第24回 「資格会議」の報告はどうなるのか|田尻英三

★この記事は、2021年8月13日までの情報を基に書いています。

今回は、7月19日の第8回と7月29日の第9回の「資格会議」についてまとめて扱います。それは、日程的に近いということだけでなく、内容面でもあまり変わらないという理由によります。
残念ながら、これでこの「資格会議」は終了となりました。多くの問題は積み残しのままで、今後どのように扱われるかは未定です。検討が不十分なまま会議が終わることに、委員はもっと不満を言うべきではなかったのかと、田尻は強く思っています。この2回の会議の傍聴申し込みは、両方とも420名ほどでした。日本語教育の将来に関心のある人の数はこの程度しかなかったのでしょうか。

1. 第8回の会議では、「就労」は実質的に扱われなかった

第8回の会議では、三つの資料が配布されています。以下では、それらの資料について田尻の私見を述べます。

(1)「就労」についての資料

「就労」については、入費資料1の「外国人就労者向け日本語教育の現状」が事務局から出されました。ただ、この資料は、インターカルト日本語学校の企業の高度人材対象と留学生対象と技能実習生対象・株式会社オリジネーターの高度残材対象・しまね国際センターの企業訪問等の事例研究の資料だけでした。これでは、類型「就労」を扱ったことにはなりません。必要なことは、類型「就労」が扱う外国人労働者の現場の状況概観と、そこでの日本語教育の必要性の位置づけです。当日の参考資料1に「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」が挙げられていますが、これでは足りません。ここで挙げられるべきは、2021年7月16日に発表された会計検査院の「会計検査院法第30条の3の規定に基づく報告書 『外国人材の受入れに係る施策に関する会計検査の結果について』」という資料です。この資料は大変重要で、外国人材の受け入れ全般にわたる取組の概要や、それに対する検査結果、国の支援の状況などが示されています。発表日時は第8回の会議より前ですので、十分に問題点の整理としては会議に間に合います。この会計検査院の報告書は、今後の外国人労働者を扱ううえでの基礎資料と言えます。日本語教育関係者は、絶対に全文プリントして手許に置いておくべきものです。
結局、類型「就労」については、まともに扱われませんでした。社会的には技能実習生の問題が大きく取り上げられています。田尻は技能実習生の受け入れにあたって、日本語学習の時間を保証することは事態の改善に役立つと考えていますので、この会議でももっと積極的に「就労」の問題を取り上げるべきであったと考えています。

「就労」でもう一つ大きな問題は、特定技能制度です。2018年の第197国会で、「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律」が成立し、在留資格「特定技能1号」・「特定技能2号」の創設が決まりました。これに合わせて、2021年4月1日に特定技能1号の日本語能力を測る試験として、CEFRのA2レベルの国際交流基金日本語基礎テストが始まりました。この試験は設問が現地語(田尻はこの用語は問題だと考えています。詳しく述べませんが、外国での試験実施地域を考えれば実態に合わないことがすぐにわかるはずです。何よりもこの用語に差別的なニュアンスを感じます)で出せるとなっていますので、田尻は果たして日本語能力を測るのに十分な試験と言えるのか疑問に思っています。この点での日本語教育専門家という人たちからの意見表明は、全くありません。2021年3月末にはこの制度を支援する特定技能総合支援コールセンターも「いったん終了」しましたし、技能実習から特定技能へ特別活動として認められましたがその制度がいつまで継続されるかは不明ですので、特定技能制度自体の継続性も現時点では先が見通せません。

「就労」は報告では今後検討となり、結局外国人労働者への日本語教育は当面扱われなくなりました。

(2)認定日本語教育機関への支援について(案)の資料

この資料は今まで全く検討されていない資料で、第8回の「資格会議」でもほとんど検討されませんでしたので、要点のみを述べます。
この案は、認定機関に配置された公認日本語教師の研修への人的支援と、学習者への支援として認定機関の見える化が示されています。
大事な点は、「③その他の支援」の「例」で挙げられているものの内容です。「優良日本語教育機関評価制度の検討」は、優良日本語教育機関として評価された機関への費用支援へと結びつきます。すべての日本語教育機関を支援する訳ではありません。どこで優良かどうかの線引きをするのは、今後の大問題です。
また、都道府県に対して類型「生活」認定日本語教育機関への費用支援も「例」として挙げられています。
この二つの「例」の内容は、全く別のものです。混同しないでください。

(3)日本語教育の推進のための仕組みについて(報告案)の資料

この資料については次の第9回の会議で全体を扱ったので、ここでは問題になった点のみを述べます。

7ページの表3までは指定日本語教師養成機関の対象に大学等が挙がっていますが、「5.指定試験実施機関及び指定登録機関に求められる役割」からは、「専門学校等の日本語教師養成研修」をイメージして書かれていますので、ここでは「別紙1」にもあるように、大学等と専門学校等の順番で説明をするのが良いと考えて、文章例も添えて提言しましたが、却下されました。第9回の議論の進め方から考えると、この時点から大学等の取扱いを外そうとしていたことがわかるのですが、田尻はこの時点で事務局の表現上の煩わしさという説明を了承してしまいました。今考えると、この時点で報告案がある方向性を持ち始めていたことに気づきます。

10ページの「10.教育実習」に説明に実習担当教員の資格が書かれていないので、第9回で出される報告案ではこの点を書き込むように言いました。この点も、第9回の報告案には活かされていません。
13ページの「7.支援について」で、日本語教育機関についても上に述べたように、機関への費用支援を考えてほしいといいましたが、予算上は別途計上することになると言われました。本当に別途計上されるかどうかに注目しましょう。ここでも大事な点は、「今後検討」となっています。

2.第9回の会議の進め方に問題がある

第9回は、報告案全体について扱いました。ここでは、報告案について問題点を具体的に扱う部分と、会議の最終段階での進め方の問題点に分けて扱います。

(1) 報告案の問題点

3ページの「(2)試験の実施体制等」の中の受験にあたっては「年齢、国籍」はこのままでよいが、「母語」は不要ではないかという委員からの意見がありました。田尻も、この点には賛成します。

5ページの教育実習担当員と教育実習指導者の要件については、「今後検討」となりました。この「今後検討」という表現は、この報告案に多用されています。要するに、問題点を積み残したままで報告案をまとめるという事務局の意向が強く感じられます。

6ページの指定日本語教師養成機関の説明の真ん中あたりの「なお」で始まる段落の3行目に「大学等」が出て来ますが、その説明はわずかで、その他は「今後検討」となっています。
このあたりの説明で、「専ら日本語教育を行う機関」のみを対象とするということを西原座長が繰り返しました。類型「生活」で「就学」を含んで扱うという田尻の意見が取り上げられなくなったのです。このため、小学校から高等学校までの学校教育での日本語教育は夜間中学を含めて全てこの会議の検討対象外となりました。
この「資格会議」で、この件についての説明の変化について見ておきます。
2021年1月25日 第2回 資料4に「『日本語教育機関』の対象について」がありますが、そこでは「附則第2条における『日本語教育機関』の対象は、専ら日本語教育を行う機関とするか」となっていて、まだ決定事項ではありませんでした。
2021年2月26日 第3回 資料2の「『日本語教育機関』の対象について」では、「(案)専ら日本語教育を行う機関を対象とする」と断定されました。
2021年5月31日 第5回 資料3の報告案に上記の表現がそのまま書かれています。
悪くとれば、事務局の「就学」を対象から削除するという意図をうまく忍ばせてきたとも言えます。西原座長も、この事務局の意図を了解しながら会議を進めてきたのでしょうか。田尻は、この会議の中で数回「就学」について意見を述べ、それに対して西原座長や事務局から特に反論がなかったので、「就学」は検討対象になっていたと思い込んでいました。田尻の考えが甘かったと言うべきでしょう。

念のために説明すれば、「就学」は小中学校・夜間中学などの学校教育での日本語教育を指します。現在は、高校の日本語教育も検討されています。

10ページに「就労」「生活」については、「厚生労働省や法務省等関係省庁と連携して制度を検討する」とあるだけでは説明が足りない旨を田尻は発言しました。

11ページの「支援について」の説明の中に、日本語教育振興協会で行っているような職員の研修も入れてほしいと田尻は発言しました。どうしても表現上整合性がなければ、せめて「公認日本語教師」のあとに「等」を入れてほしいとも発言しました。

(2) 第9回「資格会議」の最終段階での会議の進め方に問題があった

田尻は今まで、西原座長の重い役割を理解していると考え、また文化庁国語課事務局とも調整してより良い報告案を作るようにと心がけてきました。しかし、今回の会議での最終段階では、西原座長の運営のやり方に疑問を感じましたので、あえてその点について発言することにしました。今まで冷静で慎重な会議運営をしてきた西原座長とは、明らかに異なる今回の進め方だと感じました。

田尻が「就学」の問題を持ち出した時に、西原座長は「専ら日本語教育を行う機関」以外は検討の対象としないと言い出し、議論をうち切りました。つまり、小中学校・夜間中学・高校・大学は「専ら日本語教育を行う機関」ではないので、検討対象としないということです。これで、学校教育における日本語教育はまとめて日本語教育の対象とはならなくなったのです。もし、「専ら日本語教育を行う機関」以外は扱わないと言うなら、類型「就労」と「生活」を扱う必要はなくなります。実際の「資格会議」ではこの二つの類型も不十分ながら検討対象となっていますので、この西原座長の発言は「資格会議」の主旨に合わないことになります。他の委員からの意見表明もなかったので、結果的に「就学」は報告案作成のための検討対象から外れました。西原座長の発言どおりとすると、「資格会議」の検討対象は「留学」のみとなります。せっかく日本語教育の対象として「就労」と「生活」が挙げられていただけに、大変残念な結果となりました。

田尻が第9回の会議が終わろうとする時間に「このままでは、この報告はどのように扱われるのか先が見えない」という旨の発言をすると、西原座長は「そんなことはない。この報告を基に他の関係省庁と調整して進めていく。厚生労働省との調整についても聞いている。ロビー活動もしていく。」などという旨の発言を、時間は測っていませんが、けっこう長く発言しました。まだ報告がまとまっていない段階で、報告の使われ方を説明したり、報告を前提とした今後の方針を説明したりすることは、明らかにおかしいことと言わざるを得ません。この西原座長の発言で、この会議は終わりました。
このあと、西原座長は最後に一人だけの発言を受け付けると言いました。その際に、神吉委員から多文化共生と日本語教育についての発言がありました。田尻はこの神吉委員の発言を聞いて、失望しました。神吉委員の発言は、この「資格会議」の主旨とは合わないものです。最後に、この「資格会議」にこのような問題意識しか持っていなかった委員がいて、その発言が最終の発言となったことは大変残念だと感じました。もし多文化共生と言うのならば、在住外国人が使っている言語が日本社会でも使えるような体制を目指すべきです。ともすれば、日本語教育関係者は在住外国人に日本語学習を押し付けるような動きをしていないでしょうか。

(3) 大事な情報

この時期に公表された大事な情報について述べます。

一つは、2021年7月15日に公表された文化庁国語課の「令和2年度 日本語教育実態調査報告書 国内の日本語教育の概要」です。これは、現在の日本語教育の状況を知る基礎的な資料です。
この資料により、国内の日本語教育学習者数の減少、日本語教師の減少、日本語教師の高齢化の一層の伸張がよくわかります。

もう一つは、7月28日の出入国在留管理庁の「第6回 外国人との共生社会の実現のための有識者会議」です。間もなく意見書が公開される予定です。この会議資料として「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(令和3年度改訂)」が出ています。

※今回の原稿は、今までの書き方と違っています。田尻の考えを前面に出しました。田尻は、今回の「資格会議」が日本語教育関係者が直接行政と関われる最後の機会だと思っていました。残念ながら、その点では田尻と他の委員との問題意識の共有という点では大きくかけ離れているのを会議を通じて感じました。

次の「未草」の原稿は、この「資格会議」の報告全般に対しての田尻の考えを明瞭に書こうと思っています。

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