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(1/29)機会開発者としての女性起業家(松本 功) 筆者写真 工業社会から、情報社会になると生産者・消費者ではなくて、「機会開発者」が主役になる社会になると予言したのは労働省で『労働白書』を担当し、未来学者になった増田米二さんである。その予言が、インターネットの普及以前に行われたということは驚くべきことだ。一方、そんな社会を実現するはずであったニューメディアやキャプテンシステムの「失敗」で、その意義が忘れられてしまっていて、主著をはじめ、すべての本が品切れで手に入らないというのは出版人としても残念なことだ。

■キーパーソンは「クリシューマー」


 「機会開発者」ということばも、今は聞き慣れないことばになってしまった。そのことばは、世の中に受け入れられる前に、消えていってしまったかのようだ。その意味は、将来を作り出していく、主体的に時代を先取りして作り出していく人々ということだろう。しかし、その考えは、むしろ、定着しつつあるとさえいえるだろう。公文俊平さん(国際大グローバルコミュニケーションセンター所長)のことばでいえば、「智民」、あるいは「ネチズン」ということになるのだろうか。ソフト化経済センターの町田洋次さんのことばなら、「社会起業家」ということになるのだろうか。興味深い点は、これからの社会のキーパーソンたちは消費するだけの消費者ではないという点だ。すでに、作られたものを受け入れるのではなく、良いか悪いかを受け手として判断するだけではなく、必要さえも発見し、作り出していくということだろう。プロシューマーということばがあるが、もう少し強いことばがほしい。私に言わせれば、クリエイティブな側面が重要だから、クリシューマーと呼びたいところだ。

 デジタルコンテンツが、なかなかビジネスとして離陸できないのも、情報化が、工業社会のフレームである消費者を強化する側面と「機会開発者」たちをエンパワーマンメント(チカラを与える)する両方の側面があるからだろう。デジタルコピーは、情報の生産を容易にし、伝達も容易にしたという作る作業を強化したと同時に、まさに全く同じことが、情報消費をもエンパワーメントしている。前期情報社会のアポリア(難問)と呼ぶべきものかも知れない。たぶん、情報消費者が、進化したところに「機会開発者」があり得るのであり、今は、まだら模様なのだ。

■「機会開発者」たる女性起業家たち


 しかし、増田さんの時代からすでに10年を超える時が経ち、いっそう「機会開発者」たちの可能性と活動はすでに大きくなってきているのであり、そちらに注目すれば、時代の変動は感じとれるはずだ。それは、Wの時代と呼ぶべき変動だ。家庭と仕事、公と私、おとことおんな、などなどそれぞれが別々だであり、対立するとされてきた過去の枠組みを難なくこなしている「機会開発者」たち。私は、NPOやSOHOにその萌芽があると思うが、ここでは、女性起業家を取り上げてみたい。

 たとえば、広島の女性起業家でherstoryの社長の日野佳恵子さんは、女性の視点で、お掃除服のコンセプトを変えて、今までのお掃除おばさんのようなイメージを一新した。きれいにするために、楽しく、はつらつとプロフェッショナルに働くというそれまでとはまったく違ったユニホームを提案して、作り上げた。できてみれば、当たり前のことかも知れないが、従来の既成の概念の中にいる人にとっては、わからない。

 それは、たぶん二昔前の、仕事を発注する人とその仕事を受ける人のような感覚を相対化することがなかなかできないからだろう。仕事を出す方も、「仕事をくれてやるから汚れてやれ」という感覚ではなくなっているし、働く方も、「仕事をもらって命令されてやるのではなく、きれいにするというプロフェッショナルな感覚で気持ちよく仕事をしたい」というように変わっていることに、あまり気が付きにくいものなのだ。また、この日経時評にコラムに書いている関根千佳さんや田澤由利さんも、そうした機会開発者の典型といえるだろう。

 新しい起業家たち、特に女性起業家たちは、まさに、「機会開発者」であり、未来を開発していく人々である。そのような視点が社会の中のビオトープのように散在して、ネットワークされていくことで、前期情報社会のアポリアが乗り越えられていくのではないだろうか。