第14回 日本語教育に関わる二つの流れをどう考えるのか|田尻英三

★この記事は、2020年4月7日までの情報を基に書いています。
★2020年5月14日に佐々木倫子さんのご指摘で障がい者の記述の箇所を修正しました。

紙幅の関係で、以下の情報は、細かく書いていません。ただし、全て田尻が正確だと思った情報に基づいて書いています。

この記事はトピック形式で書いていますので、前の原稿との間の詳しい情報の違いは書いていません。なお、これらの情報は、日本語教育学会(以下、「学会」と略称)の「お知らせ」などには出てきません(「1.」のみ「学会」のメールマガジンには出てきます)。因みに、日本語教育学会でこれらの情報を会員に流すのは「社会啓発委員会」での役目ですが、田尻は「社会啓発」という用語が、「社会(の無知を)啓発(教えてあげる)」という上から目線の意味を持っていることが気になっています。他の用語は、なかったのでしょうか。

以下では、「日本語教育」という用語を、日本語教育関係者や日本語教育の社会的システム全体を全て指す用語として使います。関わっている人たちを指す場合は、日本語教育関係者と書きます。

また、新型コロナウイルス肺炎は、「コロナ」と略します。

もう一つ、「コロナ」に関して大事な用語があります。例えば、2020年3月31日の政府の経済財政諮問会議では、「コロナ」終息(「コロナ」の蔓延が終わる)後のV字回復や反転攻勢という勇ましい用語が出てきますが、病理に素人の私のような者でも今の「コロナ」が終息するとは思えません。せいぜい収束(いったん蔓延が収まる)するだけだと思っています。しかし、マスコミなどでは、この二つの「シューソク」という用語がきちんと区別されて使われているとは思われません。以下では、希望的な状況とも言える終息という用語は使わずに、より実態に即した収束という用語を使います。

これからみなさんに、「日本語教育」が進むべき流れを二つ簡略化して示します。一つは、2018年から進められてきた新たな「骨太の方針」に基づく「日本語教育」の流れです。もう一つは、2019年12月上旬に中国湖北省武漢で確認された「ウイルス」対応の遅れによる感染拡大以降の、世界が全く予想しなかった流れです。これら二つの流れは、独立したものではありません。特に、2020年3月ごろから、この二つの流れは相互に関係を持ってきています。したがって、ここではこの二つの流れを説明し、今後進むべき道を考えるために二つの流れを整理したものを示しました。今後、日本語教師として進もうと考えている方々の参考になれば幸いです

1.「骨太の方針」以降の人手不足から来る新たな外国人受け入れ施策に関わる「日本語教育」

この時期に、「日本語教育」に関わる大きな施策が二つありました。

1.1 日本語教師の国家資格化の動き

2020年3月10日文化審議会国語分科会(持ち回り開催)で、「日本語教師の資格の在り方について(報告)」がまとまりました。ここで決まったことのポイントの一つには、質の高い日本語教師の確保として、資格の名称を「公認日本語教師」として名称独占の国家資格とすることが望ましいこと、資格の対象として日本語教師養成課程等で学ぶ者、資格の取得要件として日本語教育能力を判定する試験(従来の日本語教育能力検定試験とは異なる)の合格、教育実習の履修、学士号を持っていること、新しい国家資格の有効制限の設置などがあります。

新しい教育能力判定試験の一部又は全部の免除等については「将来的な検討課題」となっていますが、基本的には「公認日本語教師」には新しい試験合格という大きな流れができたと言っていいでしょう。今後日本語教師養成の全課程は「必須の教育内容」に基づいたカリキュラム編成が望まれることになりました。日本語教師の国家資格化に合わせたように、いくつかの大学で2020年4月から日本語教師養成課程設置が申請されていますが、今後はこのような講座を卒業しただけでは日本語教師の資格が得られなくなりそうなことに気を付けておくべきです。

1.2 外国人児童生徒等の教育での日本語教師の立場

2020年3月27日に、文部科学省総合政策局男女共同参画共生社会学習・安全課は外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議の「外国人児童生徒等の教育の充実について(報告)」を出しました。その中の「日本語指導のための教師等の確保」(7ページ)に「日本語教師の積極的な活用を検討することが必要である」とあります。そして、同ページの注12に、ここでいう「日本語教師」とは、「法務省が告示をもって定める日本語教育機関等の教員要件(中略)を満たす者」と、「学校における『日本語指導担当教師』とは位置付けが異なる」とわざわざことわっています。具体的に言えば、ここでの「日本語教師」とは、10ページの「日本語指導のための教師等の確保」にある「特別免許状や特別非常勤制度」を指すと考えられます。つまり、今後の外国人児童生徒等の日本語教育では、より専門性の高い日本語教師が授業を担当するという方向性が決まったということです。

この1.1と1.2の「日本語教師」が公的に位置付けられたことにより、今後は「日本語教師」の社会的認知が進み、ひいては「日本語教師」の経済的な自立が目指せるようになりました。これは、「日本語教育」においては大変大きな変化と言えます。日本語教育関係者は、この変化にもっと反応してもいいと考えています。

2.「コロナ」により変わってしまった日本や世界を前提に考える「日本語教育」

4月7日までに、「コロナ」で世界がどのように変わっているかは誰にも予想がつきません。日本政府が緊急事態宣言を出しているか、日本各地で医療崩壊が起こっているか、などで大きく展開が変わります。それは「変化」(AがBに変わるように、そっくり世界が新しく変わる)ではなく、「変容」(元々あった世界Aを残しつつ、新しい世界Bに変わる)と捉えなければいけないと田尻は考えています。うまくいけば、「コロナ」が終息して元の世界に戻るのではなく、「コロナ」が収束したことにより、前の世界を引き継ぎながら全く新しい世界を迎えているはずです。そこには、かつてのような世界規模のサプライチェーンはなくなり、各国が自分たちの生き残りをかけた競争社会が現れている可能性があります。それは、単なる経済的だけの変容ではなく、社会的・文化的な変容を伴った世界が現れているはずです。このあたりで、日本語教育関係者はこの文章を読む気が無くなっているとは思いますが、もう少しおつきあいください(私は、多くの日本語教育関係者が興味を持っているのは、日本語のテキストや教授法・文法だけだという偏見を持っています)。以下には、日本語教育に関わる二つの大きなテーマを提示します。

2.1 新しい日本に外国人留学生や外国人労働者がやってこなくなる

中国や東南アジアを中心としたサプライチェーンが新しい世界でも続いているかどうかは不明であり、それを基礎とした日本の生産性が高いまま継続されているかどうか現時点ではわかりません。もしそうだとすれば、今までのように日本の経済力を前提にして来日していた外国人労働者や外国人留学生が、今後も来日するかどうかは不明と言わざるをえません。今までの厚生労働省は、日本人の人手不足を補うために、技能実習生制度や特定技能などの制度を作り、さらに外国人留学生まで労働力にカウントするという無理なやり方でしのいできました。「日本語教育」も、その流れに合わせて外国人の受け入れの手伝いをしてきました。一部の大学や日本語教育機関の外国人募集の努力を別にすれば、向こうからやってくる外国人に「日本語教育」をしていれば良かったのです。法務省も、さすがに現在では、「新型コロナウイルス感染症に関する情報」というサイトを設けています。特に日本語教育機関に対しては、3月25日にも新たに「日本語教育機関における新型コロナウイルス感染症への対応について」というサイトの更新をしています。ここでは、その詳細を扱いませんので、詳しくはそちらのサイトをご覧ください。

これからは、待っているだけで外国人労働者や外国人留学生が来日して、その人たちを相手に日本語を教えていればよいという事態は来なくなると思います。日本社会における日本語教育の必要性の有無が問われる事態が必ず来ます。

2.2 「日本語教育」全体の見直しが必要になる

まず海外における日本語教育は、日本とその国との関係や日本の経済力により在り方が変わってきます。これからは、相手の国における「日本語教育」をどのように構築するか、日本の経済力によって相手の国において来日する人たちへどのような労働力の育成が行われるべきかを考え直さなければならなくなります。

日本国内における「日本語教育」は、もっと大きな見直しをしなければいけなくなります。現在のような外国人の入国拒否が継続されていれば、従来から来ていた漢字圏の留学生は入国できなくなり、多様な国々からの留学生(彼らが来るかどうかも不明です)が来日するようになります。そうすると、当然、今までと同じ日本語テキストを今までと同じ教え方で進めることを考え直さなければなりません。それに合わせて、日本語教師の養成内容も変わらざるをえません。

日本語ボランティアの教える内容も変わってきます。現在の状況が今後も続いていけば、今まで扱ってこなかった以下のような用語も扱わざるをえません。

クラスター、パンデミック、オーバーシュート、ロックダウン、エアロゾル感染、緊急事態、反転攻勢、V字回復

3月29日の神戸新聞によれば、ネットのグーグル翻訳を使っている神戸市では、中国語(簡体字)では以下のような誤訳が生じたと書かれています。翻訳機能も、チェックしなければなりません。

死亡→死神、男性→男装、北神区役所→北海道区役所、令和2年→1932年

地域に住んでいる外国人や日本人への情報伝達も、相手によって対応言語や方法を変えなければいけません。

以下には、一般的な使用言語や伝達方法の違いを列挙してみます(例外はありますので、ご注意ください)。相手の状況に合わせて、対応する言語も変わってきます。

  • 永住者・定住者・特別永住者のうち日本で働いている人…日本語対応
  • 技術・人文知識・国際業務の在留資格で働いている人(EPAで来日した人たちも含む)…日本語対応
  • 技能実習生…団体監理型は監理団体を通じて多言語対応、企業単独型は雇用企業を通じて多言語対応
  • 特定技能1号・2号…雇用企業を通じて日本語対応(例外は多いかもしれない)。なお、2019年現在82,892人いる不法残留者への対応は想定されていない。
  • 大学・短大・選手学校・各種学校在籍の留学生…所属機関を通じて日本語対応(ただし、日本語力の低い留学生もいる)
  • 日本語教育機関…在籍機関を通じて多言語対応(日本語力はクラスによってまちまち)
  • 留学生や特定技能2号等の在留資格の家族…所属機関を通じて多言語対応
  • 夜間中学在籍の外国人(日本国籍者も含む)…多言語対応
  • パソコンやデジタル携帯電話を使いこなせない日本人高齢者…日本語の印刷物を配布(ただし、町内会が機能していない地域では問題がある)
  • 聴覚障がい者…日本手話などの手話言語、または、書記日本語などの書記言語
  • 視覚障がい者…音声日本語、テキストファイルの音声化、または、日本語点字
  • 盲ろう者…触手話など
  • 精神障がい者…国籍などにより対応がまちまちで、長期の学校閉鎖などでも問題が起きる

3. 今後「日本語教育」が取り組まなければいけないこと

3.1 「日本語教育」が外部に向けて発信することの重要性

「日本語教育」最大の団体である日本語教育学会は、世界や日本においての日本語教育の必要性を訴えなければいけません。これは、単に自分たちの職場を守るということではありません。21世紀の日本や世界のために、日本語教育が果たすべき役割を示すことです。

日本語教育機関も現在のようにばらばらで意見を主張すべきではなく、統一した団体で国会・府会・県会・市会議員や地方公共団体と将来の日本のためにできることを話し合わなければいけません。

今こそ「日本語教育」が日本語教育学会会員や現場の日本語教師を守らなければ、「日本語教育」は崩壊してしまいます。

3.2 新しい世界の中で「日本語教育」が変容する重要性

4月7日に、政府から緊急事態宣言が出ることが決まりました。もう元の世界に戻ることはありません。それに合わせて、日本語のテキスト・教授法・教授形態等々が変容せざるをえません。オンライン教育も、日本語教育での利用の適否を別にしても、外部からの要求によって対応せざるをえないようになると思います。

この点でも、日本語教育関係者は一丸となって取り組まなければいけません。

※「コロナ」により、世界を巻き込んだ大きな変容が起きていて、その行きつく先は見えていません。田尻は、経済のV字回復が簡単にやってくるとは思えません。まずは、「コロナ」の治療薬の開発や治療機器の開発が行われなければ一歩も先へは進めません。そして、「日本語教育」では、全ての力を合わせて前へ進まなければいけません。停滞する余裕はないのです。何かを決定できないということは、何もしないということと同じです。

現在、書かなければいけないことは多すぎますが、事態はどんどん進んで行きます。不十分な思いながら、4月7日現在の私見を書きました。「コロナ」についての田尻の予想は、はずれることを祈ります。

 

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