している雄ライオンを象っています。通常はrwという2つの子音を表す二子音文字として機能しますが、プトレマイオス朝などでは、ギリシア人など外国人の外国語由来の発音にあるlの音を表すのに用いられました。

翻字:D33(ẖn)

字種:二子音文字/ẖn/

転写:ẖn

慣読:khen(ケン)

これは、ẖnという2つの子音の音を表す表音文字の中の二子音文字で、櫂を持ち漕いでいる動作をしている両腕を象った文字です。ガーディナー番号ではD33です。

翻字:U6(mr)

字種:二子音文字/mr/

転写:mr

慣読:mer(メル)

2本の部品をロープで繋いだ鍬を象っているこの文字は、mrという2つの子音を表すのによく用いられます。mrは、「ピラミッド」、「愛」、「牛乳の壺」など、同子音異綴異義語(同じ子音だが、綴りと意味が異なる)が多いため、文脈や決定符に注意しましょう。

23.2.2 表語文字

翻字:L2(bjt)

字種:二子音文字/bjt/

転写:bj.t

慣読:bit(ビート)

品詞:女性名詞

意味:蜂

蜂を象ったL2は、bj.t「蜂」という語を表す表語文字です。.tは女性名詞単数形の接尾辞でしたね。偶然にも英語の蜂を表す単語beeと発音が似ていますが、英語のbeeは可愛らしい蜜蜂を表すのに対して、bj.tで表されている文字は、アシナガバチなどのwaspか、スズメバチhornetのように見えます。この語は、下エジプトの象徴でもあり、そのように解釈する例が今回出てきます。

翻字:M23

転写:sw.tn(ï) sw.t nswt

慣読:sut(スート)⇨ ni sut(ニー・スート)⇨ nesut(ネスート)

品詞:女性名詞単数形 ⇨ 男性名詞単数形

意味:「スゲ」⇨「(下エジプト、あるいはエジプト全土の)王」

swの文字は、「第7回 ヒエログリフの表音文字:二子音文字と音声補字」の二子音文字編で出てきました。この文字は、二子音文字swとして使われることが多いですが、今回読む箇所では、植物の「スゲ」を意味する単語sw.tを表す表語文字として用いられます。さらに、上エジプト王、さらにこれはn(ï) sw.t 「スゲに属する者」を語源的には表すもので、スゲは上エジプトの象徴で、下エジプトの王、さらには、エジプト全土の王を表すnswtを表す表語文字としても用いられます。

23.2.3 決定符

翻字:A296B (JSesh)

機能:語の意味が像関連であることを表す決定符

A296Bは、ガーディナー番号にはない文字です。JSeshというヒエログリフ入力ソフト[1]の拡張ガーディナー番号では、A296Bという番号が振られています。これは男性がwꜣs (S40) というセト神の頭を頂き、軸は直線で、又矛のような先端部を持つ「笏(しゃく)」という道具を持っている、立っている姿を象っています。このẖntïという語は、通常は、Thesaurus Linguae Aegyptiaeという古代エジプト語のオンライン辞典+コーパスにあるように[2](A22)が用いられるようです。A22の文字は、「像」を表す決定符となることがあります。

翻字:N17

機能:語の意味が所有地や永遠性に関連することを表す決定符

この文字は所有地を象った文字で、語の意味が所有地や永遠性に関連することを表す決定符です。

翻字:D54

機能:移動や脚に関連する決定符

この文字は、歩いている途中の脚を象っており、移動や脚に関連する語の最後の置かれる決定符です。

23.3 読解

それでは順番に読んでいきましょう。

翻字:D21(r):Aa15(gs)*Z1

転写:r-gs

慣読:er-ges(エル=ゲス)

品詞:前置詞-男性名詞単数形(もしくは複合前置詞)

意味:「~の傍に」

r-は前置詞で「〜に、〜へ」を表します。gsは「傍」という名詞です。gsの文字の横についている小さな縦棒(Z1)は、その前のgsの文字が表語文字であることを示す決定符です。「r-gs 名詞」で「〜の傍に」という意味になります。ここで、r-gsは、「前置詞+名詞」に由来する複合前置詞です。

翻字:D33(ẖn)-W24(n):X1(t)-A296B

転写:ẖntï

慣読:khenti(ケンティ)

品詞:男性名詞単数形

意味:「像」

最初のẖnは、二子音文字です。次のnwも二子音文字ですが、ここでは、nを表す一子音文字として使われています。前の2子音文字ẖnの最後の子音nの音声補字となっています。その下のパンは一子音文字のt (X1) です。ẖntïと、tの後にïが書かれることもあるので、ïが省略されていると考え、ẖnt(ï)と転写します。

翻字:S3

転写:n(ï)

慣読:ni(ニー)

品詞:属格形容詞男性単数形

意味:「〜の」

次は「第18回 ロゼッタストーンを読む前の復習:表語文字編」に出てきた、nを表す一子音文字です。通常、nを表す一子音文字は、波を象った(N35)なのですが、遅くとも第19王朝になると、このN35の代わりに、赤冠[3]を象った(S3)もnを表す一子音文字として使われます。ロゼッタストーンでは、この一子音文字としてのS3の使用が顕著です。

次はいよいよ、この碑文が作成された時の王の名前が出てきます。

翻字:M23(nswt):X1(t)-L2(bjt):X1(t)

転写:nswt-bjt(ï)(語源を考慮すれば、n(ï)-sw.t bj.t.ï

慣読:nesut-biti(ネスート・ビーティー)

品詞:2つの男性名詞単数形の複合名詞

意味:「上下エジプトの王」(語源は、「スゲに属する者と蜂の者」)

最初の文字(M23)は、通常はスゲを表す表語文字、もしくはswという2子音を表す2子音文字で、その下の文字はtを表す一子音文字(X1) です。これだけではswtと読んでしまいそうですが、これはn(ï)-sw.t 「スゲに属するもの」を語源的には表すもので、スゲは上エジプトの象徴で、上エジプトの王、さらには、エジプト全土の王を表すnswtとして解釈されます。nswtの転写は、nswとし、tを加えない学者、語源へ忠実にn(ï)-sw.t と転写する学者など様々です。次の蜂を象った文字は、bj.t「蜂」を表す表語文字であり、下のtを表す一子音文字(X1) は、bj.t (L2) の最後のtの音声補字です。この語は通常、ニスバと呼ばれる関係形容詞化接尾辞男性単数形の.ïを補ってbj.t.(ï)と読みます。この語は語源的には「蜂の」という意味で、名詞化されて「蜂の者」という意味なのですが、下エジプトの王を表します。上エジプトの象徴がスゲという植物であるのに対し、下エジプトの象徴は、蜂であったためです。nswtが上エジプトの王、bjtïが下エジプトの王ですから、nswt-bjtïは、「上下エジプトの王」、すなわち、全エジプトの王を表します。このnswt-bjtïは、いわゆる「即位名」あるいは、そのままネスート・ビーティー名と呼ばれ、現代では、この王名でその王を呼称することが多くなっています。古代エジプトのファラオは、中王国時代以降5つの王名(ファラオの五重名)を持っていました[4]

プトレマイオス朝の王は、これらエジプトのファラオの五重名のほかにも、ギリシアの王名を持っていました。プトレマイオス5世の場合は、ギリシア語名では、Πτολεμαῖος Ἐπιφανής Εὐχάριστοςプトレマイオス・エピファネース・エウカリストスです。Ἐπιφανής エピファネース「現れる者」[5]とΕὐχάριστος エウカリストス 「善き恵みの者」[6]がそのギリシア語特有の王名に当たります。これらギリシア語特有の王名に対応するヒエログリフがこの後に出てきます。

5つの王名とは、すなわち、ホルス名、二女神名、黄金のホルス名、即位名、誕生名(サー・ラー「ラーの息子」名)です。良く用いられるのは、誕生名、次に即位名です。即位名と誕生名は通常、カルトゥーシュという薬莢型の囲みに囲まれています。いよいよ、ロゼッタストーンに書かれている王名を読んでいきましょう。

次が王名となります。

このカルトゥーシュの中には、15文字が書かれていますが、3つのパートに分けられます。

翻字:Q3(p):X1(t)-E23(l):Aa15(m)-M17&M17(y[7])-S29(s)

転写:ptlmys

慣読:Ptolemaios(プトレマイオス ※ギリシア語の発音に従った)

品詞:男性単数固有名詞

意味:「プトレマイオス」

最初のパートは、一子音文字だけになります。ライオンの (E23) は通常はrwという二子音文字ですが、プトレマイオス朝の人名などでは一子音文字lとなります。ロゼッタストーンが作られた当時は、エジプトは、プトレマイオス朝が支配していました。この王朝は、フィリッポス2世のもとギリシアを統一したマケドニア帝国が、アレクサンドロス3世(大王)に率いられ、アケメネス朝ペルシアを征服する途上、当時アケメネス朝ペルシア領であったエジプトを紀元前332年に征服することにはじまります。アレクサンドロス3世は、中央アジアやインド北西部まで侵略しますが、引き返し、途中のバビロンで、病没してしまいます。その後、アレクサンドロス3世の側近や将軍たちが、後継者争いを起こすのですが、エジプトを手中におさめ、その後比較的安定した政権を築き上げたのが、プトレマイオス将軍で、エジプト王としては、プトレマイオス(1世)ソーテールと呼ばれます。このロゼッタストーンに書かれているプトレマイオスは、プトレマイオス(5世)エピファネース・エウカリストス(在位:紀元前204年–紀元前181年)を指します。

上に述べた箇所は全て一子音文字でptlmysと書かれています。古代エジプト語では母音が書かれず、ギリシア語の方でも、完全には母音が書かれていませんが、ptolemaiosiの部分だけyで表されています。ywなどの半母音は、子音として用いられる母音であるため、逆に、外国語の人名など、エジプト人が苦労する語は、半母音が母音の代わりとして用いられたりしました。全て一子音文字で書かれているので、難しいところはないと思いますが、ptlmysのmを表すために、先ほどはgsを表す二子音文字としてでてきた(Aa15) がmを表す一子音文字として出てきているのと、lという主に外国の人名に用いられる子音を表す一子音文字(E23)に注意してください。

この王様の名前はギリシア語でΠτολεμαῖος ptolemaiosなので、ヒエログリフで刻まれたptlmysは母音を入れてギリシア語にならって読むことにしましょう。

次は、この王様の即位名の第2の部分です。

まずは3子音文字ꜥnḫですね。その右で、上から右下にかけて書かれているのは、コブラを象った一子音文字です。その下の小さい文字は、一子音文字tですね。その下の文字は、決定符のです。

翻字:S34(ꜥnḫ)

転写:ꜥnḫ(.w)

慣読:ankhu(アンクー)[8]

品詞:動詞状態形3人称男性単数形祈願用法[9]

意味:「生きますように」

翻字:I10():X1(t):N17

転写:ḏ.t

慣読:djet(ジェト)

品詞:女性名詞単数形副詞的用法

意味:「永遠に」

そうすると、ꜥnḫ ḏ.tの2語になります。ここでのꜥnḫは「生きる」という動詞の状態形3人称男性単数形の祈願用法で「生きますように」という意味です[10]ḏ.tは「永遠」という女性名詞単数形ですが、ここでは副詞として「永遠に」という意味で使われています。「プトレマイオス、永遠に生きますように」と、プトレマイオスの長寿を祈願する表現である動詞状態形の祈願用法です。なお、そのほかにも、分詞の限定用法として解釈して「永遠に生きる(プトレマイオス)」と訳すことも可能です[11]

次は王名の最後の部分です。

左上から一子音文字p、その下が t、その次がですね。 これは、メンフィス神話において最も重要な神プタハです。

翻字: Q3(p):X1(t)-V28()

転写:ptḥ

品詞:男性単数固有名詞

意味:「プタハ神」

プトレマイオス朝は、ギリシア文化を保ちながら、エジプトの伝統的な文化も尊重し、ギリシアの神々とエジプトの神々を習合させました。ロゼッタストーンのギリシア語部分では、プタハ神はギリシア神話の鍛治の神へーファイストスとして書かれています。プタハ神も鍛治の神でした。このことから、エジプトを支配したギリシア人たちは、エジプトの神プタハをギリシアの神へーファイストスと同一視していたことがわかります。

翻字: U6(mr)-M17&M17(y)

転写:mry

品詞:完結相受動態分詞男性単数形の名詞用法

意味:「愛された者」

さて、 ptḥの後は、二子音文字の mr、その後が一子音文字(ガーディナー番号上は2の文字として解釈される)のyです。mryは完結相受動態分詞男性単数形の名詞用法で「愛された者」の意味です。ptḥ mryをそのまま読むと「愛されたプタハ」となりますが、ここではプトレマイオスについて讃えていることから、意味的に違和感があります。

実はエジプト語では神様など「尊敬すべき大いなる存在を表す語」は、先に書かれるという現象(honorific transposition)があります。おそらく発音上では、文法に従った読み方をしていたと考えられますが、プタハ神に敬意を払って、mryよりも先に書かれた訳です。

そのため、文字の上では、ptḥ mryの順番ですが、実際に読む段になると、mry ptḥとなります。つまりこの部分は「プタハ神に愛された者」という意味になります。

さて、それでは王名を繋げて読んでみましょう。

  ②  ③ ④

nswt-bjt(ï)ptlmysꜥnḫ(.w)ḏ.tmryptḥ
 nesut-biti Ptolemaios ankhudjet meriPtah
 ネスート=ビーティー プトレマイオス アンクー・ジェト メリー・プタハ

日本語訳

①上下エジプトの王②プトレマイオス③永遠に生きますように④プタハに愛されし者

そして、次はロゼッタストーンの最後のフレーズです。

翻字:R8(nṯr)

転写:nṯr

品詞:男性名詞単数形

意味:「神」

次は神を表す表語文字です。読み方は、nṯrでしたね。神殿の旗を象っているが、その神殿で祀られている者、すなわち、nṯr「神」を表すメトニミー的表語文字で、「第9回 ヒエログリフの表語文字(前半)」に出てきました。

翻字:O4(pr):D21(r):D54

転写:prr

慣読:perer(ペレル)

品詞:未完結相能動分詞男性単数形の名詞用法

意味:「現れる~」

次は未完結相能動分詞男性単数形の形容詞用法のprr「現れる~」です。最初の文字(O4)は、一子音文字のhと思いきや、この時代は、「第14回 ヒエログリフの決定符(4)」で学んだ2子音文字のprの代わりとしても使われていました[12]。次の文字は一子音文字のrで、上の2子音文字のprの最後の音rの音声補字となっています。最後の文字が、移動を表す決定府です。歩いている途中の足を象っており、移動を表しています。nṯr prrで「現れる神」となります。 これは、プトレマイオス5世のギリシア語名のエピファネース(Ἐπιφανής)「現れる者」に対応するエジプト語となります。

翻字:V30(nb)

転写:nb

慣読:neb(ネブ)

品詞:男性名詞単数形

意味:「主人、主、保有者」

次は、2子音文字nbです。このnbは、「主人、主、保有者」という意味を表す男性名詞の単数形です。次がようやく最後の単語です。

翻字:F35(nfr)-F35(nfr)-F35(nfr)

転写:nfrw

慣読:neferu(ネフェルー)

品詞:男性名詞単数形
意味:「善良」

三子音文字nfrが3回繰り返されていますね。読み方は複数形のnfr.wと同じですが、これは実は複数形ではなく、文法上は単数形のnfrwとなります。この複数を意味しないwの語尾は通常、集合名詞や抽象名詞に用いられます。そのため、このnfrwは「善良」を意味する抽象名詞となります[13]

よって、nb nfrwで「善良さの保有者」となります。これはプトレマイオス5世のギリシア語名の形容辞エウカリストス(Εὐχάριστος)「良き恵みの者」に対応するエジプト語です。

23.4 ロゼッタストーンの最後の部分のまとめ


r-gsẖntï
傍に

 

nswt-bjtïptlmysꜥnḫ(.w)ḏ.tmryptḥ 
上下エジプト王プトレマイオス生きますように永遠に愛されし者プタハ神に

nṯrprrnbnfrw
現れる善良さ

「上下エジプト王プトレマイオス、永遠に生きますように、プタハ神に愛されし者、出現する神(エピファネス)、善良の保有者(エウカリストス)の像の傍に」

ここで伝えられていることは、勅令を記した石碑がエジプトの第一位から第三位のすべて神殿において、プトレマイオス5世の像の傍に置かれるようにすべし、ということになります。実に、そのような石碑として置かれたものの1つがロゼッタストーンなのです。

本連載では、プトレマイオス5世の時代から現代まで残ったロゼッタストーンを題材にヒエログリフの歴史と文字体系を学び、最後の4回はロゼッタストーンの4カ所を実際に読んでみました。ロゼッタストーンの全体を読むにはプトレマイオス期のエジプト語の特別な知識が必要で、より多くの詳しく難しい説明が求められます。そこでこの連載では、比較的わかりやすい部分を切り取って解説することにしました。

来年2022年は、シャンポリオンがヒエログリフを解読した年から200年目にあたります。シャンポリオンのヒエログリフ解読の鍵の1つになったロゼッタストーンについての講座を連載することができ、著者一同、心から読者のみなさまに感謝いたします。なお、本連載は、加筆・修正ののち、付録をつけて、来年の記念すべき年に、ひつじ書房から出版する予定です。これからもみなさまからのご高配賜りますようお願い致します。

[注]

[1] JSeshの使い方については、永井 (2021a, b)を参照してください。

[2]  https://aaew.bbaw.de/tla/servlet/GetWcnDetails?u=guest&f=0&l=0&wn=123860&db=0(最終閲覧日2021年9月6日)。

[3] デシェレト。下エジプトの王権の象徴です。これに対して上エジプトの王権の象徴は、ヘジェトと呼ばれる白冠です。

[4] 王名については、初期王朝時代からプトレマイオス期の王名まで、Leprohon (2013)に一覧が載っています。プトレマイオス5世については本書の181ページを参照してください。また、より詳しい王名に関しては、Beckerath (1999:236–239)およびLundström (2011-2021)をご覧ください。

[5] ギリシア語の動詞ἐπιφαίνω「現れる」に形容詞化接尾辞-ήςがつき、さらに名詞化されたもので、「現れる者」(ここでは、「現れる神」を含意)を表します。

[6] ギリシア語のεὐ- エウ-「善い」 と‎ χάρις カリス「恵み」の複合名詞に形容詞化接尾辞 ‎ -τος -トス がつき、さらにそれが名詞化されたものです。

[7] M17は単独ではjの音を表す一子音文字だが、このように重複された場合、2つで一子音文字yであると見なします。「第5回 ヒエログリフの表音文字:一子音文字(後編)」の「2重のヨッド」の箇所を参照してください。

[8] 慣読のルール通り読めば、anekhuアネクーですが、この語は一般的によく用いられているankh+uを使用します。

[9] 状態形はセム諸語の接尾辞活用(suffix conjugation)に対応する形で、人称接尾辞による変化をします。セム諸語の接尾辞活用とエジプト語の状態形の活用については、吉野(2012:74)を参照ください。

[10] この用法については、たとえばGardiner (1957: 239)やBeylage (2018: 334-335)を参照。

[11] Selden (2013:141)と比較してください。

[12] Kurth (2010:145)を参照。

[13] wによって単数形の抽象名詞や集合名詞が作られることについては、Borghouts (2010: §14.c.1-2)を参照して下さい。

参考文献

Beylage, Peter (2018) Middle Egyptian. Languages of the Ancient Near East 9. Philadelphia, PA: Eisenbrauns.

von Beckerath, Jürgen (1999) Handbuch der ägyptischen Königsnamen. Mainz: P. von Zabern.

Borghouts, Joris Frans  (2010) Egyptian: An Introduction to the Writing and Language of the Middle Kingdom. Leuven: Peeters, Leiden: Nederlands Instituut voor het Nabije Oosten.

Gardiner, Sir Alan H. (1957) Egyptian Grammar: Being an Introduction to the Study of Hieroglyphs. 3rd ed. Oxford: Griffith Institute. 

Kurth, Dieter (2010) A Ptolemaic Sign-list: Hieroglyphs Used in the Temples of the Graeco-roman Period of Egypt. Hützel: Backe-Verlag. 

Leprohon, Ronald J. (2013) The Great Name: Ancient Egyptian Royal Titulary. Writings from the Ancient World 33.  Atlanta: Society of Biblical Literature.

Lundström, Peter (2011-2021) “Ptolemy.” Pharaoh.se, https://pharaoh.se/pharaoh/Ptolemy-V (最終閲覧日2019年9月30日).

Selden, Daniel L. (2013) Hieroglyphic Egyptian: An introduction to the language and literature of the Middle Kingdom. Berkeley: University of California Press.

永井正勝 (2021a)「JSesh ユーザーズガイド【基本編】」東京大学学術機関リポジトリhttps://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2000750 (最終閲覧日2019年9月30日).

永井正勝 (2021b)「JSesh ユーザーズガイド【中級編】」東京大学学術機関リポジトリhttps://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/2000751 (最終閲覧日2019年9月30日).

吉野宏志 (2012)「中エジプト語sḏm-f活用への比較アフロアジア言語学的アプローチ」『一般言語学論叢』第15号, 69-98.

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