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(1/26)<特別寄稿>問題多い欧州の「パソコンへの著作権料課金」(松本 功) 筆者写真 1月22日の日本経済新聞夕刊一面に「著作権料、欧州、パソコンから徴収」という記事が掲載された。米国でナップスターなどのインターネット上のサービスを介して、音楽が著作権を無視して交換されるなどの問題が起きている。それへの対応として、欧州の動きは一つの解決策と思えるが、出版社を経営している私の目から見て、このような方法は、問題が多いと思う。

■ネット上で生業を立てている書き手は絶無


 ナップスターやグヌーテラのようにインターネット上で、音楽や画像、そして文書などを個人から個人に受け渡したり、共有できるアプリケーションが現れている。情報の共有化ということは、インターネットの世界で、強い基調をなしていて、そのことはとどめようのない現象だろう。

 情報の流れる道筋を、今まで、出版社や新聞社などの組織が、基本的には独占してきたわけだが、このあり方が、崩れつつある。だれでも、やる気とパソコンとインターネットさえあれば、情報発信者になれる。これは基本的に世の中の仕組みが変わりつつあるということだ。

 ただ、今のままで、全てがうまく行くかというとどうだろう。思い返してほしい。インターネットが紹介されたころ、「インターネットによって、個人で出版社や通信社や新聞社を作ることができる」「インターネットはデモクラシーを推進するものだ」と言われていた。にもかかわらず、現在、インターネットで情報を発信して生きている書き手はいるだろうか。私はいないと思う。それはなぜかというと情報発信と情報共有のツールとしては強力であっても、生業を立てるため、つまり、経済的にフィードバックする仕組みがないということだ。

■一律徴収の意義


 電子機器は、人々が情報を消費する点に関しては強化したが、情報を生産する時に、ほとんど何も支えてくれない。これは、デジタル化する以前の紙の世界でも起きていることだ。私は、言語学の専門書を刊行している出版社を経営しているが、紙のコピーのせいで、少部数の書籍を発行して経済的に本を取るということはどんどん困難になってきている。かつてであれば、多く刊行されていた論文集が、必要なところだけコピーされてしまうことによって、本が売れなくなり、本の刊行自体が困難になっている。

 それでも、まだ、紙のコピーであれば、実物よりも汚くなるし、製本もされていないので、きちんとした本の方がましだと思ってもらえる要素があった。が、情報がデジタル化され劣化もなく同じものを複製して作ることができてしまうことになったらどうなるのだろうか。そうなると書き手や出版社などの情報発信者は生きていけなくなり、貴重な情報自体が生産されなくなってしまうのではないか。一人一人は、自分だけだと思っているかもしれないが、回りまわって、重要な知的な成果が、公開されなくなってしまう危険性がある。

 これに対する対策として、ヨーロッパでは、現実的にパソコンによって著作権が侵害されていることと、個別にそのつど利用料を徴収することは不可能だとの判断からであろうが、パソコンに一律、1000円を越える「課金」を前もって行うことを求めたという。その課金された金額はなんらかのかたちで、書き手に回されることになるのだろう。

 日経新聞の報道では、メーカー側の反発は必至であるとして、批判的に紹介されていた。メーカー側から見るとパソコン販売を混乱させる難問と取られるかもしれないが、情報が複製されて、書き手が生きていけなくなることをどうやって解決すればいいかという点にも焦点を当てて欲しかったと思ったのは、我々だけではないだろう。

 消費者も今まで、課金されなかったものが、取られるということに反発するだろうが、もし、それしか、情報の作り手を支援する仕組みがないのであれば、それはないよりもましだ。日本とは異なり、ドイツなどで、書籍に対するコピーに対し、著作者に不利益を及ぼしているとして、コピー機やコピー用紙に一律、著作権使用料をとっているのと同じ発想があるのだろう。

■著作権メーターとしてのナップスター


 ただ、作り手を支えられる仕組みを作るべきだという上に立って、問題をさらに突き詰めるなら、一律でどうやって分配できるのか、という疑問は残らざるを得ない。だれがどうやって、その分配率を決めるのだろうか。有名な著者がとってしまうのではないか?ブランド力のある出版社がとってしまうのではないのか?やはり、個別に使用状況がわかるような仕組みを考えないとよいコンテンツを作っている人を実際に支援することは難しいのではないか。一律で徴収したお金をプールしておく協会のような団体だけが、儲かるような仕組みなっては意味がない。

 筑波大学名誉教授の森亮一氏が主張しているように、どのコンテンツをどう使ったかがわかるような使用料のメーターをパソコンに付ける必要がある。この考えを「超流通」と呼ぶのだが、森さんの提唱された時代には、そのメーターは、コンテンツのセンターとそれぞれの機器(たとえばパソコン)に物理的なハードとしてメーターをつけるという考えであったと思うし、それはどうも実現が困難じゃないのかと思ってしまう。

 でも、逆に今こそ、実現の鍵が生まれているのではないか。それは逆転の発想だ。つまり、ナップスターのようなソフトウェアが、メーターの機能を実行するという可能性もあるのではないだろうか、ということだ。

 ナップスターは、個々のパソコンにインストールされたアプリケーションと大本のサーバーの両方の機能が連動して、コンテンツの共有を実現している。これは、ちょっとひねれば、「超流通」の仕組みになる。そうなれば、作り手をないがしろにした「共有」ではなくて、次の情報を生み出すことも保証した「共有」になる可能性があるではないか。


[参照記事]

「著作権料、欧州、パソコンから徴収」

 【ブリュッセル22日=品田卓】ドイツ、フランス、ベルギーなど欧州主要国は、パソコンやパソコン用記憶媒体などの購入者から、メーカーを通して音楽や画像、書物などの著作権料を徴収する方向で検討に入った。インターネットを介した私的な録音や録画に対して著作権を保護するのが狙い。パソコンに対する著作権料徴収は世界でも異例で、私的複製をしない購入者からも徴収することにメーカーから批判が出ている。ネット取引の規制や課税などを警戒する米国の反発は必至で、欧米間の新たな摩擦に発展する可能性もある。この動きが欧州全体に広がれば、日本メーカーの欧州販売戦略にも影響を与えそうだ。

 独の作家で構成する著作権団体はこのほど、パソコン1台当たり30ユーロ(約3100円)の著作権料徴収案をメーカー側に提示した。メーカーが販売台数に応じて一括して著作権団体に支払うように求めている。音楽、映像の著作権団体はこの交渉の行方をみたうえで対応を決める。これを受けて、独政府は年内に徴収を開始する意向で、メーカーと著作権団体との間の調整を急ぐ。独政府は書き込み可能なCD(CD―R)など周辺機器からの徴収も検討している。

 ベルギーは年内にもパソコン1台当たり500ベルギーフラン(約1300円)を徴収する方向で検討している。仏はまず年内にも記憶媒体を対象に著作権料を徴収し、その後にパソコンへの導入を検討する考え。仏では税金の形で徴収する案も出ている。オーストリア、ギリシャも検討に着手した模様だ。

[1月22日/日本経済新聞 夕刊]