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(3/7)出版業のビジネス性(松本 功) 筆者写真 私は、出版社を経営して13年目になる。別に自慢にも何にもならないが、大学を卒業してから、ずっと出版ビジネスの世界におり、18年間一筋ということになる。出版というビジネスが苦しいのは、出版がビジネスになりきっていないことを出版社に勤める人が理解してこなかったからだと思ってきた。注文されたものが、返品されてしまうことや注文も受けていないのに書店に送りつける委託やら、不合理な仕組みに安住しているからだと思ってきた。問題は、近代化していないからで、システム化されないことに問題があると思ってきた。が、そればかりでもないのかな、とこのところ考えるようになった。

■リスクを負う出版社


 出版が(面白いと同時に)厳しいのはむしろ、ビジネスだからではないのかと思うようになった。本を作るとき、著者を見つけ、その人の書いている内容に感動したり、ビジネスとして可能性があると思って、企画を立て、それを本というかたちに仕上げていき、書店に並べて、それを見ず知らずの人である読者に買ってもらうという商売である。企画を立てる時には、その内容が売れるだろうと見込みをたてるわけであるが、実際に買ってくれる人は縁もゆかりもない通りすがりの人である。

 一人一人の手を取って営業していくことはできない。売れるか売れないかは、本ができて、最終的には店頭に並んでみないとわからず、1冊1冊が新商品であるので、過去の実績などは役に立たない。売れるか売れないか分からない商品を売っているわけだ。リスクは、作ったメーカーである出版社が負う。このようなことはビジネスとしては、当然のことだと思ってきた。

 ところが、ある種の商売にとっては、そうでもないらしいということに最近気が付いた。企画を誰かに買ってもらってから、ビジネスにする。企画を立て、プレゼンテーションをし、その企画が良いと思ってもらえれば、買ってもらう。その段階で、作ったのに売れないかもしれないというリスクはなくなる。親会社の側が、要望を出して、下請けとしてその要望に応えればいいという場合さえある。たしかに、コスト削減の圧力は強いのだろうが。

■リスクをとらない企業


 国立国会図書館で、電子図書館のシンポジウムが開かれた時のこと。著作物のライセンス処理の話になり、ある電機メーカーの人が、出版社に任せるのではなく、国会図書館側でコンテンツ自体も保持して、人々に公開できるようにしてはどうかと発言した。この中に「出版社は企業だから潰れてしまう危険性があるから」という下りがあった。当時は、理由も分からずにただ憤慨した。いま振り返り思い直してみると、電機メーカーの人の頭には「そもそも自分たちは倒産することはない」という異常な感覚があったはずだ。この電機メーカーは「親会社」を通して、図書館の仕事を請け負っているだけで、製品開発のリスクを負っていないにも関わらず、自分たちはいっぱしの企業だと思い込んでいる。しかも、それがおかしいと気が付いていなかった。

 数人規模で事業を行っている超零細企業である出版社が自分で自分のリスクを背負いながら、仕事をしている一方、その程度のリスクもなく事業を進めているもっともっと大きな会社がある。そんなやり方をしている会社がひょっとしたら、大半なのではないだろうか。そう考えると曲がりなりにもエンドユーザーに商品を売って成り立たせている出版業は、リスクを犯しているという点で、マーケティングが不十分であるなどの問題はあるにしろ、ビジネスのスタートラインには立っているといえる。

 デジタル放送にしても、政府が次世代の通信技術を決めて、機器メーカーはそれにしたがって作ればいいという発想があるように思えてならない。トレンドを作ってもらって、それに乗ればいいのだ。

 少なくとも、出版社はそんな依存は100%ありえない。とすると社会的には大企業と思われている企業がリスクを全然犯さず、零細の出版社が、自分のリスクで動いているということになる。ビジネスとしてまっとうであることだけは胸を張っていいことのようだ。