これからの英語教育の話を続けよう|第6回 小学生と語る小学校英語の効果|寺沢拓敬

小学校英語に効果はなかった

寺沢:というわけで、以上が、外的妥当性と内的妥当性の話。

太郎:で、結局、寺沢さんの論文は上の二つの基準をクリアしてるんですか。

寺沢:うん。そういう触れ込みで論文を書いたわけだからね。

太郎:ほう。で、結果はどうだったんですか?

寺沢:まとめると以下のとおり。

 

1)総じて言うと、小学校英語を経験した子どもが非経験者よりも高い英語力等を得るようになったとは言えない。

2)より多く小学校英語に接したとしても、成果が高まるわけではない。

 

太郎:否定的じゃないですか。

寺沢:まあ、否定的だね。

太郎:じゃあ、いまやってる小学校英語って意味ないんですか。

寺沢:さすがにそこまでは言えない。詳しくは論文を読んでもらうしかないんだけど、このデータは2009年の調査で、対象者は当時の中学二年生。だから現在は23-24歳の世代だね。

太郎:もうだいぶ前に小学生じゃなくなった人!

寺沢:そう。だから、現在の実践に対して、本研究は直接何も言えない。

太郎:ふむ。

寺沢:とはいえ、間接的には多くの示唆を持っているのも事実。

太郎:そうですね。ちょっと対象者は古いとはいえ、否定的な結果が出たわけですから、文科省や推進側の研究者はそれに応えるようなエビデンスを示してほしいですよね。

寺沢:ほんとそう思う。小学校英語に意義があると主張している以上、それが説明責任というものだからね。

太郎:きちんとフェアな形で調査をデザインしてほしいですね。

寺沢:うん。今まさに教育実践をしている先生方が「小学校英語に効果がある!」と言いたい気持ちはわかるし、その実践には固有の意義があるからいいんだけど、本来中立的な立場にいるはずの研究者や行政までもが結論ありきで調査研究をするのはちょっと控えてほしいよね。

太郎:あ、そもそもの話を思い出した!僕は校長先生に何て答えたらいいんでしょうか?

寺沢:そうだなあ。ポイントは、全体的に見れば小学校英語に効果は確認できない。ただし、やり方次第で、あなたの学校の実践が例外的に成果を出す能性はある、という点かな。

太郎:そっか。「効果なし」というのはあくまで平均的なレベルの話だから、個々の実践者は気にしなくていいんですね。

寺沢:理屈上はそうだけど、ある程度は気にしたほうがいいと思うよ。だって、「効果がなくても構わない!」と思って教え始める人なんていないでしょ? みんながそれなりの創意工夫で教えたのに、「平均的には効果がない」という結果だったんだから。

太郎:なるほど。あんまり楽観的になるのも考えものですね。

寺沢:エビデンスの考え方は、安易な楽観を戒めるところがあるからね。

太郎:わかりました。校長先生を戒めてきま~す!

寺沢:やめなさ~い!

 

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