古代エジプト語のヒエログリフ入門:ロゼッタストーン読解|第10回 ヒエログリフの表語文字(後半)|宮川創・吉野宏志・永井正勝|

10.1 表語文字を表す決定符と音声補字

前回は表語文字の基本的なことについて学びました。その際、表語文字を示す決定符(Z1の文字)があることを学びました。また、表語文字に対して音声補字がつくことも学びました。

今回は、表語文字を読む練習をしながら、表語文字に関する理解をさらに深めていきましょう。

 

転写 nṯr.t (インターネット転写: nTr.t)

翻字 nṯr-r:t-B1              

慣読 netjeret (ネチェレト)

意味「女神」   

品詞 名詞(女性; 単数形) 

は表語文字nṯr「神」ですが、女性語尾.tをつけると、女性形のnṯr.t「女神」になります。真ん中の上の文字 nṯrの最後の子音rの音声補字です。真ん中の下のtは、女性語尾.tを表します。 なお、最後の記号B1はガーディナー番号で、「女性」を表す決定符です。これまでは省略してきましたが、決定符など音声として現れない文字は、翻字では「ガーディナー番号(Gardiner’s number)」と呼ばれる文字番号で表すことになっています。 

 

転写 hrw

翻字 h:r-w-hrw-Z1

慣読 heru (ヘルー)

意味「日」

 

転写 rꜤ (インターネット転写ra)

翻字 r:Ꜥ-rꜤ もしくは r:Ꜥ-N5

慣読 ra (ラー)

意味「太陽」

表語文字は類像タイプのr「太陽」とメトニミー・タイプのhrw「日」という2つの単語が対応します。この2例のうち、上の例はhrw「日」、下の例はr「太陽」です。上のhrwの例では、表語文字hrwの前で、3つの表音文字hrwが出てきますが、この3つは表語文字hrwの音声を補足する音声補字です。なお、には2つの語が対応し、hrwならば、「日」の意味でメトニミー・タイプの表語文字、r「太陽」なら、類像タイプの表語文字です。

最後のは、前回説明した、表語文字であることを示す決定符です。この文字はガーディナー番号では、Z1なので、Z1と書いています。このガーディナー番号に関しては後の回で説明いたします。

もう1つの例では、表語文字の別の読み方で、こちらは類像タイプrꜤ「太陽」に音声補字のrがついた形です。ただし、は決定符とも解釈でき、表語文字であることを示す決定符であるZ1の文字もないため、ここは表語文字なのか、決定符なのか、判断が分かれます。

 


転写 j(インターネット転写: iAH)

翻字 j--ḥ-jもしくは j--ḥ-N11

慣読 iah (イアフ)

意味 「月」

jʾḥの前の3文字、1子音文字j , , は音声を表しています。この最後の文字jは表語文字にも決定符にもなることができる文字です。ここでは、表語文字であることを示す決定符であるZ1が存在しないため、このが決定符なのか、表語文字なのか、どちらかわからない例です。決定符の詳細な説明は次回になりますが、語の最後に来るため、この語の例の場合は、j決定符なのか、表語文字なのか、わからないということになります。決定符については、次回、詳しく解説いたします。

 

10.2 名詞の文法的な性

中エジプト語の名詞には、男性名詞と女性名詞があります。人間や動物に関わる場合はその性と対応している場合が多いのですが、もともと性がない名詞にも男性か女性が割り当てられています。

日本語ではこのような性の区別はありませんが、現代語を見てみると、たとえばフランス語には男性名詞と女性名詞の別が、ドイツ語には男性名詞と女性名詞に加えて中性名詞の別があります。

実は、語の文法的な性は言語毎に割り当てが異なるため、フランス語のsoleil「太陽」は男性名詞、lune「月」は女性名詞であるのに対して、ドイツ語ではSonne「太陽」は女性名詞、Mond「月」は男性名詞となっています。

古代エジプト語では「太陽」はrで男性名詞、「月」もjで同じく男性名詞です。

中エジプト語では、男性名詞は何も見分ける標識がないのですが、女性名詞は最後に女性形を表す語尾の.tをつけます。

男性名詞に語尾.tを付けることで女性名詞にすることもあり、例えば前回覚えた

転写 nṯr (インターネット転写: nTr)

翻字 nṯr

慣読 netjer (ネチェル)

意味「(男)神」

品詞 名詞(男性; 単数形)

は男性名詞ですが、今回の冒頭で例示したように語尾.tを付けて「女神」を表すことができます。

 

10.3 表語文字の重複による複数形

古代エジプト語の名詞には性による区別だけでなく、単数形、双数形、複数形という数の区別もありました。

英語では単数形が基本であり、基本的に-sをつけて複数形を形成しますが、古代エジプト語では男性名詞には複数形語尾.wを、女性名詞には複数形語尾.wtをつけます。

この.w.wtの語尾は表音文字、そして複数を表す決定符(Z2もしくはZ3)でも表せるのですが、次のように表語文字を2つ重複させることでも表されます。

転写 nṯr.w (インターネット転写: nTr.w)

翻字 nṯr-nṯr-nṯr 

慣読 netjeruw (ネチェルー)

意味「(男)神たち」

品詞 名詞(男性; 複数形)

どうして2つではなく3つ重ねて複数形を表すのか、という疑問をお持ちになったかもしれません。実は、上述したようにエジプト語には「双数形」があるため、2つ重ねると原則として双数形を表す形となるのです。双数形とは、両手、両足のように、2つで対(つい)になるものを言います。

 次の語は「神」の双数形です。

転写 nṯr.wï (インターネット転写: nTr.wy)

翻字 nṯr-nṯr

慣読 netjeruwi (ネチェルウィー)

意味「(男)神たち」

品詞 名詞(男性; 双数形)

ここで.とあるのが、男性双数形の語尾です。女性双数形は.となります。先ほどのnṯr.wも合わせ、同じ文字を重ねることによって複数形や双数形を示すことを文字の重複(reduplication)と呼びます。なお、男性双数形の語尾は決定符(Z4)でも表すことができます。女性複数形と双数形は別の回で詳しく説明します。

今回は、表語文字の復習に加え、男性名詞と女性名詞があることと、表語文字の重複による双数形・複数形の表し方を学びました。

次回は、決定符について学習します。

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