第13回 並行して開かれる日本語教育施策の会議と驚きのアンケート結果|田尻英三

★この記事は、2020年1月11日までの情報を基に書いています。
記事を書く間隔が空いていますので、全ての情報に触れることはできません。詳しい時系列の報告は、別稿に譲ることにします。

「令和元年文化庁長官表彰」を受けました。

2019年12月6日に文化庁において文化庁長官表彰式が行われ、日本語教育関係では伊東祐郎さん、加藤早苗さんと私が表彰されました。文化庁の資料では、私が文化庁・文部科学省協力者会議の有識者などの活動が評価されたようです。私が今関わっているような活動が評価されたのは初めてですので、お受けしました。当日の写真は、龍谷大学のホームページに出ていますのでご覧ください。

第1回の日本語教育推進関係者会議の議事録が、外務省のホームページに公開されています。

URLは、https://www.mofa.go.jp/mofaj/p_pd/ca_opr/page23_003065.htmlです。会議そのものについては前回扱いましたので、この議事録の内容については、ここでは扱いません。直接、資料にあたってください。大事な資料です。

2019年12月20日に開かれた、第6回の外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議の資料と議事録が公開されています。

ここには、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(改訂)」が出ています。日本経済新聞の記事によると、当初4万人程度予定していた「特定技能」での外国人受け入れが、11月末現在1,019人にとどまっていることへの対策が話し合われたとしています。そのための対策としては、日本で受ける試験の受験機会の拡大や、初めて来日した3か月以内の短期滞在者でも試験を受けられるようにするなどです。その他にも、やさしい日本語の活用に関するガイドラインの作成、外国人労働者の就労場面における日本語コミュニケーション能力の評価支援、留学生の在留管理が不適正な大学等に対する在留資格審査の厳格化等々、大事な施策が列挙されていますが、詳しい説明は別稿に譲ります。「特定技能」による外国人労働者受け入れに対応しようとしていた多くの日本語教育機関や登録支援機関(2020年1月9日現在、3,504件)は、現在どうしているのでしょう。

第97回の文化審議会国語分科会日本語教育小委員会が2019年12月23日に開かれ、資料が公開されています。

ここには、大事な資料が多く出ていますが、私が特に大事だと思った資料は、「『令和元年度日本語教育総合調査』大学や短期大学で行われている日本語教師養成課程の実態に関するアンケート調査結果概要(速報値)」です。これは、現在大学や短大で行われている日本語教師養成課程の全体像を初めて公にしたものです(2019年11月18日回収時点で、172機関、アンケート回収率88.7%)。全国の日本語教師養成機関の団体である大学日本語教員養成課程研究協議会が全体像を捉えられなかった調査を、文化庁が全国規模で行ったものなのです。以下に、いくつか大事な調査結果を列挙します。

  • 大学での養成課程の「定員の定めなし」が、全体の71.6%にのぼります。これは主専攻では考えられませんから、ほどんどの大学で副専攻課程として開かれている日本語教師養成の実態を反映していることが推測できます。大学院でも、「定員の定めなし」が45.7%、定員が50~100人が14.3%もあることには驚かされます。大学院でのきめ細かな指導は、可能なのでしょうか。
  • 課程修了に必要な単位数は、大学では72.0%が26単位以上で、ほとんどの大学では副専攻として設置されているという上記の推測と一致します。45単位以上必要な課程(主専攻)は17.8%だけで、大学院でも57.1%が26単位以上で、45単位以上の大学院はありません(カリキュラム上無理です)。これは、大学院では副専攻レベルの単位数しか習得していないことを示します。大学での養成課程修了生のほとんどが大学院へ進学していないことを考えると、他大学から進学した学生に対して大学院でどれだけ充実した専門家の養成が行われているか心配になります。
  • 教育実習でも、現在日本語教育小委員会で検討されている内容とは大きくかけ離れていると考えます。
  • 1大学あたりの担当教員数は、常勤では1~3人が32.6%、4~6人と7~10人が20%前後となっていますが、実態を知っている者からすれば、その多くの教員は日本語教育以外の科目も担当しているであろうと思われます。
  • 一番驚いたのは、養成課程の「主たる担当教員」の30.6%が外国人に対する日本語教育経験がないという結果です。また、41.3%が日本語教師養成・研修等の受講歴がありません。つまり、2018年度で日本語教師養成に関わっている「主たる担当教員」のかなりの人は、日本語教育の現場の経験や知識がないということです。このような機関で養成される日本語教師を専門家と呼べるかどうかは、私は大いに疑問だと考えます。
  • 大学院の受講者で最も多いのは中国人の235人で、日本人の220人を抜いています。その他の外国からの留学生数を考えると、大学院の日本語教師養成課程は留学生で保っているということがわかります。
  • 学部や大学院の課程修了者(調査結果には国籍は示されていない)の圧倒的に多くは、一般企業に就職していることも明らかになりました。
  • もう一つ驚くべき結果は、養成課程の教育内容(3領域5区分16下位区分)への対応をしていると答えた機関は52.6%しかないということです。他の機関は、現在検討中・検討したができなかった・検討していない、と答えています。実態をごまかそうとしない、大変素直な結果だとも言えますが、必要な教育内容に対応している機関は半分程度というのは、私に言わせれば約半数の機関は日本語教師養成をしているとは言えないことになります。対応していると答えた機関の教育内容も、精査する必要があります。
  • このように見てくると、現在の大学・大学院における日本語教師養成課程は基本的に大きな問題を抱えたまま、日本語教育全体が変わろうとしている時に、特に課程の変更などもしないままで現状でしのいで行こうする姿勢であることがわかります。これでは、将来に禍根を残すことになると思われます。

日本語教育小委員会の「日本語教育能力の判定に関するワーキンググループ」と「日本語教育の標準に関するワーキンググループ」の資料が公開されています。

前者は、新しく行われようとしている「日本語能力を判定する試験」や教育実習について、後者は「日本語教育の標準(仮)」の枠組みとしてCEFRを参考とすることなどを扱っている大事なワーキンググループです。
2019年11月8日に開かれた第72回文化審議会国語分科会で議論した「日本語教育能力の判定に関する報告(案)」の意見募集が、2019年11月13日から12月13日の間で実施されました。これは、前者のワーキンググループでの検討結果を受けたものです。ただし、ワーキンググループや国語分科会での検討の段階では、上述のアンケート調査結果の資料は挙げられていませんが、意見募集の資料には「日本語教育総合調査『日本語教師養成課程又は講座に関する調査」の結果を踏まえることが必要」となっています。
以下に、大事な点を列挙します。

  • 大学の日本語教師養成課程や民間の日本語教師養成研修の教育内容及び質が均等でなく、養成された日本語教師の資質・能力にばらつきが生じています。
  • 職業として日本語教師をしている者の資質・能力の向上のためには、公的な資格制度を設けることが効果的です。
  • 就労者及び就労希望者、「生活者としての外国人」、留学生、日本語指導が必要な児童・生徒、難民などに対する日本語教師の多様性の確保が必要です。
  • 日本語教師の資質・能力を確認し証明するための資格を定めて、「公認日本語教師」という名称を用います。
  • 日本語教師としての専門性を判定するために、2019年3月の「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」に基づいた知識の有無を測定する試験の合格を要件とします。
  • 日本語教師に必要な実践力を身に付けるため、教育実習の履修を必須要件とします。
  • 年齢・国籍・母語を資格の要件としません。
  • 試験の実施にあたっては、専門的な知見を有する機関を指定することが適当です。
  • この試験の有効期限は、10年程度が適当です。
    以下は、資格取得要件などの具体的な項目です。
  • 資格取得要件の教育実習は、オリエンテーション・授業見学・授業準備・模擬授業・教壇実習・教育実習全体の振り返りの内容の全てを含むこととします。
  • 資格取得要件として、学士以上を有することを加えることが適当です。
  • 出入国在留管理庁が定める日本語教育機関の告示基準を現に満たす者は、一定の移行期間を設けて、公認日本語教師として登録を行えるようにすることが適当です。
  • 「公認日本語教師」は、名称独占の国家資格として制度設計することが適当です。
  • 以下は、今後詳細な検討が必要な事項です。
  • 試験の一部または全部を免除する対象及び範囲は検討を行うことが適当です。試験の免除は行わないという意見もあります。

この原稿を書く時点では意見募集は終わっていて意見募集への影響は考えられないことから、田尻の意見を書くことにします。

  • 日本語教師の資格を名称独占の国家資格と制度設計するのなら、試験の免除はすべきではありません。他の名称独占の国家資格では、全て試験の合格が要件です。試験の免除はありません。一部に試験代わりに一定期間の研修を課すものがありますが、その場合でも全員が対象です。
  • 他の国家資格では、「公認~」と付くものとして公認会計士と公認心理士がありますが、前者は大変レベルの高い試験で、後者は新しい制度ですので今後実施にあたっての有効性は未定です。この二つの「公認~」と比較して「公認日本語教師」は、研修内容や試験のレベルでバランスが取れないと考えます。他の名称は考えられないのでしょうか。

この他に、以下に示すような重要な会議が並行して開かれています(これ以外にも大事な会議はあるのですが、それは別稿に譲ります)。

  • 外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議
  • 日本語予備教育を行う留学生別科等の基準に関する協力者会議

2020年1月10日に、文部科学省の報道発表として「『日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査(平成30年度)』の結果の訂正について」が公表されました。参考とすべきデータは、これを利用すべきです。

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