これからの英語教育の話を続けよう|第3回 小学生と語る「なんで小学校で英語やるの?」|寺沢拓敬

 

2010年代

 

寺沢:少し脱線したけど、経緯の話に戻ってこよう。次は、2010年代だね。

太郎:はい。

寺沢:2011年、新学習指導要領が施行され、「外国語活動」が必修になった。この結果、すべての小学校5・6年生が外国語に触れることになった。外国語というラベルがついているけど、事実上、英語・・活動だけどね。

太郎:僕の学校でもやってますね、英語活動。

寺沢:これも位置づけがややこしいんだよね。というのも、「外国語活動」なる科目は今まで小学校どころか中学・高校にもなかった。まったく新しい教育内容なわけ。で、いま科目って言ったんだけど、その言い方はちょっと不正確で、制度上は「領域」と呼ばれる。

太郎:領域? 聞いたことないなあ。

寺沢:教科との対比で考えるとわかりやすいよ。国語や算数は教科。あと中学校の外国語科も教科だね。一方、道徳の時間は領域。道徳みたいな位置づけだと思えばいいよ。もっとも、道徳は今年から教科になるんだけどね。

太郎:教科としての英語と何が違うんですか?

寺沢:最大の違いは、成績だね。成績をつけるのが外国語科、成績をつけないのが外国語活動。

太郎:ということは、外国語活動では、Aさんは優れているけどBさんはそうでもないみたいな話にはならないわけですね。

寺沢:その通り。建前上は、教科ではないわけなので、何かスキルを伸ばしてそれを評価するという発想にはならない。ということは、英語運用能力の育成は建前上は目的としないわけ。

太郎:なんだか不思議だなあ。

寺沢:従来型の英語教育をイメージしていた人からするとたしかに奇妙に思えるかもしれないけど、英語学習の入門のさらに入門として「馴染めばいい」くらいのスタンスの時間と考えればそんなに不思議じゃない気もするけどなあ。

太郎:ところで、僕の学校でも、この春から英語が始まるらしいですけど、あれは何ですか?

寺沢:太郎君は次は5年生ということだから、教科としての英語だね。現在のカリキュラムでは教科の英語は行われてないんだけど、2020年度から始まることになっている。で、このカリキュラムは2年前倒しで始めていいことになっている。

太郎:なるほど。うちの学校が英語が始まるって騒いでたのはそれかー。あ、じゃあ、外国語活動は廃止ですか?

寺沢:いや。現行では5・6年生でやってた外国語活動だけど、2020年度から3・4年生からやることに決まったよ。

太郎:ああ、さらに下の学年から開始するってことですか。

 

沈黙する推進側

太郎:こう見てくると、今回のはとくにすごい改革ですねえ。

寺沢:そう思う?

太郎:だって今までまったく行われてこなかった教科をはじめるわけでしょ。大改革じゃないですか。

寺沢:そうだよね。

太郎:賛否をめぐる論争は、2000年代以上に激しくなってるんだろうなあ。

寺沢:それが、実は全然そんなことなかったんだ。僕は教育論争ファンなんだけど、個人的には正直かなり寂しい状況だった。なぜなら、特筆に値する論争がほとんどなかったからね。

太郎:えー、そうなんですか?

寺沢:もちろん根強い反対論はあったよ。いろんな反論本や反論記事が出た。僕も「必修化をやめてー」っていうパブリックコメントを文科省に送ったし、そういう本も出した。でも、論争には至らなかった。

太郎:どうしてですか。

寺沢:推進側・賛成派がそうした批判を正面から受け止めなかったからだろうね。聞こえていないのか、聞こえていても聞こえていないふりをしたかはわからないけど、いずれにせよ推進側が応答しない以上、論争にはならないわけ。

太郎:寺沢さんたち反対派が孤独に吠えてただけですか。

寺沢:言い方にトゲがあるな。ま、客観的に見ればそういう感じかもね。2010年代って、政府の英語教育政策に対して根本的に批判する本がけっこう出てるんだよね。小学校英語について言うと、教科化が文科省の既定路線になってるんじゃないかっていう警戒感が渦巻いていた。それで、いろんな人が反対論の論陣を張る。たとえば、言語学者・英語教育者である大津由紀雄・江利川春雄・斎藤兆史・鳥飼玖美子らのグループは、反文科省キャンペーンを精力的に行っている。代表作は、2013年『英語教育、迫り来る破綻』、2014年『学校英語教育は何のため?』、2016年『「グローバル人材育成」の英語教育を問う』、2017年『英語だけの外国語教育は失敗する:複言語主義のすすめ』など。

ひつじ書房・房主:以上の一連の本は、このウェブマガジンを運営している出版社、ひつじ書房から出ています。

太郎:誰だ、今の。

寺沢:なかでも、大津由紀雄さんは、1冊目の本の中で「教科化・専科化絶対反対」を明確に宣言している。専科化とは、学級担任ではなく専科教員が指導を行う形態にすることね。

太郎:なんだかすごいですね。

寺沢:いまの4人は英語教育関係者だけど、外部の人たちからも反論の声が届いた。たとえば、ベストセラーにもなった施光恒著『英語化は愚民化 : 日本の国力が地に落ちる』(集英社新書、2015年)。あと、永井忠孝著『英語の害毒』(新潮新書、2015年)や、平田雅博『英語の帝国:ある島国の言語の1500年史』(講談社選書メチエ、2016年)も大いに話題になった。

太郎:三人は英語の専門家じゃないんですか。

寺沢:そう。施さんは政治思想、永井さんは北米先住民諸言語、平田さんは歴史学がご専門。

太郎:英語教育関係者を越えて、広く一般に反対論が盛り上がったってことですね。

寺沢:そう。でも、さっき言ったように推進側は応答なり反論なりをしなかった。だから論争にはならなかった。

太郎:不思議ですね。

寺沢:ほんと不思議。日本児童英語教育学会なんて、2012年に「教科化しましょう!」っていうアピール文を出して、その意義を声高に叫んでいるんだけど、反対論に対しては沈黙しているしね。

太郎:なぜ、推進側は反対派に言い返さないんですか?

寺沢:究極的にはひとりひとり聞いてみなきゃわからないけど、まず、確実だとおもう理由は、反論するインセンティブがそもそもないってことかな。

太郎:どういうことですか?

寺沢:反論なんかしなくても、小学校英語は文科省の既定路線だし、黙ってたって進んでいく。応答したり反論したりするメリットがそもそもないわけ。むしろ、ヘンテコな応答をしてしまって、「ヤブをつついて蛇を出す」なんてことになったら大変だ。だから、たとえ理不尽な反対論が投げかけられても「黙っておくのが吉」となるんじゃないかな。

太郎:なるほど。1990年代・2000年代はまだ既定路線じゃなかったから、賛成派も声高に意義を叫んだり、反対派に反論するメリットがあったけど、もうする必要がなくなっちゃったってわけか。

寺沢:うん。もし興味があれば、1990年代の小学校英語推進論を読んで見るといいよ。現在の僕らからするとそれはちょっと理想主義的過ぎるんじゃないかと思えるほど熱い思いが述べられていたから。賛成派がまだ活き活きしていた時代が90年代~2000年代前半。いまはすごく公務員的。

太郎:賛成派は良くも悪くもリアリスティックになっちゃったってことですね。

寺沢:あと、もう一個の理由。これはけっこう邪推かもしれないけど、万が一、教科化がうまく行かなかったときのための予防線という理由。

太郎:どういうことですか?

寺沢:反対派に「いいや、教科化はうまくいくんです!」と反論してしまうと、もしうまくいかなかったら責任をとらなくてはいけない。そういうリスクを負いたくないということ。

太郎:責任?

寺沢:ここの「責任」はもちろん法的な意味じゃなくて言論上の責任ね。あとで「あなたは、あの時、効果があると言っていたじゃないか」と言われたら困っちゃう。だから、良いとも悪いとも言えない。

太郎:なんて無責任なんだ。

寺沢:あ、これはあくまで僕の邪推だよ。でも、この「邪推」にまったく根拠がないわけでもない。なぜなら、推進側・文科省・研究者に「教科化でこのような効果が期待できる」「外国語活動の早期化で教育はこんな風に良くなる」と未来を語る人がほとんどいなくなってしまったからなんだよね。僕が知ってる限りでは一人もいない。

太郎:じゃあ、学者とか関係者は一体何をしてるんですか。

寺沢:未来を語る代わりに、「教科化は決まったのだからこういう準備をしましょう」「こういう事態に備えましょう」「こう教えるといいですよ」と対症療法の話ばかり。

太郎:教科化の意義を述べたり、反対派に反論しているわけじゃないのか・・・。

寺沢:こういう様子を見てると、関係者も本気で教科化の効果を信じていないんじゃないかと思えてくるんだよね。もし信じられていないなら、「反対派のみなさんは間違っている!教科化は必ずうまく行くんです!」なんて明言しようと思わないでしょ。

太郎:なるほど、たしかにそうですね。

 

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