少なすぎる公共図書館の資料費|第1回|山重壮一

山重壮一(図書館問題研究会高知支部(※1)

1 やはり恵まれている東京

 図書館は、自館に所蔵がなかった場合、利用者から「予約」又は「リクエスト」と言って希望を受け付け、他の図書館から借りるか、買うかして提供する。絶版、他の図書館を探してもない、そこの図書館の選定基準からはずれるという場合でもなければ、断ることはあまりない。

 東京23区の場合、自区の図書館になければ、都内の他自治体や東京都立図書館から借りて提供する。普通の本だったら、新刊でなければ、都立図書館から借りて、それを利用者に貸出すことがたいていできた。

 都道府県と市区町村に図書館があることを「二重行政」と言う人がいるが、現実味がない。私が勤め始めた1985年の目黒区立守屋図書館の資料費は27,215千円、目黒区6館(当時)全体で96,568千円だった(日本図書館協会『日本の図書館』1985年版による)。1985年の学習参考書を除く新刊点数は30,087点、1点1冊全点購入すると約8,800万円弱だ(出版ニュース社『出版年鑑』1986年版から計算)。数字の上では、全点買えそうだが、各館分の複本も必要で、新聞・雑誌・視聴覚資料も買っていたので、所蔵できない部分も相当ある。それらは、どうしても他の図書館に頼らなければならない。しかし、市区町村はどうしても蔵書傾向が似るので、都立図書館以外どこもないものも多かった。市区町村と都道府県は、そもそもの資料収集の段階でいわば分担しているのだ。ところで、現在、新刊は年8万点近く出版され、総額は2億円近い。それでも、目黒区立図書館の今の資料費は9千万円台である。昔より相対的に買えなくなってきている。全国も同じ傾向だ。

 それ故、都道府県立図書館はかなり資料費を持っていなければならない。直接来館する利用者だけではなく、大型の資料費を持つことが困難な市区町村立図書館に貸さなければならないからだ。

 この話をすると、国立国会図書館が貸せば良いと言う人がいる。しかし、国会図書館は、いわば、最後の砦であって、そこにある本がなくなってしまえば、もう他にはないということもある。そんなにお気軽に借りられる本ではない。実際、国会図書館から借りることができる本は、その貸出先の図書館の館内でしか見ることができない。活用という意味では、かなり不便なのだ。

2 貧弱な県立図書館

 2008年4月から、私は高知県立図書館の職員となったが、最初に驚いたのは資料費の少なさだった。年間2500万円くらいしかなかった(2008年度では、全国の県立図書館で下から3位、2007年度は最低)。いくら高知県が人口の少ない県とはいえ、県立図書館としては少なすぎる。

 日本図書館協会の「公立図書館の任務と目標」(2004年3月改訂)(※2)では市町村立図書館の資料費の最低額は1000万円としている。町村ではこれは多すぎると感じる人もいるだろうが、学校や幼稚園・保育園・こども園、福祉施設など大量に長期間貸すべき団体が結構あるのだ。

 さて、このように市町村でさえ最低1000万円というのに、県立で2500万円というのは、いったい、どんな仕事が想定されているのか、と訝ってしまう。県立図書館の役割は、市町村立図書館では買いきれない資料を用意して、市町村立図書館に貸出す「協力貸出し」と、市町村立図書館では調べきれないことが調べられる図書館としての役割の主に2つである。この2つの機能は、大量の資料がないと成立しない。そして、大量の資料を用意するということは、政令指定都市のような規模の大きい市以外はできないので、県立図書館は県の人口に関わらず、大規模なものが求められる。

 2008年当時、一般に出回っている図書の出版点数は8万点くらいで、単価は平均2500円くらいだった。これは、今も大差ない。すると、1タイトル1冊ずつ全点購入すると2億円かかることになる。2500万円だと8冊に1冊しか買えないことになる。これは、県立図書館としてはいくら何でも少なすぎるだろう。それに、図書だけでなく雑誌や新聞、外国語の資料や視聴覚資料等もある程度は購入しなければならないのだ。これでは、市町村立図書館にない図書等を市町村立図書館に貸出すとか、市町村立図書館ではできない調査研究ができるようにするなんていうことは、およそ考えられない。

3 地方財政措置が想定している県立図書館

 ところで、「地方交付税」というのがある。そんな税金取られたことない、という声も返ってきそうだが、これは、取られるものではなく配るものだ。ただ、国が地方に配るというのは正確ではない。地方交付税は、本来、地方の財源なのだが、いったん国が税を徴収して、自治体の財政の凸凹に合わせて配分しなおすというものだ。国は、自治体の標準的な行政経費(基準財政需要額)を計算し、そこの自治体の収入との差額を交付する。従って、自治体の自前の収入で足りる場合は交付しない。ただ、都道府県で交付していないのは東京都だけだ。

 「基準財政需要額」は自治体の人口等を基準に計算する。道府県の場合は、170万人、市町村の場合は10万人を「とりあえず」標準的な規模とする。そして、この「標準的な自治体」の1人当たりの経費を「単位費用」として、それぞれの自治体の行政経費を計算し、それを基準財政需要額と呼んでいる。ただし、人口が少ない場合、そのまま計算しては、額が当然低くなりすぎるので、様々な要素を勘案して補正係数を掛け算することになっている。この地方交付税の「基準財政需要額」を見れば、だいたい、それぞれの仕事に対しどんなイメージを持っているかがわかる。

 令和2年度の県立図書館の資料費を含む需用費(必要なモノやサービスを購入するための費用のことで、図書館の場合、これ以外に、給与費、報酬、委託料が挙げられている)の基準額は、県人口170万人の場合、40,510千円である(※3)。これが標準で、あとは人口あたりで計算するが、県人口70万人弱の高知県だと、40,510千円×(70/170)≒17,092千円となるかと言うと、これでは低すぎるので補正係数を掛けることになる。高知県人口をざっと70万、人口密度を1平方キロ当たり99人とすると、人口段階補正係数は(0.58×70万+672,000)/70万≒1.54、人口密度段階補正係数は(0.99×99+9.0)/99≒1.08となる。これらを両方乗ずると28,427千円となる。悲しいかな、補正係数を掛け算しても、私がびっくりした2500万円の資料費というのは、おおむね「妥当!」な数字となってしまうのである。悲惨と言わずして何と言おうか。

 そもそも、県立図書館の需用費が人口をベースに決められるのかという点にも疑問がある。市町村だったら妥当だろうが、市町村を補完する県自体が人口ベースだったら、人口の少ない県は合併すべきだと言われているようなものだ。ちなみに高知県は人口が70万人もとうとう切ってしまった。実は、かつて、徳島県と高知県が一緒で高知県だった時代があった。しかし、今、徳島県と合併したとしても170万人までは到達しない。愛媛県とだったら、現在の人口ならば越えることができる。しかし、広大すぎる地域だ。現在の高知県の範囲でも、高知から土佐清水などに行くと3時間近くかかってしまう。それに文化や言葉まで違うし、山が隔てている。そこまで機械的に合併などするものではないだろう。道州制など、本当にやるとなったら、まったく一体感がない。

 ところで、市町村の方の基準財政需要額を見てみると、標準とされている10万人の自治体で、図書館の資料費を含む需用費は、令和2年度で31,852千円となっている。この額でも少ないとは思うものの、県立図書館との明確な差がない。おそらく、県立図書館の市町村支援の機能というのは、ほとんど想定されていないと考えられる。

 明らかに、県立図書館の資料費は少なすぎる。なぜ、人口170万人の県の図書館の需用費が人口10万人の自治体の図書館の倍すらもないのか。これでは、県立図書館は死に体になってしまい、市町村支援どころではない。地方財政措置で想定されている県立図書館の資料費は、県立図書館が市町村支援を行うという前提には考えられていないのではないか。それは、もしかすると、市町村にはすでに措置しているから要らないということなのだろうか。そうすると、県立図書館の役割は、調査研究ができる一定以上の蔵書規模を持つ図書館という点しかないのだろうか。

4 市町村支援を行うために十分な県立図書館の資料費はどのくらいなのか

 ある程度以上の市区であれば、分館や地域館は当然あるので、全体として資料費が2億円を越えるところも少ないがある。そのような自治体があれば、ほとんどの本を買うことができ、そこが県内の他の自治体にも貸せばよいではないかという考え方も出てくる。いわば、県内で拠点館のようなものをつくって、県立図書館が資料費をそれほど持たなくても済むようにするという考え方である。

 しかし、これも言うほど、簡単にはできない。自治体で全体で2億を越える資料費を持っていても、だからと言って、すべて異なるタイトルの本を買うのは不可能だからだ。複本が相当必要というよりも、分館のニーズは共通のものも当然多いため、その部分には相当割かなければならない。

 日本図書館協会が市町村の図書館の資料費の最低額としている1000万円の何割くらいがどこの図書館でも持っていた方がいいものに当たるかというのは、なかなか難しい。参考になるもののひとつとして、株式会社図書館流通センターが出している雑誌『週刊新刊全点案内』に掲載されている、全国紙(朝日、読売、毎日、日経、産経、中日・東京)の書評に採り上げられた本の年間の総額を見てみる。すると、だいたい年400〜500万円くらいだ。ここに採り上げられているのは、基本的に大人の本で子どもの本は含まれていない。また、いわゆるベストセラーになるような小説もあまりない。これらを考慮すると、どこでも持っていた方がよい本の総額は700〜800万くらいにはなるのではないだろうか。そうすると、市町村立図書館の資料費の最低額とされている1000万円の大方は、金太郎飴的にほぼ同じにならざるを得ないということになる。もっとも、実際には、書評に載っているからと言って、分館全館で買ったりはしないので、ここまでは行かないだろうが、需要としては十分あるのだ。

 こう考えると、中央館含めて10館ある自治体では、仮に2億円あったとしても、7000〜8000万円は共通の本だ。残り1億2千万円で1冊ずつ買うようなイメージになる。タイトルだけで言うと、1億2700〜1億2800万円で1冊ずつ買うイメージになる。残り7千万円分以上を県立図書館が持っていてくれればいいことになる。しかし、雑誌や外国語資料なども当然あるし、専門書や参考図書も多い県立図書館が購入する本の単価は2500円ではすまないだろうから、県立図書館の資料費は、ざっと1億円以上は必要ということになるだろう。

5 調査研究支援に十分な県立図書館の資料費はどのくらいなのか

 辞書や事典などの通読するのではなく調べるための本のことを図書館では「参考図書」と言う。調査研究支援ということであれば、当然、必要な資料である。これらは、単価も高い。だから、非常に充実した参考図書であればあるほど、弱小な小規模自治体の図書館では手が届かないことがある。まず、県立図書館が揃えなければならない。場合によっては複本も必要だ。参考図書は館内利用のニーズが高い一方で、市町村の図書館で借りたいところもあるからだ。ちなみに筆者の勤務する図書館では複本までは難しいので、ある程度の範囲内で、市町村の図書館にも貸して、貸した先で館内閲覧にしてもらっている。

 さらに、調査研究支援に最も必要なのは雑誌や新聞である。まともな調べものをしたことがない人、マニュアルだけの仕事、テンプレートを埋めるだけの仕事、年中行事のような仕事をしている人には、これがまったく理解できない。雑誌や新聞と言っても、専門のもの、業界のものである。学術雑誌は大学図書館にあるが、いわゆる専門業界のものは、なかなかない。しかし、それらは大変、重要な情報源である。業界と書いたが、営利事業ばかりでなく、それこそ公務員にとっても必要だ。図書館専門の雑誌もあるし、博物館専門の雑誌もある、社会教育専門の雑誌もあるし、学校教育専門の雑誌などはたくさんある。行政の雑誌も警察、消防、財政、まちづくり、情報システム・情報政策、議会などいろいろある。もちろん、これらは、担当部署が持っていればいいとも言えるが、行政の総合性が要求される現在、一括して読めることは重要だ。このように、調査研究支援のためのコレクションの額は相当、高額になる。しかし、これがなければ都道府県立図書館の存在意義はない。地方分権を標榜している21世紀にこれではいけない。次回は、これがどのくらい必要か考えたい。

(※1) オーテピア高知図書館勤務

(※2) 日本図書館協会 https://www.jla.or.jp/ > 図書館について > 図書館に関する資料・ガイドライン > 公立図書館の任務と目標

(※3) 地方交付税制度解説 単位費用篇 令和2年度 地方交付税制度研究会/編 東京 地方財務協会 2020.7

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