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1999年10月3日 投げ銭ワークショップ雑感

会の内容については、あらためて報告することになると思う。当日の記録係で、パソコンで記録を取っていた田中さんに、筆記で記録を取っていた富田さんのノートと照合しながら、テープを元に記録を構成してもらっている。彼女の記録が出てくれば、それを元に正確な紹介ができるだろう。

大まかな反省としては、起承転結でいうと「起」と「結」がなかったことである。紙の本が機能しなくなっている時に、これからどうしていくのがいいのか、という出発点をもっと明確にしておかなかったことが、議論を具体的ではなく、原理的な話しから浮き上がることができなくなってしまった。

そのことを確認した上であれば、富田さんの「図書館と出版社が仲を良くしていてもらっては困る」「情報や伝えたいことを作る人が直接、どんどん公開していく」という一見「電子本原理主義」的な、話しも、そんなに性急さを感じさせなかっただろう。

また、本当はなぜ、投げ銭にもっとも近いと思われる青空文庫という位置のグループが、著作権切れのものを集めることに力を集中し、無料ということをことさらに大声で言うのか、著者と読み手が直接経済的にも支援し会うような「投げ銭」を支持できないのか、というより本質的な議論へ、続いていかなかったのは非常に残念である。ここで、言っておくと富田さんの「支持が集まって公共性ができて、無くなっても良いのかと問うのだ」という発言については、その時になって税金をもらうというのか? それでは、いままでの公立図書館と同じではないのか? 税金あるいは大企業のメセナに最初から依存するというのか、市民が市民に直接支援できる仕組み、精神を作ろうとしないで、あるいは企業がメセナを広報としてしかとらえていない現状を変えようとしないで、電子的な情報の共有の仕組みができるのか? ここはやはり、「投げ銭」的な文化を作らないで、あるいはNPOとしてのあり方をきちんと考えないで、情報の共有あるいは、公共的な情報ということを作ることができるのかという疑問を持っていることを述べておきたい。

推測するに、青空文庫の中には、無料絶対主義者がいて、議論がまとまらないに違いないのである。そうでなければ、鳥取からわざわざ来てくれた青空文庫の工作員の及川さんは別にして、青空文庫を実質的に運営している人が、富田さん以外には会にまったく参加しないのはおかしいと思う。

邪推するに(あくまで邪推である)富田さんの原理主義的な発言は、本質的な議論をさけるための、煙幕ではなかったか? また、富田さんはLINUXを評価しすぎだろう。LINUXは、UNIXの互換OSを作ったに過ぎない。情報の共有、オープンソースという非常に面白い議論を世界中にふっかけているという点はあるにしろ、その中身は、別に新しくかんがえたものでもなんでもない、UNIXのコピーなのだ。まさか、富田さんは公立図書館の互換OSとしての、青空文庫を作ろうとしているわけではあるまい。少なくとも既存の図書館の互換OSとしてではなく、市民が発信でき、それを支援する新しい情報や気持ちのアーカイブ・発信の仕組みを作ろうとしているのだろうと思う。でも、それは全く新しい文化なのではないのか?

「伽藍とバザール」によると、プログラマは、生活に困っていないから、名誉を求めるのだそうだ。残念ながら、書き手も、編集者も、生活に困っているのが実状だ。私も情けない話しだが、深夜まで仕事をしても来年会社がちゃんと持続できるのか、不安を抱えているありさまだ。つまり、生活の糧が必要なのである。その意味で言うと伽藍とバザールは、プログラマという高等遊民、貴族の議論である。生活に困っていない人の議論だ。あるいは、武士か。公開の場で、果たし合いをしているにすぎないのだろう。彼らは、公開試合でべつに集まってきた観客からお金をもらう必要はない、負ければ死ぬというシビアな場所だが、勝てば高給で大きな藩に召し抱えられるのだ。しかも、そろそろ、戦国時代のクライマックスが近い。有能な武士を一人でも多く召し抱える必要があるのだ。ここにも、高等サラリーマンの論理があり、これは、どうもSOHOの論理ではないのではないというと、本題からそれすぎているだろうか。

考えてみれば、公開試合も、道場破りも、殿様に召し抱えてもらうためのもので、その行為は、別にお金を取る行為ではない。無料で当たり前である。LINUXは、一種の道場破りだと思えばわかりやすい。オープンであればあるほど、武芸者には役に立つ。名声が高まるからね。

また、もともと書き手へのフィードバックを提唱していた古瀬さんたちのシェアテキストが、ほとんど作品も集まらず、無料を声高に述べている青空文庫が、少なくとも作品とアクセスの数では、圧倒的に勝っているのかを考えて見ると、本当は複雑なものがある。人は、頑張って数百円しか入らないものよりも、最初から無料の「奉仕」の方が好きなのだ。自分自身の善意が、保証されると感じるものなのだ。組織の運営者も、頑張っても数百円しか入ってこない仕組みよりも、最初から断念した方が簡単だ。

これは、大きな問題をはらむ。いつまでたっても、自己満足以外に、存立の基盤がない、新しいサポートの仕組みが作られてこないことになる。

極端な悪意をもった批判を青空文庫にするとしたら、市民によるスポンサーシップという文化を育むことを断念し、なおかつ、無料か有料化という既存の仕組みに何らの批判も浴びせないで、既存の仕組みを温存しようとすることをしているのではないか、ということもできるだろう。

本当は、そっちの議論までをしようと思っていたということだ。私自身のワークショップの編集能力が欠けていることをやはり反省する必要があるだろう。だが、やはり、これは2回に分けて行うものだったのだろう。人選的には、シェアテキストを最初に提唱した古瀬さん(今回、わざわざ来てくれた)とやっぱり青空文庫の人、次は、富田さんじゃなくて、LUNA CATさんがいいと思う、それに投げ銭チームだろう。

ただ、今回の人選が間違ったということはないと思う。当日の感想は、正直な原理論が交わされたことを、マイナスとしてではなく、プラスとして感想を述べてくれる人が多く、たぶん、書き手、公立図書館、電子的な発信にかける人、そういった人が、それぞれの気持ちを語り合うということが、今まで本当になくて、そのことの取り合わせの面白さ、それぞれの人が、懸命に考えていると言うことを確認することができたこと、出発点を作ることができたこと、そのことに面白さを感じて下さったのだろうと思う。多くの方が、富田さんの意図を理解しながら、北村さんの発言に感動したという感想を述べている。

また、「ルネパブ」にも書いていることだが、学校教育の予算を1パーセント削って、公立図書館に回すだけで、予算は100倍以上になるのである。市民の側が、何に予算を使うのか、きちんと判断をすれば、容易に図書館を変えることができることにも気が付くべきだろう。また、学校教育は早晩、崩壊するにちがいないと私は見ている。崩壊したときにどういう「教育の仕組み」を作っておくのか、ということの方が問題であり、そのことと今回のテーマは重なり合うものなのだが、うまく説明できていなかったということだ。

これはまた、もっと具体的で、実のある、議論の場を作らないと期待に答えられないということだと思う。この点については、「図書館と投げ銭―市民が情報発信者を支援する仕組みを作ろう―」というメーリングリスト+アーカイブを作ることを考えている。できるだけ、早い内にスタートしたい。

ただ、身も蓋ものない話しを最後にすると、ひつじ書房の責任者でもある私自身に差し迫った問題は、ひつじチームが、投げ銭の実質的な運営を行うと言うことが、いろいろな意味で限界に達しているということである。私は、10月1日の朝に、畠山さんが、ひつじの事務所にに来ると言うことをすっかり忘れてしまっていた。畠山さん、すみません。ひつじ書房では、29日の翌日30日は、第9期の決算期の最後の日であり、棚卸しの日であった。田中製本にずっと入れっぱなしだった本を倉庫に入れると言うことで、田中製本が、午前中に納品を片づけたいというので、9時に事務所に来て、いっしょに倉庫に行って、本の納入と棚卸しをすることになっていたのに、盛岡から鳥取への長い旅の途中で、ワークショップにわざわざ立ち寄ってくれたお客さんである青空文庫工作員の及川さんに9時に時間通りに「出版社の倉庫を見てみるのも面白いかもよ」とか言って、来させて、スタッフは遅刻してしまったのだった。

棚卸しの日の前日に、ワークショップを設定したことが、そもそもの私のミスではあるのだが、私も含めて、投げ銭の運営第3原則に基づき、本業をおろそかにしないということでは、すでに失格と言うことになる。しかも、約束をきちんと守れないと言うことが、起きてしまった。身内でのことであるならばともかく、ひつじ以外の人にまで迷惑をかけてしまった。これは、何か、ことをする資格がないということを意味する。私自身を含めて深刻に考えないと行けないことだ。結論的にいうと、年内は、ひつじチームは、いいだしっぺである私はやむを得ないにしろ、私を手伝ってくれる学生さんを除いて、投げ銭運営に関わることは、無理だろうと思っている。やはり、本業をしっかりすることができなければ、将来への投資もできないと判断せざるを得ないと思う。私が、明智小五郎だとすると小林少年たちには、しばらく、本業にいそしんでもらって、少年探偵団員の学生さんたちに頑張ってもらって、続けるということだろう。

さて、小林少年たちの本業は何なのだろうか? たぶん、明智探偵事務所の本業は、地味な興信所みたいな仕事で、怪人21面相とたたかうということではないだろう。尾行とか、聞き込み調査とか、そんなことが大事なのだろう。明智小五郎事務所も、派手な事件だけでは生きていけないのだ。

1999年10月7日 取次店の整理

1997年に、トーハンと日販の口座を開き、昨年には、大阪屋、太洋社の口座を開いた。現在、地方小、鈴木書店、日教販、柳原、トーハン、日販、太洋社、大阪屋の口座を持っている。これまでの取引内容を見てみると、どうも絞り込みをした方が良さそうだ。

柳原書店は、お金を払ってこないので、現在、納品をストップしている。トーハンは、返品が汚く、どうしようもないことは『新文化』に書いたとおりであるが、それだけではなく、ニューメディア商品を昨年98年、7月に委託した商品のお金を全く払ってこない。本来であれば、訴訟沙汰だ。しかも、ひつじ書房の本来の研究書が、トーハン経由ではさっぱり売れていない。大学生協などが、ほとんど日販扱いなので、研究書を扱うような書店がないということだろうか。支払いをきちんとしてくれていないところと、取引する必要かどうかは、冷静に考えれば、ないという結論が出るだろう。

大阪屋は、支払いがめちゃくちゃであり、取引開始時の支払い条件を守っていない。売り上げのすべてではなく、一部を保留してしまう条件なのだが、その払うべき金額もまともに払ってこないのである。大阪屋はジュンク堂以外、残念ながら、意味がないのではないだろうか。さて。

取引が少ない、あるいは支払いがめちゃくちゃ、ということであると取引する意味が無いのではないだろうか。そんなことなら、労力をかけるのはばかばかしいような気がする。我々は、現在、未来への投資を行っている。無駄なことをする余力がない中で・・・。さて。

1999年10月8日 『ノウアスフィアの開墾』への違和感

富田倫生さんが、私の先日の文章についてのコメントを下さった。その中で、LINUXモデルを支持される理由の一つとして、『伽藍とバザール』の書籍版にも収録されることになった『ノウアスフィアの開墾』と『魔法のおなべ』をあげていらっしゃるが、やはり納得できない。『ノウアスフィアの開墾』の中に以下のような文章がある。長くなってしまうけれども、引用する。最後にもお断りするが、まだまだ考え途中であるので、本当に不完全な言及になってしまう。また、考えも変わることがあると思っていることをあらかじめ申し上げておく。

 多くのハッカーたちは、アカデミズムの世界と正式な接触を持ったことがある(大学でハッキングを学ぶのはよくあることだ)。だからアカデミズムの世界が適応パターン面でハッカー文化とどれほど共通性があるかという話は、こういう慣習の適用方法を理解するにあたっては、ついで以上の興味を向けるべき課題だ。

 ぼくが特徴づけたようなハッカー「贈与文化」との明らかな類比が、アカデミズムの世界でもたくさん見られる。研究者が終身職を手に入れると同時に、もはや生存の問題は気にする必要がなくなる(実は終身職の概念は、「自然哲学者」たちがおもに金持ちの紳士たちで、研究に没頭するだけの暇をもっていた、初期の贈与文化までさかのぼることができる)。生存問題がない以上、評判の向上が作業をつき動かす目標となり、それは雑誌などのメディアを通じて新しいアイデアと研究の共有を奨励する。これは客観的にみて、機能的に筋が通っている。科学研究はハッカー文化と同じく、「巨人の肩に立つ(先人の成果に積み重ねる)」という考え方に大きく依存しているからだ。これにより、同じ基本原理をなんども発表しなおさずにすむ。 ある人はこの議論を極端にすすめて、ハッカー慣習は単に研究コミュニティの民俗的な慣習の反映にすぎず、実は(ほとんどが)そこで獲得されたものだ、とまで主張する。これはたぶん話を誇張させすぎているだろう。ハッカー慣習は頭のいい高校生でもすぐに獲得できてしまうという一点だけでもそれは明らかだと思う。

ここにはもっとおもしろい可能性がある。ぼくの憶測だけれど、学問の世界とハッカー文化が同じ適応パターンを示すのは、それが出自の点で親戚だからではなく、物理法則と人間の本能の仕組みを千手としたときに、それぞれ自分たちがやろうとしていたことを実現するための、唯一最適な社会組織を発達させたんじゃないだろうか。歴史的にみて、自由市場資本主義こそが経済効率を求めて協力するための世界的に最適な方法だという審判はくだったようだ。ひょっとして同じように、評判ゲームに基づく贈与文化は、高品質の創造的作業を産み出し(そしてチェックする!)ために協力するにあたって、世界的に最適な方法なのかもしれない。

これについては、複雑な気持ちである。アカデミズムの世界で、評判が大事であることは納得できるし、多くの研究者たちが、自分の経済的な利益ではなく、自分のやりたいことを経済的には無欲で、自分の関わる分野における知的な達成だけを目的として、活動していることも知っている。

それは、研究書を刊行している出版社を営んでいる人間として、最初に踏まえておかなければ行けないことだ。私が、編集者に成り立ての時、ある中世文学のテキストを本にする仕事であったが、二人の研究者が、徹夜で、索引を完成させ、その翌日、そのまま、一睡もしないで、自分たちの授業のために、神田の小さな旅館から、仕事場に直行したときに感動し、研究者とは恐れべき仕事だなあと思ったことを思い出す。そうした人々の後ろ姿を見ることがなければ、私は自分で出版社を起こしたりはしなかっただろう。

しかし、「研究者が終身職を手に入れると同時に、もはや生存の問題は気にする必要がなくなる」という言葉を目にするとき、やはり、これは違うのではないかと思う気持ちがある。国立大学が、独立法人化しようという時代の中では、それは甘い意見だと思う。アカデミズムの人々の地位も安泰ではないと思うとき、時代錯誤があると感じる。終身職というのは、保証されたものではない。市民がその仕事を必要だと思わなければ、その職も継続するものではないのだから。大学の研究職というもの自体も問い直されているとき、あまりにも安易な意見ではないのだろうか。

そもそも、「終身職」というものの存在が危ういことを考えるときに、そういった研究職さえも、市民による支持無しでは継続できないところにきていることを思うとき、もっと違うところから考えていかなければならないのではないか。

富田さんの言われるように「「市民によるスポンサーシップという文化を育むことを断念し」という切り口 は、試しに提示されたのだろうが、当たっていないように思う。青空文庫は確かに、投げ銭は組み入れてこなかった。だが共感した市民の〈投げ働き〉が集まったからこそ、ここまできたはずだ。」という点は、まったくその通りだと思う。むしろ、一番、近いところにいると感じるからこそ、論争的な言い方をしていると申し上げるべきだろう。

でも、やはり、「終身職」ということばを聞くとき、Linuxは、デジタルテキストの経済モデルとしては、役に立たないと思う気持ちはぬぐい去れない。とはいうものの、「投げ銭」が本当に機能するのか、ということは、やってみないと分からないとしか言えない状態では、Linuxモデルにシンパシーを感じていらっしゃる気持ちを難詰することは、本当は現状では、踏み外したことだろう。また、『伽藍とバザール』についても、熟読したわけではない。多くの誤解があるだろう。もう少し、じっくり読んで、もう少し考えを深めてみたい。今回は、そのための準備の、さらに以前の第一歩にすぎないと申し上げたい。

投げ銭システム推進準備委員会

1999年10月11日 13分日誌、開始。

編集見習い、ひつじの秘蔵っ子、アナキン・スカイウォーカー、賀内さんの13分間ライティングが始まった。なんともまあ、面白いですねえ。みんな、悩んで 大きくなったということかなあ。賀内さんは、私と同じ干支。ということは・・・。 でじたるでし入り日誌から、おはいり下さい。html化まで入れて、15分以上かけないでね。

絵日誌も再開しました。

1999年10月16日 ひつじの10パーセント

ひつじ書房のひつじと名乗る由来であるが、オランダのムートン社から取ってきている。勝手に名乗らせていただいている。

ただし、それはひつじの90パーセントなのである。それが一番大きいものではある。でも、それにちょっと10パーセントくらいは他のものもある。それは、二つの本があって、『羊をめぐる冒険』の羊男と『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の羊ということばである。5パーセントずつというところかもしれない。これについては、また改めて・・・

1999年10月19日 佳境の始まり

現在、『時間とことば』と『萬葉集と上代語』の最後の局面にいる。時間の方は藤井さん、萬葉集は、生井さんに手伝ってもらって、どうにかこぎ着けたという感じ。近代語研究の索引作りも佳境である。こっちは、まだ、少しかかるだろう。 この2冊が終わったところで、やっと『認知言語学の発展』の編集作業に移ることができる。どうにかここまで、本当なら、9月の半ばまでにたどり着きたかったのだけれど。私が担当している中では、この本が一番、ひつじ書房らしい、現代語の理論的な研究なのだけれど。うーん、とても残念だ。

とはいうものの、その前に、決算の資料を作るという重要な使命がある。あーあ。本当にイヤだ。性格がずさんなものだから、資料をきちっとつくるということが、そもそもだめなのだ。日頃からきちっとしていないために、最後になって非効率的になり、さらに消耗してしまう。

さらに悪いことに、決算資料の作成が楽しくないものだから、雑事があるとそっちばっかりしてしまう。ホームページの更新なんかはじめたら、そっちに逃避してしまう。大きくない仕事であればあるほどうれしいから、優先順位の低いものにのめり込みそうになる。というわけで、なるべく、決算に向かい合うようにむりやり鼓舞しているので、いろいろな心遣いすべき局面に入れなくなってしまうと思います。お許しを。

重版にも手を付けることができず、賀内に手伝ってもらいどうにか前に進めることができた。『日本語のモダリティと人称』と『認知文法論』は、11月初旬くらいに重版ができます。スイマセン。お待ち下さい。

1999年10月27日 学会出張が続く

例年のことだが、10月11月は学会シーズンで、学会に行く。本を展示して、販売するわけだ。いつもは一日中(下手をすると一晩中)、事務所にいることがあるので、外に出るのは息抜きにもなる。子供ではないが、列車に乗って遠方まで行くのは楽しいものだ。

今週は、関西言語学会で、神戸に行った。学会に会わせて、今回は、神戸学生青年センターの飛田さんにお会いした。普段は簡単にはお会いできない方にお会いするのは楽しい。土曜日は、コンマリさんにお会いした。お二人と話したことは、機会があれば報告しよう。

しかし、いつもこぼしているが、何ともまあ、仕事のたまっていること。そんな中で行くのは、なかなかしんどい。遅れている本を先へ進めることができなくなってしまうから。さらに、学会で書いた方にお会いするのでつらい。遅れている人には催促もするが。

今週末は、国語学会で名古屋に行く。名古屋コーチンを食べようか。

1999年11月4日 危ない!

朝、娘を自転車の前の席に乗せて、20分かけて、事務所にやってくる。引っ越しをして、しばらく電車通勤・通学をして、その後はずっとそうしている。かれこれ、3ヶ月くらいそうしているのだが、今日、車にぶつけられてしまった。20分の間には、共同印刷のそばの印刷所街を通り抜けていく、信号のない道路で、右から自動車にぶつけられた。たいていは、止まってくれるのに。自転車の真横をどーんと。自転車は倒れたが、娘はシートベルトをしていたこと、私が先に倒れて、かばったこと、何より、車のスピードがでていなかったことがあって、どうということはなかった。私の左肘と左ひざをすったくらいだ。

仕事が立て込んでいると、気持ちが余裕がなくなって、ゆるむ。とっさの反応ができなくなる。昨日は、私は休んで、妻が出た。もう少し用心した方がいいだろう。きちんと道路を渡るときには、注意しよう。狭い道でも、左右をもっと見よう。

1999年11月7日 取り次ぎよ、抜本的な改革を

小田さんの『書店と出版社はどのように消えていくか』が、4刷りまで行っているらしい。初版が、3000部と言うことだから、重版が1000部ずつだとして、6000部まで、刷り部数は行っているということだ。残念ながら、『ルネッサンスパブリッシャー宣言』は、先日、在庫をしらべたところ、800部だったので、献本を除く販売部数が1900部だから、1000部強しか売れていないことになる。実力のなさを思い知るところだ。悔しい。

小田さんの本は、実は、書店と出版社といいながら、よく読むと実は、取次店が中心のテーマになっている。取次店に書店が、書籍をすべて返品しても、売り掛け残が残るということで、実質的な店頭在庫よりも多くの金額を書店に貸し付けている、つまり、不良債権が多量にあるということなのだ。もちろん、取次店が会計を全面的に公開しているわけではないから、推測も入っている。だし、実感的には、外れていないだろうというのが、業界の中でももっぱらの噂だ。本当だろうか。

小田さんは、日本の会計の仕組みが変わる2002年には、この粉飾された決算があからさまになり、制度が崩壊するのではないかと言っている。これは恐ろしいことで、書籍流通の血管、大動脈が、詰まってしまい、お金が焦げ付き、流れないという状況がおこるということだ。だれか、ぜひ韓国の例を知らせて欲しいものだ。韓国では、日本のトーハン、日販に当たる書籍の問屋が倒産した。その時どのようなことが起きたのか。

先日、人文書の専門取次である鈴木書店から、支払い明細に同封されてコピーの手紙が届けられた。これは恐るべき文面であった。契約では、注文品の全額を翌月に支払うことになっているにも関わらず、注文品の納品金額の20パーセントを保留したい、よってよく翌月からそうする、という一方的な文面であった。これは、普通の商売で許されることだろうか。もちろん、経営が苦しいという時に緊急避難的な対応をとることが一切ないというつもりはない。だが、このような契約の根幹、出版社の経営の大本に関わることを、単なるコピーの紙切れ一枚だけで、通告すると言うことが許されるものだろうか。そればかりか、その支払い保留する20パーセントをいったいいつ支払うのか、という説明がないとはどういうことだろうか。

本来であれば、会社の経営の抜本的な改革案を出し、人件費の削減、それから、大手の出版社には、委託品の「前払い」を行っているわけで、それをどうするのか、この緊急避難はいつ頃まで続くものなのか、と明言すべきだろう。また、説明会を開催すべきだろう。

さらにまた、大手の出版社にはこのような手紙は出していないようで、あまりにもばかばかしく、話しにならない。そもそも、筑摩や東大出版会には、委託品の前払いを行っているはずで、そのようなことを改革しないで、零細出版社にこのようなことを通告するとは何事か。

読者の方々も、他人事だと思わないでほしい。このような商売の根幹をも理解できない経営者によって運営されている書籍の流通業が、このまま永続できると思うべきではないだろう。この夏にもある取次が、かなり大変であったといわれている。いつ、どこかがおかしくなっても不思議ではない状況なのだ。そうなる危険性に、出版界は対処できるだろうか。本が届けられず、たくさんの出版社が苦境に陥るということが現実として起きてくるだろう。

私は、大手出版社が、取次店が本当に危険になる前に、取次を救うような根本的な改革をはじめることを要望する。まず、大手出版社は、前払いを受け取ることを中止すること。今までの、本を取次に納入すれば、即座にお金が入って来て、それを運転資金にする自転車操業を止めること。これは、印刷所にも関係する。大手の出版社の場合、この前払い金で、印刷製本代を支払っているからだ。印刷所への支払いは、半年後になるだろう。それに耐えられるか。

さらにいうと、大手書店へのばかばかしいまでの優遇策は即刻中止すべきだろう。新規開店の場合、なんと5年間支払わなくてもいいそうだ。これは、もう、常識の範囲外だ。こんなことをやっているから、おかしくなるのである。

取次の終焉、これは、消費財としての本の時代の終りあるいは、軌道修正を意味しよう。本の内容も変わり始めざるを得ないだろう。

出版界が、神風が吹くと思って、最後まで上手な撤退ができなかった日本軍のようになってしまうのか。たとえば、筑摩は、老人力の売り上げ(今期の筑摩の売り上げは文芸春秋社よりも多いらしい)を社員にボーナスで配るのではなく、前払いの制度を止めて生きていけるようにこの機会に改革すべきだが、できないだろうなあ。もし、筑摩の社員が、それに気が付かないのなら。全員がバカだ。筑摩がにくいのではなく、たまたまの一例である。これがおかしいと思わないとしたら、いくら企画力が優れている編集者だったとしても、どうしようもないだろう。

話しは変わるが今、出版界でもてはやされている「サプライチェーンマネジメント」は、意味がないと私は思う。「サプライチェーンマネジメント」は要するに、サプライ側、出版社が本を流通させる時に、書店での店頭のの売り上げ・売り掛けを管理して、きちんと配本できるようにシステムを作ろうと言うことだが、結局のところ、委託と再販制を延命させようとしているに過ぎない。こんな発想は、もうどうしようもないと思う。書店の能力を最初から、バカだと決めつけ、出版社がわですべてを仕切ろうと言う発想。そんなことにお金をかけるのなら、本を、正味(取次納入掛け率)を下げて、買い切り制にして、書店に責任を持って販売してもらう方がいいだろう。

以下に改革案をあげる。

1999年11月12日 38歳児の本棚

当たり前だけれど、人はそれぞれで、感じ方が違う。まあ、意外に似てしまうこともあるが。どう思われるだろう。たとえば、38歳児ということば。

「こども」ごころを失わないピュアな人間という意味になるだろうか?私は、やだなと思う。「私は38歳」、はは。「私は赤ちゃん」なら、いいだろうが。ちなみに、「私は赤ちゃん」は今年なくなった松田道雄さんのベストセラーのタイトル。なんで、そんなタイトルの本が売れたんだろうね。

私は、自分は未熟だと思うし、現実的な利益をきちんと追究する世知辛いところはない、不完全な、着実ではない、しっかりしていない人間だと思う。また、文章にすると気恥ずかしいが、夢を持っている人間だとも思う。もし、現実的な価値観だけを優先し、世間の慣習にしたがって生きる人間を、「大人」と呼ぶのなら、そうではない部分を持っている人間だと思う。

だけれども、その「大人」ではない部分をこどもと呼べるのだろうか。呼ぶべきなのだろうか。あるいは、それをこども性であると考えるべきか。そんなこと関係なく、単なる現世の利益を優先するタイプなのか、こまごまとしたことをきちんとこなせる能力があるか、なかなか器用にできないタイプなのか、という程度の傾向性だと思う。私は、「大人」ではないものを「こども」と呼ぶ必要はない、という考えだ。私には、そのように「こども」と「大人」を対立的に考える気性はないが、10代上とか20代上という感覚はある。

私は、単純に夢を追いかけつづける能力あるいは、性向があるかどうかにすぎないと思う。ということで、38歳児はともかく私は25歳児という言い方は、不必要な言い方だと思っている。

賀内の13分日誌で、彼女が、語りかけてきたことへの私の感想である。いや、私が「25歳児の本棚」というミニコミのタイトルは、どうも違和感があるということから、はじまったというのが、本当だ。

「松本さんは生産の人なのね」、というセリフもあったけれども、その生産の反対とは何なのだろうか。消費?

彼女はアルコールがまるでだめなので、素面で延々と議論するのは、面白くもあり、何でもある。缶ビールとスルメをキープしておくことにしよう。

1999年11月16日 お茶の水をカルチェラタンに!

今週の日曜日、ジーンズを受取に池袋西武に出かけた。早く出すぎて、開いていなかったこともあり、近くのスターバックスで、時間を潰すことにした。コーヒーは飲み過ぎだったので、オレンジジュースを片手に、2階に上がった。日曜日の朝ということがあるのかもしれないが、フロアーは、私ともう一人以外は、女性で、その殆どが若い女性であった。これは面白いことだ。

スターバックスは、面白くも複雑な思いがある。欧風のカフェをセルフサービスの形式で提供するというとても不思議なサービスだと思う。カフェとは、本来、おしゃべりをする場所だろう。意外なことに、携帯電話を使っている人が少なかった。もしかしたら、おしゃべりは携帯で、一人になるのはスターバックスでということなのかも。

カフェということを、考えてみたい。たぶん、そこでのおしゃべりで、画家どうしの絵の書き方、詩人の詩の書き方、政治、商売のやり方が、議論されるような場所ではなかったのか。アルコールやコーヒーといっしょに。

私は、本が売れなくなったのは、みんなが議論を、本をめぐるおしゃべりをしなくなったからではないか、とうすうす思っている。学生の街であったはずの、お茶の水から、大学が郊外へ引っ越し、中央大学の文科系の学部、明治大学の教養課程、神保町なら一橋大学、ちょっとはずれるが、日本大学の芸術学部など、そんな大学がお茶の水の界隈にはごろごろしていて、たぶん、お互いの学生どうし、微妙なライバルの気持ち、憧れの気持ちが絡まりあっていたのでは。

しかも、学生の反乱の時に地面の煉瓦をはがして、なげてしまったことをきらって、アスファルトの舗装にしてしまった。今のJRのお茶の水の駅のところから、須田町(これは昨日、明治書院の橘内さんにお聞きした)まで、道は煉瓦だったというのだ。煉瓦と大学。道は、車のためではなくて、人のためにあった。

何をいいたいのかというと、議論の場所、くっちゃべりの場所、おしゃべりの場所として、お茶の水を復興させようということなのだ。ちょっとかっこつけて(?)それをカルチェラタンと呼ぼう。

  1. お茶の水界隈に大学を呼び戻そう
  2. 神田再開発地域に大学院大学を!
  3. お茶の水界隈の道路を煉瓦道(車椅子でも通れる)にしよう!
  4. 煉瓦道にオープンカフェとプラタナスを!

1999年11月17日 箱より芸

パソコンが無料で配られ初めている。これは、おもしろいことだ。無料の裏側には、パソコンを使い、インターネットで2年間買い物をしてもらえれば元が取れる、という発想がある。つまり、パソコンという箱ではなく、パソコンを使って受けるサービスへの対価を払って、パソコン代も払ってしまうということ。逆の立場に立つとパソコンという箱ではなく、提供するサービスで利益をあげる、ということだ。

これはおもしろい。いままで、パソコンを買っても、ソフトは誰かのものをコピーしてしまうということがあった。ハードにはお金を払うが、ソフトにはお金を払わないという慣習(?)があったといえる。ソフト会社側のつけている値段が順当なものなのか、という問題はあるにしろ、ハードメーカーばっかりが儲かるのはあんまりだなあ、と思ってきた。

ところが、ハードはおまけになってしまうのだ。もちろん、この場合、ソフトを誰かからコピーしてもらうということがなくなるということは意味しない。しかし、ネットワークが進んで、ソフトもネットワークからその都度ダウンロードして使うとなれば、これはサービスということになるだろう。混沌としてきたようだ。

途中の論証を省く。サービスが主体になった時、消費者は、自分で自分が受けるサービスは選択したいと思うようになるのではないか。今でも、パソコンを無料で受け取る場合は、もしかしたら、通販を複数の中から選べるのかもしれない。でも、選択肢の中に、選びたい者がなかったら? あるいは選択肢がすでに100とかに大きな数になったとき、どういう基準で選ぶのだろう。

私は、ハードよりもサービスを選ぶモデルに変わるということは、とてもおもしろいことだし、可能性がある。何か、最終的には「内容」と「芸」ということになるのではないか、それは限りなく「投げ銭」に近くなりはしないか。

1999年11月19日 大分別府湾会議に出席

大分で開かれたハイパー研究所の別府湾会議に出席した。投げ銭についてはなすためだ。なんと招待ということだった。光栄であり、ありがたいことだ。ネットワークや情報の研究で高名な公文俊平さんや会津さん、尾野さんたちが、関心を持ってくれたということだとたぶん、思う。

とてもよい機会を与えてもらったと思う。最後の総括で、公文さんが3つの項目の中に、エコマネーと投げ銭ということで、ふれていただいた。情報の価値ということについて、投げ銭がかなりいいポイントを付いているからではないか、と思う。

初対面の人とうまく話す話芸がないというのは、反省しないといけない点。会で話をする順番が、二日目の一番最後に回ってきたために、初日の懇親会などでは、挨拶のしようがなく困った。私は、無名だし、大きな組織に所属している人には、ちょっと投げ銭というものは、わかりにくいところがあるから。

できれば、勝手な願いだが、初日に簡単でもいいので紹介していただく、あるいは自己紹介をする機会があれば、助かったと思う。ということもあってだと思うが、実際のインフラを作っている通信会社の人、自治体などで、地域にネットワークを普及しようとしている方々からの感想が聞けなかったのは、残念であった。酒の席でこそ、直感的な意見をきくことができただろうに。やはり、無理矢理にでも、割り込んででも初日に発言をしておくべきだった。大反省。

もう一つの反省は、英語力。シャピローと話したけれども、きちんといいたいことは伝わらなかっただろう。投げ銭をうまく英語で話すことができれば、英語圏で紹介してもらう機会を作れたかもしれないのに。

テーマとしてはネットワークの中の住民、市民ということで、おもしろいテーマだった。もし、私が、投げ銭で企画するなら、ビオトープやフリースクール、消防団などを運営している人々で、ネットワークを使っている人を呼んだだろう。そんなワークショップをやってみたいものだ。

OKwebの兼元さんや日経の坪田さんに会い、科学ライターの森山さんと再会するなど様々な出会いがあった。

簡単な紹介

1999年11月24日 投げ銭が論評された日として

山形浩生さんという優秀な翻訳家がいて、以前から日本語版のWired紙などで、お名前を拝見し、読ませていただいていた。だいたい、いつも面白いと思っていたように思う。同時代を生きているライターとして、一目置いていたといってもいいすぎではないだろう。彼が、杉田玄白プロジェクトを始めたときも、面白いことをするなあと思っていた。感じたことは、前野良沢の方が語学はできたということを聞いた記憶があるので、前野の方がいいのではないか、と内心思ったくらいだったが。

さて、彼は、最近、『伽藍とバザール』をインターネットで、翻訳し、最近は紙の本にまでした。ご存じのように、Linuxモデルを推奨したネット界では有名な文書である。彼の本で、その著者が、銃主義者だと知ることができたし、英語の苦手な私には役に立つ本であった。

そして、今日、この記念すべき日を覚えておくべきだと思う。ネット界で、ネット界の論客である山形さんによって、投げ銭が論評された日だからだ。いささか品がない文章ではあるけれども。私が、敬称なしの松本と呼び捨てにされるというのも、理解に苦しむが、そんなことはどうでもよい。(ちなみにヤマガタという名字から私は、中学生の時にファンだった山県すみ子を思い出す。とても可愛かったのだ。私よりもだいぶ年上だが、ぜひ、復活してほしい。)

私は、単純にコンテンツによって生きていくということを考えたときに、Linuxモデルは参考にならないから、やめた方がいい、と青空文庫の富田さんに申し上げたにすぎないのに、えらい、おかんむりなのである。私は、プログラムの作り方として、Linuxモデルは、有効な場合は、有効であるということを否定したことはない。ただし、GNUというプログラムを共有化しようという運動体は、ドネーションを求めてもいるから、GNU自体、投げ銭だと言えないこともないのだ。LinuxもGNUの精神に乗っ取って提供されるプログラム一つだと言われているから、その意味では矛盾しないはずだ。

だから、別段、反論されたり、対立したりするという必要性はまるでないはずだ。それをことさらに、言い立てるということ、これは、何かのトラウマか、それとも逆に自分が弱点だと思っていることを、私が知らない内に突っついてしまったのかも知れない。うーむ、それは何だろうか。

彼の郵便振替ではいけないのか、という発言は、意味が分からない。100円を送ろうとするとき、手数料が、70円かかるということ。コンテンツへの支援とほとんどおなじだけの手数料が掛かることをおかしいと思わないのだろうか。また、わざわざ、日中、100円のために勤め人が、郵便局にいけるものだろうか。結局、プログラムについてはともかく、書き手という意味では、プロはプロである、といいたいのだろうか。それはオープンソースとは、もっとも遠い考え方ではないか。どうもダブルスタンダードな気がする。英語が得意ではないのでは、わからないが、ダブルスタンダードを日本語にすると二枚舌というのではなかったろうか。

そらもよう富田さんの文章、Linuxモデルへの共感が書かれている。
1999年10月8日 『ノウアスフィアの開墾』への違和感富田さんへ、 Linuxモデルはコンテンツを出していく際に有効ではないと指摘した松本の文章

1999年11月24日B 紙屋さんという商売はどうなんだろう

今日は、『時間・ことば・認識』のために紙を発注した。私ではなく、新人の藤井なのだが、紙の必要枚数は135枚であるのに、200枚入れないといけない。65枚は無駄になる。何と33パーセントが無駄になるのだ。これは、包みが100枚単位であるので、それ以下の発注を実質的に受けることができないことによる。でも、こんな馬鹿な方法があるだろうか。受注センターが受けて、それをオンデマンドで梱包してしまえば、端数でも何でも受注できるはずだ。

紙を30パーセント以上無駄にさせて、心がいたまないのなら、たぶん、紙屋さんという産業には未来がないと思う。私が製紙会社につとめているのなら、真っ先にオンデマンドで梱包する機械を開発するだろう。本の値段のかなりの部分をしめるというのに。紙屋さんに電話をする度に、怒りにかられる。開発しようと思えばできないはずはないのに、それで、森や林が失われていくとしたら。使って失われるのなら、まだ、罪は浅いだろうが、使いもしないで捨ててしまうなんて。

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