方言で芝居をやること|第7回|中動態としての方言|山田百次

先日、札幌で一ヶ月あまり滞在制作をしておりました。
札幌で滞在制作するのはこれで三度目。その他にも自分の団体の公演などで数回訪れているので、ここ数年かなりの回数で札幌に行っています。
札幌では、青森に似ている言葉がたくさんあります。

ごみを投げる – ごみを捨てる。
しばれる – 外が寒い、冷える。
手袋をはく(靴下をはくのと同じニュアンス) – 手袋をつける

他にも津軽、青森でしゃべっている方言を、札幌で普通に聞くことができます。青森でもそうなんですが「ゴミを投げる」や「手袋をはく」という言葉を、方言だと自覚していない人が実は結構います。都会で暮らし始めた人が友人に「そのゴミ投げといて」と言っては友人を混乱させるというエピソードをよく聞きます。

北海道の方言のルーツは、道南から始まっているそうです。その道南の人たちはどこから来たのかと言うと、津軽地方だそうです。これは北海道開拓の歴史に津軽の人々が携わったということが関係しているようです。
江戸時代の頃の北海道の中心は松前藩。函館や松前、江差の道南エリア。そのころ、その一帯の漁業経営を任されていたのが、東北地方の津軽弁を話す漁民だったということです。

そういった理由から、札幌では津軽弁に似た方言をよく耳にするのでボクはとても親近感を感じます。ここ数年、青森に帰ってないのでなおさらです。

そのなかでも、他の地域の人からずいぶん変わっているといわれる方言があります。
それは「○○ささる」「○○らさる」という言葉の使い方です。

これは青森でもよく聞く方言です。
例えば「食う」という言葉があります。これは自分で選択して「食う」という、いわば能動的な状態です。受動的な状態になると「食うことになる」「食ってしまう」となりますが、青森や北海道ではもう一つ「食わさる」というような活用を頻繁に使います。

もう一つの例をだしてみますと、「押す」という言葉を「押ささる」と言ったりします。「ボタンを押す」が「ボタン押ささる」。過去形になると「ボタン押した」が「ボタン押ささった」といった形になります。こちらは「自分の意思に反して結果そうなった」という状態、それを短縮した方言の形とでも言うのでしょうか。

関西出身、札幌在住の演劇人の方がよく話していましたが、人が書き間違えた場合に「書かさっちゃった」とか言うと「え、書いたの自分やん」ってツッコミたくなるそうです。

伝えたいことが上手く表現できているか不安なので、ウィキペディアで北海道方言として書いてある部分を引用して補足します。

自発的表現
五段活用動詞の「未然形+さる」、上一段・下一段活用動詞の「未然形+らさる」で、共通語には存在しない自発的表現となる。一部の特定の動詞で用いられることが多く、「進んでそうしようと思っているわけ[5]ではないが、状況が自動的にそうしてしまう」という心情を表せる。また、道具を主語に据えた際の道具そのものの性質・状態を表現するという意味では、中間構文としての性質もある。

この本面白くて、どんどん読まさる。 – この本が面白いので、どんどん読んで(読めて)しまう。
この塩辛旨くて、ご飯たくさん食べらさる。 – この塩辛が旨いので、ついご飯をたくさん食べてしまう。
この表現の否定形もよく使われる。正しい活用は「〜(ら)さらない」となるはずだが、こう言うことはまずなく、口語ではほぼ「〜(ら)さんない」と発音される。意味は逆になり「進んでそうしようと思っているのに、状況が悪いのでそうならない」心情を表す。

窓が開(あ)かさんない。 – (開けようとしているのに)(凍っているから)開けられない。
このペン書かさんない。 – (書こうとしているのに)(インクが切れているから)書けない。
このスイッチ押ささんない。 – (押そうとしているのに)(壊れているから)押せない。
共通語の「開けられない」「書けない」では、「しようとしているのに」の補足なしでは、「自分にはできない」という不可能の意味と同じになってしまうが、北海道方言の自発的表現「〜さらない」では「自分が悪いのではなく、対象物が悪い」の意味が内包されているため非常に便利であり、多くの場面にこの表現が当てはめられる。例えば、「この鉛筆、書かさらない」、「電気が消ささらない」。

またその逆に、人に向かって注意を喚起する際、この表現を用いれば「誰が悪いとは言わないが、対象物がそうなっている」という意味合いが出せるため、相手にあまり負担を感じさせずに言うことができる。「あの部屋、誰もいないのに、ストーブ焚かさってるよ。」「この値段、20%引かさってないんですけど。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E6%96%B9%E8%A8%80#.E8.87.AA.E7.99.BA.E7.9A.84.E8.A1.A8.E7.8F.BE
引用終わり。

いかがですか?
この方言、青森と北海道で使っているのを耳にしていますが、もしかしたら他の地域でも似たような形で使っているのかもしれません。
この言葉の活用は、能動態でも受動態でもない、中動態の言葉だと話している学者もいると北海道の演劇人が話していました。

話が飛びますが、ハリウッド映画『メッセージ』のなかで「新しい言語を習得することは、新しい思考体系とビジョンを獲得できる」と言っています。実際に主人公の言語学者の女性は、宇宙人の言葉を習得していくことで時間の概念が変わっていき、未来が見えるようになりました。

こういった微妙なニュアンスは標準語圏の人には理解しがたいものですが、新しい言語を習得するということは新しい思考体系とビジョンが獲得できるということです。
その土地にしかない方言を理解し、習得していくことは新しい思考体系を得ることになるはずです。
「○○ささる」「○○らさる」をつかっていくことで、今までの生活が少しだけ豊かになっていくのではないでしょうか。

来月、自分が作・演出と出演もしている演劇公演が東京で行われます。
方言をつかった芝居ではありませんが、観た人に新しい感覚をもたらす作品になると思っています。ぜひお越しください。

ホエイ
『スマートコミュニティアンドメンタルヘルスケア』
8月18日(土)〜27日(月)@こまばアゴラ劇場
https://whey-theater.tumblr.com/

関連記事

  1. 山田百次

    方言で芝居をやること|第2回 南部から津軽へ|山田百次

    津軽弁で芝居を書き始めたボクですが、生まれは津軽で…

  2. 方言で芝居をやること

    方言で芝居をやること|第1回 方言の威力|山田百次

    初めまして、山田百次と申します。普段、演劇…

  3. 山田百次

    方言で芝居をやること|第6回 津軽という土地|山田百次

    津軽には面白いところがいっぱいあります。ボクは10年以上津軽に住んでい…

  4. 方言で芝居をやること

    方言で芝居をやること|第4回 宮崎弁で芝居|山田百次

    ボクは現在、5月中旬に三鷹の星のホールという劇場で行われる公演に出演す…

  5. 方言で芝居をやること

    方言で芝居をやること最終回|色んな土地の演劇祭|後編

    2018年はなぜか各地の演劇祭に呼ばれることが多かったです。前回に続き…

  6. 方言で芝居をやること

    方言で芝居をやること|第10回|関西弁に初挑戦|山田百次

    先日『山の声』という登山のお芝居に出演していました。48歳という若…

ひつじ書房ウェブマガジン「未草」(ひつじぐさ)

連載中

ひつじ書房ウェブサイト

https://www.hituzi.co.jp/

  1. 書評 『あらためて、ライティングの高大接続』
  2. 方言で芝居をやること|11回|いろんな土地の演劇祭 前編
  3. 第28回 日本語教育の存在意義が問われている|田尻英三
  4. 統計で転ばぬ先の杖|書籍版 刊行のお知らせ
  5. 平成文学総括対談|第6回 物語は死なない|重里徹也・助川幸逸郎
PAGE TOP