これからの英語教育の話を続けよう|第4回 「大学入学共通テスト」、「共通」にするかしないか、はっきりしよう|藤原康弘

 

55億。

この数字は2020年度の「大学入学共通テスト」の英語民間試験の導入により、新たに生まれる「マーケット」の規模です。2017年7月、文部科学省はセンター試験の英語を4技能化するために、つまり新たに「話す力」と「書く力」を加えて評価するために、さまざまな民間試験を活用する方針を発表しました。原案では高3の4月から12月までに2回、受験できます。上の数字は、約50万人の高校生が、日本の高校生対象の和製試験である英検(2級:5,800円)とGTEC(PBT:5,040円)を1回ずつ受験した場合の試算です。

もちろんこちらは「すくなくとも」です。人生を左右する大学入試です。他のTOEIC(約16,000円)やTOEFL(約25,000円)を受験したり、同じ試験を本番の前に2、3回は受験したりするでしょう。また高校は本質的に入試対策の場ではありません。そのため試験の対策本を買ったり、塾、予備校、英会話学校に通ったりするでしょう。文部科学省や民間試験業者は、公的な役割を考えて、受験料の値引きを予定しているそうですが、受験料、書籍代、授業料などをふまえると、数百億円規模の「市場」になるかと思います。

この少子化の中、縮小していく教育産業に数百億円の市場が新たに生まれる ― なんて景気のいい話でしょう。僕も立場が違えば、「4技能試験の対策本でも書こうかなぁ」なんて言っているかもしれません。しかしこの市場、お気づきのように、これからの受験生の保護者が「ターゲット」です。2020年度以降に受験を予定する人はみんな、この4技能試験導入のいい「お客さん」、さまざまな不可避の「負担」が課せられます。

保護者のみなさんに大きなご負担をお願いする上に、大学入試センター、大学、民間試験業者、高校教員、なにより受験生を巻き込んだ大改革です。その改革規模に応じた調査や慎重な検討がなされ、一般に周知されてきたか、といいますと、残念ながら不十分と言わざるをえません。結論ありきの「民間、4技能試験導入」の発表後、みんなであたふたしながら、なんとか着地点を探している状況です¹。拙共著『これからの英語教育の話をしよう』(p. 178)でふれたとおり、「正の効果も負の影響も十分に検証されることもなく、なしくずし的」に導入へと突き進んでいます。

この4技能試験の導入は、昨今話題の教育の「民営化」も絡み、賛成派も反対派も、一度立ち止まって、話をする必要があると感じます。今回は『「大学入学共通テスト」が英語のみ共通ではない問題』を取り上げ、現実的な提案をしたいと思います。

 

山田, 2018より抜粋)

 

「大学入学共通テスト」が英語のみ共通ではない問題

 

『「大学入学共通テスト」が英語のみ共通ではない問題』は、昨年の終わりぐらいまで英語教育関係者以外には広く知られていなかったと思います。一般の方々には、今までの英語教育への不満からか、「民間、4技能」というスローガンが好意的に受け止められ、その「選抜テスト」としてもっとも大きな問題点は見逃されてきたように感じています。

その後、この「共通ではない問題」だけでなく、「民間丸投げの問題」などさまざまな問題(とくに政策決定のプロセスの問題については阿部氏の新著をご覧ください)が、2017年12月に阿部公彦先生の『史上最悪の英語政策-ウソだらけの「4技能」看板』(ひつじ書房)、2018年1月に鳥飼玖美子先生の『英語教育の危機』(ちくま書房)が出版されて、世の中に広まりつつあると思います。そして2月10日の東京大学高大接続研究開発センター主催シンポジウム、「大学入学者選抜における英語試験のあり方をめぐって」が開催されました。そこで文部科学省、国立大学協会、民間試験業者、全国高等学校長協会、大学の研究者・教育者の立場でさまざまな意見が交わされました。このシンポジウムは全国紙でも報道され、登壇者の方々の発表資料は今もこちらで公開されています。

「この問題、実はよくわかってないんです。いまさら聞けない!」という方、心配ありません。上記のシンポジウムの司会を務められた東京大学の南風原朝和先生のこれ以上ない端的な解説が下記のリンク先で読むことができます。また同シンポジウムの登壇者であり、スピーキング・テストの研究者である京都工芸繊維大学の羽藤由美先生のブログも分かりやすいです。そちらをお読みいただければ、この「大学入学共通テスト」をさまざまな民間の英語試験にすることの問題点がご理解いただけることと思います。

南風原朝和「大学入学共通テストの課題」(視点・論点)

羽藤由美のブログ(確信的に踊らされるにしても…)

一応、僕なりに下記にまとめました。よろしければそちらもお読みください。『「大学入学共通テスト」が英語のみ共通ではない問題』をよくご存じの方は、次の「現実的な提案」まで飛ばしてください。

 

3分で分かる「大学入学共通テスト」のさまざまな英語民間試験活用の問題

 

みなさん、学生時代に一度は「体力テスト」を受けたことがあるでしょう。「50メートル走」、「持久走」、「立ち幅跳び」、「反復横跳び」などで「体力」を測定します。

【「50メートル走」のタイムが6秒の人は、12秒の人より、「持久走」や「立ち幅跳び」でもおそらく優れている】、この予測は合点がいくでしょうか? 逆に【「持久走」のタイムが5分の人は、10分の人より、「50メートル走」もきっと早い】、このような予測です。「まぁ多分そうだろうね」と納得されるのではないでしょうか。つまり異なる種目でも、おおまかな「体力」のランク分けはできます。ちなみに体力テストのランク分けはA~Eの5段階です。

では【「50メートル走」が7秒の人は「持久走」で5分30秒です】、という予測はどうでしょう?陸上大会の予選でさまざまな体力テストが認められる場合、【君の「50メートル走」のタイムは7秒なので「持久走」に換算すると5分30秒。持久走を走ったあの子のタイムは5分20秒。だから彼女が合格、君は不合格】という話になります。「いやいや、ちょっと待って。たった10秒じゃないですか。実際、やってみないとわからんでしょ」と思われるでしょう。そのとおりです。微妙な差異は実際に計測してみないと分かりません。

上の話は、「体力」を「英語力」、「50メートル走」、「持久走」を「英検」、「GTEC」などの試験と読み替えてください。とても簡単な話です。大まかなランク分けは(厳密には問題はあるようですが)、ある程度納得いきます。文部科学省は「欧州言語共通参照枠」(CEFR)に基づいて、英語力を6段階に分けています。初級から6級で6級が一番良いと考えてください。5級と6級の高校生はまずいないでしょうから、4段階で判別です。

しかし、こんなおおまかな4段階では合否判定できません。大学入学者選抜は、定員が決まっているため、何百点、ときには何千点のスケールでも、1点の差で線引きがなされます。0.01秒の差でオリンピック出場選手が決まるのと同じです。また異なる試験間で厳密な換算はできないため、極端な差でなければ、比較できません。だから「共通テスト」をする必要があるのです。

お分かりいただけたでしょうか。多数の受験者の中から大学入学者を選抜する目的にはどう考えても、このプランは合いません。困りました。現段階では「大学入学共通テスト」(センター試験の後継)の英語を200点分として4年間(2020~2023年度)は残し、ひとまず民間試験を最大1割弱(20点分)に換算するのが最新の国大協の案のようです(日経新聞2018年2月17日、および朝日新聞2018年2月19日。ただし同協会は「まだ検討中」として、その両紙の報道をはっきりと否定しています)。

つまり異なる試験は厳密には比較できない。しかたないので大まかなランク分けを利用するが、差がつかない。どうせ差がつかない・・・・のであれば、差をつけない・・・・形で導入しよう。いろいろな関係者の顔を立てた「落としどころ」で、分からなくはないです。しかしわずか1割弱です。そのために数回は受験する高校生や、彼らの指導をする高校教員の気持ちは置き去りにされています。

たしかに日本の高校生の英語力、とくに技能面は五十歩百歩です。その実態をふまえて差をつけないことにし、他教科で差をつけよう。この案は一定の合理性があります。しかし、入試における4技能試験の重要度は下がります。結果として、時間、労力、経費のコストの割に推進派が主張する波及効果(テストが英語の授業や学習に与える影響)は期待できないでしょう。

 


1.なお、この案に至った文部科学省の気持ちも分からなくはないです。自身は高校、大学、いずれの立場も経験しました。以下は、その経験からの私的な理解と推測をシンプルにまとめたものです。

文部科学省は学習指導要領等で高校へ「英語の授業をコミュニケーション重視に、4技能を総合的に育成してください」と何十年も言い続けてきました。しかし多くの高校現場は「入試は読み書き中心ですから…」と右から左へ流してきました。また同省は国立大学へも「二次試験でコミュニケーション能力、4技能を測る方向でお願いします」と伝えてきました。しかし大方の返事は「いやいや、高校の授業が大きく変わりませんからね。ライティングやスピーキングの試験は手間も費用もかかるので…」。結局、高校も大学も少しずつ変わってきたものの、国が期待するほどの変化はありませんでした。双方とも相手が変わらないと「変われない」と言うのです。困りました。

そうこうしていると、2013年3月、教育再生実行会議から「大学入試にTOEFL」という驚きの案が出されました。TOEFLは米国留学のための試験です。(余談ですが、この案は米国が日本に提案(要求?)しているのであれば分かる話です。莫大なお金が動きますから。僕は同年5月、SNSに「4技能を測るセンター試験を我々で考え、我々で作成し、年に数回実施」しようと書き込みました。)文部科学省は困ったことと思います。とにかく入試改革をしなければいけないようだ。

では自分たちが直接介入できるセンター試験を変えよう。まず自作4技能試験を考えたそうです。しかし時間と費用がかかる。試験会場の確保も難しい。そこで既存の民間の4技能試験を活用しよう。今作っている英語のセンター試験作成の費用もカットできます。しかしながら、この記事でも示すように、当案は多くの教育者、研究者、テストの専門家から問題視されます。

つまり、この入試改革案とその後の騒動は、文部科学省だけに責任があるのではありません。行政機関、高校、大学、テストの専門家の間のコミュニケーション不全が原因です。「グローバル社会で求められる英語のコミュニケーション能力の育成を!」と声高に叫びながら、ナショナルな教育セクター内でコミュニケーションが上手く行っていない。僕も関係者の末端です。何ともいえない皮肉な事態で残念です。

 

 

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