外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか|第6回 現状の把握と日本語教育関係者がしたこと|田尻英三

日本語教育学会2018年秋季大会の一般公開プログラムとして社会啓発委員会のメンバーがコーディネーターとなった「外国人住民と考える安心安全な町づくり」というパネルディスカッションの様子がFacebookに出ています。その中のスライドに「日本語教育があれば働きやすくなる」という文を見た時に、何と楽観的な見方かと驚きました。日本語教育推進議連や法務省の会議で、受け入れ施策作成に苦労している私からすると、何の前提も詳しい説明もないこのような文は、理解できません。ただ、私はその会場に行っていませんので、誤解があるようならひつじ書房の編集部にご連絡ください。とにかく、現状の把握が私とは全く異なっています。

現状の把握

まず、今どのような状況なのかを説明します。

従来、日本語教育に関わっていた政府の二つの部署が、二つとも他の部署と合併・縮小しています。一つは、外国人児童生徒の日本語教育に関わっていた文部科学省初等中等教育局国際教育課が文部科学省総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課の一部になり、大幅な規模の縮小が行われました。もう一つは、内閣府にあった日系定住外国人施策ページを担当していた役割が、法務省大臣官房秘書課外国人施策推進室に変わりました。文化庁でも京都市への移転に伴い、文化部が無くなり国語課は単独の課となりました。いずれも、今後の予算獲得の際に、組織的には弱くなったと言えます。

2018年11月16日の柴山文部科学大臣の記者会見では、2019年度の概算要求で日本語教育等に4億8600万円から12億1500万円へと大幅な増額をしたと言っていますが、詳しく見るとそうとは言えない実態が見えてきます。この数字は、文部科学省のホームページの2019年度概算要求主要事項の中の大臣官房のサイトに出てきます。確かに、「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」が新規に3億400万円増額されていて、「帰国・外国人児童生徒等に対するきめ細かな支援事業」も1億5300万円増額されています。しかし、文化庁の日本語教育施策に絞ってみると、「『生活者としての外国人』のための日本語教室事業等」では900万円の減額、「日本語教育に関する調査等」では200万円の減額、「条約難民及び第三国定住難民に対する日本語教育」は昨年度と同額となっています。その他は、就学促進事業や多言語翻訳システム等の活用など、必ずしも日本語教育の限った施策とは言えないものが積み上げられています。従来の日本語教育施策で減額になったものもあることを忘れてはいけません。外国人高校生等に対する支援などは高く評価できるものですが、その中身は就労を前提としたキャリア教育です。他の府省でも、外国人労働者受け入れに関わる施策は重点項目になっていますが、掛け声の割には日本語教育施策には重心が置かれていないことがわかります。

田尻が関わった日本語教育施策の事例

次に、田尻が関わった日本語教育施策の直近の事例を紹介します。

①2017年1月に公表された「夜間中学の設置・充実に向けて【手引】」は、当初は日本語習得を目的としている語学学校等のようにならないように、となっていたのを、これもある国会議員にお願いして「夜間中学の目的と合致しないことにならないように」という文言を加えて、夜間中学に通う8割の外国籍の学生に対する日本語習得を保証するものに替えました。あまりすっきりした表現とはなっていませんが、これがぎりぎりの修正でした。

②2017年6月に公表された文部科学省新学習指導要領解説「特別の教科 道徳」で、発達障害のある児童生徒への評価上の配慮が発表されたので、ある国会議員にお願いして「海外から帰国した児童生徒、日本語学習に困難のある児童生徒等に対する配慮」も加えてもらいました。

③2017年7月4日の日本語教育推進議員連盟立法チーム勉強会で、「日本語教育推進基本法案に望むこと」を発表しました。これは、衆議院が解散される見通しとなり、9月の国会召集時には基本法の骨格ができているというスケジュールでは田尻の意見が活かされないというので、急遽開かれたものです。これには、技能実習生の日本語能力のチェックは聞く・話すなどのコミュニケーション能力を調べることを重点とする、日本語能力試験を使わず新しい試験を開発する、日本語教師の資格は国家資格の名称独占を考えている、ボランティアの支援には地方自治体との連携が必要で地域のニーズに合わせた研修内容を検討する、文部科学省の中に日本語教育を扱う部署を創設、省庁の関係部署や有識者を加えた検討会議の創設等々を提案しました。私の提言の全文は、『龍谷大学グローバル教育推進センター研究年報(2018)第27号』に掲載しています。この時期での日本語教育施策の提言はまだ出ていなかったので、日本語教育学会のホームページの日本語議連の情報を掲載されている箇所に、馳議員の了承を得たうえで、載せてもらうように資料を送りました。しかし、この勉強会は正式のものではない、理事が参加していないという理由で不掲載になりました。学会は必要な情報を提供するものだと考えていた私には、残念な結果となりました。この勉強会の後も、議連のメンバーの方とは適宜情報交換をしています。

④2017年8月4日にひつじ書房から『外国人労働者受け入れと日本語教育』を田尻の編で出版しました。これには、中川正春代議士を始めとして、日本語教育機関・技能実習生・外国人留学生・外国人児童生徒・日本語教育と国語教育などに関わっている方々に執筆をしていただきました。この本は、日本語教育以外の分野の方にも読まれているようです。

⑤2018年6月30日の日本語教育学会支部集会(九州・沖縄支部)で「外国人労働者の受け入れでどう変わるーこれからの日本語教師の役割―」という講演と、7月1日の「無関心ではいられない!政府の日本語教育施策を読み解く」というワークショップをしました。前者では議連の勉強会での私の提言を、後者では『外国人労働者受け入れと日本語教育』以降の政府施策の資料A4版27ページの資料(現在までまだ公開していません)が参加者にはアクセスして入手できるようにしました。

⑥2018年8月23日からひつじ書房のホームページにあるウェブマガジン「未草」に「外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか」の連載を始めました。

⑦2018年10月15日に法務省会議室で、法務省大臣官房秘書課や入国管理局の方々からヒアリングを受けました。この資料は、同年同月24日に法務省最高検察庁会議室で開かれた「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策検討会(第3回)」の配布資料5に掲載されています。このヒアリングでは、「日本語教育専門家」として「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策に係る取組の現状・課題・対応策(2)」に対する日本語教育から見た田尻の私見を述べ、有識者からの質問を受けました。この私見と「外国人労働者受け入れにあたっての日本語教育から見た現状と問題点」は、法務省の検討会のサイトに掲載されていますのでご覧ください。この検討会については、日本語教育学会のホームページ「お知らせ」の10月31日の「審議会等情報」として社会啓発委員会が記事を掲載しています。しかし、そこには「『外国人材の円滑な受入れの促進に向けた取り組み』が追加され、日本語教育に言及があります」とあるだけで、「日本語教育専門家」としてヒアリングを受けた田尻の資料には一言も触れていません。これでは、せっかく日本語教育関係者からの発言が政府の施策立案に活かされたという情報が、会員に伝わりません。私には、社会啓発委員会の意図的な動きとしか思えません。この点についてのご意見が社会啓発委員会の方からあれば、ひつじ書房の編集部にお寄せください。

⑧2018年11月26日に、法務省会議室で「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策検討会」に有識者の一人として出席しました。当日は、法務省政策立案総括審議官から私の履歴が紹介されました。今年から始まった外国人労働者の受け入れを検討する会議で、全府省から担当者が参加する会議に日本語教育の専門家が出席するのは初めてのことです。ここでは、審議官からの質問に答えたり、他の有識者の意見にコメントをしたりすることができました。12月3日現在、まだ議事要旨はサイトに開示されていませんが、ぜひ見てください。

このような時に、私が触れようと心がけている三つの項目があります。先行文献とデータによる現状の把握、具体的な提言、将来の見通しの三つです。それを前提にして、この時期の他の日本語教育関係者の発言を検討します。

日本語教育学会の発言

何と言っても、日本語教育に関する最大の団体です。「学会名鑑」によると、2018年10月26日現在、個人会員数は3714人です(因みに、現在の日本語教育学会のホームページで会員名簿は見ることができますが、会員数は出ていません。「旧ページ」にあった「会員数の推移」は2008年までしか示していません)。

学会のホームページには、社会啓発委員会の情報として11月12日に石井会長名で「外国人受け入れの制度設計に関する意見書」(以下、「意見書」と略称)が出ています。ところが、何の説明もなく、同じ社会啓発委員会の情報として11月29日付けで「外国人受け入れの制度設計に関する要望書」(以下、「要望書」と略称)が出ました。「意見書」では、「強く社会に訴える」となっていたものが、「要望書」では学会名で法務大臣・副大臣・政務官宛になっています。このような書類を出すに至った努力には満腔の敬意を表しますが、田尻には理解できない箇所がありますので、それを指摘します。「意見書」の「提言」と「要望書」の「要望」とは同じものですが、分量的には「要望書」はかなり少なくなっています。新しい「要望書」のほうが推敲を経たものでしょうから、ここでは「要望書」を主として扱い、適宜「意見書」にも触れます。「要望書」では「現在、外国人受け入れに関する議論が活性化していますが、その内容と進め方に強い危機感を抱いています」とありますが、「意見書」や「要望書」のテーマは「外国人受け入れ」です。現在、国会で議論されているのは外国人労働者の受け入れ問題です。まず、この点で、「意見書」や「要望書」の狙いはズレています。しかも、どちらも「制度設計」を問題としていて、「要望書」では法整備を要望項目としていて、法務省の大臣等を宛名としているため、直近の課題への要望という形にはなっていません。また、要望項目(2)は日本語教育の質保証に関わる「財政措置」の「法整備」、要望項目(3)は「日本語教育支援」充実のための「法整備」ですので、法務省の管轄外です。確かに、法務省の中の検討会では、このような内容も各府省との関連で扱っていますが、それはあくまで庶務を法務省が担当しているだけで、日本語教育の中身に関することまで扱っている訳ではありません。第1回の「検討会」の配布資料1-1の「外国人の受入れ環境の整備に関する業務の基本方針について」では、日本語教育は文部科学省が事務を分担することになっています。宛名に、文部大臣・副大臣・政務官も挙げてもよかったのではないでしょうか。

要望事項の(1)に、大変気になる表現があります。「このような状態のまま、外国人の受け入れを拡大することは、地域社会において、コミュニケーション不全がおきる懸念があります」がそれです。この表現は、外国人に日本語学習が提供できないと地域社会ではトラブルが生じる可能性があると言っているのです。これは、日本社会の安全という目的のために(そのような調査報告はないにもかかわらず)、外国人へ日本語学習を強制するようなものです。一部に、外国人を受け入れると治安が悪化すると言われている流れと一致します。外国人には多言語対応ということも考えられますから、この際、日本社会における日本語教育と多言語対応の実施方法を整理する必要があるでしょう。口では「共生」と言っておきながら、政府に「強制」を要望することは、これまでの日本史・日本語教育史での反省が生かされていないということを意味します。

要望項目(2)の「日本語教育の適正レベル」という意味もわかりません。何に対して、誰が「適正」と判断するのでしょうか。「適正レベル」は受け入れ社会全体で判断するもので、決して日本語教育の専門家だけが判断するものではありません。

要望項目(3)の「仕事を持たない成人の帯同家族」という意味もわかりません。現在の法制では、家族帯同が許されていて、仕事を解雇されていても在留している人というのは、「身分に基づき在留する者」しか私には思いつきません。仕事を持たずに家族帯同を許される成人という資格は無いはずです。「専門的・技術的分野」の在留資格は家族帯同を許されていますが、この資格も仕事を持っていることが前提です。

12月1日に「看護と介護の日本語教育研究会」の代表幹事の西郡仁朗さんも、この「要望書」に「賛同し、支持します」と言っています。西郡さんにも、上記の質問に答えてほしいと思っています。

「意見書」では、当初ひつじ書房から出版した春原さんと私の本の名前が間違っていましたが、現在は訂正されています。

「意見書」・「要望書」作成の担当者で、この田尻の考え方にご意見のある方は、個別に発言するのではなく、まとめてひつじ書房の編集部へご連絡ください。

 

海外日本語教育学会の声明

海外日本語教育学会世話人一同も、「外国人労働者の受け入れに対する声明」を出していますが、「・・・制度を構築するよう当学会は要求します」とあるので、要求する相手を書くことが必要だと、田尻は思います。

なお、近藤敦さんの「持続可能な多文化共生社会に向けた移民統合政策」という論文(『世界』12月号、no.915、岩波書店)に、「法務省は、入国管理局を入国管理在留管理庁に格上げし、当初、入国在留管理部と外国人共生部の二本柱を構想したところ、官邸が難色を示し、出入国管理部と在留管理支援部に修正されたという」とありますが、田尻にはこれを裏付ける資料を持っていませんので、ここでは紹介に留めます。いずれにせよ、管理の強化だけではなく、共生にも重点を置いたものになってほしいと願っています。

12月2日の時事通信に「日本語共通テスト創設」という記事が出ました。外務省と国際交流基金が準備しているもので、東南アジアや日本国内で来年4月以降年間最多で6回実施する見通しだそうです。これは、日程的にも内容面でも、相当厳しいものです。特定技能1号で想定されている14業種のうち、外食業だけは技能実習の対象となることが予定されていないので、この試験の合格が在留の必須条件となります。

12月3日は、日本語教育推進議員連盟の総会が行われる日です。ここで扱われる法案と新入管法については、次号で扱います。

 

 

 

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