第49回 外国人労働者受け入れの政府の新たな方針|田尻英三

この記事は、2024年2月25日までの情報を基に書いています。

今回は、外国人労働者受け入れにあたっての大事な情報を多く扱っていますので、分量が多くなりました。どうか最後まで全部を読んで理解し、必要な行動をとってください。4月からは、新しい日本語教育の体制が始まります。

1.2023年10月現在の在留外国人の雇用状況

2023年10月現在の「外国人雇用状況」が、2024年1月26日に厚生労働省から発表されました。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_37084.html

表題は、「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ~外国人労働者数は初の200万人超え~」となっています。

外国人労働者数は、2,048,675人で前年比225,950人増加し、届出が義務化された2007年以降過去最大を更新しました。国籍別ではベトナム518,364人(外国人労働者数全体の25.3%)、中国397,918人(同19.4%)、フィリピン226,846人(同11.1%)の順です。

在留資格別では、「身分に基づく在留資格」615,934人(全体の30%)、「専門的・技術的分野の在留資格」596,904人(同29%)、「技能実習」412,501人(同20%)です。対前年度増加率の多いのは、「専門的・技術的分野の在留資格」が24.2%増と技能実習が20.2%増の分野です。

都道府県別では、東京が542,992人(全体の26.5%)、愛知が210,159人(同10.3%)、大阪が146,384人(同7.1%)です。

これに合わせるように、外国人を雇用する事業所が318,775所で前年比19,985所となり、2007年以降過去最大を更新しています。

産業別では、製造業が全体の27%、サービス業が15.7%、卸売業・小売業が12.9%、宿泊業・飲酒サービス業が11.4%です。

事業所規模別では、30人未満が36.1%、100~499人が23.3%、30~99人が19.3%で、500人以上の規模の大きい事業所は17.4%となっていて、外国人労働者は依然として中小の事業所で就労していることがわかります。

この数字により、日本人の生産年齢人口の減少を外国人労働者で補っていることが分かります。ところが、このように増えている外国人労働者への日本語習得のための講習の体制は、全く十分とは言えません。

日本語教育の体制整備は、このような外国人労働者の増加により後押しされていることを日本語教育関係者は理解しておく必要があります。日本語教育の内部の世界しか見ていない人には、この状況が理解できていません。

〇「専門的・技術的分野」とは何を指すのか

2020年1月の出入国在留管理庁の「専門的・技術的分野の外国人材受入れについて」では、「我が国の経済社会の活性化や一層の国際化を図る観点から、専門的・技術的分野の外国人労働者の受入れを積極的に推進」として、1999年の閣議決定の「第9次雇用対策基本計画」と2019年の法務省の「出入国在留管理基本計画」が挙げられています。

上述の「外国人雇用状況の届出状況まとめ」の7ページの注3にこの説明があります。就労が許可されている在留資格のうち、「外交」・「公用」・「技能実習」などを除いた分野ということです。これは、従来の「高度人材」と呼ばれた分野とは違います。内閣府では、2018年に関係省庁の部長・局長クラスの「専門的・技術的分野における外国人材の受入れに関するタスクフォース」を立ち上げていて、その成果が上記の法務省の「出入国在留管理基本計画」に結びついています。

それに対して「高度人材」とは、2009年の「高度人材受入推進会議報告書」によると、「国内の資本・労働とは補完関係にあり、代替することが出来ない良質な人材」、「我が国の産業にイノベーションをもたらすとともに、日本人との切磋琢磨を通じて専門的・技術的な労働市場の発展を促し、わが国労働市場の効率性を高めることが期待される人材」とされて、「高度人材ポイント制」を受けられることになっています。最近でも、さらにこの流れを受け継いだ制度が作られているのはご存じのとおりです(特別高度人材制度と未来創造人材制度)。また、ここでは、従来使われて来た「技・人・国」という括り方もしていません。

田尻は、外国人労働者を日本の経済発展に利する層と、未熟練労働者・単純労働者・ブルーカラーなどいう語で曖昧にしている労働現場で働く層に二分化していく施策は取るべきではないと考えています。日本語講習の期間を保障した労働環境の整備や人権を守る体制を作ったうえで、外国人労働者の受け入れ施策を作るべきです。

資料はちょっと古くなりますが、政府の政策現場にいた方がこのテーマで書いた本があります。塚崎裕子『外国人専門職・技術職の雇用問題 職業キャリアの観点から』(2008年、明石書店)です。政策現場でどのような点が検討されたのかがわかる本です。

2. 技能実習制度・特定技能制度における要件としての日本語能力

問題の多い技能実習制度を見直すために、関係閣僚会議の下に設置された「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」は、2023年11月30日に最終報告書をまとめましたが、これに対する政府の対応については1か月以上たってからの2024年2月9日に開かれた第17回「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」でようやく示されて、閣議決定されました。

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gaikokujinzai/kaigi/pdf/taiosaku_r060209kaitei_honbun.pdf

「資料1-2」の有識者会議の報告書には、「提言に至るまでの検討状況」が書かれていて、有識者会議ではどのように検討されたかの一端が分かりますので、読んでおいてください。日本語教育については、34ページ以降の「9 日本語能力の向上方策」に入国に際しての日本語能力の線引きが書かれています。ここには、政府の外国人労働者を日本社会でどのように位置づけているかが分かる説明があります。今後の外国人受け入れへの政府の基本的な対応を検討する際の基本的な資料となっています。

この間、自由民主党では2月5日の「外国人労働者等特別委員会」で諮られ(2月6日の朝日新聞に詳しい記事が出ています)、公明党では2月7日の「外国人材の受入れ対策本部」で諮られています。

技能実習制度は育成就労制度になりましたが、外国人技能実習機構は外国人育成就労機構に改組されますので、今後どの程度実質的な改正が行われるかは見ておく必要があります。

2月9日に示された「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議最終報告書を踏まえた政府の対応について」(以下、「政府の対応について」と略称)を見ると、以下のように日本語能力の試験合格を在留資格の要件としていることが目立ちます。

以下、「(2)人材育成の評価方法」と「(3)日本語能力の向上方策」に挙げられている要件を全て列挙します。ここでは、日本語能力についてのみ取り上げます。

〇(2)人材育成の評価方法

  • 育成就労制度では、就労開始前までに日本語能力A1相当以上の試験(日本語能力試験N5等)に合格すること又は相当する日本語講習を認定日本語教育機関等において受講することを要件とする(田尻注:認定日本語教育機関の日本語講習が出て来るのは、ここだけです)。
  • 受け入れ機関は、育成就労制度による受入れ後1年経過時までに日本語能力A1相当以上の試験(日本語能力試験N5等)を外国人に受験させる。
  • 育成就労制度から特定技能1号への移行時には、日本語能力A2相当以上の試験(日本語能力試験N4等)の合格を要件とし、受入れ機関が外国人に当該試験を受験させる。
  • 特定技能1号から特定技能2号への移行時には、日本語能力B1相当以上試験(日本語能力試験N3等)の合格を要件とする。
  • 育成就労制度で育成を受けたものの、特定技能1号への移行に必要な試験等に不合格になった者については、同一の受入れ機関での就労を継続する場合に限り、再受験に必要な最長1年の在留継続を認める。

〇(3)日本語能力の向上方策

  • 「日本語教育機関認定法」の仕組みを活用して日本語教育の質の向上を図るとともに、受入れ機関が日本語教育支援に積極的に取り組むためのインセンティブとなる優秀な機関の認定要件等を設ける。
  • 育成就労において必要となる日本語能力を測る試験について、A1相当からA2相当までの範囲内で設定される水準の試験を含む新たな試験の導入や、外国人の十分な受験機会を確保する方策を設けるとともに、母国における日本語学習支援として、日本語教材の開発、現地日本語教師の育成のための日本語専門家等の各国への派遣、日本語教材購入助成等の支援の実施等の取組を進める。

この新たな試験の箇所は、「政府の対応について」で初めて書き込まれた箇所です。新しい試験はどこで作るのか、実際にどのようなレベルの試験が作れるのか、外国での日本語教育支援は従来の国際交流基金の取り組みとどのような点が違うのかなどの点で問題があると田尻は感じています。いずれにせよ、今後A1.2やPre-B1のような新しい試験ができるようですから注目しましょう。念のために言えば、国際交流基金の日本語基礎テストのレベルはA2ですから、ここで言及されているようなレベルの試験には該当しないと思います。

政府の各省庁が集まって構成されている「日本語教育推進会議」が2022年12月に出した「日本語教育の更なる充実のための新たな日本語教育法案における関係省庁との連携促進について」では、はっきりと「特定技能制度の受入れ機関が作成する1号特定技能外国人支援計画においては、認定日本語教育機関の活用を推進する」と書かれています。この箇所は「政府の対応について」では、触れられていません。田尻は、この箇所にも認定日本語教育機関の活用を政府案として書き込んでほしかったと思っています。

また、日本語能力試験N5合格で入国した後、現場の作業をしながら次のN4の試験勉強をするのはかなり厳しいと田尻は思っています。それでも、育成就労で入国した外国人は、1年後には受け入れ機関から能力試験の受験をさせられるのです。田尻は、この間認定日本語教育機関による日本語能力向上のための支援が必要と考えます。特定技能1号への移行時にも、同様の支援が必要です。

2月5日に開かれた厚生労働省の2023年度第7回雇用政策研究会の「資料5」で、是川夕さんは「国際労働移動の実態、及びメカニズムについて」で「『育成就労』制度のポイント(4) 今後の課題」に「2.就労のかたわら、高い日本語能力をどう身に付けるか」として、「特定技能1号(N4相当)、特定技能2号(N3相当)、日本語教育ゼロ地域、遠隔地における日本語教育」を例として挙げています。是川さんは、現在の第23期日本語教育小委員会の委員でもあります。是川さんも、仕事をしながらの日本語能力向上の難しさに触れています。

なお、日本語能力に関わる問題ではありませんが、「永住許可制度の適正化」は、外国人にできるだけ長く働いてもらうために、家族帯同を含めた安定した在留資格の付与は必要だと田尻は考えているので、このまま(税金の未納による永住資格のはく奪)は心配な項目です。

3.「日本語教育の参照枠」補遺版検討ワーキンググループについて

「『日本語教育の参照枠』補遺版の検討に関するワーキンググループ」は、2022年度と2023年度各5回、計10回の会議が開かれました。この「未草」では意識的に扱ってきませんでした。それは、CEFR補遺版に合わせて「日本語教育の参照枠」も修正をする会議だと思っていたからです。

ただ、1回目の「資料4」に、島田委員の厚生労働省の資料が使われたことには、違和感を覚えました。この厚生労働省の資料は、「就労場面で必要な日本語能力の目標設定ツール 円滑なコミュニケーションのために 使い方の手引き」という2020年に出されたものです。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18220.html

このルールは、2020年4月に「『就労場面における外国人材の日本語コミュニケーション能力評価ツール』作成事業調査研究会」が作成したものとなっていますが、この研究会については、厚生労働省のホームページを検索しても出て来ません。また、レベルAとBのさらなる下位分類については「HDStandard」に倣ったと書かれています(3ページ)が、この資料の中で紹介されている服部学園での「HDSとは?」というサイトには、下位分類の説明はありません。したがって、田尻にはこの下位分類をする意味がわからないままです。

同じページに、このツールは「増加傾向にある在留資格を踏まえA1からB2までを作成することが喫緊の課題であるとの結論にいたりました」とあるように、就労場面といっても、高度人材などは考慮せず、日本で人手不足と言われる分野の外国人労働者を対象にしたものであることがわかります。このような外国人労働者受け入れに関する問題意識は、上に述べた「政府の対応について」と対応しているように田尻には感じられます。

田尻はむしろ、2022年11月の第4回ワーキンググループでの真嶋潤子さんの「ドイツの移民政策と『統合コース』におけるCEFRおよびCEFR-CVの文脈化」のほうが、CEFR補遺版理解には大事であると考えます。

西山教之さんの「CEFRの増補計画について」(2018年、『言語政策』第14号)では、「最も懸念すべき論点はCEFRと移民教育の関係である」として、「ヨーロッパ各国政府は入管政策や移民の社会統合政策と言語能力の連動を制度化し、その際の言語能力の指標としてCEFRの共通参照レベルを活用するようになった」という意見を重く感じるべきであると田尻は考えています。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/269391/1/gengoseisaku_14_77.pdf

2024年1月12日に開かれた2023年度第5回のワーキンググループの会議での検討結果が、1月26日の文化審議会国語分科会日本語教育小委員会に配布資料として出ていますが、田尻の心配は杞憂に終わったようです。このワーキンググループでは、A1を細分化するような案は出ていません。

4.文部科学省での日本語教育の位置づけ

2月16日に文部科学省で、第129回の生涯学習分科会が開かれました。その「資料4-2」の「生涯学習分科会における部会の設置について(案)」で、文部科学省内での日本語教育の位置づけが示されています。

それによると、生涯学習分科会の下には2023年5月にすでに設置されている「社会教育人材部会」と並んで今回「日本語教育部会」が設置されることになっているのがわかります。そして、その部会での「調査審議事項」としては、「我が国における外国人に対する日本語教育の推進に関する専門的な調査審議を行うこと」と並んで、「日本語教育の適正かつ確実な実施を図るための日本語教育機関の認定等に関する法律(令和五年法律第四十二号)(田尻注:「日本語教育機関認定法」のこと)第15条規定に基づき中央教育審議会の権限に属させられた事項を処理すること」が出ています。第15号というのは、日本語教育機関の認定や取り消しについての条文です。つまり、この分科会は主として日本語教育機関の認定や取り消しを審議する部会であることがわかります。因みに、「社会教育人材部会」は、2020年に作られた「社会教育士」と社会教育主事との連携について審議する部会です。

第129回では、他に実践的な職業教育機関としての専修学校の役割についても審議しています。

日本語教育が生涯学習分科会の下とはいえ、独立の分科会を持てたということは関係者のご努力があってのことです。念のために言えば、日本語教育課(仮称)は総合教育政策局という教育行政全般を扱う局の下に設置される予定です。

5.第123回日本語教育小委員会での議事

「日本語教育の参照枠」補遺版検討ワーキンググループの審議事項以外の検討事項について説明します。

資料は、資料3の「ICTを活用した日本語教育に関する検討の観点の整理(案)です。

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/nihongo/nihongo_123/pdf/93997901_02.pdf

新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、国内の法務省告示日本語教育機関では従来原則対面教育のみを認められてきた外国人留学生への日本語教育のコースが実施できなくなり、オンラインでの授業を行っていました。しかし、これまでオンライン教育の実践例の蓄積はあまりなく、この時期の教育内容も当該教育機関に任されていたこととなっていました。

文化庁は、令和3年度補正予算事業として、法務省告示日本語教育機関の協力を得て、入国困難な留学生等へのオンラインを活用した日本語教育プログラムの実践的・実証的事業を41億円規模で実施しました。現在、国会に提出されている日本語教育関係予算が16億円規模であることを考えれば、この事業がいかに大規模なものかがわかると思います。もちろん、この事業予算を獲得するのに関係国会議員のご尽力があったことは知っておいてください。

また、地域の日本語教育でも、コロナ禍で多くのボランティア日本語教室が活動を停止した状況下で、文化庁の「地域日本語教育における総合的な体制作り推進事業」を利用し、オンライン日本語教育の環境整備に向けた取り組みが行われました。

登録日本語教員になるための日本語教員養成必須の50項目の中にも、「ICTと日本語教育」の1項があります。

このように、これからの日本語教育にICTは大事ですが、今回日本語教師・日本語教育機関・学習者にデジタルディバイドの問題が出ました。つまり、情報技術を使いこなせる人とそうでない人との格差が顕在化したのです。今後は、オンライン教材の開発と共に、使いこなせる教師の養成も問題となりました。

この資料には、今後ICTを活用する日本語教育の事例も挙げられています。

この報告の概要は、以下のURLで見ることができます。

https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/nihongo/nihongo_123/pdf/93997901_04.pdf

6. 二つの大事なパブリックコメント

2月24日に公表された大事な二つのパブリックコメント募集をお知らせします。

〇「日本語教育機関の告示基準の一部改正案について」のURLは、以下のとおりです。

https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=315000083&Mode=0

これは、従来の告示基準が「日本語教育機関認定法」により変更される箇所についての意見募集です。改正点は、以下のとおりです。

①  今後は、新たな日本語教育機関の新規告示は行わない。
②  「専任教員」は、認定日本語教育機関認定基準に合わせて「本務等教員」とする。
③  教員要件に「登録日本語教員」を追加し、日本語教育能力検定試験は2024年3月31日までに実施されたものとする。
④  新型コロナウイルス感染症の影響による定員数あたりの専任教員数の経過措置を延長する。

受付締切は、3月24日0時です。

〇「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令の一部を改正する省令(案)」等に係る意見募集について」のURLは、以下のとおりです。

https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=315000084&Mode=0

これは、2019年の「留学生の在留管理の徹底に関する新たな対応方針」と日本語教育機関認定法の公布による改正です。改正点は、以下のとおりです。

①  上陸基準省令の一部改正

  • 聴講生等は、在留資格「留学」の対象とはならない。
  • 外国人が「留学」の在留資格を得た場合、当該外国人の配偶者及び子は「家族滞在」の許可の対象とはならない。
  • 「留学」の在留資格で受け入れる教育機関は、外国人を適正に管理する体制を整備する。
  • 外国人が「留学」の在留資格を受けるためには、教育を受ける機関は認定日本語教育機関とする。経過措置は、約5年とする。

②  入管法施行規則の一部改正

この「未草」の読者には直接関わらない項目だと考えるので、ここでは扱いません。

受付締切は、3月25日0時です。

2月16日の産経新聞や日経新聞の記事では、パブリックコメントの元の資料は16日の自民党法務部会で示されたものとなっています。産経新聞の記事には、「専修学校などの留学生に求める日本語能力要件も厳格化し」とありました。この産経新聞の記事にあった文言は公表されたパブリックコメント意見募集(「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令の一部を改正する省令(案)」等の概要)にはありませんでした。

この二つのパブリックコメントには、登録日本語教員の登録に使われる日本語教育能力検定試験は2024年3月31日までに実施したものとするとか、聴講生には在留資格「留学」は付与しないなどの重要な点が書かれています。意見のある方は、必ず意見募集に応募してください。応募数が少ないと、この改正は社会的な関心がないとみなされる可能性があります。

7.参考になる書籍と問題を感じる書籍

〇参考になる書籍

土田千愛『日本の難民保護 出入国在留管理政策の戦後史』(2024年、慶應義塾大学出版会)

この本の「序章」の9ページに、「このような研究に取り組む本書は、日本の難民保護について、戦後という長期的な視点から、政治学的に分析した日本で初めての学術書である」と高らかにこの本の価値を宣言しています。

従来の難民に関する書籍は、土田さんも書いているように法律論から述べているものが多いという点では、田尻も共感するところです。ただ、政治的な施策を扱う場合に、公表されている資料だけでは、当時どうしてそのような施策が実施されたのかは十分に分からないというのが、日本語教育施策を検討して来た田尻の実感でもあります。その点で、この書籍が当時の政治状況を十分に踏まえて書かれているかは、今後の評価に待ちたいと思います。

今後難民問題を考える時には、まず読んでおく書籍の一つではあると考えています。

〇問題を感じる書籍

村田晶子・神吉宇一編著『日本語学習は本当に必要か 多様な現場の葛藤とことばの教育』(2024年、明石書店)

本書は、副題にあるように、「英語で学位を取る留学生」、「会議現場で働く技能実習生」、「継承後教育」等々の場面での日本語教育の必要性を検討しているものです。

今回は、いつもの「未草」の原稿量を超えていますので、田尻が気になる点だけを述べます。言葉足らずになっている点は、お許しください。

・第5章 就労の日本語教員は本当に必要なのか  執筆者 神吉宇一さん

「就労」と言っても高度人材や介護福祉士などでは「就労」の問題が全く違っているので、本稿のように全部をまとめて扱っている考察には賛同できません。

細かい点ですが、84ページの「政府」の注として98ページに「厳密にいうと文化庁が事務局となっている専門家会議の報告だが、実質的には政府方針と考えられるため、ここでは『政府』と記述している」とあるのは、間違っています。文化庁の専門家会議の報告は、その会議に参加した専門家の意見です。それをまとめたのは文化庁の事務局ですが、意見についての責任は専門家にあります。ましてや、文化庁のある会議の報告が、政府全体の意見であるはずはありません。このような会議のレベルの違いを無視した記述は、いただけません。

次に挙げる例も、同様の問題を感じます。

・第7章 多文化共生社会にとって地域の日本語は本当に必要か 執筆者 中川康弘さん

121ページに「共生」と「多文化共生」の違いを扱っていますが、そこに文部科学省中教審答申での「多文化共生」という語の使われ方をもって、「文部科学省と文化庁の日本語教育推進施策との間には、微妙なずれがあることがわかる」と書かれています。中教審答申での「多文化共生」という語の使われ方の理解自体が田尻にはよくわかりませんが、文化庁の日本語教育施策は、首相官邸の「外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議」や、関係省庁が全て参加している「日本語教育推進会議」などの使用例に倣っています。文部科学省の使用例は、かつて「多文化共生」の中心的な動きをしていた総務省の地域での使用例に合わせているのだと田尻は考えます。そもそも、「多文化共生」という語の使われ方を検討するのならば、まず総務省での過去の使用例を調べるべきです。

この二つの論文に共通している問題は、施策を扱う際にはどのような会議がどのレベルで開かれているか、その会議の結果は政府の施策全体の中でどのような影響力を持つのかという基本的な理解の仕方にあると思われます。

※年度末に向けて、各省庁での動きは早まっています。日本語教育関係者は、どうか遅れないように新たな動きに注目してください。

次の「未草」の原稿は、3月末のいろいろな報告の結果を見てから執筆しますので、このウェブマガジンにアップするのは4月になってからです。

(2月27日修正)

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