これからの英語教育の話を続けよう|第9回 小学生と語る英語教育の目的|寺沢拓敬

英語教育目的論っておもしろい

寺沢:というわけで、英語教育の目的を簡単に整理してみたけど、よくわかったかな?

太郎:一応わかったんですが、ずっと抽象的な話でしたね。具体的にはどうなのかなっていうのは気になります。

寺沢:具体的な話は、ここまでの「注」にあげた参考文献を読めばOK。この整理のポイントは、どんな具体的な議論でも、先の4つのパターンのどこかに分類されるってことだからね。

太郎:どんな議論でも? そんなに上手くハマりますか?

寺沢:まあ、そういう触れ込みで提案してるわけだからね。むしろ太郎君が自由研究を進めていく中でうまくハマらない事例があったら、教えて欲しい。

太郎:わかりました!

寺沢:あと、もう一つ重要な点。トリレンマという構造が示しているとおり、どの立場であれパーフェクトな英語教育目的はないってことだ。

太郎:どの立場も何かしらの犠牲を払っているってことですね。

寺沢:そのとおり。「僕が考えた最強の英語教育!」みたいな感じで自分の教育目的こそが最善だって主張する人がたまにいるけど、そういう人は自分がどういう原理を犠牲にしているか自覚が足りないと思う。

太郎:なるほど。パーフェクトな目的ではなく、よりマシな目的を論じるべきってことか・・・。

寺沢:だからこそ、個々の原理をいかに磨いていくかが大事。具体的に言えば、どの原理により高い優先順位をつければいいか。そして、なぜそれは優先すべきなのか。こうした点を、他者と共有可能な形で──独りよがりではない仕方で──理論化していくことが大事。

太郎:ふーむ。

寺沢:最後にひとつ愚痴。英語教育目的論では、長い間、「教養 vs. 実用」っていう分類法がすごく人気なんだ。

太郎:ああ、それは僕も調べているなかで何度も読みました。英語を教養のために学ぶという立場と、実用のために学ぶ立場を対立させた図式ですね。

寺沢:そう。「教養 ↔ 実用」という連続体が何か有用な分析概念だと思われていて、実際、英語教員志望の大学生のレポートから、現職教員、大学の偉い先生に至るまで、みんなこれを使いたがる。でも、実際には役立たずの枠組みなんだよね。「教養」と言ってもガチッとした原理を抽出できないし、「実用」という言葉にも色々な原理が雑多に押し込まれている。しかも、それらを連続体の両極に置くわけでしょ。まったく意味不明だよ。僕はこれって民間信仰みたいなものと思ってる。

太郎:民間信仰・・・。

寺沢:他の人も使ってるからみんな一応使う。でも、何だかしっくりこない。でも、やっぱりみんな使ってるから、モヤッとしつつも使い続ける。で、他の人もそれを見て使い出す。

太郎:「赤信号、みんなで渡れば」ってやつですね。

寺沢:どこの馬の骨ともわからん人が使い初めた「実用 ↔ 教養」という話に乗せられて、多くの人が不毛な議論を続けてきた。この壮大な勘違いのせいで、英語教育界のみなさんの貴重な時間、認知リソース、そして場合によってはお金がむなしく浪費された。

太郎:さっきからずっと悪口ですね。

寺沢:英語教育目的論って、ずっと「意見文発表会」みたいな扱いを受けてきた。「私は、実用 or 教養のために英語を教えてるぞ-! おー!」みたいな。言っているほうは高揚感があるのかもしれないが、聞いている方は苦痛。いつもオチが一緒だから。でも、本来、教育目的論ってもっとエキサイティングなものだと思うんだよね。

太郎:エキサイティング?

寺沢:考えてみてよ。必要性が低いってみんな知ってたのに必修になったのが戦後の英語教育。これは一見すると大きな矛盾だよね。この矛盾を、理論を工夫していかに解消するか。すごく知的にエキサイティングなことだと思わない?

太郎:そうですね。そういう視点でやっていけば、僕の自由研究も充実したものになりそうですね。

寺沢:いい自由研究になるといいね。あ、でも、今日の話をまとめるだけだったら研究とは言えないよ。太郎君独自の知見を提示しない限り、学術的な貢献とは一切認められない。

太郎:小学生の自由研究に学術的オリジナリティを求める人!

 

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