外国人労働者の受け入れに日本語教育は何ができるか|第2回 今しなければならないこと|田尻英三

2018年6月15日の経済財政諮問会議と未来投資会議の合同会議で、「経済財政運営と改革の基本方針2018」(以下、「骨太の方針」と略称)と「未来投資戦略2018」(以下、「未来戦略」と略称)が閣議決定されました。この中には、日本語教育の将来像に大きく関わる内容を含んでいますので、詳しく扱います。この合同会議のことは、日本語教育学会ホームページの「お知らせ」には出ていません(以下、「人材」という用語は田尻にはなじみませんが、原文通りとします)。

この方針決定に至るまでの流れを、詳しく見ていきます。そうすると、この方針がいかに性急に決められたかわかります。

2018年2月20日 経済財政諮問会議で、菅官房長官と上川法務大臣を中心として、人手不足のため外国人受け入れ制度を半年間で検討するような指示がありました。

2月23日 内閣官房に「専門的・技術的分野における外国人材受け入れに関するタスクフォース」ができ、第1回目の会議の議長は内閣官房副長官補で、官邸主導で進められていったことがわかります。

5月28日 経済財政諮問会議で、「骨太方針(原文には「の」がありません)の骨子案について」が報告されましたが、ここには項目だけが示されているだけで、中身は示されていません。

5月29日 上記タスクフォースの第2回会議で、「新たな外国人材の受け入れ制度の検討状況」が報告されただけで、このタスクフォースは終了しました。

6月4日 規制改革推進会議で、「規制改革推進に関する第3次答申」が報告され、留学生の就職率向上の一つとして、「就労のための日本語能力の強化」を2018年度に検討し、2019年度に結論を出すとしています。未来投資会議で、「未来投資戦略2018」(素案)が示され、高度外国人材の受け入れ、外国人の受け入れ環境の整備(外国人児童生徒の日本語教育や日本語教師の資格創設)が書き込まれましたが、「新たな外国人材の受入れ」は「調整中」となっています。

6月5日 経済財政諮問会議で、「骨太方針の原案について」が報告され、15日に報告された全項目が列挙されています。

6月15日 経済財政諮問会議で、「骨太の方針」が項目番号を付されて示されました。未来投資会議で、4日には無かった「新たな外国人材の受入れ」が入った「未来戦略」が示され、同時に「革新的事業活動に関する実行計画(案)」が示され、2025年度までの工程表も示されました。

「骨太の方針」には、「第2章 力強い経済成長の実現に向けた重点的な取組」に「4.新たな外国人材の受入れ」という項目が立てられています。従来は、一段小さい項目として立てられるのが普通でした。この点でも、安倍内閣の方針転換が見て取れます。以下、日本語教育に関わる点を中心として、この内容を箇条書きにして、コメントを付します。

(1)現行の専門的・技術的な外国人材を拡充し、一定の専門性・技能を有する外国人材に新たな在留資格を創設する。

「一定」という用語がどのような内容を指すのか、説明がありません。入国のハードルを下げるために使われた用語だと考えられます。

(2)新たな業種については、法務省等制度主管省庁と業所管省庁で決定する。

これ以降法務省が中心となって受け入れ拡大の方向で進めていますが、一方で管理面での強化も同時進行するという方向性を示しています。

(3)受け入れ業種ごとに業務上必要な日本語能力水準を定める。ただし、技能実習(3年)を修了した者は、試験を免除。

「日本語能力水準」は日本語能力試験等を「基本としつつ」とあるだけで、内容については不明です。このように、新しい基準めいたものを出してきたことで、よく言えばより柔軟な基準で、悪く言えばより曖昧な基準で能力を判定しようとする意図が見えます。この点については、日本語教育の専門家(特に「評価」の専門家)には、ぜひとも発言してほしいものです。結果が出てからは、遅いのです。

(4)有為な外国人材確保のために、国内外における制度の周知、外国における日本語教育の充実、政府レベルの申し入れ等を実施。

「有為な」というのは、何をもって評価するのでしょうか。就業に役に立つという方向性が強調されれば、国内外の日本語教育がゆがめられることになります。

(5)受け入れ企業や法務大臣が認めた登録支援機関が、生活のための日本語習得支援等を行う仕組みを設ける。日本人と同等以上の報酬確保や適正な雇用管理の指導を行う。入国管理局の体制の強化。

かつての評判の悪い日本の技能実習制度に対する反省の下に、「生活のための日本語習得支援等をおこなう仕組み」が有効に運用されるためにも、日本語教育関係者が総力を挙げてこのテーマに取り組むようになってほしいものです。政府が日本語教育に目を向けている間が、勝負です。

(6)在留期間の上限は通算5年で家族帯同は認めない。ただし、「一定の試験に合格し高い専門性を有する」と認められた場合、現行の専門的・技術的な在留資格への移行を認め、在留期間の上限を付さず、家族帯同を求める措置を検討する。

これでは、実質的な移民政策です。そして、「一定の試験」とは何を指すかは不明なままです。外国人の長期滞在に関わるこの試験には、外国の例に見られるように、その国の言語能力を問うことが含まれます。日本語教育学会として政府にどのような内容なのかを問う質問状を出してはいかがでしょう。

(7)「従来の外国人材受け入れの更なる促進」のために、日本語教育機関での充実した日本語教育や在留の環境整備を行う。「介護の技能実習生について入国1年後の日本語要件を満たさなかった場合にも引き続き在留を可能とする仕組みを検討する。EPA介護福祉士候補者の適正な受け入れ人数枠を検討する。

日本語教育機関に対する法務省からのチェックが入る可能性が高いと思われます。また、2017年9月29日の厚生労働省の告示で、「技能実習生に関する要件」として2年目にはN3に合格と決めたばかりの資格枠を、もう破ろうとしています。ベトナムなどに、1年目で帰国させられるのなら送り出しをしないという姿勢がみられるという報道がありました。EPA介護福祉士候補者の日本語教育に携わっている日本語教育関係者から、現状の問題点の指摘などの発言が必要です。

(8)多言語での生活相談や日本語教育の充実などの生活環境の整備を行い、「『生活者としての外国人』に関する総合的対応策」を抜本的に見直す。そのために、「法務省が総合調整機能を持つ司令塔的役割を果たす」。

「生活者としての外国人」に関する総合的対応策の見直しの内容が不透明です。法務省の観点から対応策の見直しをするのでしょうか。「生活者としての外国人」への対応策には日本語教育は大きく関わっています。日本語教育学会からの発言があってもよい項目だと思います。

次に、「未来戦略」の日本語教育関係の項目に触れますが、「骨太の方針2018」と重複する部分は、割愛します。

(1)ビジネス日本語・キャリア教育等日本企業就職のためのスキルを在学中から習得させる。

大学の留学生のカリキュラムに就職関係の科目を設定することは、授業内容の検討や担当スタッフの数を考えると、現状では難しいと思われます。

(2)外国人留学生の就職情報をJETROに集約し、ポータルサイトを構築する。

(3)受け入れに関する方針は政府基本方針とし、閣議決定する。

この方針は内閣主導で進められていくことになったため、従来の例から見ると決定過程が見えにくくなる可能性があります。日本語教育関係者が受け入れ方針決定に関われるような方策を考えなければいけません。

(4)外国人児童生徒に対する日本語指導等の充実のためにモデルプログラムを開発し、普及を促す。

この問題こそ、日本語教育関係者で外国人児童生徒への日本語教育に関わっている方々の参加ができるような方策を考えなければいけません。

(5)日本語教師養成・研修のプログラムを開発し、日本語教師のスキルを証明するための資格創設を検討する。

この問題は、日本語教師が自立するための最大のテーマだと考えます。全ての日本語教育関係者が緊急に取り組まなければいけない問題です。

(6)日系四世受け入れを念頭に、中南米諸国の若手日系人の招へい事業の推進を通じて、訪日を促進する。

現在、日本各地で日系人の日本語習得への支援がどの程度行われるかの総合駅な調査が必要です。日本語教育関係者が科学研究費などを申請し、全国規模の総合的な調査を行うべきです。日本語教育の観点を取り入れて、外部の人も利用できるようなデータを示さなければ、日本語教育に対する社会的な理解は得られません。

この二つの会議が同時開催されていることから、この方針はセットで捉えるべきものと考えられます。6月4日に規制改革推進会議で決定された「規制改革推進に関する第3次答申」と比べると、この二つの会議で検討され、閣議決定されたこれらの方針は、規制改革推進会議という一つの会議体で決定されたものより数段重視すべきものと考えられます。この情報は、日本語教育関係者全員に周知すべきものです。

◎上に述べたように、「骨太の方針」と「未来戦略」は、日本語教育の未来像に決定的な影響を与えます。今こそ、日本語教育関係者は、これらの方針の問題点を指摘し、日本語教育を通して、これからの日本で外国人と日本人が共により良い未来を作れるような具体像を示すべきです。私は、2019年度の予算が決まってからでは遅いと考えています。予算が決まると大枠の方向性が決定し、その後の修正がきかないようになると心配しています。2018年7月24日には、既に「外国人材の受け入れ・共生に関する関係閣僚会議」が開かれ、2019年度の概算要求に向けて着々とプランが出てきています。

2019年4月実施に向けた施策が、2019年度予算に組み込まれようとしています。それについては第三回で述べます。

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