平成文学総括対談|第10回 令和の書き手はどこに|重里徹也・助川幸逸郎

「物語系」と「私小説」の共存

助川幸逸郎 今日は最終回ということで、これからの日本文学のゆくえについて、お話できたらと考えます。

 

日本の近代文学は、作家が自分の実生活に取材して書く「私小説」と、それを批判して虚構のストーリーをつくりあげようとする「物語系」――漱石とか谷崎とか――が、二大潮流をなして発展してきました。

 

けれども、村上春樹なんか、『ノルウェイの森』なんかは私小説的なところもありますが、最新の『騎士団長殺し』にしてもそのまえの『1Q84』にしても、どちらの流派にも分類不能です。作者の実生活からかけ離れている部分が大半である点は、「物語系」にちかい。とはいえ漱石や谷崎みたいなリアリズムではなく、現実世界では起こりえないような不思議な出来事がどしどし現れてきます。

 

そして、世界的に見て、村上春樹のような小説――あつかっている問題はシリアスなのに、「現実では起こりえない出来事は登場させない」という「リアリズムの原則」に反している――が、「純文学小説」の主流になりつつある。たとえば、カズオ・イシグロなんかも、『日の名残り』みたいなリアリズム小説も書いていましたが、『私を離さないで』以降は非リアリズム路線です。

 

こうした傾向は、これからの日本文学にも反映されていくだろうという気がします。

 

重里徹也 「私小説」と「物語系」は本当に対立しているのかどうか。

 

一般的には「自然主義文学が私小説に流れていった」といわれるわけですが、たとえば自然主義小説の元祖である『破戒』は、虚構をたくみに構えて練りあげられた、非常にすぐれた作品です。こういう小説を見ると、「私小説」と「物語系」を対立させてとらえること自体、正しい見方なのだろうかと疑問に思えてくるのです。

 

助川 藤村の『破戒』は、ドストエフスキーの『罪と罰』を下敷きにしているといわれていますよね?

 

この対談でも前に触れましたが、日本には「神の視点」というか、「現実の全体を外部から見わたす視点」というのが存在しません。ですから、三人称客観描写をしようとおもっても、どうしても書き手が実際に目撃したものだけを書く方向におもむきがちです。日本の純文学に「私小説」が多いのは、ひとつにはこれが原因だという気がします。

 

重里 「私小説」にも味わい深い傑作がいくつもあります。「私小説」ばかり書かれるから日本文学は貧弱だ、というひところ流行った文言には、素直にうなずけません。ただ、「私小説」が作品世界の広がり(社会性)という点で限界があるのは事実です。

 

助川 だから日本で、特定の個人の立場を超えるような、大きく世界を見わたせる視点によって小説を書こうとすると、そういう視点を確保できるような枠組みを、外国文学から借りてくる必要があるのではないでしょうか。

 

島崎藤村はドストエフスキーを参照しているし、『源氏物語』は『長恨歌』を参考にしている。あと、『史記』の構成をまねているという説もあります。『源氏物語』は、「作中に実在する語り手の目をとおしての叙述」が基本になっていますから、純粋な三人称客観描写ではありません。それでも、全体を遠くから見わたす視座がなければ、あれだけの大長編を破綻なく進行させられない。外国文学の枠組みを借りることなしに、それをやるのはむずかしかったとおもいます。

 

重里 戦後、外国文学に詳しい作家たちによって、「反・私小説」ともいうべき作品が生み出されました。中村真一郎や福永武彦をここに数えてもいいでしょう。その後の辻邦生や丸谷才一を思い浮かべてもいい。個人的な体験を超えた物語を紡ごうとした時、参照先はヨーロッパ文学が中心だったということですね。ロシアもヨーロッパに入れればということですが。

 

助川 芥川の初期のように、日本の古典を下敷きにすると、「超越的な視点」を確保するのがむずかしくなります。『羅生門』なんかはその点を逆手にとり、「フランス語をつかう近代人」である「作者」をあえて顔だしさせて、原作との差別化をはかっているわけです。

 

ブレイクした平野啓一郎

助川 外国文学の枠組みを借りてくると、ひろがりのある虚構をつくりやすい。この原則は、現代文学にも当てはまります。

 

たとえば、平野啓一郎の『ある男』を、重里さんは高く評価しておられますよね?

 

重里 彼はデビュー当時「三島由紀夫の再来」といわれていましたが、この作品で、三島が『金閣寺』で受賞した読売文学賞を受賞しました。確かに大きな賞に値する作品だとおもいます。

 

助川 この作品は、ミステリー小説の形式を借りています。

 

重里 ハードボイルドの「失踪人捜し」(私立探偵が依頼を受けて失踪人を捜す)のタイプですね。探偵役の弁護士が亡くなった男の正体を求めて調査を進めていく物語です。

 

私はこのハードボイルド小説の枠組みが、現代社会を描くのに、とても有力な方法だと感じます。村上春樹の『羊をめぐる冒険』も、このタイプでしたね。失踪人捜しがなぜ、リアリティーのある立体的な作品世界をつくるのに力を持つのか。おそらく、日本人の多くが失踪人のように生活しているか、あるいは、生活したいと心の底で考えているからではないかと考えています。

 

助川 私は、平野はある意味、三島とぜんぜんタイプのちがう作家だとかなり以前から感じていました。

 

三島は典型的な早熟型で、二十四歳で書いた『仮面の告白』でブレイクして、三十一歳のときに『金閣寺』を発表して作家生活の絶頂に達します。それからあとは、みごとな作品もたくさんありますが、本質的な意味での新境地は開拓できなかった。

 

平野は、三島にくらべるとあきらかに不器用で、そのかわり齢をかさねるごとにじわじわ伸びていく作家です。ショパンを主人公にした『葬送』なんて、書きだしのあたりより末尾のほうがうまくなっているとわかるぐらいですから。

 

それなのに、平野ははやい段階からスターあつかいされてしまった。野球でいえば、ドラフト一位でプロ入りした高卒の投手が、一年目から一軍で投げさせられ、ハラハラする感じです(笑)。

 

重里 有望な高卒ルーキーは二軍で丁寧に鍛えて、三年後に一軍にあげれば、エースになれるのに(笑)。

 

助川 で、平野はいろんな「参照先」を探しつづけて、ハードボイルドという自分にぴったりの対象を見つけた。それがブレイク・スルーになって、『ある男』で平野は、作家として飛躍したとおもいます。さっきの野球の投手のたとえでいえば、ついに「毎年先発ローテーションを守って、ふたけた勝てる主戦投手」になったという感じです。

 

重里 ふたけた勝つどころではないでしょう。「毎年十五勝」をねらえるクラスになったと私は評価します。これから何を書くのか。最も期待する書き手の一人ですね。

 

先の「物語系」と「「私小説」の話に戻せば、平野は平成十年にデビューして以来、一貫して物語世界をどう構築するかを模索してきた作家ですね。デビュー作で芥川賞の受賞が決まった時に、選考委員の日野啓三が「中島敦の奇譚に近いものを感じさせる」と評したのは印象深い言葉でした。

 

平野はその頃、しきりに「一つ一つ順序立てて、可能性を試していきたい」と話していました。あれから二十年。平野のさまざまな模索が実りの時期を迎えているのではないでしょうか。

 

奥泉光の懐の深さ

助川 奥泉光も、さまざまな「参照枠」を巧みにつかいこなす作家です。

 

重里 奥泉は、ICU(国際基督教大学)の大学院まで行って、聖書を勉強したのですよね。西洋文化の根幹をなす物語の一つを、きっちり研究したわけです。

 

助川 奥泉さんは、パートナーの方が劇団をやっておられたと記憶します。その劇団のために、奥泉さんが書きおろした戯曲の上演を観にいったことがあるのですが、やはりすばらしかった。シェイクスピアの『マクベス』をリライトした劇でした。

 

重里 非常にスケールの大きい作家だと思います。『東京自叙伝』には、特に感心しました。十選に入れるかどうか迷いました。幕末・維新期から現代まで、東京の歴史が地霊を語り手にして描かれています。

 

助川 フランス文学を専攻している私の知人が、奥泉が渡仏したときにアテンド役をつとめたらしいんです。その知人は、「本質的な部分で欧米文化をよく理解している、りっぱな知識人だった」と、奥泉を称賛していました。

 

いろんな方面のことを勉強している懐のふかさというか、引きだしの多さが、奥泉の作品の鉄板のクオリティーをささえている気がします。

 

重里 素朴な話になってしまいますが、作家も、青年期までの経験から汲みあげた問題意識や、天与の感性の鋭敏さにたよるだけでなく、本を読んだり、他者と会ったり、住む場所を変えて「異郷」を体感したり、幅をひろげる努力をすることが大切なのでしょう。問題はどれだけ考えたかです。

 

助川 ただ奥泉は、「知的な常識」とか構成力がありすぎて、ときどきディテールが「全体をなりたたせるためのパーツ」に見えてしまうことがあります。そこの部分が解消されたら、さらに偉大な作家になるのではないでしょうか。

 

重里 ディテールが暴走したり、過剰になってあふれ出したりして、作品世界を内側から食い破るような小説ということですね。なるほど。

 

 

川上未映子はどこに行くのか

重里 助川さんはご自身の十選に、川上未映子の『ヘヴン』と金原ひとみの『マザーズ』を入れておられます。私から見てもこの二人は、非常にすぐれた資質をもった作家です。

 

助川 タイプはちがいますが、川上も金原も、まず文章の一行一行に感覚の鋭敏さがほとばしっています。

 

こういう文章は、どんなに才能ある作家でも一生、書きつづけられるわけではない。さきほど話題に出た三島由紀夫なんかも、『仮面の告白』のころには、じつにみずみずしい文章をつづっていました。それが三十代の後半になると、表面的には若いころとさしたるちがいはないのだけれど、なんだか干からびたような言葉しかくり出せなくなってしまった。

 

野球のピッチャーのたとえをもう一度、つかわせてもらうと、藤川球児の最盛期みたいにキレキレのボールは、どんな天才でも数年間しか投げられません。小説家も、文体のシャープさだけで勝負できる時間は有限なんですね。

 

重里 あるいは、キレキレのストレートだけで、先発して六回、七回まで試合をつくれるか、ということもありますね。内野ゴロやポップフライを打たせないとローテーション投手を長く務められないでしょう。

 

助川 そうなんです。三島も短編では、晩年になっても若いころ以上に魅力的な作品を書いていました。『蘭陵王』は最後の短編ですが、文学史にのこる名作だとおもいます。

 

ところが『ヘヴン』のときの川上未映子は、キレキレのストレート中心の組み立てでノーヒット・ノーランをやってしまったようなものです。「いじめられっ子同士の連帯」をもとめて主人公にちかづいてくるコジマには、外見の面では「こういういじめられっ子、いる!」というリアリティーがあります。いっぽう言動には、男性にモテるタイプしかとこういうことはいったりやったりしないよ、というところがある。つまりコジマには、外見と内面のギャップがあるわけですが、文章の魔力のおかげで、そこが瑕にならない。むしろ、「ファム・ファタールのようなことばをしゃべるスクール・カースト最下層」という属性が、預言者めいた「不気味な力を秘めてる印象」につながっています。

 

重里 『ヘヴン』は中学生のいじめを題材に、善悪の根拠を徹底的に問いかけた作品ですね。倫理の根っこを洗おうとした。独断的な思想や教義の姿も鮮やかにとらえている。さらに信仰を担う人物だけでなく、もう一人、権力への意思を体現した人物も主人公の前に現れる。そのことで、独善と抑圧を問う作品世界がさらに深まっています。

 

もう一つ。この小説で忘れられないのは、鮮やかな結末ですね。主人公は斜視を理由にいじめられるわけですが、それは一万五千円の手術で治すことができた。形而上のこと(いかに生きていけばいいのかという迷い)が、形而下のこと(一万五千円の手術)で塗り替えられるユーモア。この温かい非情にこそ、川上未映子の真骨頂があるのではないでしょうか。

 

この作品で、彼女は感性と天与の文才でたどり着けるある段階まで行ったのでしょう。だからこそ、これから書き続けていくためには、違う力が必要なように感じるのです。

 

助川 村上春樹の場合も、『風の歌を聴け』や『ピンボール』はみずみずしい感性を武器にした作品です。いまでもあの二作がいちばん好きだという読者もいる。けれども、「デビュー当時の路線をずっとつづけていたら、やがて書けなくなっていただろう」と、村上自身がいっています。

 

重里 川上の小説はアンチ・ドストエフスキーですね。「苦しみに意味がある」とか「悩んでいる人こそ尊い」という思想を粉砕しようとしている。この小説が出た時に川上にインタビューしたのですが、ソーニャ(『罪と罰』に登場する聖なる娼婦)が嫌いだと話していました。コジマはある意味、ソーニャ的なのですね。

 

川上にとって、ドストエフスキー的なるものは抑圧であり、自由を阻害する闘うべき対象なのです。そこには現代において、女性像をどのように描きたいかという問題があるのでしょう。このしたたかな作家が今後、どんなヒロインを書いていくのか、どのように男女関係を描いていくのか、楽しみにしたいと思います。

 

「文学の王道」を行く金原ひとみ

重里 そして、金原ひとみと綿矢りさですね。

 

助川 金原は、以前にもこの対談のなかで申しあげましたが、ギリシャ悲劇のころから文学をとおして問われてきた課題を、まっこうからうけとめている作家です。

 

たとえば、彼女の芥川賞受賞作である『蛇にピアス』を、谷崎の『刺青』と比較する授業をやったことがあります。私の印象では、谷崎より金原のほうが、はるかに「性愛とは何か」について根源的にむきあっていると感じました(もっとも『刺青』は谷崎のごく初期の作品で、『痴人の愛』で谷崎が本格的に開花するずっと以前に書かれています)。

 

重里 『蛇にピアス』が芥川賞候補になったとき、まだ受賞が決まる前に、当時選考委員だった河野多惠子と電話で話しました。芥川賞の選考会は平成十六年の一月中旬。河野と話したのは前年の十二月下旬です。

 

河野はこの時、金原を激賞した後、「身体を張ってでも金原に取らせたい」と話してくれました。それで金原の受賞を確信したのです。私は金原の作品に惹かれ、編集者たちとほめ合っていたのですが、河野にそこまでいわせるというのは、並の才能ではありません。

 

助川 前回、この対談で、絲山秋子の話をしました。「一瞬で対象をつかまえるだけのとくべつな資質がないからこそ、誠実にものごとにむきあう人間」を、絲山は非凡な手腕でえがいています。そういう絲山を私はとても尊敬するし、絲山のような作家が現代日本でもとめられているのも事実です。ただ、そのいっぽうで、「核心に最短距離で切りこむ小説」を読みたい欲求もある。金原は、その期待に十全にこたえてくれます。

 

重里 金原に『トリップ・トラップ』という短編連作集があります。織田作之助賞を受けた一冊です。文章の切れ味の鋭さにびっくりしました。ほんものの才能がある書き手にしか書けない作品ですね。

 

助川 私が十選にあげた『マザーズ』も、「性愛」とか、「子育てのなかで生じてくる自意識の葛藤」とか、人間にとって普遍的な問題を直截にとらえています。

 

ただ、川上未映子と金原はタイプがちがうのですが、共通する問題を感じてしまう部分があるのです。これだけズバズバ本質にせまっていく感覚の冴えは、肉体的な若さとも連動していているので、ある段階でうしなわれる可能性もある。そうなったときに金原は、どういう作品を書くのか。大成してほしいですね。

 

綿矢りさの本領は「ボケ」

助川 綿矢と金原がいっしょに登場したとき、金原がすごいのはすぐピンときました。しかし、綿矢はそれほどのことはないとおもってしまった。金原のように、過去の「大文学」に直接つながる印象がなかったからです。あとになって、見るからにキラキラしたタイプではないけれども、綿矢も相当な才能だと気づきました。そのことを見おとしていた不明が、いまとなっては恥ずかしくてなりません。

 

重里 芥川賞をとった直後は、アイドル作家みたいにあつかわれていましたよね。彼女が早稲田大に進学すると、学生街の店に「綿矢カレー」なんてメニューができたそうです。そういう騒がれ方は、彼女に似合わなかった気がします。

 

助川 綿矢の作中人物はしばしば、他人との距離のとりかたとか、コミュニケーションのツボだとかがずれている。で、そのずれっぷり・・・・・をよくよく検討すると、とんでもなく重要な問題にいきあたったりするわけです。

 

綿矢当人は、地味でニッチなことばかり気にしているつもりのそうですが、身体レベルでの性差の変容とか、たいへん重要な問題に触れている作家だと感じます。

 

重里 綿矢は関西人ですよね。

 

助川 村上春樹が、「大学に入って東京にやってきたら、人間関係がちかくてびっくりした」とどこかに書いていました。みんな臆面もなく本音を話すって。

 

重里 関西人は笑わせながら、互いの距離を醒めた眼で測るようなところがあります。

 

助川 だから、カフカの小説みたいな「不条理がエスカレートする世界」って、関西のほうが成立しやすいのではないでしょうか。ワケのワカラナイことが起こると、関東人はそれにすぐに意味づけをしたり、解決しようとしたりするんです。

 

重里 そういうときに、「そんなこともありますわな」っておもしろがっている人が、関西にはけっこういます(笑)。

 

助川 綿矢が提示するようなずれかた・・・・は、関西的なコミュニケーションのなかに置かれたほうが、おもしろい方向にふくらんでいのではないでしょうか。

 

重里 関東にいると、「なぜ私はずれるのだろう?」とか「どうすればずれなくなるのだろう?」と考えなければいけない感じになる。そういう環境は、「無自覚の魅力」をもつ綿矢にとって、かならずしもプラスにはたらかないのかもしれません。

 

助川 綿矢は、「正統派アイドル」というより、「お笑いのボケ役」みたいなところに本領があるひとなのでしょう。

 

ただ、そこそこのアイドルをめざすより、一流のボケ役になるほうがぜったいにむずかしい。綿矢はそれをできるだけの何かを、文学の神さまからあたえられている作家だとおもいます。

 

重里 綿矢の三冊目に『夢を与える』という長編小説があります。アイドルとして人気を集めた少女が、メディアに消費されて破滅していく過程を描いた作品です。私は妙に印象に残っています。メディアというものの横暴と鈍感と魅惑を浸食された身体で問いかけた作品でした。

 

助川 綿矢は、状況に巻き込まれていく人間を描くと、味がありますよね。そういうところからも、「ツッコミ」ではなく「ボケ」タイプだというのを感じます。

 

「二段ロケット」を点火させるには

重里 他にどんな作家に注目していますか。

 

助川 才能のある中堅や若手はたくさんいると思うんです。そのなかで誰がこれから抜けだすかは、私には予測がつきません。

 

瀬戸内寂聴が一昨年、『いのち』という作品を発表しました。河野多恵子と大庭みな子のふたりをえがいた小説です。河野、大庭と寂聴は、同世代のライバルでしたが、昭和のころの文壇的評価では、寂聴があとのふたりに一歩ゆずっているイメージでした。

 

重里 河野と大庭は、個性も力量もきわだっていました。

 

助川 でも、寂聴は三人のうちでいちばん長く生きて、文化勲章をとって、『いのち』を書いて三人の関係を総括しました。

 

たとえば島本理生は、綿矢、金原と同世代で、三人はおなじように若くしてデビューしました。島本は、場面場面の空気感を出すのがうまい作家ですが、抒情性からさらにふみこんだ大きな問題を掘りさげる点では、「このひとならもっとやれるのでは?」とおもわないでもない。でも、さっき申しあげたとおり、谷崎がほんとに大きな作家になったのは、いまの島本や金原の年齢を過ぎてからなんです。

 

重里 この対談で、何度か「二段ロケット」の話をしました。ある程度、文才と感性があれば、芥川賞を狙えるところまでは到達できます。ほんとうにかけがえのない書き手になるためには、そこからもう一回、脱皮しなければならない。

 

助川 小谷野敦が、「谷崎は最晩年まで創作力を維持していたが、川端は死ぬまえには書けなくなっていた。谷崎はずっと勉強をつづけていたが、川端は老いてから本を読まなくなったからだ」といっています。

 

話は変わりますが、このあいだ授業で、エジソンやリュミエール兄弟が撮った、映画創成期のフィルムを分析しました。最近のアクション映画とか、グループアイドルのプロモーションビデオにもちいられている技法の萌芽があちこちにみとめられてびっくりしました。

 

ほんものの古典は、あたらしい何かが生まれると、それに照りかえされてよみがえるのです。令和のコンテンツに反照されて、輝きをます平成文学もたくさんあるのではないでしょうか。

 

重里 意外な作家に光があてられることがあるのも、文学史の楽しさですね。

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