外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか|第7回 骨組みは大略決まってしまいました|田尻英三

前回のウェブマガジンで予告していた超党派の日本語教育推進議員連盟の法案は、12月3日の総会では参議院議員が出席できない状況で行われましたので、まだ最終案に至っていません。そのため、今回は、新入管法とその関係施策について触れることにします。

その前に、これまでの経過に関わる点について述べます。田尻の指摘に関して、早稲田大学の宮崎さんと吉浦さん、日本語教育学会社会啓発委員会、看護と介護の日本語教育研究会代表理事の西郡さん(理事と相談しますというメールはいただいていますが、その後の連絡はありません)からのご意見はひつじ書房編集部に来ていません。つまり、田尻の指摘は「無視」されているのです。私は、このウェブマガジンで多くの問題を扱わなくてはなりませんから、この点についての言及は今回でやめます。ただ、今後この時期にどのようなことが国政レベルで決まっていったのかを検討する際に、日本語教育学会は会員に資料を残すことが大事であると田尻は考えます。したがって、学会のホームページに、日本語教育推進議連の勉強会での田尻の発言、法務省の第3回「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策検討会」(以下、「検討会」と略称)で「日本語教育専門家」としての田尻の資料があることの指摘がほしいと思っています。なお、田尻は第4回の「検討会」にも出席していますが、法務省の議事要旨には発言者の名前が記載されていませんので、ここでは田尻がどのような発言をしたかには触れません、ただ、第4回で日本語教育機関についての言及があることは指摘しておく必要があります。田尻は、日ごろから日本語教育学会のホームページには日本語教育機関についての情報が少ないと感じています。

新入管法について述べますが、ここで難しい問題があります。新入管法は、10月12日の「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」(以下、「関係閣僚会議」と略称)の資料として出ている「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律案の骨子について」(法務省のサイトにも出ています)のことですが、国会開催時には関係する法案は公開されると決まっていますので、国会で討議される前に公開され、それが議論を紛糾させる発端になりました。その段階では法案の詳細が提示されておらず、審議の過程で資料が出てくるという事態になってしまいました。同じ10月には「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律案の概要について」という、より詳細な説明がなされている資料もありましたが、現在はサイトから削除されていて、現時点での討論過程を検証できる資料とはなりません。特に、特定技能2号について、当初は在留期間延長や家族帯同が可とされていましたので、委員会などで多くの質問が出て、その都度在留資格変更のハードルが高くなっていきました。その過程を検証する資料もありますが、それを全て扱っていたら、膨大な分量となってしまいます。ここでは、国会の審議を経て、法案の内容が少しずつ変わっていったということを指摘するに留めます。したがって、法律の案文としては12月8日成立、14日公布のものが決定した案文です。ただ、2018年12月末に出てきた種々の「方針」に具体的な施策が書かれており、案文の変更がない限り、現時点(2019年1月)では新入管法の内容を検討することは意味がなくなってしまいました。

ここで、もう一つ難しい問題があります。この法案を実施するにあたっての実施要領とも言うべき資料が12月25日の「関係閣僚会議」に出ましたが、それより前の21日に2019年度予算案が閣議決定されていて、それらの内容が相互に関連付けられているかどうかの検討はなされていません。それは次の通常国会で扱う内容となっていて現時点では不明です。

以下では、まだ国会などで検討されていない内容について、田尻の見解を述べたものとご理解ください。審議過程によっては、新資料・新解釈も出てくる可能性があることをお含みおきください。

まず、大事な資料は2018年12月20日の第6回「検討会」で示された126項目の「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」(以下、「対応策」と略称)です。これが、今後の外国人労働者受け入れ対応施策の基礎資料となります。この「対応策」には「日本語教育の充実」として地域日本語教育の総合的な体制作りや日本語教室空白地域解消の支援策が盛られていて、予算もついていますが、具体的な内容は書かれていません。何よりも、この予算を地方公共団体が利用する場合は、「『生活者としての外国人』に対する日本語教育の標準的なカリキュラム案」(162ページ)や「教材例集」(278ページ)という膨大な資料の利用が前提となっています。

この「対応策」施策番号58には、2019年3月を目途に日本語教育機関の告示基準を改正するという重要な情報も出てきます。

また、この「対応策」では、日本語教育より多言語対応に重点が置かれています。2018年3月29日に公表された総務省消防庁の「外国人来訪者や障碍者等が利用する施設における災害情報の伝達及び避難誘導に関するガイドライン」で弘前大学社会言語学研究室の「やさしい日本語」の活用が言われていましたが、同庁の同年同月27日の「災害時外国人支援情報コーディネーター制度に関する検討会報告書」では、多言語翻訳の災害時外国人支援情報コーディネーターを養成することになっていて、消防庁内部では多言語対応と「やさしい日本語」の利用が併用されていますが、これ以降他の施策では「やさしい日本語」を利用する記述はなくなります。つまり、今回の外国人労働者受け入れにあたっての施策では、「やさしい日本語」には全く触れられていないことがわかります。いろいろな個人や団体で「やさしい日本語」の普及に取り組んでいますが、少なくとも国の施策では「やさしい日本語」を利用することは現時点では想定されていません。

「対応策」の多言語対応で象徴的な施策は、施策番号7です。ここでは、「都道府県、指定都市及び外国人が集住する市町村約100か所において」、「多文化共生相談ワンストップセンター(仮)」の設置を支援し、そこでは11か国語以上の相談体制をとるための交付金による財政援助を行うとなっています。そこではいろいろな相談が持ちこまれるので、かなりハイレベルの通訳を配置しなければいけませんが、現在の地方都市でそれだけの人材が確保できるのでしょうか。多言語翻訳アプリの導入も考えられていますが、田尻は実効性に疑問を持っています。因みに、県庁所在地・指定都市・外国人集住都市を合計すると102の市町村になるので、このあたりがセンター設置の候補地かとも思われます。

2018年12月25日、首相官邸の第3回「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」(以下、「関係閣僚会議」と略称)の資料が公開されました。ここでは、「対応策」以外に、「特定技能の在留資格に係る制度の運用に係る基本方針」(以下、「基本方針」と略称)と「特定技能の在留資格に係る制度の運用に関する方針」(以下、「運用方針」と略称)が示されました。この「基本方針」では、特定技能分野は14とされ、人材が不足している地域に配慮し必要な措置を取るとしていますが、具体的には各地域の外国人労働者の数の報告などなので、実効性が問題になると思っています。「基本方針」では、求められる人材に関しては、技能水準や日本語能力水準をチェックすることになっていますが、それらは分野別所管行政機関が試験等を作成することになっています。多くの外国人労働者が受ける日本語能力水準は、外務省と国際交流基金が作成することになっていて、他の省庁もこれを利用するとなっています。実質的には国際交流基金が作成するのですが、従来の日本語能力を測定する試験と異なり、その開発には多くの困難が予想されます。この「基本方針」は、2年後を目途に検討することになっています。

日本語教育学会のホームページには、社会啓発委員会が「関係閣僚会議」の資料しか載せていませんが、これでは資料的に不足です。法務省入国管理局のホームページにある「新たな外国人材受入れ(在留資格「特定技能」の創設等)」というサイトにある「運用要領」(80ページ)もセットにして見なければ全体像がわかりません。「運用方針」と「運用要領」を合わせると149ページとなり、ただ資料名を挙げただけでは資料の全文を読む会員はほとんどいないと思われます。会員のために、簡単な説明を加える必要があると考えます。「運用要領」には、技能水準試験の使用言語・実施主体・実施方法・実施回数・開始時期など、日本語能力判定テストの実施主体・実施方法・実施回数(年6回程度)・実施時期など、重要な情報が書かれています。なお、日本語能力判定テストは国外実施を予定しています。「運用要領」には実施国が書かれていませんが、「対応策」では人材受け入れのニーズが高い国として、ベトナム・フィリピン・カンボジア・中国・インドネシア・タイ・ミャンマー・ネパール・モンゴルが挙げられています。

2018年12月28日に「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法令の整備に関する政令案(仮称)概要」が公示され、2019年1月26日締め切りでパブリックコメントの募集が出ています。言語面では、受け入れ機関に「職業生活上、日常生活上又は社会生活上の支援を当該外国人が十分に理解することができる言語によって行うことができる体制を整備していること」や「本邦での生活に必要な日本語を学習する機会を提供すること」が求められていますが、前者については「登録支援機関に支援を委託する場合には不要」となっていて、今後登録支援機関の在り方が問われることになると考えます。なお、「技能実習2号を修了した(3年間)外国人については、日本語能力水準の試験は免除」となっていることから、特定技能1号にはかなりの数の技能実習生が移行すると考えられています。特定技能2号は、受け入れのハードルが高くなったことから、建設、造船・船舶工業分野のみとなりました。

2019年1月1日に日本語教育学会のホームページに石井会長名で、「新年のご挨拶」が載せられ、そこには「具体的なアクションを起こすことが重要」と書かれています。このような発言が出てきたことは高く評価しますが、上に述べたように、事態はもう既にかなり進んでいます。ただ、そこには抽象的な文案も多く、日本語教育学会のこれからの取り組み次第では、十分に意見を反映させられると考えています。

今後日本語教育学会が何らかのアクションを起こす場合、「要望書」という形式ではなく、具体的に現状・課題・対応策を書き込む必要があります。これは、「検討会」で実際に田尻が意見を述べる際に指定された形式です。日本語教育学会全体が早急に具体的な取り組みを決めることが必要です。

私は、何も社会啓発委員会を目の敵にしている訳ではありません。国家的な施策に意見を反映させるためには、日本語教育学会という全国組織で動くことが効果的です。田尻は田尻なりに、今後も外国人の受け入れ体制が少しでも良くなるように活動しますが、日本語教育学会も早急に「アクションを起こす」ことを期待しています。

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