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おのはん!|第22回 今回のオノマトペ(?):「どちゃくそ」|平田佐智子

 

 お久しぶりです。あなたのオノマトペハンターです。今回から(頼み込んで)隔月連載とさせて頂きました。2ヶ月に一回にはなりますが、なるべく収穫結果の質を上げていきたいと思っておりますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。私自身がちょっと研究を追えていないのもあるのだとは思いますが、一時期と比較すると界隈のオノマトペ熱が収まりつつある気がしています。ただ、ここでやめてしまうとかつてのスポットオノマトペハンターと同じになってしまいますので、静かにそしてなるべく気長に続けていきたいところです。

 さて、私はオノマトペハンターを名乗ってはおりますが、研究テーマとしては音象徴(音・音声がなんらかのイメージを持つこと)を扱っていまして、今回はちょっとそちら方面の話になりそうです。そして扱うのは、元々いわゆる「オタク」用語だったものになります。

 

感情の振れ幅と意味の減少

 

 オタク界隈は、外側から眺めているだけでもよくわかるのですが(外側から眺めています)、「好き」や「愛しい」、「価値が高い」というポジティブな評価があふれている世界です。それはキャラクターの性質や、キャラクターの関係性、作品への評価に使用されるのですが、この上ない感情というのは、この上ない、新しいことばで表さないと適切な表現にならない、という要請からでしょうか、さまざまなポジティブ表現が生まれ続けています。例えば「尊い」「シコい」などがあります(これらももはや古いのですけども)。この中で、今日は「どちゃくそ」(あるいは「どちゃシコ」)を取り上げたいと思います。この「どちゃくそ」は、副詞として「(食事が)どちゃくそうまい」のような形で、程度が強い様子を表現するのに使用されます。これだとおいしいんだかどうなのか分からなくなりそうな気がしますが…なお、「どちゃシコ」は「どちゃくそシコい」の略語になります。

 

「どちゃ」の来し方

 

 この「どちゃくそ・どちゃシコ」ですが、一緒くたに同じ意味としているコラムを見かけましたが、割と言語道断でして、特に後者は完全にオタク用語なので、使用の際は十分にお気をつけ下さい(ここでは意味について深く言及しません。個々人で検索をお願いいたします)。今回は以降「どちゃくそ」の方にフォーカスして考えていきます。必然的にこちらの語を連呼していくことになりますので、お食事中の方やこの語自体に不快感を感じる方はまた再来月お会いしましょう。正直に申し上げると私も絶対口にはしないだろうなぁと思われることばになりますが、考察対象とするなら特に何も感じないというのは不思議なものです。

 「どちゃくそ」はどこから来たのでしょう。もしかしたら「どちゃどちゃ」というオノマトペがあって、それが「クソ」とくっついた形なのでしょうか?今のところ「どちゃどちゃ」という一般的に使われているオノマトペはなく、あり得るなら「どさどさ」の音が変化したもの、と考えるのが順当なところだと思います。

 あるいは「めちゃめちゃ」も音が似ていますし、程度を強める副詞として使用されるという点では機能が一致するので、おそらくこちらから来ているのかもしれません。調べてみると関西方言に「めちゃくそ」という表現が既にありましたので、こちらの線で考えてみましょう。

 

「め」から「ど」へ

 

 さて、ではなぜ「めちゃ」は「どちゃ」になってしまったのでしょうか。ここで、音象徴を引っ張り出してきます。「めちゃ」の頭に付いている「め」は鼻音と呼ばれる、柔らかい印象を与える音を含みます。音象徴実験でも「マルマ」は曲線で構成された、丸っこい図形とペアにされる傾向がありました。このような柔らかい印象を与える音は、程度の強さ、力強さを表現するにはちょっとパワーが足りない感じがします。

 それに対して「ど」ですが、有声歯茎破裂音(舌端と歯茎で閉鎖を作って、開放されることで破裂音を出す音)と呼ばれる、力強い印象を与える音を含みます。語頭にこの力強い印象を与える音を入れることで、程度の強さが際だつことになるのではないかと考えます。

 また、「ど」は「ド派手」「超ド級」というように、意味合いとしても「桁違いである」ということを表現する際に使われることがある音になります(超ド級に関しては、語源が固有名詞になりますので、音象徴とは関係がありません)。これらの理由から、「桁違いに程度が強い様子」を表すために、「め」を取り下げ、「ど」を採用した、という経緯があるのでは無いかと推測します。

次の「どちゃくそ」はなにかな

 

 というわけで、今回は「どちゃくそ」についてどちゃくそ考えてみました。言語関連学会でもキレ散らかして(という表現について考察されて)いるようですし、「どちゃくそ」について考えてみてもいいのではないかと思います。これ、怖いのが、これだけ何度も打ち込んでいると使用することに対する抵抗がだんだん薄れてくることですね…使い続けることで語に対する抵抗も意味の程度も薄れていってしまうのでしょうか。

 最近はオタク業界もネット方面でオープンになっていることから、オタク用語がシームレスにネットに放流され、「どちゃシコ」のように本来の文脈から離れて使われてしまう、という現象が起こっていたりして、面白いやら薄ら怖いやら、です。手を変え品を変え、日々新しいポジティブ表現が生まれること自体は、とても良いことだと思うのですけども。次に来る「尊い」ことばは何なのかな、と楽しみに待っています。

 

 

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