方言オノマトペはどのようなもの?
方言には独特のオノマトペ(擬音語や擬態語)の表現があることをご存知ですか。お住まいの地域に特徴的な方言のオノマトペがあって、もちろん知っているという方もいらっしゃるかとは思います。一方で、オノマトペに方言があることを知らなかった、どういうものがあるのかと興味を持たれてこのページをご覧になっている方もいらっしゃるかと思います。
方言のオノマトペとして有名なものの1つに、富山県の「きときと」があります。魚などが新鮮なことを表すオノマトペです。施設の名前にも使用され、富山県観光のアイコンとしても機能しています。また、筆者が現在住んでいる名古屋市周辺にも興味深いオノマトペがあります。「トッキントキン」です。鉛筆の先が尖っていることを表すのだそうです。あるいは、やかんなどが熱く沸いている様子を表す「ちんちこちん」「あっちんちん」という表現もあり、この地域を語る際にはよく紹介されるオノマトペとなっています。
オノマトペとは、言語の音を組み合わせることで自然の音や人・動物の声を写し取る擬音語と、動きや状態、身体感覚や感情などを模写する擬態語を合わせた総称です。擬音語は、例えば猫の鳴き声の「ニャーニャー」や鈴の音の「チリンチリン」のようなものです。擬態語は「クルクル回る」の「クルクル」や、「ブルブル震える」の「ブルブル」、あるいは「楽しみでワクワクする」の「ワクワク」といったものです。音のないものが擬音語です。この総称としての用語は、擬容辞、写生詞、象徴詞、音まねことばなど、「オノマトペ」以外にも様々な呼び名がありますが、最近は「オノマトペ」と言われることが多くなっています。英語では、onomatopoeia やsound symbolic word、ideophone などと呼ばれます。
それでは、方言のほうに目を移していきましょう。オノマトペは音や様態を言語音で写しとるものですから、日本語のバリエーションであり、音韻体系も近い方言において、方言のオノマトペは共通語話者や他の方言話者にはどの程度通じるのでしょうか。あるいは、方言のオノマトペも共通語の感覚で理解できるのでしょうか。もちろん、連母音であるとか、中絶母音であるとか、そういった音が使われていれば意味が違う、印象が違うと思われるでしょうか。とはいえ、語源として同じであれば通じると思われるでしょうか。
では、次の文を読んでみてください。筆者の出身地である山形県寒河江市の方言オノマトペを使い、オノマトペ以外は共通語にした文です。
きのう田んぼの畦道を歩いていたら、雪がボダボダ降ってきてさ、それでゴダゴダのところにビッジャリはまって、ヤチャクチャになってしまったのよ。もうダラダラになってしまったんだよ。
いかがでしょうか。ある程度の状況は理解できるかもしれませんが、共通語と同じ意味で考えると違和感があるのではないでしょうか。オノマトペを最小限にして表現すると、次のようになります。
昨日田んぼのあぜ道を歩いていたら、ぼた雪が降ってきてね、それで泥のところに足を踏み込んでしまって、どうしようもなくなってさ。もうびしょ濡れだったんだよ。
水っぽい雪のことを「ぼた雪」と言いますが、これはもとは「牡丹雪」です。本来はオノマトペではないのですが、音が非常に似ているのか、ぼた雪の降る様子を表すオノマトペとして「ボタボタ」が定着しています。泥だまりのことは「ゴダゴダ」と表しています。水田に長靴で入って足をあげた時に、泥がずっしりとついてくる、あの感じがあります。「ヤチャクチャない」は形容詞的なオノマトペです。そして、「ダラダラ」は水などの垂れている様子ではありません。「ダラダラになった」だけですと、汗だくになっている様子をイメージされるかもしれませんが、汗だけでなく、濡れている状態を表しますので、寒い冬の時期でももちろん使えます。
この例からお伝えしたいのは、方言のオノマトペには、多彩な面白い言葉がたくさんあるよということだけではありません。方言オノマトペを理解するには、言語音が持つイメージ(音象徴)だけでは十分にとらえきれない、オノマトペという言葉がその土地の話者たちの間で連綿と受け継がれ、場合によっては変化をし、その地の生活や人々の感性に深く深く根を張った言葉だということです。
地域生活に息づく言葉
方言のオノマトペについては、小林秀夫(1932)が次のように触れています。この例では、オノマトペのことを「擬容辞」と言っています。この中に見られる「土の香の高い俚語」という表現は、まさに方言のオノマトペがその土地の文化や生活とは切り離すことができないということを、直観的に捉えたものかと思われます。
「さうした擬容辞を観察することによつて、我々はそこに映じた言衆の心を読むことが出来るのである。擬容辞の活躍は大交通の言語に於けるよりも、片田舎に話される土の香の高い俚語に於ける方が顕著であらう」(234頁)
山形県天童市(東村山郡)には「じゃがらもがら」という地名があります。沢渡吉彦編(2015)の昔話(伝承)では、そこはいわゆる姥捨ての地であり、捨てられた老人たちの悲鳴をかき消すように様々な物を叩いた音が、地名の由来となっていると語られています。「じゃがらもがら」というオノマトペ自体も、なかなかに東北地方の方言らしい形をしています。ただ、それ以上に、オノマトペが昔から地域文化に密着しており、ほかに表現しようがないという、生活の中での重要な位置を占めていることが窺えるかと思います。
生活といえば、オノマトペによく似たものとして「聞きなし」というものがあります。例えば、ウグイスの「ホーホケキョ」を「ほう、法華経」と聞いたり、「日月星」と聞いたりするようなものです。音や様態を言語音の組み合わせで描写する典型的なオノマトペに対し、すでに存在する言葉に当てはめるものです。言語音ではなく、既存の言葉を使う点では違いますが、オノマトペによく似た性格を持つものと言えるかもしれません。
ほかにも、山口仲美(2008)では、民話に出てくるウグイスの鳴き声の「聞きなし」が挙げられています。弟が出かけている兄のために、お芋のおいしいところをとっておいたのに、兄はおいしい芋を食べた後、これほどおいしい芋をとっておいたのなら、弟はどれほどおいしい芋を食べたんだと疑い、弟の腹の中を見るために腹を切ってしまったという、かなり衝撃的な民話です。兄が後悔して、ウグイスになって鳴いているときの鳴き声です。このように、民話の中には「聞きなし」がよく出てきます。ちなみに、岩手県の「ボットサケタ」の「ボット」は、これも東北方言らしいオノマトペだと感じます。
○ ホッタンタケタカ、イモクビクタカ(御飯(ほったん)炊(た)けたか、芋首(いもくび)食たか)〈大分県〉
○ ホーチョータテタ(包丁立てた)〈岩手県〉
○ オトハラ、ツキッタ(弟(おと)腹(はら)、突(つき)った)〈長野県〉
○ ポットサケタカ、アッタアッタタ(ぽっと裂(さ)けたか、在(あ)った在(あ)ったた)〈岩手県〉
ここからが本題ですが、『日本言語地図』の第298図・第299図には、「梟の鳴き声」を表す方言形式が見られます。鳥の鳴き声にも地域差があることは他の研究でも知られていますが、この梟の鳴き声には「ホーホー」のほかに、「オホオホ」「ポーポー」「ホイホイ」など多彩な語形が見られ、こちらも面白いのではありますが、その中に「ノリツケホーセ」と鳴く地点があります。この「ノリツケホーセ」という語形は、「糊付けして干せ」です。ご存知のとおり、本州の日本海側は豪雪地帯で、冬の日照時間が極めて少なくなります。そのような時期に、晴れる日は貴重なお洗濯のタイミングです。梟が鳴くと翌日は晴天になる、つまり翌日が洗濯日和であることを梟が告げているというところから、「ノリツケホーセ」=「糊付けて干せ」と聞きなしたといいます。まさしく、地域の生活に密着した聞きなしだと言えます。
方言オノマトペ研究の広がり
ここで、さきほどの山形県寒河江市の例を再度見てみたいと思います。「牡丹雪」の「ボダボダ」は、オノマトペではなかった語がオノマトペに変化したものですし、「ヤチャクチャない」は、本来は副詞として用いられるオノマトペが形容詞の一部となっているものです。「ダラダラ」は、共通語では水などが垂れる様子を表しますが、方言では濡れているだけの様子を表し、共通語とは異なる意味で使われています。実は、方言のオノマトペを見てみると、そこには文法や意味、語構成など、広範な言語の要素に関わる興味深い問題が見え隠れしているのです。
このような問題があることがわかってきたのは、実はそう昔のことではありません。そもそも方言オノマトペについては、小林秀夫が、1932年の「象徴の研究と方言学」(『國語と國文学』9(2))で、地域のオノマトペ調査の必要性を 指摘してからも、あまり研究が進んできていませんでした。
その状況について、室山敏昭(1971)が次のように述べています。
「擬声・擬態の副詞語彙」については、今のところ、報告がきわめて少ない。決して、これについては触れられていないというわけではないのだが、一地方方言の「擬声・擬態の副詞語彙」の全的記述が、ほとんどみとめられないのである。(31頁)
方言オノマトペの報告が少ないというのには、3つほど大きな理由があります。1つ目は、文法や音韻などと比べ、オノマトペは語彙の一種でしかなく、言語の記述においては周縁的な要素であったことがあります。実際に、日本語を学ぶ日母語話者の方々も、オノマトペよりも先に文法や基礎的な一般語彙から先に身につけていくものです。言語の中の重要性が低いということです。2つ目は、調査がそもそも、どこから手をつけていいかわからないということです。方言オノマトペには富山の「キトキト」や東海地方の「トッキントキン」のように、よく使用され、目立つ語ももちろんありますが、それ以外にどのような語があり、全体としてどれくらいの量があるのか、オノマトペ語彙の全体像がつかみにくいのです。「出てこないからといって、ないとは限らない」というのがオノマトペ研究の難しさです。そして、3つ目に個人差が大きいことです。オノマトペをよく使う人もいれば、ほとんど使わない人もいますし、家族の中だけで通じるオノマトペを作ってしまう人もいます。それは「地域語なのか、個人語なのか」という問いには、常に悩まされています。
しかし、2つ目の問題点については、方言研究をこれまで長年牽引されてきた諸先輩方の努力により、辞書やコーパスなどによって、少しずつオノマトペを集めやすくなってきました。これらの成果をお借りしながら、ひつじ書房から出版しましたのが、拙著『方言オノマトペの形態と意味』です。この書籍の出版にあたっては、ひつじ書房さんのSNS投稿に対して、興味を寄せられる方からのコメントが非常にありがたかった一方、そういう興味の方向性もあるのかと驚きもいたしました。また、卒業論文で方言オノマトペをテーマに選んだ学生さんから直接ご連絡をいただくこともあり、方言オノマトペに対しての興味の大きさにも驚きました。
本シリーズは、地域に根付いた方言オノマトペを紹介していくものではありますが、ただ面白い言葉の紹介にとどまらず、様々な方言研究の成果や拙著の内容などをもとに、方言オノマトペの使われ方や語形の作られ方、意味がどのように異なっているのか、地域社会の生活や文化とどうかかわるのかなど、多様な方言オノマトペの性格に注目していきたいと考えています。シリーズは全12回の予定で、次のようなテーマを扱っていく予定です。ただし、筆者の力不足や準備不足などで予定を変更することもありますので、ご了承いただけましたら幸いです。
第1回 地域に息づく方言のオノマトペ
第2回 東北オノマトペ「ぐいらぼっと」に「てたらぱたら」
第3回 強めるオノマトペ「ごろらごろら」と「しゃびんしゃびん」
第4回 東海のオノマトペ「とっきんときん」「あっちんちん」
第5回 関西のオノマトペは「がーっと」話す
第6回 歩行者信号「ぴかぴか」「ぺかぺか」「ぱかぱか」
第7回 宮沢賢治の方言オノマトペ にかっと美人様
第8回 民話のオノマトペ すすめやタンタン
第9回 『ごんぎつね』「ぐずぐず」の謎
第10回 ハクション! くしゃみのオノマトペ
第11回 方言に残る昔のオノマトペ
第12回 方言オノマトペネーミング
このシリーズを通して、お読みくださる方が方言オノマトペの世界を歩く際の、ちょっとした地図となることを祈っております。
小林秀夫(1932)「象徴の研究と方言学」『國語と國文学』9(2)、1-12
真田信治(2002)『方言の日本地図 ことばの旅』講談社
室山敏昭(1971)「方言の擬声語・擬態語」『鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学』22(1)、1-38
山口仲美(2008)『ちんちん千鳥のなく声は 日本語の歴史 鳥声編』講談社学術文庫 p.86












