今、実践の記録から、熟議という話し方をふりかえってみる|第4回 納得を求めて:知らないということの内面化の行方|吉田省子

1.はじめに/対話結果の取り扱い

対話イベントは、話し合われた内容が参集した人々の間でシェアされるだけでも盛り上がる。もっとも、盛り上がったので上手くいったということにはならず、その場限りの賑わいだったという場合もある。

北海道大学農学部で2010年12月に「BSE熟議場in北大(事例17)」[1]が開催された。この構成は前半が質疑応答を充実させた学習会で、後半が関係者の鼎談を聞いた後でのグループ討論会だった。討論参加者は全参加者中31人で、「もしも日本が(BSEの)リスクを無視できる国になったらどうする、どうなる」という視点で自由な話し合いを行った。ファシリテーターは討論参加者が結論や合意に進んでいかないよう気を配った。

討論が終わり結果の共有を準備する束の間の休憩時間に、私は一人の討論参加者から気軽に「合意する方向に何故もっていかなかったのか。合意部分を取り出して、今後何かの対話が行われるとして、その合意を基準にして、そこから対話を積み上げるという構想はないのですか」と話しかけられた。この問いかけは私には既視感があった。遺伝子組換え作物の栽培をめぐる専門家と市民との対話を準備し始めた2004年頃、この技術を評価する方々から私は、市民との対話が後戻りすることがないように次の議論は前回の到達点から行うようにしないと意味がない、と言われたものだ。この積み上げ方式が可能になるのは、参集する人々が「解決」を目指す場合においてである。そして、この解決とは往々にして技術が社会に受け入れられる状況を内在化させている。私たちはBSE問題を考え始めようという段階での対話のデザインとして、性急に合意形成を目指すのではなく、様々な意見を出し合いその違いを皆で共有することを重視していた。それゆえ問いかけに対し、合意形成ではなく多様性の尊重が大事だからと答えた。

なお、「BSE熟議場in北大」の結果は参集した人々の間でだけ共有された。一方、連載第3回の「GMどうみん議会(事例14)」には外部の届け先があった。結果を参加者間でシェアするだけではなく北海道農政部に届け、意思決定の参照資料にしてほしいという意図を持って行われたのだ。この対話結果の取り扱いの違いという体験は、2017年に科学コミュニケーション研究所[2]と一緒に『食と農のリスクコミュニケーション ハンドブック』[3]を作った際に、同社が対話の宛先[3, 80-1]について考えることの重要性を指摘した時に真っ先に思い当たったものである。

しかし、対話結果が参加者のシェア以外に具体的な宛先が決まっていない場合であっても、三上直之氏と立川雅司氏による『「ゲノム編集作物」を話し合う』[4]のように、未来の誰かの役に立つことを期待してミニ・パブリックスによる熟議場を作り出すことは可能だ。私は、同書に対する書評の中で彼らの試みには具体的な届け先がないと述べた[5,244-5]が、他の誰かが適所に届けることがあっても良いと考えていたし、書評の依頼を受けた時には既に某所に届けていた。

リスコミ職能教育プロジェクト(文部科学省補助事業)が終了したので、私は2019年4月4日に、連載第3回の「市民対話「わたしたちの未来と農作物のゲノム編集」(事例16)」のまとめを含んだプロジェクト報告書を携え、長年の緩やかな連携相手であった北海道農政部に食の安全推進監の宮田大氏(現農政部長)を訪ねた。この時、三上・立川本を数冊手渡した。宮田氏は連載第1回目のBSEに関する市民対話で緩やかに、時に強く連携した人物であり、同書を喜んでくれた。氏はこれら二種類の資料を農政部食の安全安心推進局内で回し読みすると約束した。

今回は下記の事例に依拠した。各報告書は()内のリスコミ職能教育プロジェクトのURLの「報告書」から探すことができる(http://lab.agr.hokudai.ac.jp/voedtonfrc/report/旧プロジェクト等の報告書/)。なお、JSTは科学技術振興機構でRISTEXは社会技術研究開発センターである。

時期対話の名称と情報提供の「演題」/所要時間研究プロジェクト名/通称/代表(北大農)ファンド/期間/他
2010年 12月11日事例17)BSE熟議場in北大/ 前半(84名)/後半討論者31名/6時間アクターの協働による双方向的リスクコミュニケーションのモデル化研究/飯沢理一郎JST /RISTEX /2009年10月-2012年9月 通称はRIRiC
2012年 ①8月25日 ②11月8日事例18)福島STYLEと消費者 ①DVD視聴と意見交換/2時間/9名 ②福島STYLEを知ろう/3時間/12名RIRiC ②市民参加型で暮らしの中からリスクを問い学ぶ場作りプロジェクトRIRiC2/小林国之①同上 ②JST リスクに関する科学技術コミュニケーションのネットワーク形成支援/2012年10月-2013年3月
2013年 2月21日事例19)福島を知ろう/語ろう/ 3時間30分/30名上記の②RIRiC2上記の②
2012年 12月4日事例20)モモをめぐる語り合い 特別版/3時間15分/40名同上同上 
2013年3月15-17日事例21)福島訪問の記録(女性農業者同士の交流)/15名同上同上
2015年 8月4日事例22)シリーズ学習会「5年目の福島:農地と農作物はどうなったか」/3時間/27名リスコミ職能教育プロジェクト/小林国之文部科学省/2014年10月- 2019年3月

 上述したように、対話結果の具体的な宛先が決まっていなくても未来に託すことは可能で、連載第3回で紹介した「福島からの報告−モモをめぐる語り合い(事例11)」もそうである。2011年3月11日の東日本大震災とそれに伴う巨大津波による東京電力福島第一原子力発電所の深刻な爆発事故から5か月が経過した8月20日、北海道大学農学部の北大マルシェ(連載第3回の1. はじめに)で福島県産の桃を展示販売することになり、それに合わせて「モモをめぐる語り合い」も開催された。福島県の農林水産物は放射能汚染により出荷が厳しく制限されていたものの、放射能の測定値が基準値以下の場合出荷できるようになり始めた頃だった。宛先を外部に持たない対話イベントだったが、これから述べるように未来につながった。

2.モモをめぐる対話の継続/知らないこと・分からないことへの向き合い方

2012年夏、福島と札幌を結ぶ事例18(①②)が企画され、コープさっぽろ組合員活動部理事及び札幌消費者協会食と健康を考える会の方々が参集した。①では北海道大学農学部の会議室に9名ほど集まり、福島県生活協同組合連合会(以後、福島県生協連と記す)が作成した東京電力原発事故・震災記録DVD(図1)第一集「東京電力原発事故 その時、福島で何が起きたか」と第二集「福島の子ども保養プロジェクト」の視聴を通してコープふくしまの人たちが如何に「放射能」に向き合ったかを学んだ。②では福島県生協連専務理事の佐藤一夫氏を講師に迎え、初めて福島の生の声を聞くことになった。いずれも、参加者が見聞きした情報は新聞やTVからの情報ではなく「当事者」の方々が編纂や行動に関わったもので、咀嚼するには重いものがあった。参加者は熟議ではなく熟慮が行為の主体になっており、佐藤氏の大震災や原発事故が風化しかけてきているとの懸念を真摯に受け止め、対話の継続が必要だと納得しあっていた[6, 11-2]

ここには、知らないこと・分からないこと、あるいは知りたくないことを見せつけられ、私を含む逡巡する人々がいたのだった。そして2013年2月21日、コープふくしま常任理事宍戸義広氏らを講師に迎え行われた「ふくしまを知ろう・語ろう」では、宍戸氏が札幌の参加者に対し率直に問いかけた(事例19)。

四角形
図1   DVD「福島・いま記録に」
・(安全地帯にいる)皆さんは福島県産品を食べますか?
・北海道が(福島の陰膳方式で)給食ベクレル調査[7]をするというならその理由は何ですか?(福島から直線距離で600km離れた札幌市)  

なお、栄養調査で広く知られている陰膳(かげぜん)法とは、実際に被験者の方が食べた食事と同じものを科学的に分析し、摂取栄養素量を推定するものである。コープふくしまの陰膳方式とは、毎食家族人数より1人分余計に食事を作り、それを2日分(6食+おやつや飲料など含め)保存して検査センターに送り、検査センターにおいてミキサーで均一に混ぜ込んだものを検査資料として実際の食事に含まれる放射性物質を測定することで、2011年11月から現在も続いている。

北海道側も率直に、自分一人のことなら食べるかもしれないし調査はいらないかもしれないと答えたが、子どもや孫のことを考えるとそのように回答できないでいる自分に否が応でも直面せざるを得ない、と述べるのだった。しかし参加者は思考停止しなかった。解決できない問題であると共有した上で、この状態のままで取り敢えず良しとして、何らかの形での対話の継続の必要性が語られた[6, 12]

この2か月前の2012年12月4日に開催したのが、「モモをめぐる語り合い 特別版(事例20)」である[6, 11-2]。2011年8月の「モモをめぐる語り合い(事例11)」を学習会付き熟議場の形にして、福島大学うつくしまふくしま未来支援センターの石井秀樹氏を講師に迎えた。参加者は、一般市民・農家・大学院生・行政・農協・保健所・研究者・作家と多岐にわたり、放射能汚染から食と農の再生を目指す取り組みをめぐり、低線量被曝下での食の安全は何かと考えることになった。飯舘村から避難されてきた方もいて、参加者は発する言葉を選んでいたが、安全地帯では現地の苦境や状況を実感することは確かに難しいが、現地からの情報に接して考えるだけでも、何もしないよりは良いという状況だった。この試みを継続したかったが、JSTはこの助成プログラム自体を打ち切ったので、RIRiC2のプロジェクトは半年で終了した。この試みが再開されるのは2年8か月後の2015年8月からである(事例22)。

さて、対話の場や熟議の場は構想すれば自ずと出来上がるものではないことは、実践したことのある人なら重々承知のことであろう。開催目的と開催手法がかみ合うか、誰を対象として誰を情報提供者とするか、知識の伝達を重視するかそれとも参加者間の意見交換を重視するか、ファシリテーターをどうするか、コミュニケーションの結果をどのようにするのかなど、開催に漕ぎつけるまでの準備は手間と時間がかかる。また、関係者間の相互理解の深まりは言葉を介して、つまり熟慮と熟議を通して進展するが、言葉以外のものを介した語り合いというものも存在する。

ここで言葉によらない語り合いと言える私の体験を3つ挙げてみたい。まず、事例18の①と②との間に、日本生活協同組合連合会(日生協)組合員活動部による福島で行われた「福島の子ども保養プロジェクト」シンポジウムと福島県生協連の取り組み視察に参加し(2012年9月21日~23日)[8]、福島県生協連がJA新ふくしまの行う農地の放射性物質分布調査を支援して行なった「土壌スクリーニング・プロジェクト」にボランティア参加したこと(2012年9月24~25日)である[9]。特に、土壌スクリーニングは概要説明の座学とサーベイメーターによる土壌表面からのベクレル/kgの測定という体験学習だった。測定は3名1班で行い、農家さんとJAと福島大学および日生協の方々(私も含まれるのかもしれない)は、目には見えない放射性物質を相手にしながら、身体を通して対話を行なったと言える。なお、私は公費ではなく私費での参加だった。

3つ目は、コープふくしまの紹介でコープふくしまと埼玉生協とのコラボ活動である双葉町仮設住宅支援サロンを手伝い、コープふくしまの理事たちと意見交換をしたことである(2012年12月25日)[6, p.11, p.21]。この意見交換でコープふくしま陰膳方式による放射性物質調査に深く関わった理事ら4人の来札が決まったので、この福島訪問は事例19の実現に欠かせないものだった。

相手と共に身体を動かしての交流は言葉を介しての交流にも匹敵する共感と学びをもたらした。この共感には、仮設住宅の方々の苦悩と未来への希望も含まれるのだが、同時に寂寥も感じた。「振り向けば、未来」というBSE対話(2010年/連載第1回)の経験から、当地の方々の未来の回復は外からのではなく内側からの語り合いそして行動によってもたらされるのだろうなあと、漠然と思い、福島から離れた場所に住む私たちができることといえば知ることしかないとも思った。

しかし、いったい何を知るというのだ?

3.ここまでなら、という線引きのあやふやさ

「モモをめぐる語り合い(2011年8月20日、事例11)」と「モモをめぐる対話 特別編(2012年12月4日、事例20)」が、シリーズ学習会「5年目の福島〜食と農の現場をつなぐ(事例22)」として再開されたのは2015年の夏であり、震災後4年半が経過していた[10][11, p.3]。ここでは、この学習会の第1回(8月4日)と第4回(12月6日)ワークショップから、語り手の語りの特徴と参加者たちの受け止め方/語りの特徴を紹介したい。なお、第3回目までは札幌消費者協会と連携した取り組みだったので、同協会の活動グループを中心にほぼ固定した20名の参加があり、希望者数名も加え参加者は毎回25名前後だった。

図2   第1回学習会でのシナリオ選択結果(1人一票)

第1回は、農業・食品産業技術総合研究機構東北農業研究センター福島研究拠点農業放射線研究センター長の信濃卓郎氏を講師に招いての「農地と農作物はどうなったか」である。信濃氏は、皆さんは農作物への放射性セシウムの移行抑制のためのカリウムの投入などの政策がなくなったらどう思われるか、という問題を提起した。用意された4つの未来のシナリオのどれを支持するのかについて参加者による投票をしてもらうつもりだったので、参加者が考えるための情報を提供する姿勢で語り、情報量は少なくはなかった。一方、参加者は情報量の多さに耐えながら福島発の研究者による情報を信頼した上で、TPPで安価な農産物が輸入されようとする中で大きな費用をかけて福島で営農を維持していく必要があるのかという付箋紙への書き込みがあったものの、移行措置の中止でも新たな予算の投入でもなく、地域資源の活用を組み合わせた移行対策と試験栽培を継続してリスクがなくなるまで待つという選択をした(図2)。その場で獲得した知識と個人的感情のせめぎ合う中、詳しくは知り得ない中で自らの行為の線引きをしたのである[10]

最後の第4回はワークショップ「5年目の福島〜食と農の現場をつなぐ」であり、それまでの参加者を中心に集まってもらい、3回分の学習会資料を参加者に事前配布をした。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター副センター長の小山良太氏を助言者・回答者役として招いたが、半日開催という制約があり小山氏は講演をせず参考資料として当日資料[12]の配布のみを行った。参加者は個人が感じている逡巡やもやもやしたものを、ここまでならという線引きをし、グループ対話での語り合いを通して質問事項に転換させる作業を行なった。小山氏はそれらの質問群に対し60分という枠の中で丁寧に答えた。

ところで、翌2016年2月の反省会を経て私は、小山資料はテキストとして読み上げることが必要だったのではないかと思うに至った。私達は参加者による対面でのコミュニケーションに拘るあまり、資料を通して得られる納得をもたらす効果を軽んじていたのだ。もし最初に小山資料の読み合わせが行われていたなら、もやもやの姿はどのようなものになって、小山氏の回答はどのようなものになっていたのだろうかと思わずにはいられない。ここでやっと私は、情報提供の役割を過小評価していたのではないかと反省し、言葉による対話・身体・文字の連携の重要性を確認できたのだった。

このシリーズ学習会の最終段階になって初めて、参加者は自分達の問題として考えたと言える。ワークショップの最後に参加者は互いの感想や気持ちを一言ずつ語り合ったのだが、「客観的事実もいろいろな立場の人の気持ちも聞いてみないとわからないことが多い。もっと知らされるべき」という言葉は、福島県出身の学生の「遠い地域じゃなくて自分達のこととして考えたい」という語りは、参加者一同の深い頷きをもたらした[13]

さて、自分達の問題として考えるために、いろいろな立場の人の気持ちも聞きたいという動機から、JAや行政組織とは関係なく自発的に福島を訪問した女性農業者たちがいる。彼女たちは「きたひとネット」という女性農業者ネットワーク[14]の人たちで、ツアーコンダクターは私と上述福島大学の小山グループである。2013年3月のことだった。

4.福島と北海道の女性農業者/熟慮の先の行為

外部に宛先のない対話が時を経て形をなすことがある。2011年8月の「モモをめぐる語り合い(事例11)」は前節で述べた2015年のワークショップに繋がり、RIRiC2(市民参加型で暮らしの中からリスクを問い学ぶ場作りプロジェクト)による2013年3月15日から17日にかけての福島訪問(事例21)[15]に繋がった。私ときたひとネットの中村由美子事務局長とで福島訪問を企画したのだが、2012年12月「モモをめぐる語り合い 特別版(事例20)」の終了後に阿吽の呼吸で「皆で行こうか、行こう」、となったことが発端だ。

きたひとネット事務局の人たちは、自分たちは知らないということを知っていて、知った上で行動に活かしたいと考えるような人たちだった。北海道の女性農業者と福島県の農業者の邂逅は、対話を生み出し、熟慮の先に繋がり合おうという行為をもたらした。きたひとネット会長は参加報告書の中で「私達は…必ずや福島のかーちゃんと北海道のかーちゃんの出会いを「耕し、広げ、紡いで、育んで、行っていきます」」と決意していた[15, p.6]。この決意は彼女達の間で共有され、翌2014年のきたひとネット・フォーラムという北大農学研究院農業経済学の小林国之グループとの共主催で行っている150人規模の研究研修会に繋がっていった。その場に福島の女性農業たちや研究者を招き、講演会と語り合いの場を創ったのである[16]

訪問先の一つ、伊達市霊山町小国地区(図3)では「放射能からきれいな小国を取り戻す会」と「小国やまぶき おしゃべりサロン」の方達と会食しながら「作付け制限区域でのコメの試験栽培の現状」の説明を受け、小国の皆さんの日々の暮らしについての語りを聞いた。きたひとネットの人々は農業者として小国の受難を他人事とは思えなくなり、報道メディアの情報だけでは「現場の苦悩は(自分たちには)伝わっていなかった」と受け止めた[15, p.8]。農事という共通の言葉を持っているので、小国の人たちと北海道の人たちが言葉を介して互いを理解し合うのは早かった。北海道の一人は「土地は正直です。手をかけたらかけただけ応えてくれます。つぶすのは簡単です。ほっといたらあっという間に荒地となります」と感情を吐露し、小国の人の「景観を守っているんだ」という言葉の重みに共感した[15, p.15]

しかし、訪問の最後に同地区の農地等を視察した際、北海道の女性農業者たちはこの地が美しい里山に抱かれた豊かな農村であることに改めて気がつき、その春の盛りの美しさを想像すると同時に傷つけられた農地の現状に言葉を失った。小国という空間に嵌め込まれた語られぬものの多さと複雑さとに語る言葉が失われたのだった。彼女たちは福島の人たちと同じものを見ていても同じものを内面化できないということに、同じ未来は想起しえないことに突き当たり、では自分達はどうするのかと一歩踏み出したのだった。

この視察は彼女達を奮起させ単なる訪問には終わらせないと自覚させた。彼女達は自分達の納得を求めて行動し、知ること、熟慮し対話をすること、そして現状を目で見ることを望んだ。彼女達が理解したのは、福島で出会った方たちはその場に起きていることを一片の曇りもなく納得あるいは是としているのではなく、受け入れ難いものとして引き受けているということだった。彼女達はそのような状況をあるがままに受け止め、その先に見えないリスクにどうやって付き合ったら良いのだろうとかと、訪問に参加しなかった仲間に問いかけたのだった[16, 35-7]

図3  小国 2013年3月16日

2004年からのささやかな私の経験ではあっても、『ポスト3・11のリスク社会学』という本に接し、私は今更ながら、RIRiCやリスコミ職能教育プロジェクトを実践する中で用いてきた納得という言葉が同書で多角的に論じられている「了解」[17, 266-384]という言葉に近いものである、と腑に落ちた。その感覚は「了解とは差異を含みこんだ一致[17, 296]」であり、「相違性を許容することによって可能となる共存形式[17, 298]」であるといったものである。

これで知らないことに向き合った消費者の方達や農業者の方達がどのように振る舞ったか、あるいはどういう言葉をかけ合ったのかについての語りを終わりたい。次の最終回では、この納得/了解を手がかりに、連載第2回の「はじめに」で「具象化以前の世界だって無意味じゃないのに」と述べたことを回収し、もはや熟議を求めていないようにさえ見えるフードテック界隈(特に培養肉)を眺めて、熟議の必要性は今こそ、と語ってみたい。

その際、下敷きにするのは、2019年11月から2020年2月にかけて行った農業者による培養肉ダイアローグ(道内2箇所で2回ずつ)と2020年5月に行った授業内アンケート(北海道大学農学院の修士課程学生)である。なお、最終回までにはこれらをHP上にアップする予定である。

参考文献と注 (URLの最終閲覧日はいずれも2023年1月16日)

[1] 「BSE熟議場in北大」はRIRiCはなしてガッテンプロジェクトのレポート「振り向けば、未来〜はなしてガッテンin帯広報告書」(pp.26-30)(http://lab.agr.hokudai.ac.jp/riric/report-furimukeba-mirai.pdf)を参照のこと。また、同ホームページの「第1回BSE熟議場in北大」(http://lab.agr.hokudai.ac.jp/riric/02-work.html)でも当日の様子を知ることができる。なお、リスコミ職能教育プロジェクトホームページで「RIRiCはなしてガッテンプロジェクト」報告書(http://lab.agr.hokudai.ac.jp/voedtonfrc/wp-content/uploads/2015/07/RIRiC終了報告書.doc)を読むことができる(p.34)

[2] 合同会社科学コミュニケーション研究所(http://scri.co.jp/

[3] リスコミ職能教育プロジェクトによる『食と農のリスクコミュニケーションハンドブック(改訂版)』 https://www.dropbox.com/s/9jcboe092x78zd0/handbook-R.pdf?dl=0

[4] 三上直之(2015)「市民意識の変容とミニ・パブリックスの可能性」松本功・村田和代・深尾昌峰・三上直之・重信幸彦『市民の日本語へ:対話のためのコミュニケーションモデルを作る』ひつじ書房,pp.81-112.

[5] 吉田省子(2020)「三上直之・立川雅司『「ゲノム編集作物」を話し合う』」『科学技術社会論研究』第18号,pp.241-245.

[6] URL(http://lab.agr.hokudai.ac.jp/voedtonfrc/report/旧プロジェクト等の報告書/)の報告書「RIRiC2終了報告」を参照のこと。

[7] コープふくしま―2011年度陰膳方式による放射性物質調査。ゲルマニウム半導体検出器を用いて陰膳方式で実際の食事に含まれる放射性物質を測定する試みで、2011年11月から現在もなお続いている。(https://www.env.go.jp/content/900411800.pdf) 

[8] 『つながろうCO・OPアクション情報』第22号https://jccu.coop/activity/local/coop_action/tsunagaru/2012/action/areanews_20121031_01_03.pdf

[9] 福島県「土壌スクリーニング・プロジェクト」活動報告 Ⅳ(9月24・25日) http://www2.izumi.coop/library/files/Image/assistance/screening06.pdf

[10] 2015年度シリーズ学習会の第1回から第4回までと振り返りの会までは、次のURLで詳細を見ることができる。 http://lab.agr.hokudai.ac.jp/voedtonfrc/effort/2015年度の取り組み/

[11] http://lab.agr.hokudai.ac.jp/voedtonfrc/wp-content/uploads/2019/07/プロジェクト報告書.pdf   北海道大学リスコミ職能教育プロジェクト報告書

[12] http://lab.agr.hokudai.ac.jp/voedtonfrc/wp-content/uploads/2015/06/発表2015小山^完成HP掲載版20160108).pdf 

[13] 「ワークショップのまとめ」で報告されているがHP上で公開されていないので、近日中に追加したいと考えている。

[14] 北海道女性農業者ネットワーク・きたひとネット(https://www.facebook.com/kitahitonet/)の6人が福島の農業者達を訪ねての所感が[15]「福島訪問の記録」に収められている。

[15] http://lab.agr.hokudai.ac.jp/voedtonfrc/wp-content/uploads/2015/03/福島訪問記録20130316-17Web版.pdf

[16]「特集 きたひとネット フォーラム2014」『農家の友』公益財団法人北海道農業改良普及協会, 2014年5月号, 66(5), 20-37. 基調講演は「福島に生き、福島で育み、福島から繋ぐ〜かーちゃんの力・プロジェクト協議会」と「福島からの報告〜福島、農業の現状」で、第3分科会は「どうやって付き合おうか? 見えないリスク〜福島から学ぶ」だった。

[17] 井口暁 (2019)「第三部 リスク・ダイアローグの可能性」『ポスト3・11のリスク社会学〜原発事故と放射線リスクはどのように語られたのか』ナカニシヤ出版 

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