古代エジプト語のヒエログリフ入門:ロゼッタストーン読解|第6回 ヒエログリフの表音文字:一子音文字のおさらいとやさしい神名|宮川創・吉野宏志・永井正勝|

今回は第3回から第5回までに見てきた「一子音文字」をおさらいします。体系的に全体を見ていくので、もう皆さんにも「絵」ではなく「文字」としてご認識いただけるかと思います。

6.1 一子音文字のおさらい

エジプト語の辞書では大抵の場合、次の順番で整理されて単語が並べられています。ぜひ辞書を引く際の参考にしてください。

文字 転写 (丸括弧はタイプライターなどで打てない場合の代替法) 象形 音価 慣読
 

ꜣ (A) エジプトハゲワシ 不明。[l],[r],[ɹ]など。元来は声門閉鎖音だと考えられていた。補完的読みで何らかの母音を表すことも。 a(アもしくはア段の音)
 

j (i) 葦の穂 不明。補完的読みで何らかの母音を表すことも。 i(イもしくはイ段の音)、語頭ではa (ア)
 

y 2つの葦の穂 不明。[j]の音か?補完的読みで何らかの母音を表すことも。 i(イもしくはイ段の音)
 

ï (y) 2つの葦の穂 不明。[j]の音か?補完的読みで何らかの母音を表すことも。 i(イもしくはイ段の音)
 

ꜥ (a) 元は[d]だが有声咽頭摩擦音に変わった。 a(アもしくはア段の音)
 

w ウズラの雛 不明。[w]の音か?補完的読みで何らかの母音を表すことも。 u(ウもしくはウ段の音、またはワ行の音)
 

w ウズラの雛 不明。[w]の音か?補完的読みで何らかの母音を表すことも。 u(ウもしくはウ段の音、またはワ行の音)
 

b bもしくは、説によっては放出音[p’]を認める場合もある。 b(日本語のバ行の子音)
 

p 椅子 [p] p(日本語のパ行の子音)
 

f ツノのある毒ヘビ [f] f(英語のfの音)
 

m フクロウ [m] m(日本語のマ行の子音)
 

n [n] n(日本語のナ行の子音、またはン)
 

r [r]。時代が下るにつれ、一部は母音化していったと考えられる。例、古&中&新&民衆文字エジプト語 r 「~に」:コプト・エジプト語 ⲉ (e) 「~に」。 r(巻き舌のr)
 

h 住宅の見取り図 [h] h(日本語のハの子音)
 

ḥ (H) ねじ曲げられた繊維の芯 [ħ] ḫ (x)よりも喉の奥(咽頭)を擦って発音するhだが、hで代用も可。
 

ḫ (x) 胎盤? [x] 喉の奥、喉ひこの前あたりを擦ってだすhの音
 

ẖ (X) 動物の胴体と尾 [ç] ヒの子音
 

z かんぬき [z] or [s] zの音、もしくはsの音
 

s 折りたたまれた布 [s] sの音
 

š (S) 池、プール [ʃ] シャの子音
 

q / ḳ (q) [q] kよりも奥、喉彦のあたりで発音する音だが、kと同じで発音も可。
 

k 取っ手がついたバスケット [k] kの音
 

g 容器のためのスタンド [g]、説によれば放出音[k’]もありうる。

 

gの音
 

t パン一切れ [t] tの音
 

つなぎ縄 [c] チャの子音
 

d [d]、説によれば放出音[t’]もありうる。

 

dの音
 

ḏ (D) コブラ [ɟ]、説によれば放出音[c’]もありうる。 ジャの子音

 

6.2 慣読と母音再建

ヒエログリフは母音を書かない文字体系であり、また書かれていない母音は未だに議論の余地があることから、単語の本来の発音は分かっていません。そこで現代のエジプト学者たちは便宜的に母音を補ったり、一部の子音を母音のように扱ったりして、なかば人工的に発音を作り上げています。ここではそれを慣読と呼びます。これは学術的あるいは世界的に統一されたものではなく、著者や国によって違いがあるので、その点にご留意ください。

この文字に現れない母音に関心を持った方もいらっしゃるでしょう。当時のエジプト語の母音を再建する研究分野を「母音再建」(vocalization)と呼びます。この分野の研究者も世界では多数おり、それなりに研究の蓄積があります。母音再建の主な方法としては、エジプト語の末裔で母音が明記されるコプト語や、同時代にエジプトと交流をしていた地域の楔形文字テクスト等から分析するものが挙げられます¹

YouTubeなどで古代エジプト語を母音付きで発音している動画がありますが、それは特定の研究者の母音再建に基づいた発音であることも良くあります。例えば、こちらの動画は、オックスフォード大学のエジプト学・古代近東学専修で博士号をとり、現在プラハ・カレル大学でポスドクをされている、マルワン・キラーニ(Marwan Kilani)博士による新エジプト語の音声再建です。

 

6.3 ギリシア語の神名とエジプト語の神名

ヒエログリフが解読されるまでは、コプト語以前のエジプト語のことはわからず、学者たちは、エジプトの神々を、ヘロドトスやマネトンによって書かれたギリシア語の文献から、ギリシア語の形のままで呼んでいました。ギリシア語の名詞は、特に男性名詞でsが終わることが多いため、「◯◯◯ス」で終わることが多いです。例えば、オシリス(Osiris)、イシス(Isis)、アヌビス(Anubis)などはギリシア語の読み方に由来する呼称です。

これに対して、エジプト語が解読されてからわかった神々の名前は、便宜的に母音を補ってエジプト語のままで呼ばれます。これらの神々が実際のところどう呼ばれていたかは、古コプト文字(Old Coptic)で書かれた魔術テクストなどから部分的にわかります²。これらの文献がコプト語と異なる点は、民衆文字エジプト語の文法を持つこと、10種類強の民衆文字エジプト語(Demotic)の文字が存在していることと、古代エジプトの神々に関する文書がコプト語文献に比して割合では圧倒的に多いことにあります。エジプト土着の神々の名前や古代エジプト語の単語が、母音を含めたギリシャ文字を多用して書かれているため、母音再建の上で大きな手がかりとなっています。たとえば、古コプト文献のシュミット・パピルス(Schmidt Papyrus)では、オシリスはⲟⲩⲥⲓⲣⲉ(ousire)「ウシレ」と書かれています³。ただし、この古コプト文献もエジプト語の末期の発音であり、それ以前の正確な発音と同じとは限りません。

 

6.4 神名を読んでみよう

それでは実際に古代エジプトの神名をヒエログリフで読んでみましょう。通常、神名の最後には決定符(determinativeと呼ばれるカテゴリーを決定する文字が付きます。これは今後の連載で詳しく紹介しますので、今は最後の文字は読み飛ばして構いません。

 

6.4.1 アヌビス

 

転写:jnpw

慣読:anepu(アネプー)

アヌビスはミイラ作りの神です。アヌビスはギリシア語系の名前で古代エジプト語ではjnpw、慣例的な読み方を示せばアネプーと発音されます。ジャッカルまたは、頭がジャッカルの男性として描かれます。

アヌビス神。センネジェムの墓の壁画(パブリック・ドメイン)

6.4.2 ラー

 

転写:r

慣読:ra(ラー)

エジプトの太陽神です。この神は他の神とも習合されることが多く、アメン神と習合した場合は、アメン=ラーと呼ばれます。コプト語では太陽のことをⲣⲏ ()「レー」と言いますが、同じ語源です。ラー神はメインとしてはハヤブサの頭をして頭の上に太陽を乗せた男性(地平線のホルスと習合したラー・ホルアクティ神)として書かれます。

ネフェルタリの墓の壁画(パブリック・ドメイン)。中心はラー・ホルアクティ神(ラー神と地平線のホルス神の習合)。

6.4.3 アテン

 

転写:jtn

慣読:aten(アテン)

アテンは太陽光線の神で、新王国時代第18王朝のファラオ Amenhetep アメンヘテプ4世(欧米読み:Amenhotep アメンホテプ)は、当時権力が強かったアメン=ラー神の神官団の権力を抑えることを狙ってか、紀元前14世紀に人類史上初とも言われる「一神教」をはじめました。その唯一神としてこのアテン神が崇められました。数百から数千の有名無名な神々が信仰されていた古代エジプトでは、これは非常に画期的であり衝撃的な出来事だったはずです。ただし、他の神々の存在が直接的に否定されることはなく、「あらゆる神々はアテン神の一側面を表している」という解釈が説かれていました。

アメンヘテプ4世は自らの名前をAkhenaten アクエンアテン(欧米読み:Ikhnaton イクナートン)と改めて、王都をアメン=ラー神官団の影響が強いテーベ(Thebes)から現在のテル・エル・アマルナ(Tell el-Amarna)に移しました。ちなみにアクエンアテンの妃はベルリン新博物館(Neues Museum)の目玉展示となっている胸像で有名なネフェルティティー(Nefertiti)です。この時代は写実性の強い独特な芸術様式が大発展し、アマルナ時代と呼ばれています。

アマルナ時代は古代オリエント諸国との外交も活発で、「アマルナ文書」と呼ばれるアッカド語(Akkadian)を主体とした混成言語やフリ語(Hurrian)などで書かれた外交文書がテル・エル・アマルナで多数見つかっています。その中にはアッカド語とエジプト語の語彙対応表など貴重な資料もあります。しかし、アマルナ時代はアクエンアテンの死とともに終わり、息子のアンケセナーメンが短期間ファラオになった後、有名な少年ファラオであるツタンカーメン(Tutankhamen)が即位し、アメン=ラー神を信仰する旧体制を復活させました[4]

アテン神を崇めるアクエンアテン(パブリック・ドメイン)

 6.4.4 アメン

 

転写:jmn (j-mn:n)

慣読:amen(アメン)

アメン神はテーベで信仰されていた神々の1柱で、最初はそれほど重要な神ではありませんでした。しかし、中王国を興して、テーベを都としたメンチュヘテプ2世以来、ラー神と習合したアメン=ラー神として、国家の最重要の神となりました。

アメン神の神名には次回で習う二子音文字のmnを用います。そうすると、jmnnということになりますが、最後のnmnの最後の子音がnであることを示すための日本語の送り仮名のような(補助的な)子音文字です。これに関しても次回詳しく説明します。

なお、ヨーロッパやアメリカのエジプト学ではここで使用している慣読ではなく、ギリシア語やコプト語に由来する母音を用いることも少なくはありません。例えば、アメン神はギリシア語やコプト語の対応形を用いて、Amun(アムン)と呼ばれることがあります。日本では「アメン」と慣用読みすることがほとんどです。

次回からは二子音文字や三子音文字の解説へと進みます。

[注]
1 Albright (1926)など。
2 Satzinger (1991) を参照してください。
3 Satzinger (1975: 40).
4 少年王ツタンカーメンについて、より学術的かつ分かりやすく知りたい方は、河合(2012)を参照してください。

 

参考文献

Albright, W. (1926). “The New Cuneiform Vocabulary of Egyptian Words.” The Journal of Egyptian Archaeology, 12(3/4), 186–190.
Satzinger, Helmut (1991) “Old Coptic.” In: Atiya, Aziz Suryal (ed.) The Coptic encyclopedia, volume 8. New York: Macmillan. A169b–A175b.(体裁を改訂した電子版は以下のURLで読むことができます。http://ccdl.libraries.claremont.edu/cdm/ref/collection/cce/id/2027)
Satzinger, Helmut (1975) “The Old Coptic Schmidt Papyrus.” Journal of the American Research Center in Egypt 12: 37–50.
河合望(2012)『ツタンカーメン少年王の謎』東京:集英社

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