中間というものを評価し直すことができるだろうか
2022年1月12日(水)

中間というものを評価し直すことができるだろうか

(1月12日にメール通信で配信した内容がもとになっています。日付けもその日付けにしています。)

オタキングとして有名な岡田斗司夫氏の『ユーチューバーが消滅する未来--2028年の世界を見抜く』という本があります。序章が「「未来格差」に備える」で、一番最初に「人間に残る仕事は...ない!」ではじまって、今、子どもたちが憧れているユーチューバーも、第3章で「AIがユーチューバーを淘汰する」ですので、身も蓋もない未来予測なのですが、未来を予測するための3大法則ということで、あげている3つが身にしみます。「現在、進行している価値観の変化は次の3つにまとめられます」、ということです。

1 「第一印象主義」
2 「考えるより探す」
3 「中間はいらない」

ということで、とても腑に落ちるというか、そういう傾向は明らかにあると思います。今回は、私の観点から2と3にふれます。ひつじ書房は言語学の出版社で、学術研究を世に送り出すことの営みをしています。しかし、2だと研究ではなく、分かったことを知れればいいということになります。これは安倍政権の時に、「選択と集中」といわれたことと似ています。このことば自体は、行きすぎた多角化に対する反省から生まれたことばのようですが、試行錯誤し、いろいろと失敗したり、紆余曲折をした後に成果はあるわけですが、何が良いかが分かっているのなら、それを選択して集中して成果だけ求めればいいということになります。その方向では新しい研究は上手くいかないと思いますが、そういう志向が現実にあるということだと思います。試行錯誤や無駄があっても、考えることを尊重するという価値観を作り出すことができるでしょうか。考えることを尊重するという価値観を作り出すことができないと日本の学術業界に未来はないことになると思います。公共図書館に結論の書物だけなく、考えるための書籍をもっとおいて、考えることにもっと馴染んでもらうことや、未解決な問題をもっと中高の授業で扱うようにしたり、もっと学術的な活動に触れるとか、「チコちゃんに叱られる」を「チコちゃんが考える」にして、チコちゃんの問いに、チコちゃんが知っている結論を語るのではなく、研究者が複数名出てきて違う説を討議するとか、うんちくを知るエンターテインメントではなく、迷い考える過程を楽しむ考えるエンターテインメントにするとか...思いつきレベル以上のよい方策を思いつくことができません。

今回、一番考えたいのは、3の「中間はいらない」という価値観の変化です。作家と読者、生産者と消費者、伝播する人と受容する人が直接結びつけばいいという価値観は大きくなってきていると思います。研究だと研究者と評価する学会があればいいという考えは存在していると思います。直接、発信者と受信者が結びつけばいい。ネットのサービスはそういう直接性と親和がよいと思います。たとえば、オークションなら出品者と落札者がネット上のプラットフォームを介してですが、直接やり取りすることも可能です。ネット上のプラットフォームを介してはいるわけですが、中間をとばしていると感じることが多いのではないでしょうか。電子的なデータであれば、直接のやり取りでほとんど問題ないということになります。中をとばしてかまわないと思うでしょう。デジタルとネットが、中間をとばしてしまうことを当然のことのように思わせているということだと思います。

しかし、学校での教育も、専門家とスペシャリストと人々をつなぐ方法を学ぶという中間をつなぐ勉強といえますし、編集や出版というものは著者と読者をつなぐ中間といえます。書店は、著者と読者をつなげる装置だということもできます。編集者は、専門家ではなく、専門家と読者をつなげる存在です。中間があることで、それまで出会っていなかったつながりができます。中間はいつも正解するわけではない。必要であったり、必要でなかったりする存在です。そういう存在があることで、専門家や専門家ではない人々がつながることができると思います。直でつながればいいという考え方からすると無駄なものと思われるかもしれません。非効率と思うものだからといっても、なくなってしまっていいかというとそうではない場合もあるでしょう。そういう中間をどこかで評価し直す必要があると思います。具体的にどうすることができるのか、どうしたら、必要なものと実感してもらうことができるのか。まだ、十分には評価されていない新しい研究や挑戦的な研究を後押しして、その出会いの意義を実感してもらうしかないと思いますが、そういうことを目指して活動していくことが重要なのだと思います。中間というものの価値を作り直していくことができるだろうかということが、出版社には問われていると考えています。この問題は、これからも考えていきたいと思っています。

『ユーチューバーが消滅する未来--2028年の世界を見抜く』は2018年に刊行されているんですね。コロナ禍の中、オンラインでの情報発信の重要性が高まった一方で出会いが失われている中(その中で、この本と出会ったわけですが)で、中間を問い直すということの意味はよりいっそう大きくなっていると思います。

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執筆要綱・執筆要項こちらをご覧下さい。



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