2020年の新型コロナウイルス禍のもとでの出版
2020年12月31日(木)

2020年の新型コロナウイルス禍のもとでの出版

2020年は、コロナ禍の年でありましたが、例年、年末に今年担当した書籍を上げることになっていますので、今年も上げることにします。私は7冊を刊行しました。ひつじ書房の編集担当者としては、平均的な冊数といえるかもしれません。社長業の傍らということもあり、それなりに頑張ってはいると思います。といっても、できましたといいますが、延び延びでやっと刊行ができたものもありますし、手が回らず、出来ていない本や企画が私のせいですすんでいないものもありますので、あまり大きな声で自己肯定もできません。本ができたことは率直に喜びたいと思います。

中西久実子・坂口昌子・大谷つかさ・寺田友子著『使える日本語文法ガイドブック―やさしい日本語で教室と文法をつなぐ』
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戴宝玉著『日本語教育における「のだ」の研究』
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酒井順一郎著『日本語を学ぶ中国八路軍』
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程莉著『「重複」の文法的研究』
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石井雄隆・近藤悠介編『英語教育における自動採点 現状と課題』
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岸本秀樹著『Analyzing Japanese Syntax: A Generative Perspective』
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一般社団法人大学英語教育学会(JACET) 淺川和也・田地野彰・小田眞幸編『英語授業学の最前線』(JACET応用言語学研究シリーズ 第1巻)
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今年は、新型コロナ禍により学会がリアルには開催されませんでした。出かけていって、見ると言うこと、見ていただくということができませんでした。刊行した書籍を見ていただけなかったということには、困りました。見ていただいて、なんぼのものということがあります。我々が刊行しているのは、売れるであろうことがかなり保証されているものではなく、魅力的なテーマであるにしろ、ある領域から踏み出したり、領域を作ったり、確固としたものがあるというよりも、先駆け的なものという性格があり、新しいテーマやジャンルを作りだそうとしている書籍が多いのです。こういう本が出たということを地道に見ていただくことが何よりも重要だと思っています。見ないと気が付かないということがあると思います。先に見てみようという意図があって、見る、買いたいと思っていたものを買うというように先に動機があるものであれば、見つけて下さると思うので、必ずしもリアルな場所に特にこだわる必要があるわけでないかもしれませんが、そうではないと思います。場所や偶然の出会いが動機を作ることがあります。リアルな学会がなくなった分を、動画を作って提供したりするということも試しましたし、学会にremoというソフトでバーチャルな場所に参加したりもしましたが、知っている人が来てくれるという状況を超えることができたかというとなかなか難しいと思います。あいまいな領域、確定していない領域の中での実物の力というものは重要なのだと思います。

とはいうものの、書籍には商品という要素もあるわけですから、人気というか、気持ちを引き寄せるというパワーも必要で、そういう回路というかチャンネルというか、場所をも作り出すことができるくらいのことが必要でしょう。とともに、ここ数年、出店していてもなかなか展示場所に来てくれるということが少なくなってきていましたので、リアルであっても非リアルであっても「集客」というものをどうするかは、新型コロナ禍によって加速されはしましたが、重要な課題であるということです。話しはずれますが、池袋の東京芸術劇場をこえたところにあるフレンチレストランは、ケータリングの売り上げが伸びまして、新型コロナ禍以前よりも売り上げが上がったそうです。リアルな店ですと収容人数に限りがありますが、ケーテリングにはキャパの宣言はなくなります。いつもと違った組み合わせによって、動機が生まれるということは、工夫次第では起こりうることだといえます。直接的な動機はなくても、ちょっと立ち寄ってみよう、のぞいてみようと思ってもらえるような魅力。反省するばかりではなくて、楽しい感じを作り出すような徳があるのか、芸があるのか、魅力があるのか。魅力的にするのはどうしたら可能なのか、そんなことを考えるとまだまだ未熟と思います。

2020年は年の瀬になって、私ではなくて、海老澤の担当した書籍ですが、中山俊秀・大谷直輝編『認知言語学と談話機能言語学の有機的接点 用法基盤モデルに基づく新展開』(詳細ページ)と定延利之編『発話の権利』(詳細ページ)を刊行できたことが、うれしいです。従来の枠に留まらない研究が出せたことが、とてもうれしいです。言語研究も大きな展開するところに来ているように思います。言語観、言語研究観を変えるようなそういう研究を出していきたいです。これは、さきほどの魅力とも関係します。従来の枠組みの中で精緻化することも大事ですが、それであれば、曖昧な領域、新しい領域に関心を持たなくても、緻密化は可能です。新しい動きがあることが、研究の魅力を高めるのではないでしょうか。

新しいテーマの開発という点では、次の4冊も重要です。

『場とことばの諸相』
井出祥子・藤井洋子監修 井出祥子・藤井洋子 編
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秦かおり・佐藤彰・岡本能里子編『メディアとことば 5 特集:政治とメディア』
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『ナラティブ研究の可能性--語りが写し出す社会』
秦かおり・村田和代編
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『シリーズ 話し合い学をつくる 3 これからの話し合いを考えよう』
村田和代編
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「話し合い」については、21世紀の社会にとって重要なテーマであるのは間違いないですが、シリーズの1と2を刊行して思うのは、普遍主義的に「民主主義には熟議が必要だ」ということの重要性は最大限主張するべきですが、「普遍的な民主主義」ということを前提にしてしまうとキャッチフレーズになってしまう危険性があり、その土台を問い返すということが編集者である私として『発話の権利』の刊行を推進したということもあります。「話し合い」が、言語研究が法学、政治学、科学、社会学とともも関わっていく重要なテーマですが、おうおうにして社会科学の議論の一部だけを輸入して、言語研究として再検討せずに、受け売りになってしまうことが多いことも残念です。普遍的な思想とされているものを、言語的に再検討してはじめて、社会科学の側でも、言語研究を評価するのではないでしょうか。

できるだけ、従来の枠を超えるような新しい試みに立ち会いたいですし、出会いたいですし、応援、支援していきたいと思います。リアルにあう機会があれば、相談したり、提案することもできますし、相談されたり、ご提案をいただくこともあります。なかなか、そういう機会がありませんので、オンラインでも、いろいろな機会を通じて、提案していきたいと思います。また、ご提案、ご相談もいただきたいと存じます。そういうことを、コロナ禍の中、今までよりも意図してより積極的に行って行きたいと考えています。どうぞご提案下さい。

概ね主流派的な場所で、正当に優れていて正当に評価される場所があってそこで評価されるということは、順当なことであって、そのことについて、嫉んだり、うらやましいと思いすぎない方がいいと思いますが、出版人的なキャラクターからすると、自然に評価されて順調に進んでいくのであれば、わざわざ、あまり応援する必要もないように思っています。そうではないもの、これから価値が出来ていくものを応援したいと思っています。それとともに、決して主流派の議論を軽んじようと思っているわけではなく、言語研究としてすでに大きな流れになっている研究も応援したいと思っていますことを申し添えます。

今年の秋冬版の未発へのリンクを貼っておきます。

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執筆要綱・執筆要項こちらをご覧下さい。



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