これからの英語教育の話を続けよう|第3回 小学生と語る「なんで小学校で英語やるの?」|寺沢拓敬

 

2000年代

 

寺沢:まず、「小学校英語元年」とも言えるのが2002年。この年の4月、新しい学習指導要領が施行されて、公立小学校で「外国語会話」を正式に扱えるようになった。

太郎:外国語会話? 英語教育とは違うんですか?

寺沢:良いところに気づいたね。でも、そこはなかなか微妙なんだ。2002年から英語とか外国語という授業が始まったわけじゃなくて、「総合的な学習の時間」(以下「総合学習」)において、教員の判断で「国際理解教育の一環としての外国語会話」というものをやってもいいことになったという意味なんだよね。

太郎:ちょっと難しいですね・・・。

寺沢:つまり、「これから総合学習で国際理解教育をやるぞー」という場合、その一環として外国語に関連する内容を扱ってもよくなったということだね。

太郎:あ、ということは、「外国語会話は絶対にやらなきゃいけない!」てわけじゃないですよね?

寺沢:そう。あくまで総合学習の中のオプションのひとつに国際理解があって、さらにその中のオプションのひとつ。だから、たとえば「うちらは環境学習をやるよー」ってことなら関係ない。

太郎:しかも、国際理解教育だからって、外国語会話に手を出す必要もないわけか。

寺沢:そうだね。言語に特化する必要はない。さらに、あくまで国際理解教育が主だという点が重要だよ。つまり、外国語は従。

太郎:たしかに。

寺沢:しかも、国際理解教育という名目なんだから、外国語の中から英語を選ばなければいけないわけでもなかった。ただし、実態は、「英語の会話」がほとんどだったわけだけど・・・。

太郎:ところで、総合学習ってことは、担任の先生が「外国語会話」を教えてたってことですか。

寺沢:そう! そこも重要なポイント。総合学習なんだから担任が中心にやることは大前提。だから、「英語の先生をヨソから連れてきてお任せします」なんてことはあり得ない。それは、総合学習の趣旨に完全に反するからね。

太郎:小学校の先生は英語の免許を持ってるわけでもないでしょうから、大変な仕事だったんでしょうね。

寺沢:うん。でも、オプションである「外国語会話」をあえて選んだ先生は、そういう覚悟を持っていたと思うよ。

太郎:覚悟だけじゃなく、実際、適性や英語力も持った先生が多かったんでしょうね。「覚悟」のような精神論だけでなんとかなるほど教育は甘くないですから。

寺沢:君、本当に小学生!? まあ、でも、そのとおりだね。で、この「担任が教える」という方針が、その後の小学校英語のあり方に大いに影響を与えていく。なので、担任主導で始まったという点を忘れないでほしい。

 

特区における小学校英語

太郎:小学校英語がどういう感じでスタートしたのかよくわかりました。

寺沢:わかった気分になったところで申し訳ないけれど、もうひとつややこしいことを言うね。

太郎:いやだなあ。

寺沢:実は、2000年代に、総合学習の流れとはまた別の小学校英語も誕生した。

太郎:どういうことですか。

寺沢:ポイントは2003年から始まったいわゆる「教育特区」制度。特区に指定された自治体では学習指導要領に縛られず、独自の判断で「教科としての英語」や「英語活動」を実施できるようになった。1年生からだって始められるんだ。この結果、色々な自治体が小学校で英語教育を始めるようになった。たとえば金沢市や東京都荒川区。

太郎:僕らがイメージする小学校英語は、たぶんこっちですね。

寺沢:そうかもしれない。こうした2000年代の改革の結果、小学校英語の状況は非常に多様なものとなった。総合学習の一環として「外国語会話」を行う学校もあれば、教科として行う学校や、英語活動として行う学校、独自の国際理解教育を行う学校もあった。あと、まったく英語学習を行わない学校も。

太郎:めちゃくちゃバラバラだったんですね。

寺沢:そう、悪く言えばバラバラだけど、良く言えば多様性だね。でも、このばらつきは、2011年に小学校外国語活動が正式に必修になったことで大幅に解消された。この点についてはあとでまた話しましょう。

 

激論・小学校英語!

寺沢:2000年代の小学校英語論を特徴づけるのが、その活発な論争なんだ。

太郎:つまり、「小学校で英語を教えるべきだ!」という人たちと「やめるべきだ!」という人たちがケンカしたってことですか。

寺沢:いわゆるケンカとはまた違うけれど、お互いの思いをぶつけ合ったという点ではそうかもしれない。さっきも言ったように、2000年代には小学校英語に大きなばらつき/多様性があった。その改善のため、全国のすべての小学校で英語を始めるようにしようという動きがあったんだよ。つまり、必修化だね。

太郎:必修化に危機感を抱いた人たちが反対派にまわったわけですね。

寺沢:そう。で、注目すべきところは、英語教育界ばかりか一般の人々を巻き込んだ、一種の社会問題になったこと。当時はけっこう盛り上がったんだよね。太郎君はさすがに覚えていないと思うけど。

太郎:僕は設定上、小4なので、生まれる前の話ですね。

寺沢:教育界でおそらく最も有名な論争が、慶応大学で計3回行われた小学校英語に関するシンポジウムかな。特に第1回目(2003年)は、賛成派・反対派双方が何人も参加してお互いの意見を正面からぶつけてたから、文字通り論争だった。

太郎:熱そうですね。

寺沢:相当熱かったらしいよ。僕は、実は3回目のしか行ってないんだけどね・・・。でも、シンポジウムの議論をもとにした本(注)が出版されているから、その時の熱気は十分伝わってくるよ。
(注)いずれも大津由紀雄編としてシンポジウムの翌年に慶應義塾大学出版会より刊行されている。『小学校での英語教育は必要か』(2004年)、『小学校での英語教育は必要ない!』(2005年)、『日本の英語教育に必要なこと』(2006年)。

太郎:へえ、夏休みの読書感想文のために読んでみようかな。

寺沢:いや、感想文にはお勧めしない・・・。あと、一般の人々でもたぶんうっすら覚えていると思うのは、2006年の9月の伊吹文明文部科学大臣(当時)の発言かなあ。

太郎:何て言ったんですか?

寺沢:第一次安倍政権で文科相に就任した伊吹さん、就任直後のインタビューで、突然持論をぶち上げるんだ。曰く、美しい日本語が書けないのに外国語を学ぶなんて無駄だ、必修化の必要はないってね。既に必修化が既定路線になっていた頃だったから、この発言に文部官僚はとても困惑しただろうなあ。

太郎:火消しその他で余計な仕事を増やされて、内心、頭に来てたでしょうね。

寺沢:その後、伊吹さんは撤回します。

太郎:あー。

 

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