2025年8月30日(土)
日本にマックス・プランク研究所がないこと
(8月6日付けのメール通信の「房主より」を元にしています。) 2025年7月9日の日本経済新聞の記事で大学改革支援・学位授与機構特任教授竹中亨氏による発言がありました。 「<再考 学び舎>停滞する大学改革 どう立て直す? 大学と行政「信頼」土台に」 一部引用します。(トランプ政権下での大学への圧力に対して米国以外の研究機関で米国の研究者獲得に動いている現状に対しての日本経済新聞社の記者の質問に対しての発言です)――政府や有力大学が研究者招致に動いています。 「米国の優れた研究者獲得の好機なのは間違いない。だが、高給などのにわか仕立ての招聘(しょうへい)策ではうまくいかないだろう。研究環境全体が良好でないと難しい。特に、実績ある教授クラスはそうだ」「米国では助成金の削減などで研究自体の存続が危ぶまれている。この状況では、研究者にとって給料の多寡はそう気にならない。一番の問題は、これまでと同様の研究が続けられるかどうかだ」「そう考えたときに、日本の研究環境はどうか。国際化を進めたといっても、実は、日本の大学は海外からの人材獲得にはそれほど成功していない。今回もどれだけの人を呼べるかは疑問だ」「基礎研究で有名なドイツのマックス・プランク研究所は、すでに去年の倍の応募が来ていると喜んでいる。予算の制約は厳しく、高給を積む余地はないはずだ。それでも米国からの採用照会が相次いでいる。それは研究環境に魅力があるからだろう」「財政余力の乏しい日本の国立大学にとって、狙い目は若手研究者だ。行き場を失った彼らは環境面でも妥協する可能性があり、任期付きポストを提供すればよい。ただ、『雇い止め』の解消など、境遇を改善する必要がある」 私がコメントしたいのは、ここでドイツのマックス・プランク研究所を取り上げていることについてです。研究者の応募を集めることができるそういう研究所がドイツにはあるということで、日本にはそういう研究環境のある研究所(研究環境)がないということを述べています。日本はそういう研究所(研究環境)がないということで日本の学術政策に対する言及になっていますが、マックス・プランク研究所には長い歴史があるわけです。 ひつじ書房で刊行した『ELAN入門--言語学・行動学からメディア研究まで』(細馬宏通・菊地浩平編)のELANは、マックス・プランク研究所で開発されました。このソフトは言語研究と人間の会話や行動の研究を総合的に分析することを可能にするツールです。マックス・プランク研究所は、いろいろな研究分野を横断している研究所です。日本で言うと国立国語研究所と国立情報学研究所を合わせたような研究分野もやっているということでしょう。古い人文学とは違った研究ジャンルを研究しているといえるでしょう。 もし、マックス・プランク研究所のような研究所がないというのなら、そういう新しいタイプの研究所を作れなかったこれまでの日本の学術の世界を議論するべきではないでしょうか。国立国語研究所が人間の言語と行動を研究するそうした研究所になっていたら、日本だけでなく、世界から言語や行動を研究する人が集まるような研究所になっていたら違っていたのではないかと思うと、そうできなかったことを議論するべきではないでしょうか。国立国語研究所が言語行動の研究を進めていこうとした時に潰されてしまったことはなかなか重大な問題です。国立国語研究所は、人間文化研究機構に移管されてより純粋なよりオーソドックスな言語研究に近いところで生き延びることができていますけれども。研究を広げる方向に変えたといれるのでしょうか。 言語研究を行動学にも対応できるようにできなかったのは、日本の学問世界、そして学問を支える社会自体の力のなさの問題ではないでしょうか。そのことには、学術系の出版社にも力不足があります。ひつじ書房もその責を負うべきです。言語研究を行動学・行動研究にも対応できるようにするという可能性について、過去の問題ではなく、これからの道であるということも考えて、杉戸清樹先生著の『言語行動論考』を刊行しました。杉戸先生の集大成ですが、未来に向けての集大成だと私は考えています。装幀もその方向で作っています。 言及した書籍へのリンク 『言語行動論考』(杉戸清樹著) https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-8234-1275-2.htm ---------- 執筆要綱・執筆要項こちらをご覧下さい。 「本の出し方」・「学術書の刊行の仕方」・「研究書」・スタッフ募集について・日誌の目次・番外編 ホットケーキ巡礼の旅 日誌の目次へ
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