方言で芝居をやること|第6回 津軽という土地|山田百次

津軽には面白いところがいっぱいあります。ボクは10年以上津軽に住んでいて、車でいろんな所を見てまわりました。どこが一番好きかと言われ、真っ先に答えるのが西目屋村です。世界遺産、白神山地の北東側に位置します。

三つの滝から構成されていて、上流に昇っていくほど大きな滝が現れる暗門の滝。流れが速い川沿いの切り立った岸壁。そこに自然洞窟ができており、中に観音様が祀ってある岩谷観音。滝の裏に広い空間が広がり、地蔵尊が祀られている乳穂ヶ滝(におがたき)。http://www.shirakami-visitor.jp/information.html

人々は神秘的な場所に引き寄せられ、そこでは信仰が生まれるものなのですね。

西目屋村には他にも奇景、絶景のパワースポットがたくさんあります。その中でひときわ異彩を放っているのが不識塔(ふしきのとう)です。白神の自然あふれる山中を車でいくと、高さ20メートルのレンガ造りの塔がピョコンと姿を現します。なんと大正時代の建築物です。

この塔の施主の齋藤主(さいとうつかさ)は万延元年(1860)、弘前藩士の長男として生まれます。書家を目指して東京へ上京するが挫折し、巡査になります。その後、北海道で英語と測量・天文学を学び、役所の土木課や民間の日本土木会社(現・大成建設)などで測量を担当します。

明治28年(1895)に、青森は弘前第八師団兵舎新築工事の主任となった事で弘前に戻ります。その後に独立し様々な工事を請け負い、一財を築きます。

そのころ西目屋村が、凶作の大被害を受けます。斉藤主は村を救うため、多額の私財を投資して開墾事業を展開します。1度は成功しますがやがて失敗。その後は山奥にお寺を建て、修業を経て住職となります。

翌年には塔を建設して、尊敬する上杉謙信の庵号から「不識塔」と名付けました。ですが、住民からは「つかさの塔」と呼ばれるようになりました。

大正8年(1919)闘病先の東京で亡くなります。遺言によって、その遺体はアルコールによる保存処理を施され、不識塔の基底部に埋葬されました。その後、親族の意向で昭和55年(1980)に火葬され現在はお寺に埋葬されています。

不識塔は現在、老朽化が激しいので補強工事が施され、全貌をちゃんとみることはできなくなりました。

簡単にマンガにしたものがこちらにあります。ぜひお読みください。http://s.webry.info/sp/suzukenhibi.at.webry.info/201108/article_1.html

ボクは、この波瀾万丈な人生を送ったこの人物に非常に興味を持ちました。なぜ自らの遺体を永久保存しようとしたのか? そしてなぜその遺体を塔の基部に安置したのか? 横溝正史の世界ではないですが、おどろおどろしく惹かれずにはいられない魅力がありました。その塔と人物と、原始の姿を色濃く残した西目屋の自然。そしてその土地に根付いた民間信仰をモチーフに舞台化したものが劇団野の上『不識の塔』(2011年8月初演)という作品です。

舞台はある塔の内部。今まさに息を引き取ろうとしている一人の主人。その枕元には正妻、妾の二人、下女が集まっています。その三人は遺言の中身を聞かされるのですが、その内容に驚きます。その内容とは、まず巨大な樽を用意し、その中を高濃度のアルコールで満たし主人の遺体を永久保存するということでした。しぶりながらも指示通りに準備する3人、といった内容でした。

その正妻と、妾2人が話す言葉はもちろん濃厚な津軽弁。途中からは下女も加わり、愛憎入り乱れる会話からは大正当時の津軽の生活や、西目屋の豊かな自然が立ちあがってきます。

やがて主人は、正妻と妾が用意したアルコールで満たされた巨大な樽に沈められます。主人が死んだと悲しみにくれる下女が水面をのぞくと、中から手だけが伸びてきて、下女も樽の中に引きずり込まれてしまいます。

実際に美術さんに巨大な樽を作ってもらい、中に1.5トンの本水を入れました。その中に沈められてからカーテンコールまでおよそ5分、2人は沈みっぱなしで水面には浮かぶことはありません。

終演し、カーテンコールで水からザバッと出てくると観客のお口はあんぐり。いったい何を見たのだろうかという顔をしていました。

この主人の役はボクがやったのですが、中にシュノーケルを仕込んでおり、それで酸素を供給していました。訓練のため温泉の個室を取り、そこで潜っていたんですが、温泉って真水より水圧が強いのか、とても長く潜っていられません。温泉で鍛えられたので、本番はもの凄く楽に潜っていられました。

この公演は、こまばアゴラ劇場という小劇場でやりました。当初、美術さんが水の重みでアゴラ劇場の底が抜けやしないかと心配して重さを計算したうえで、1.5トンの水を使用しました。底が抜けることはありませんでした。

この公演の稽古期間中、なんと斉藤主の直系の子孫の方から連絡をいただきました。チラシを街で見かけ、興味を持ってくれたのです。

妾2人というのは自分の創作でした。創作とはいえ、子孫の方がこの作品を見たときに怒ったりしないかとドキドキしていたのですが、とても面白く見てもらえたようで本当にホッとしました。

この作品をきっかけに、歴史や人物に関する作品を作るようになったのかもしれません。

いずれまた、この作品を皆さんにお見せできたらなあなんてぼんやり考えています。

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