ことばのフィールドワーク 薩摩弁| 第9回 様々な言語デイタ (2) |黒木邦彦

蒲生かもうふもとにて見かけた地名表示

 地名は、現地以外の人々もしばしば参照する (たとえば、東京都の人が鹿児島県の地名を地図で探したりする) 要素です。公的機関には共通語で、しかも、読み方が必ずしも定まっていない漢字を介して、記録されています。そのため、地名の方言語形は失われやすい (≒ 共通語化しやすい) のです。

 現地には冒頭画像のように、共通語語形とは異なる方言語形もかろうじて残っています。薩摩弁圏には、地名の方言語形を今も日常的に使う高齢者が一定数いますね。次掲 (1a)「しんつっばぁ」と「新辻(しんつじ)馬場(ばば)」との同定は何とかできるかもしれませんが、(1b)「よくしばぁ」と「永興寺(ようこうじ)馬場(ばば)」との同定は、薩摩弁に馴染みがなければ、まず無理ではないでしょうか。(2a–d) が同根とは思えないことに通じますね。

(1)           a.b.
新-辻-馬場永-興-寺-馬場
共通語 しん-つじ-ばばよう-こう-じ-ばば
sin-tuzi-babajou-kou-zi-baba
薩摩弁sin-tub-baajo-ku-s-baa
しん-つっ-ばーよ-く-し-ばー

(2)  語形を大きく違える同根語同士
a.    ニ(ッ)ホ(゚)ン (日本)
b.    リーベン (日本; rìběn)
c.    イㇽボン (일본)
d.    ジャパン (Japan)

1 前回の復習

 前回は、‘頭’ を意味する語を例に取って、言語デイタに色々なものがあることを説明しました。すでに紹介した言語デイタは次掲 (3) の4種類です。今回も言語デイタの解説を続けます。

(3)  言語デイタの種類
a.    「びんた」「びんたの」「びんたばっかい」といった語形
b.    /binta2/ ‘頭’ といった形態素
c.    /binta2/ ‘頭’ ≒ /atama2/ ‘頭’ といった類義要素
d.    /binta2/ ‘頭’ と /atama2/ ‘頭’ との置換可能性

2 /binta2/ ‘頭’ と /atama2/ ‘頭’ との置換可能性

 /binta2/ ‘頭’ と /atama2/ ‘頭’ との置換可能性に関して言えば、次掲 (4) のような表現が許容されるかも気になります。串木野弁母語話者に確認したところ、(4c–d) には /atama2/ を使わない (“*” はその印) とのことでした。このような母語話者の内観が5つめの言語デイタです。

(4)  /binta2//atama2/
a.坊主/bos2-X/  
b./X-kaz2/  
c.切り/X-tum1/ *
d.を切る/X-o#tum1-/ *
(5)あたびんたかじょそろえなならんで。。
 atai1-abinta2-kaz;i2-osoroe2-n-janar;a2-n-de
 私-は頭数-を揃え-ね-ば成ら-ない-んで
 ‘私は頭数を揃えねばならないんで。。’

(5) ‘私は頭数を揃えねばならないんで。。’ (03M40荒川)

3  意味の制限

 (4c–d) を見るに、/binta2/ は ‘髪’ も指せそうです。しかし、次掲 (6) の /binta2/ は ‘髪’ を指しません。(4c–d) のような表現においてのみ /binta2/ が ‘髪’ を指すのでしょう。これもまた言語デイタです。

(6)びんたが{なん/のびっちょっ}。
 binta2-ga naga1-ka nobir2-tjor1 
 頭-が 長-い 伸び-てる 
 ‘{頭/*髪}が{長い/伸びてる}。’

4 意味の外延

 /binta2/, /atama2/ の意味はとりあえず ‘頭’ としていますが、共通語の /atama/ と同義であるかも確かめたいところです。そのためにまず、/binta2/, /atama2/ の外延、つまり、両者が指しうるものを調べていきます。母語話者に確認したところ、(7c–d) には /binta2/ を使わないとのことでした。

(7) /binta2//atama2/
a.釘のを打て。  
b.が良い。  
c.もう一度から話せ。* 
d.組織のを変えた。* 
(8)みかけやげんあんどん
 mi2-kake2-aa1-ge-nar2-s-don
 見-掛け-はあの-よう-にあり-ます-けど
 ‘見かけはああですけど、
わっびんたーよからったっど。
wazae1-kabinta2-ajo2-kar-ar-t1#ar2-do
凄-い頭-は良-くあら-れる-ん#だ-ぞ
すごく賢くていらっしゃるんだぞ。’

(8) ‘見かけはああですけど、すごく賢くていらっしゃるんだぞ。’ (09F40荒川)

 ‘頭’ を意味する語に限っても、幾種類もの言語デイタがあるわけです。調査をさらに進めれば、ほかにも出てくるでしょう。方言の包括的記述はなかなか気の遠くなる仕事ですね。

関連記事

  1. BOOK REVIEW: STRAY SHEEP

    ご恵贈御礼『「あ」は「い」より大きい!? 音象徴で学ぶ音声学入門』

    松浦年男ウェブやテレビなどで「最近の子供の名前は意味より響き…

  2. 田尻英三

    第28回 日本語教育の存在意義が問われている|田尻英三

    ★この記事は、2022年2月3日までの情報を基に書いています。…

ひつじ書房ウェブマガジン「未草」(ひつじぐさ)

連載中

ひつじ書房ウェブサイト

https://www.hituzi.co.jp/

  1. 方言で芝居をやること最終回|色んな土地の演劇祭|後編
  2. 芥川賞作品を読む|第18回 李恢成『砧をうつ女』(第六十六回 1971年・下半期…
  3. 古代エジプト語のヒエログリフ入門:ロゼッタストーン読解|第4回 ヒエログリフの表…
  4. 認知文法の思考法|第5回 勝敗は誰が決めるのか?|町田章
  5. 統計で転ばぬ先の杖|第1回 そのグラフ、大丈夫ですか|島田めぐみ・野口裕之
PAGE TOP