第36回 日本語教育施策の枠組みが変わる(1)|田尻英三

★この記事は、2022年12月5日までの情報を基に書いています。

文化庁の「第6回日本語教育の質の維持向上の仕組みに関する有識者会議」(以下、「有識者会議」と略称)が11月17日に開かれ、「留学」以外に「就労」と「生活」の日本語教育の関わり方についても資料が提出されました。
また、首相官邸で内閣官房と法務省が庶務をする第14回の「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」も開かれ、技能実習制度と特定技能制度について検討することになりました。「高等学校における日本語指導の在り方に関する検討会議」も開かれています。
これらの会議で検討されている内容を総合すると、日本語教育施策が着実に新しい形を作ろうとしていることが見て取れます。
「未草」の原稿では、36回と37回の2回にわたりその内容を説明しますが、担当する省庁も異なることからその目指す方向が必ずしも同じとは言い切れません。現時点では、この2回の記事は、田尻の考える統一された将来像を前提としているものであることをご理解ください。

1. 国語分科会資料に見る日本語教育施策

11月17日に開かれた「有識者会議」では直前まで資料の調整が行われたため、会議当日は委員によっては最新の資料とその前日の送られてきた資料とで、検討するページがずれるという事態となりました。したがって、ここでも誤解を避けるために、以下では11月29日に開かれた第82回の文化審議会国語分科会(以下、「分科会」と略称)の整理済みの資料を使うことにします。
この分科会には、地域の日本語教育の在り方、日本語教育の参照枠などのきわめて大事な資料も扱われています。この分科会のことは、日本語教育学会の「お知らせ」には出て来ません。日本語教育に関心のある人は、第82回の「分科会」の資料を必ず読んでおいてください。

ここでは、「分科会」資料4-1の「有識者会議における検討の方向性に関する事項(たたき台案)」を扱います。11月17日に開かれた「有識者会議」でのこの資料は、前回は25ページでしたが今回は28ページになっています。今回の資料を見た時に、第5回の「有識者会議」で扱った内容が一部増えていることに気が付かなければいけません。事務局のご努力で、前回指摘のあった項目の修正だけではなく新しく書き加えられた箇所もかなりあります。有識者会議のテーマに興味のある人は、必ず最新の資料をチェックするように心がけてください。
以下では、35回で扱った項目については、再度説明をしません。35回の「未草」の原稿を必ず読んでから、以下の説明を理解するようにしてください。

(1) 日本語教育機関の認定制度に関すること

ここでは、「日本語教育に関する課題」として、「留学」以外に「地域における日本語教育の課題」や「就労者に対する日本語教育の課題」が挙げられています。つまり、有識者会議では、日本語教育機関の関わる対象として「生活」や「就労」も含んで検討することとなっているのです。地域における「生活」のための外国人への日本語支援には、専門人材が不足しているので日本語教育機関との具体的連携をするという方向性や、「就労」に必要なノウハウが不足しているので日本語教育機関と協力して講師を確保することの必要性が述べられています。
今後、日本語教育機関は「留学」だけではなく「生活」や「就労」についても関わっていくという方向が示されたことになります。この部分は、日本語教育推進法で書かれていた日本語教育の関わる範囲を改めて示すためであると田尻は考えています。
さらに言えば、今後創設される登録日本語教員の仕事の範囲としては、「留学」だけではなく「生活」・「就労」の分野も含まれるということです。

この考えを前提として、15ページの「(2)「就労」「生活」類型への対応」を読んでください。
「就労」や「生活」に関わろうとする日本語教育機関には、「留学」と共通した「教育課程・教員・施設・設備」なども評価されます。また、今後は「就労者・生活者の学習ニーズに対応した認定等の在り方」も検討することにしています。
教育内容については、「就労」「生活」共に「日本語教育の参照枠」のB1レベル以上教育内容に沿った質を確保することが前提です。ここで、「就労」「生活」共にB1レベルが必要と書かれていることに注目してください。たぶん初めてのことでしょうが、日本で生活する就労者や生活者はB1レベルの日本語能力習得が必要であると示したことは大きな意味を持っています。
また、学習者が継続して学びやすい環境を想定した教育形態も評価の対象となります。

以上述べたことを理解するためには、「日本語教育の参照枠」や「地域における日本語教育の在り方について」(報告案)について知っておかなければなりません。
12月17日に、文化庁日本語教育大会でオンラインパネルディスカッション「『日本語教育の参照枠』を活用した教育モデル開発の現状と展望―生活、就労、留学の三つの分野を中心に」が開かれます。文化庁は、このように「日本語教育の参照枠」の普及を図っています。興味のある人は、必ず参加してください。あとで、『日本語教育の参照枠』を知らないとかわからないとか言わないようにしてください。日本語教育学会の「お知らせ」では、文化庁日本語教育大会に会長と理事が登壇しますとなっていて、肝心のオンラインパネルディスカッションのことは触れていません。日本語教育学会は、いつまでこのように会員に不親切な情報の流し方をするのでしょうか。

「生活」類型の日本語教育課程を置く日本語教育機関は、地方公共団体が設置する機関、地方自治体が国際交流団体と連携して実施する機関、地方公共団体が他の日本語教育機関と連携して実施する機関などの多様な機関を認定の対象とすることになっています。
「生活」類型を検討する時には、地域のボランティア等が運営する日本語教室が重要であるので、制度化が日本語教室の自主性・主体性を縛ることがないように留意することも書かれています。

(2) 日本語教師の国家資格について

これについては、35回の「未草」の原稿で触れたことは書きません。資料4-2の「登録日本語教員の資格取得ルート(イメージ)【たたき台】」を見ておいてください。イメージ図の下に、赤字で2行新しい説明が加えられています。今後は、Cルートの扱いをより具体的に示すことになるでしょう。
有識者会議でも意見が出ましたが、現在日本語教育機関で中心的に活動している方々を大事にすることは前提としますが、いくらベテランでも今までのままで、新たな努力をしないでそのまま登録日本語教員になることはできません。最低、何らかの研修を修了してもらわなければなりません。日本を取り巻く環境が大きく変わり、日本語教育の対象や教育内容も変わらざるを得ない現状を日本語教師も早く気付いてほしいと思います。
日本語教員の登録に関する経過措置は、今後も詳細を検討する大事な項目です。

2. 地域における日本語教育

以下では、「分科会」で扱われた資料3-1の「地域における日本語教育の在り方について(報告案)」(以下、「報告案」と略称)を扱います。この資料も今回の「分科会」で扱われましたが、大事なテーマなので項目を改めて扱うことにしました。
「報告案」は概要が1枚と本文が112ページの大部なものなので、ここで全体を説明する余裕はありません。この「報告案」で取り上げている大事なポイントは、地域における日本語教育の基本的な考え方を理解したうえでの地方で日本語教育を担っている人たちと地方公共団体との連携です。「報告案」を理解するためには、1~3ページの「1.検討の経緯」は必ず読んでください。いままでの関連資料のURLも出ています。また、100~102ページの「参考資料Ⅰ」も役に立つ資料です。
「分科会」資料3-2の「概要」がわかりやすいので、この資料に沿って説明します。
「現状」や「課題」は今後の文化庁の施策の前提になるものなので、きちんと読んでください。

概要の「3.基本的な考え方(提言)」に沿って説明します。
国会で日本語教育の法案が成立すれば、地方公共団体は日本語教育の推進に関する基本方針を策定し、総合調整会議等を設置するようになります。また、地域での日本語教育について、国・都道府県・市区町村が担う役割分担が整理されます。ただ、現在は地域での日本語教育への取り組み方にはばらつきがありますので、今後地域の日本語教育を担う人は地方公共団体への働きかけをする必要があります。特に、日本語教育の専門家という人は、地方では無理だと言う前に地方公共団体への働きかけを積極的にしてください。じっと待っているだけでは、何も始まりません。
日本語教育の中身で言えば、「日本語教育の参照枠」を踏まえた「生活Can do」を参照しB1レベルまでの日本語教育プログラムを作る必要があります。学習時間の目安は、350~520時間程度です。「生活Can do」は、「報告案」の77~98ページと資料3-3に説明があります。
対象は、「国籍や年齢を問わず、難民や非識字者など多様な背景を持つ者に配慮すること」となっています。
地域日本語教育コーディネーターを専任で配置、専門性を有する日本語教師(登録日本語教員)を一定数配置、日本語学習支援者の支援活動への参加を促進、企業等は雇用する外国人の日本語教育に積極的に関与することなども書き込まれています。

日本語教育の法案が国会で成立し、日本語教育関係の予算が認められれば、いよいよ地域における外国人への日本語学習支援体制が動き出すことになります。そのためにも、地域の日本語教育に関わっている人たちの協力が、今こそ必要なのです。文化庁の活動に注目し、パブリックコメントが求められれば積極的に発言し、地域に日本語教育の必要性を訴え続けることが必要です。

2022年11月に出版された宮島喬さんの『「移民国家」としての日本――共生への展望』(岩波新書)は、外国人受け入れの歴史や現在の問題点を的確に指摘した良書です。特に、登録日本語教員になろうと思っている人は、必読です。

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