中高生のための本の読み方|第4回 コーヒーを飲みながら読みたい本|大橋崇行

まずは入門から

さて、前置きが長くなりましたが、今回はそんなコーヒー(珈琲)にまつわる本をご紹介していきたいと思います。

コーヒーについての簡単な入門編としておすすめしたいのが、細川貂々『コーヒー・ルンバ』(マガジンハウス、2015年)です。

著者の細川貂々(ほそかわ・てんてん)さんは『ツレがうつになりまして。』(幻冬舎文庫、文庫版は2009年)『ツレと私の「たいへんだ!」』(文藝春秋、200910年)など、コミックエッセイを数多く出版されています。この『コーヒー・ルンバ』もその一冊で、「ツレ(夫)」に勧められてコーヒーを初めて「おいしい」と感じた著者が、千葉県浦安市猫実にある猫実珈琲店の店主であるケーコさんから、コーヒーがどのように作られるのか、豆の種類によって違う「焙煎」(自分の店でコーヒー豆を加熱、乾燥させること)のやり方、豆の保存法、豆の挽き方など、自宅でよりおいしいコーヒーを淹れる方法を教えてもらうという内容になっています。

どうやったらおいしいコーヒーができるかは、たしかに研究され、進化し続けています。また、凝れば凝るほどマニアックな世界がひろがっています。

けれども、巻末の「ケーコさんのアドバイス」にもあるように、まずは「コーヒーはあくまで嗜好品」だと考えて、「自分の好きな飲み方」で「楽しむ」ことが大事だと教えてくれます。

 

コーヒーの科学と歴史

一方で、今度はもう少しコーヒーのマニアックな部分を覗いてみましょう。

私は1990年代以降に登場したおしゃれな雰囲気の「カフェ」だけでなく、昔ながらの「喫茶店」にもよく行くのですが、特に「自家焙煎」でコーヒーの味を追い求めるお店や、あるいは自分でよりおいしいコーヒーを淹(い)れようとしている人たちには、非常に奥深い世界があります。

たとえば、東京の南千住駅から10分ほど歩いたところにある「カフェ・バッハ」などが有名でしょうか。

そういった世界の一端が見られるのが、旦部幸博『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』(講談社ブルーバックス、2016年)、『珈琲の世界史』(講談社現代新書、2017年)です。

「講談社ブルーバックス」は、中高生のみなさんの中には、あまりなじみのない人もいるかもしれません。これは、自然科学を中心に「科学」についての話題、知識を、非常にわかりやすく解説している本のシリーズです。

多くの学校図書館や公共図書館に入っていますので、特に理学部や工学部、歯学部、医学部といった大学の学部に進学したいと考えている高校生には、ぜひ朝読書や長期の休みに出される感想文の宿題を書く機会に、自分が行きたいと思っている分野についての本を手に取って頂きたいと思います。

大学でどんなことを勉強するのか、「科学的」にものごとを考えるとはどういうことなのかが、何冊か読んでいくうちにきっとよくわかると思います。

その中で『コーヒーの科学』は、コーヒーはどのように作られるのか、豆の種類や歴史、どのように焙煎・抽出をすれば良いのか、コーヒーの「おいしさ」はどのような成分によっているのか、といったコーヒーのさまざまな側面について、医学の研究者を本業にしている著者が科学的に解説したものです。

たとえば、「第5章 おしいさを生み出すコーヒーの成分」では、コーヒーの苦味がどのように生まれるのかについて、「クロロゲン酸ラクトン(CQL)」「ビニルカテコール・オリゴマー(VCO)」という2つの成分に注目し、高校の教科でいう「化学」の視点から説明しています。

また、「第8章 コーヒーと健康」では、「コーヒーを飲むと人はどうなるのか」という視点から、カフェインがどのように吸収され、神経を刺激し、体がどういう反応を起こすのかについて、分子のメカニズムと人間の遺伝子との関係という考えています。

一見難しい内容に思えるかもしれませんが、とてもわかりやすく書かれているので、コーヒーをふだんから飲んでいる人には興味を持って読めるのではないでしょうか。

また、『珈琲の世界史』は、『コーヒーの科学』ではあまり触れられなかった「歴史」の部分を掘り下げたもの。コーヒーがどのように発見され、世界のさまざまな地域でどのように飲まれてきたのかがまとめられています。

この本で面白いと思ったのは、コーヒーの「歴史」という「物語」を知ることで、「コーヒーのおいしさの感じ方が違ってくる」という、旦部さんの考え方でした。

『コーヒーの科学』によれば、コーヒーのおいしさは、その科学的な成分に由来しています。けれども、たとえばコーヒーの「最古のブランド」と言われる「モカ」がどのように誕生したのかという「情報」によって、「モカ」を飲むときの味そのものが変わってしまうというのは、人間による知覚の複雑さを示しています。

この2冊を書かれた旦部さんのように、「理系」「文系」といった区分にとらわれてしまうのではなく、自分が興味を持ったことについてさまざまな角度からデータや資料を集め、それらを使って突き詰めて考えていくことが、「研究」をするということなのだろうと思います。

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